LOVE CHEAT



「だから、な」
「何がだからなんだよっ!!」
 シーザーの軽い調子の言葉に、ヒューゴは思わず声を荒らげた。おかげで酒場の注目を集めてしまい、弾みで浮かしていた腰をそっと戻す。
「演劇への取り組みはいたってまじめ、なんだろ?」
「そりゃ収益は活動資金にもなるわけだから、出来る限りは協力しようと思ってるけど・・・」
「な」
 だったらいいだろ、と言いたげなシーザーに、しかしヒューゴは即答する。
「でも、それだけは嫌!!」
「頑固だなぁ」
 仕方ないやつだと言わんばかりのシーザーをヒューゴは睨む。
「だったらシーザーがすればいいだろ!?」
「支配人はぜひおまえにって言ってるんだよ。仲間の要望に応えるのも、英雄の務めじゃないのか?」
「う・・・・・・」
 ヒューゴがどんなに頑張ろうと、軍師であるシーザーに口で敵うはずなかった。
 しかし嫌なものは嫌なのだ。
「とにかくオレは、ジュリエット役なんてぜーったいやらないからな!!」
 キッパリ言ってからヒューゴは、シーザーから目を逸らす。
 そう、シーザーがヒューゴにやれと言ったのは、かの有名な悲劇『ロミオとジュリエット』のヒロイン役だったのだ。マッチ売りの少女ならまだしも、恋愛劇の女役などヒューゴはまっぴら御免だった。年頃の少年なら当然の反応だろう。
 シーザーも予想済みだったらしく、困った様子もなく続ける。
「そうか・・・まあそんなに嫌だってんなら仕方ないか」
「う、うん」
 あっさり引いたシーザーに、頑張って丸め込まれないようにしようと思っていたヒューゴは拍子抜けしてしまう。
「そうなると、他にジュリエット役を探さないとな。やっぱり人を集めようと思ったらジーンとか適任かな」
 シーザーは独り言にしては大きな声で呟く。
「アラニスでも面白いけど・・・でもさすがに犯罪っぽいか・・・」
 そこでシーザーは不意にカウンターでグラス磨きをしているアンヌに振る。
「アンヌさんはどう? ヒューゴの代わりに出てやってくれない? 同族の誼でさ」
「そうねぇ」
 よくわからないが、とにかく難を逃れたようだとヒューゴはホッとしていた。それも一瞬の安息だったのだが。
「でもねぇ、ヒューゴくんに悪いかしら」
 アンヌがヒューゴに意味ありげな視線を送る。
「そんなことないだろ。あんなに嫌がってたんだし」
「あら、そう? だったらヒューゴくん、借りてもいいかしら? あなたの旦那さま」
「・・・・・・え?」
 ヒューゴは危うく聞き逃しそうになって、しかし確かに耳に入ってきた言葉を反芻した。
「・・・・・・えぇ!?」
 そしてアンヌの言葉の意味を察したヒューゴは慌ててシーザーに向き直った。
「そ、それってどういうこと!? もしかしてロミオ役って・・・」
「あぁ、ゲドだよ。でもおまえジュリエットやらないから関係ないだろ?」
 サラリと答えるシーザーに、ヒューゴは当然噛み付く。
「関係ないことないだろ! なんで先に言ってくれなかったんだよ!!」
「言ってどうすんだよ。相手が誰でも、女役はやなんだろ?」
「うっ」
 確かに女役など絶対に御免だ。かといって、ゲドが自分以外の人を相手にするのも、劇とはいえなんだか嫌だ。ヒューゴは激しく葛藤し始めた。
「てわけで、アンヌさん、お願いしていい?」
「そうねぇ・・・」
 しかし勝手に話を決めてしまいそうなシーザーが、ヒューゴの迷う時間を奪う。
「・・・・・・ま、待って二人とも!!」
「なんだぁ?」
「・・・・・」
 先を読んだようにシーザーはニヤリと笑い、ヒューゴは思わず口を噤んだ。が、背に腹は替えられないとは正にこういうことをいうのだろう。
 ヒューゴは搾り出すように言った。
「オ・・・オレが・・・する」


「ナディール、ヒューゴのやつ説得してきたぜ」
 そのままヒューゴを楽屋につれていったシーザーは、劇場支配人であるナディールにそう報告する。するとナディールは芝居ががった動きで喜びを表現した。
「おぉ、これで今日の劇は成功間違いなしです!」
「えっ、今日!?」
 ビックリしたヒューゴに、シーザーはそれがどうしたと返す。
「別に構わないだろ? 難しいセリフがあるわけでもないし」
「で、でも心の準備とか・・・」
「勢いでやったほうがいいって」
「そ、そっか。お客さんも今日のほうが少ないだろうし」
 早くも前向きに捉えようとしたヒューゴに、しかしシーザーはそれをあっさり否定する。
「あ、宣伝はもうアーサーに大々的にやってもらったから、大入り間違いなしだぞ」
「余計なことを・・・」
 ヒューゴはガクッと肩を落とした。そんなヒューゴに、シーザーは諭すように言う。
「みんな楽しみにしてんだぜ。この城一の大物カップルだからな、おまえらは。・・・もうすぐ、みんな離れ離れになるだろ? いい思い出になると思うぜ。もちろん、おまえらにとってもな」
「シーザー・・・」
 それを考えてのことだったのかと、ヒューゴはシーザーを見直しそうになる。
「さ、わかったら、張り切ってこれ着てこい!」
「うんっ!・・・・・・って言うわけないだろ!!」
 ヒューゴは思わず伸ばしかけた手を、しかしシーザーの手にあるソレを見て慌てて戻した。
「なんでだ? ちゃんと衣装合わせはしとかないと」
「別にこのままの服でいいだろ! 今までだってそうだったんだから!」
「一回くらい衣装揃えて完璧にやってみたいっていうナディールの願いを叶えてやってもいいだろ?」
 言うシーザーのうしろで、ナディールが訴えるようにヒューゴを見つめている・・・ような気がする。
「・・・・・・」
「それに、これはサナエとルースの力作なんだぞ。着てやれよ」
「他人事だと思って・・・」
 ヒューゴはシーザーを恨めしそうに見てから、その衣装に目を移した。フリフリのフリルがふんだんに付いた、そのドレス。
「・・・・・・・・・」
「ま、無理にとは言わないけど」
 そんなヒューゴに、シーザーが溜め息をつきながら言う。
「代役はいくらでもいるからな。そうだな・・・ロディなんかもいいかもな。あいつ、顔だけなら美少女だし。ナディール、どう思う?」
「それもいいですね。彼の演技には定評がありますし」
「てことでヒューゴ、無理にやれとは言わないぜ?」
「・・・・・・」
 つくづくシーザーは卑怯なやつだ、とヒューゴは思う。
「・・・・・・ってことは、ゲドさんもロミオの衣装着るんだよね?」
 それなら着てやってもいいかもしれないと、ヒューゴは頑張って自分を納得させようとした。が。
「いや、着ないぜ?」
「着ないのか!?」
 即座に否定するシーザーに、ヒューゴは再度伸ばしかけていた手をまた慌てて引っ込めた。
「着ないといけないなら出ない、って言われたからな」
「じゃあオレもゲドさんも出ない、でいいじゃん」
「着ないでいいなら出る、って言ってくれたの」
「・・・だったらオレも着なくていいじゃん」
「ゲドは着ないってわかってたから衣装作ってなかったんだよ。言ったろ、その衣装はルースとサナエの・・・」
「うっ・・・」
 ヒューゴはどうにか自分に有利な方向に話を持っていこうとするが、ことごとくシーザーに阻止される。
「・・・ナディール、ミオやイクも人気あるんだよなぁ?」
「えぇ、彼女たちなら立派にジュリエットを演じてくれるでしょう」
 またもやナディールに振るシーザーに、ヒューゴはそろそろ観念してしまった。
「・・・・・・わかったよ、着ればいんだろ!?」
 ヒューゴはシーザーから衣装を受け取り、ヤケになったように上半身の服だけ脱いでドレスを着ていった。
 すると、ナディールとなにやら話していたシーザーが戻ってきて、ポンとヒューゴの肩を叩く。
「じゃ、頑張れよ」
「えっ、シーザー帰るのかよ」
「もう用はないしな」
「・・・・・・」
 ヒューゴは今更だが、なんだか腑に落ちないものを感じた。
「・・・一つ聞いていい? なんでシーザーがオレにジュリエット役をさせようと必死だったわけ?」
「・・・だから、みんなの思い出作りに」
「シーザーがそれだけの理由で動くとは思えないんだけど・・・」
 思いっきり疑いの眼差しを向けるヒューゴに、シーザーはしかしいつもの読めない笑顔で返す。
「お、やっぱり似合うじゃないか」
「はぐらかすなよ!」
 ヒューゴの全身を眺めてから言うシーザーに、その感想も含めてムッとする。そのヒューゴの怒りに満ちた視線を軽く無視して、シーザーは後方のドア辺りにチラッと目を遣ってから明るく言った。
「いやぁ、ゲドもきっと惚れ直してくれるぜ! なぁ?」
 最後はヒューゴの背後に向かって声を掛ける。ヒューゴがそこに誰かいるのかと振り返れば、
「ゲドさんっ!」
 その姿を認めて、ヒューゴは思わずいつものように駆け寄りそうになる。が、一瞬遅れで自分の姿を思い出して、恥ずかしくて死にそうになった。
「ほらゲド、何か言ってやれよ」
 シーザーがゲドを促す。視線を感じてヒューゴがそーっと見上げれば、ゲドはいつもの無表情で一言。
「・・・・・・似合うんじゃないか?」
「!!!」
 ちっとも似合わないと貶されたほうが、どれだけよかったろう。
「・・・・・・ゲドさんの・・・バカーっ!!!」
 涙目になったヒューゴは、そのままの格好で楽屋から飛び出していってしまった。


 今日は曇りで、素肌に風を受けると多少寒い。が、ヒューゴがそんなこと気に掛けるわけもなかった。ズボン一丁になって、ふてくされたように座り込む。
「・・・風邪引くぞ」
 そんなヒューゴにうしろから声が掛かったが、しかし振り返らなかった。すると声の主はヒューゴから少し距離をとって隣に腰を下ろす。
 その視線は、少し遠くに投げ捨てられているドレスに注がれているようだ。
「・・・・・・」
 それがヒューゴの機嫌を益々悪くする。
 ・・・が、しかし、向こうも口を閉ざしてしまったので、結局ヒューゴのほうから話し掛けることになってしまった。
「・・・だいたい、ゲドさんが悪いんですよ」
 ヒューゴは不機嫌さを隠さず、視線は向けずにぼやく。
「こんなときに限って引き受けたりするから! 今までは断ってたのに、なんでですかっ!?」
「・・・それは・・・」
 ゲドは微妙に気まずそうに口を開いた。
「・・・お前がジュリエット役をやるというから」
「え?」
 思わずヒューゴが目を遣れば、逆にゲドは視線を逸らす。
「・・・出てやったら喜ぶだろう、とシーザーが・・・」
「・・・・・・」
 ゲドの予想外の言葉に、しかしここであっさり機嫌を直してはいけないとヒューゴは溜め息をつきながら言ってやる。
「・・・ゲドさんまでシーザーに丸め込まれないで下さいよ・・・」
「・・・・・・」
 ゲドは返す言葉もないらしい。それに少々スッキリしたことだし、ヒューゴはやっぱり自分の感情に素直になることにした。
「・・・でも、ちょっと嬉しいかも」
 ヒューゴはゲドを伺うように見る。
「オレが相手役だから、今まで嫌がってた劇に出てもいいかって思ったんですねよ?」
「・・・・・・」
 答えないゲドの態度が、そうなのだと教えていた。
「えへへ、そういうことだったんですね」
 ヒューゴは単純だなと思いながらも、さっきまで曲がっていた臍があっさり戻ってしまうのを感じる。
 間の距離を縮めようと、ヒューゴはゲドにすり寄った。そして見上げて笑い掛ければ、ゲドはチラッとそっちを見て、しかしどう応えればいいかわからないふうにその視線を逸らす。
 その仕草がヒューゴの機嫌をさらによくした。
 ヒューゴは放り投げていたドレスに目を遣る。そして、少し考えてから、それを手に取った。
「よしっ!」
 ヒューゴは気合を入れる掛け声と同時に、ガバッと勢いよく衣装をかぶる。
「こうなったら、やってやる!」
 ヒューゴは開き直った。そして持ち前のポジティブさを発揮する。
「その代わり、ゲドさんもちゃんとロミオを演じてくださいよ!」
 ヒューゴは立ち上がって、大きく手を広げた。
「僕を愛しているというのなら、どうかもう一度顔を見せてくれ。あぁ、ジュリエット、僕の魂よ!!・・・ってね!」
「・・・・・・」
 思わずヒューゴを見上げていたゲドは、期待するというよりはただ単に揶揄っているのだろうと、相手にしないことにして視線を戻した。
 が、ヒューゴの真意は次の言葉にあったようだ。
「それとも・・・今ここでオレに愛の告白してくれたら、劇では無言でもいいですよ?」
「・・・・・・」
 ゲドはヒューゴから目を逸らしたままだったが、しかしその表情は容易に想像出来た。
 そして、ゲドの前にやってきて顔を覗き込んだヒューゴは、やはり予想通りの顔をしている。
「ゲドさんってば、どっちにするんですか?」
 転んでもただでは起きないヒューゴ、自分が今女装していることももう気になっていないようだ。
「ね、ゲドさん?」
「・・・・・・」
 ゲドの返答は、やっと姿を見せ始めた太陽だけが知っている。




END

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また、終わらせ方がわからなくて適当に・・・。
かわいい攻にはぜひ女装させたいですが、
色黒なヒューゴって微妙にドレス似合わなそう・・・。
シーザーの理由は・・・・・・思い付かなかったので(おい)、
劇本番と合わせて続編を書く・・・かもです。