LOVE BABY
「ヒューゴ、話があるっ!」
「え、う、うんっ?」
クリスは焦ったように、しかしちゃんと人がいないのを確認しながら、ヒューゴを引きずるようにしてビッキーのところへつれていった。
「ビッキー、いつものように頼む!」
「はーい、行ってらっしゃーい」
もう慣れっこになったビッキーは、行き先も確かめず杖を振りかざした。眩しい光が途端に二人を包み、次の瞬間その場に誰もいなくなる。
「うん、今度も成功。よかったー」
送り出したビッキーは、呑気に、テレポートを利用するものを大いに不安にさせる言葉を呟いたのだった。
そうして二人は、いつものように遠い国の街にやってきた。二人のことを知るものがいないこの都市は、ヒューゴとクリスが唯一堂々と一緒に過ごせる場所なのだ。
「で、話って?」
取り敢えず店に入って飲み物を注文してから、ヒューゴは向かいでなんだか深刻そうな顔をしているクリスを見上げた。
「・・・具合でも悪い?」
心配になるヒューゴに、慌ててクリスは首を振ってそれを否定する。そして、観念したように、口を開いた。
「・・・・・・・・・っきたみたいなんだ」
「え?」
ヒューゴが上手く聞き取れなくて問い返すと、クリスは今度はヤケになったように告げる。
「だから、子供ができた・・・!」
「え、ええっ、こ、子供っ・・・!?」
全くもって予想外の言葉に、ヒューゴの頭は一瞬真っ白になった。
それから、その言葉の意味を改めて理解する。クリスはこんな冗談を言う性格ではない・・・ということは。
「こ、子供・・・って、オ、オレとの・・・っ!?」
「決まってるだろう!!」
動揺して問うたヒューゴに、クリスは思わずちょっと怒ったように返した。なのでヒューゴは慌てて弁解する。
「あ、違っ、そういう意味じゃなくって!!」
ブンブンと手を振って訴えたヒューゴに、クリスも疑いからの問いではないとわかっているので頷いて許す。
クリスにだって、ヒューゴの気持ちはよくわかったのだ。まさか、どうしてもそう思ってしまうのは仕方がないだろう。ヒューゴがまだ十五歳だということを考えれば、なおさら。
「・・・まあとにかく、そういうことなんだ」
「・・・そ、そう」
それでも言ってしまって少し肩の荷が下りた気分になったクリスは、一息つこうとカップに口を付けた。ヒューゴも、少し落ち着こうと、グラスのジュースを飲み干す。
「・・・はぁ」
そしてヒューゴは困ったように溜め息をついた。
「・・・でも、どうするんだ?」
ヒューゴが眉を寄せて見上げてくるので、クリスは反対に視線を下に落とす。
やっぱり無理だろうか、クリスはそう思った。クリスだって、出来れば産みたい。自らに宿った、ヒューゴとの、正に愛の結晶だ。
だが今は、戦時中。ゼクセン騎士団団長としての自分に、それが果たして許されるのだろうか。そして、何より、ヒューゴはまだ若い。クリスは、彼の負担にはなりたくなかったのだ。
だったらやはり最初から告げなければよかったかもしれない、そう思い掛けていたとき。ヒューゴがブツブツと呟き始めてクリスは思わず顔を上げた。
「だってさ、これからってときにクリスが戦列離れると、色々とキツイよなぁ。戦力的にもだし、ゼクセンの人たちの士気にも関わるよね。あ、でも、逆になんかこう、みんなやる気になってくれないかな。・・・って、そんな気になるのオレだけか?」
ヒューゴは確かに悩んでいるようだ。クリスの予想とは違うところで。
「・・・ヒューゴ、産んでも・・・いいのか?」
クリスはおそるおそる聞いてみた。するとヒューゴは驚いたように目を見開く。
「えっ、産まないのっ!?」
「い、いや、お前がいいなら、・・・産みたいが」
ショックを受けたようなリアクションを返すヒューゴに、少し安心してクリスは本心を話した。しかしそれでも残る不安は、次のヒューゴの言葉で吹っ飛ぶ。
「いいに決まってるよ! っあ、そういえば言ってないや! おめでとう!・・・違う? ありがとう!かな? ・・・・・・えっと、とにかくオレは嬉しいよ!!」
ヒューゴは迷いのない笑顔で、ハッキリと言った。
「・・・そう・・・か」
クリスもやっと、微かに笑顔を零す。
よかった、と小さく呟くクリスの手を、ヒューゴが少し身を乗り出してギュッと握った。
「クリス、頑張ろう! 2人・・・ううん、3人で!!」
「ヒューゴ・・・、そうだな」
クリスは今度こそ、ヒューゴに負けない笑顔を見せた。
「・・・でも、具体的にどうすればいんだろうね」
「・・・そうだな」
すっかりリラックスした二人は、ホールケーキをつつきながら今後のことについて話し合っていた。
「・・・やっぱり、オレが父親ってことは言わないほうがいんだよね・・・」
「・・・・・・そう・・・だな」
少し寂しそうな表情のヒューゴに、それでもクリスはそんなことはないとは言えなかった。
今は協力体制にあるとはいえ、グラスランドとゼクセンは長年争ってきた。その互いのトップとも言うべき二人の間に子供ができたとなると、悪い影響ばかりではないだろうが、双方に余計な動揺を与えることになるだろう。二人は、付き合っていることすら内緒なのだから。
そしてヒューゴもそれがわかっているから、敢えて自分から言い出したのだろう。そんなヒューゴの気持ちを思うと、仕方ないとわかってはいても、クリスはどうしても歯痒い思いを抑えられない。
「・・・まあ、ね」
俯いてしまったクリスに、ヒューゴが溜め息まじりの声を聞かせた。しかしその口調は、決して暗くない。
「オレも、ボルスさんに殺されたくないからね、よかったのかも」
クリスが思わず顔を上げると、ヒューゴは悪戯っぽく片目を閉じて笑った。クリスの気を軽くする為もあるだろうが、しかしその言葉にも嘘はないのだろう。
「・・・そ、そうだな」
確かに、クリスに心酔しきっているボルスが、事実を知ったらどうなるのか。それを想像して、クリスは思わず噴き出してしまった。
「あ、他人事だと思って。っていうか、むしろクリスのほうが大変だと思うよ? きっと誰の子なんだって、うるさく聞いてくると思うから」
「うっ」
「頑張って、はぐらかしてね!」
「・・・他人事だと思って・・・」
その大変さを思ってクリスはヒューゴを恨めしそうに見た。しかしヒューゴは軽く受け流して笑う。
「仕方ないじゃん。オレが助け船出すわけにもいかないんだから」
「・・・・・・」
クリスは小さく溜め息をついて、それを取り敢えず今は忘れてしまう為に、ケーキを一欠片フォークで取りその甘さを味わった。そしてそれをコーヒーで嚥下してしまってから口を開く。
「・・・・・・で、だな。誰にも内緒でというのはさすがに無理だと思うんだ」
「ん、やっはりほうはな」
目一杯ケーキを頬張っていたヒューゴは、どうにか意味が取れる言葉を返す。
「ああ。だから、お互いにそれぞれ一人ずつ、理解者というか、事情を知って協力してくれる人がいたほうがいいだろう」
「んー、んー」
ヒューゴはまだ咀嚼しながら、頷くことで返す。
「・・・真面目に聞いているか?」
どうも真剣味に欠けるように見えるヒューゴを、クリスはちょっと不満そうに見た。なので、ヒューゴは慌ててケーキを飲み込む。
「んぐっ・・・っと。ちゃんと、聞いてるよ! たださ、それよりも、どんな子が生まれるのかなって思ったらさ、つい!」
「どんな・・・子・・・」
言われてクリスは、そういえばそれを想像したことがなかったと気付く。
「ね、気にならない?」
「そうだな・・・・・・はっ」
「ん?」
想像してみようとヒューゴの容姿の特徴を挙げてみたクリスは、余りに特徴的過ぎる要素に気付いた。
「肌の色で勘ぐられはしないだろうか・・・」
「あっ。黒い肌の子が生まれたら、相手がカラヤの人ってバレちゃうかもね・・・」
そうなれば相手がヒューゴだと特定できなくても、充分問題になるだろう。二人は思わず、どうしようかと考え込んだ。
が、クリスは自分の心配が全くの杞憂だったと、少しして思い当たる。
「・・・そうだ、大丈夫だ。父もお前と同じような肌の色だった」
「あ、そうだね、ジンバも黒かったもんね!」
二人はホッとして同時に息をはいた。
「・・・でもさ」
それから、ヒューゴはクリスの顔をマジマジと見て、感心したように言う。
「ジンバの子供なのに、クリスって肌がすごく白いよね」
「そ、そうか?」
改めて言われると、クリスはなんだか気恥ずかしくなる。しかしヒューゴはなんの衒いもなく笑顔で続けた。
「うん、すごくキレイ」
「そっ・・・うか・・・?」
「うん。生まれてくる子はさ、クリス似の女の子がいいな。絶対美人に成長するよ」
思い浮かべているのだろう、ヒューゴは幸せそうに口元を緩ませる。その様子に、クリスの表情も自然と柔らかくなった。
「・・・じゃあ私は、お前似の男の子を期待しようか」
微笑んで返すクリスに、ヒューゴはどっちにしても、と笑う。
「楽しみだね、早く産まれないかな。きっと、とってもかわいいだろうね!」
伴う山積みの問題、その大変さを考えていないかのようなヒューゴの言葉。しかしそう言ってしまえるのが彼の強さだと、クリスは知っていた。
「そうだな、楽しみだ」
だからクリスも、それでも大丈夫だと、笑うことが出来るのだ。
生まれてくる子は、やっぱりヒューゴ似のほうがいいかもしれない。ヒューゴの笑顔を見て、クリスはそう思った。
END
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あり得ないくらいラブラブな二人でした・・・。
おかげで、予定してたとこまで話が進まなかったので、
そのうち2を書きます。きっとそっちでも二人はイチャイチャ・・・
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