LOVE BABY 2



 久しぶりになんの予定も入っていない午後。
 柔らかい日差しに誘われるように、鎧を脱いだクリスは、牧場を目指して歩いた。
 そして辿りついたそこは、しかしもぬけの殻だった。どうやらキャシィーが放牧に行ってしまっているようだ。久しぶりに自分の愛馬を構おうと思っていたクリスは、これからどうしようかと思う。
「・・・あれ、いないんだ?」
 そんなとき、うしろから、ガッカリしたような声が聞こえた。おそらくクリスと同じように馬を見にきたのだろう。
 何気なく振り返ったクリスは、思わず身構えた。
「・・・ヒューゴ」
「え? ・・・あ、クリスさん」
 ヒューゴはクリスが私服だった為か一瞬遅れで反応を返す。
「クリスさんも、馬に会いにきたの?」
「・・・あ、あぁ」
 馬屋を覗き込みながらヒューゴは自然に尋ねた。だがクリスは、なんてことはない返事にも、どうしても緊張してしまう。
 最近、少しずつだがヒューゴと会話を交わすようになっていた。
 しかしそれでも、いつヒューゴの瞳に憎しみが戻るかわからない。クリスはそう思って、ヒューゴと相対するときはいつも、おそれとも緊張ともつかない動悸に襲われるのだ。
「残念だね、どれくらいで戻ってくるかな・・・」
 ヒューゴは辺りをキョロキョロ見回し、そして不意にクリスに目を留める。
「・・・・・・?」
 じろじろ、と表現するのが一番ぴったり来るヒューゴの視線に、クリスの鼓動はもっと早くなった。
「・・・・・・な、なんだ?」
 その視線に敵意など見えないが、それでもクリスは落ち着かない。
「・・・鎧姿以外をちゃんと見たのって、初めてだなって思って」
 しかしヒューゴは理由を答えつつ、少しもその視線を控えようとしない。
「・・・クリスさんって・・・こうして見ると・・・すごくスタイルいいんだね」
 それどころか感心するような口調でそんなことを言うので、クリスはなんだかいたたまれない気分になって今すぐ逃げ出したくなった。
 が、クリスの体はヒューゴの視線に縛られたように、動こうとしない。
「・・・そ、そうか・・・?」
「うん。母さんは負けるけど・・・」
 ヒューゴの目線はあからさまに、鎧に包まれていない為はっきりとその存在を主張しているクリスの胸に向けられていた。
「き、騎士にとっては、なんの特にもならないがな!」
 クリスはもうどうしていいかわからなくなって、よくわからない返答をする。
 しかしヒューゴは構わず、逆にクリスとの距離を詰めた。そして、拳を握って力説する。
「そうかな。ないよりはあるほうが、絶対いいって!」
 どうやらこだわりがあるようだ。
 それを知らされて、だからといってどうしようもないクリスは、しかし次のヒューゴの行動に愕然とした。
「・・・・・・・・・!!!!????」
 ヒューゴが何気なく、その人差し指で、クリスの胸をつついたのだ。
 一瞬そのヒューゴの指が自分の胸に触れている光景を呆然と眺めたクリスは、しかしすぐに我に返って慌てて数歩後退りした。
「な、な、何をっ!!??」
 瞬間とまっていた血が一気に逆流したようにクリスは真っ赤になってしまう。
 そんなクリスとは正反対に、ヒューゴは至って素だ。
「ごめん、つい」
「つ、ついって・・・」
 そのヒューゴの様子に、年上として一人で動揺しているわけにはいかないと、クリスはなんとか自分を落ち着かせた。
「ヒューゴ・・・」
 そして、やっぱり年上として、ここは注意しておかなければならないと思う。
「お前くらいの年は、確かにゼクセンではまだ子供だと思ってくれるかもしれないが・・・。しかし、お前は英雄なのだし・・・その、振る舞いには気を付けるべきだと・・・」
 「女性の胸をいきなり触るもんじゃない」とはなんとなく言いづらくて、クリスは遠回しにヒューゴの行動を諌めた。
 しかしヒューゴはクリスが言いたいことをわかっているのかいないのか、ケロリと言ってのける。
「大丈夫だよ、他の人にはしないって」
「・・・・・なら、何故・・・」
 私にはしたのか、と問い掛けて、クリスは思わず言葉をとめた。もしかしたら嫌がらせなのだろうか、そう思ったのだ。
「・・・・・・ヒューゴ、やはりお前は・・・私のことを・・・」
 ことヒューゴに関しては悲観的になってしまうクリスだ。やはりまだ憎まれているのだろうかと、おそれながらも聞いてみた。
「・・・・・・・・・うん・・・やっぱりわかった?」
「・・・・・・」
 ヒューゴはそれまでとは違って、ちょっと歯切れ悪く言う。
 やっぱりそうなのかと、それでもクリスは衝撃を受けた。ギリリと、胸に痛みが広がる。
「・・・・・・オレは、クリスさんのことが」
 そして、言葉にしようとするヒューゴを、クリスは聞いておいてとめたくなった。それを聞かされたら、なんだか本当に立ち直れない気がしたのだ。
 しかし一瞬早く、ヒューゴが口を開いてしまう。
「・・・好き、なんだ」
「・・・・・・・・・」
 クリスは、一瞬あっけにとられた。それから、まさかと、首を振る。
「・・・すまない、ヒューゴ。自分の都合のいいように聞き間違えたようだ。好きとか聞こえたが」
「うん、そう言った。好きだって」
 ヒューゴは真面目な表情で頷く。
「・・・・・・だ、だって、お前は・・・」
「あれ、わかってるって言わなかった?」
 不思議そうに首を傾げるヒューゴだが、クリスのほうこそ首を傾げたかった。
「それは・・・てっきり、私のことを・・・憎んでいるとばかり・・・」
 自分の口では言いにくいことを、しかし確かめたくてクリスは口にする。
 するとヒューゴは、小さく苦笑する。それでも、そこにはもう、迷いは見えなかった。
「・・・・・・うん、その気持ちが今は全然ないとは、言えないけど。でも、オレだって散々悩んで・・・それでも、やっぱりそうなんだって、わかったんだ。オレは、クリスさんのことが好きだって」
「・・・・・・・・・」
 クリスの心は、信じられない思いと、それでも嬉しい思いとで、ごちゃ混ぜになる。
「・・・うん、まあ、そういうことだから」
 ヒューゴは伝えたのでスッキリした表情になって、それから何かに気付いたように目を瞬かせる。
「・・・・・そういえばクリスさん、さっき、自分に都合のいい、って言わなかった?」
「・・・そ、それは・・・!」
 まだ展開に感情が追いついていないところにそんなことを言われて、クリスはとても冷静に対応など出来ない。
「そ、そりゃあ、嫌われているよりは、好かれているほうがいいだろう、誰だって!」
 言いながら、顔に血が上っていくのをクリスは感じた。
「・・・・・・クリスさん、だったら返事。オレは、好きって言ったよ。クリスさんは?」
 ヒューゴはそんなクリスに追い討ちをかけるように視線を向ける。
「オレと付き合ってもいいって思うんだったら、オレのこと好きって言って。もし嫌だったら、オレのこと嫌いって、言って」
「・・・・・・ひ、卑怯だぞ」
 「好き」だなんて言葉にして言えるわけもないが、思ってもいない「嫌い」だなんて、もっと言えなかった。
「だ、だいたい、その、私達がっていうのは、やはり問題があるだろう」
「隠しとけば大丈夫だよ」
「し、しかし・・・」
「ねぇ、クリスさん、簡単な話だよ」
 ヒューゴはゆっくりと距離を詰めていく。あと一歩踏み出せばぶつかってしまう、そんな近さで、ヒューゴはクリスを見上げた。
「オレのこと、好きか、嫌いか、それだけ」
 真っ直ぐ覗き込んでくるヒューゴの瞳から目をそらせず、クリスはさっきとは比べ物にならないくらいの動悸に襲われる。
「ね、どっち?」
 尋ねるヒューゴの瞳にはしかし、もうクリスの答えはわかっているけど、という自信が見えた。
 顔を赤くするばかりで答えられないクリスの、首にヒューゴは腕を回す。
 そして、反応を窺いながら、ゆっくりとクリスの唇を手に入れた。
「・・・・・・!!」
「へへっ」
 思わず目を見開くクリスに、ヒューゴは至近距離で笑い掛ける。
「・・・・・・お、お前・・・っ!!」
 何をされたか一瞬遅れで悟ったクリスは、慌ててヒューゴを振りほどいた。そして後退ろうとし、足がもつれてうしろにしりもちをついてしまう。
 そんなクリスと違って、ヒューゴはひたすらマイペースだ。
「じゃ、これから、よろしくね!」
「・・・・・・・・・」
 そう言って手を差し伸べてくるヒューゴを、クリスは見上げた。
 ヒューゴは曇りのない笑顔をクリスに向けている。
 クリスにはまだやっぱり信じきることはできなかった。ヒューゴが自分のことを好きだということが。
 それでも、この笑顔が偽りないものだということは、クリスにもわかる。
 そして、それを嬉しく感じている自分も、クリスは認めざるを得ない。ヒューゴと対するときの胸の高鳴りが、単なるおそれや緊張の現れではないことも。
「・・・・・・よ、よろしく」
 だからクリスは、躊躇いがないわけではないが、それでもそう答えた。
 そしてゆっくりと手を差し出せば、ヒューゴはその手を取り、しっかりと握る。
 その瞬間やっぱり胸が高鳴る理由も、クリスはもう認めざるを得なかった。




END

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「へへっ、やっぱり、クリスさん、いい体してる」
っていうヒューゴのセリフが入れられなくなったのでここに書いといてみます。
キスしたあと体を密着させながらのセリフです。
ヒューゴはどっちかいうと巨乳好きかなぁとか思ってみたり。
それに比べて、クリスは純情ですね・・・。