LOVE CONSCIOUS
シンダル遺跡で、ジンバ・・・ワイアット・ライトフェローは92年の生涯を閉じた。
そしてヒューゴは、彼が宿していた真なる水の紋章を継承したのだ。
視界をクリスが掠め、ヒューゴは慌てて方向転換した。声が聞こえない距離まで離れてから、それでも残るクリスの姿を頭から振り払う。
親友を殺された憎しみ、だけではないものがクリスを目にしたときヒューゴに呼び起こされるようになっていた。
そしてそれをもたらしているのは、ヒューゴの右手に宿る真なる水の紋章の記憶。その以前の宿主、クリスの父親ワイアット・ライトフェローの記憶だ。
紋章はそのものの記憶、そして歴代の持ち主の記憶を新たな所有者に伝えるというが、ヒューゴはここまでだとは思っていなかった。
それは、クリスに向けるワイアットの思いの強さに比例しているのだろうか。
そして、それだけではなかった。カラヤでジンバとして暮らした日々、炎の運び手として戦った日々。紋章はそれらの記憶を、そこにある感情を、ヒューゴに鮮明に伝えるのだ。
まるで自分が経験したことのようにヒューゴに映し出されるそれら。その中で、一際ワイアットの記憶を占めている人。それは、炎の英雄でもクリスでもカラヤの人々でもなく、ゲドだった。
真なる雷の紋章を宿し、50年前ワイアットと共に炎の英雄の片腕であったゲド。
ゲドとワイアットは親友だったと聞いていた。しかしヒューゴは、自分が親友のルルに向ける目と、ワイアットがゲドに向ける目が果たして同じだろうかと思う。
紋章に記憶されているゲドの姿は、外見的変化もなく今と何一つ違わないような気がする。それでも、何かが違った。
ワイアットの思いが、そう見せているのだろうか。そして、ワイアットに向ける、ゲドの思いが。
ヒューゴの目は、自然にゲドの姿を探していた。同じ真なる紋章を宿すものとして、勝手に流れ出す紋章の記憶にどう対処すればいいか聞きたかったのだ。
そしてそれから、もしかしたらこっちの理由のほうが大きいのかもしれないとヒューゴは思う。
ワイアットが、ゲドに会いたがっている気がした。
森の中の、湖に面して少し開けたところ。一本太い木の根元に、ゲドは凭れて寝息を立てていた。遠目から見ても、疲れているのだろうことが一目でわかる。ヒューゴは少し躊躇いながら、一歩踏み出した。
その瞬間、ふっと何かが変わる。それまでヒューゴに降り注いでいた日差しのあたたかさや木々のざわめきが突然消えた。
全てがとまったように見える中で、変わらず眠り続けるゲドの姿が少しずつ近付いてくる。しかしヒューゴには自分の足が動いている感覚はなかった。
これは、ワイアットの記憶だ。
ゲドを中心に据える視界も、一歩一歩近付いていく足も、ワイアットのもの。
ゲドを見下ろし、髪を梳き頭を撫でる。膝をつき、顔を覗き込む。
そっと差し出す腕も、顔に伸ばされる手も、頬に触れる手も。全てが、ワイアットのものだ。
ワイアットの手の動きに覚醒を促されたのか、ゲドが目を覚ます。目の前の顔を見て、ゲドは驚くこともなく、口は自然に形作られた。「ワイアット」の名に。
「・・・ゴ、ヒューゴ・・・?」
音にならないそれをさえぎるように、ヒューゴの耳に声が届いた。
「っあ」
突如、ヒューゴの世界に鳥の鳴き声やそよぐ風が戻る。
目の前のゲドは、訝しそうにヒューゴを見返していた。ゲドの頬に触れているのは、ヒューゴの手だ。
ヒューゴは慌てて手を離し、その勢いで体も少し後退らせた。どうやら、ワイアットの記憶を見ているうちにいつのまにか同調し同じ行動を取っていたらしい。
ヒューゴは動揺とそれ以外の何かが原因で高鳴る鼓動を抑えながら、場を取り繕おうと口を開く。
「あ、あの、つ、疲れてるみたいですねっ。お、起こしちゃってごめんなさい。そ、それで、オ、オレ・・・相談・・・そう、相談したいことがあって!」
ヒューゴはゲドを探していた理由の一つを思い出し、ホッとして言葉を続けた。
「ゲドさんも、真なる紋章を宿してますよね。だから、ちょっと聞きたいこととかがあって。少し、話いいですか?」
ヒューゴが窺うように問うと、ゲドはどこかぼうっとした様子で答えにはならない言葉をもらす。
「・・・ああ、そう・・・だったな」
そしてそれっきり、ゲドは視線を少し下げ口を閉ざしてしまう。
そうだった、とは何を指してか、ヒューゴは少し考えて思い当たった。
おそらく、ヒューゴが真なる水の紋章を継承したこと。そして、それは同時に、ワイアットの死を意味する。
ヒューゴは俯き加減なゲドの顔をそっと窺った。
一見疲れたように見える顔色。しかしその表情に、疲労という言葉がピッタリだとは思えなかった。ヒューゴには的確に表現することは出来なかったが、少し語彙の豊かな人ならこう言っただろう。その表情は、悲愴、だと。
いつでも無表情で何事にも動じないゲドの、こんなふうに感情を覗かせた表情を見るのは、ヒューゴは初めてだった。
ゲドをこんなふうにしているのはワイアットなのだ。そう思うと、ヒューゴは不可思議な感情を覚えた。それは、歯痒さに近いかもしれない。
「・・・ゲドさん、オレ」
ゲドは相談を聞くとも聞かないとも答えなかったが、しかしヒューゴは勝手に話し始めた。
「この紋章を継承してから、ジンバ・・・ワイアットの記憶や思いがオレに伝わってくるんです」
ワイアットという言葉にゲドの体がピクリと反応したが、ヒューゴは気付かない振りをして続ける。
「ゲドさんはどうでしたか? どんなふうに対処すればいんですか?」
ヒューゴの問い掛けに、しかしゲドはそっちに顔を向けることもなく申し訳程度の答えを返す。
「・・・さあ・・・忘れた」
投げやりにも思えるゲドの、その視線の不自然さにヒューゴは気付いた。ゲドの視線が、ヒューゴの右手から意識的に逸らされているのだ。右手の、真なる水の紋章から。
ヒューゴは思わず右手を目の前にかざし、ぼんやりと光るその模様を眺めた。
「・・・この紋章、オレに教えるんです。ワイアットがクリスさんをどれだけ娘として愛していたか。・・・それから」
ヒューゴは、一体自分が何を言いたいのか、そしてゲドのどんな反応を期待しているのか、わからなかった。それでも、ヒューゴの口は自然に動く。
「ワイアットが、ゲドさんのことを、どれだけ・・・想ってたか」
ゲドはそこでようやく顔を上げた。ヒューゴの顔を見て、それから自分に向けられたヒューゴの手の甲を見る。
その表情からゲドの感情を読み取るようなことはヒューゴには出来なかったが、それでも確かなことは一つだった。
「・・・ゲドさんにとっても、ワイアットって・・・大切な人だったんですね・・・」
ゲドは、一瞬僅かに顔を歪める。それからまた顔を俯け、左目を手で覆った。
「・・・ゲドさん」
自分よりずっと大きいはずなのに、その姿はひどく頼りなさげで、小さく見える。
ヒューゴは思わず、ゲドの頭を抱き寄せた。左手を頭に、右手を背中に、包み込むように添える。
「・・・オレの中のワイアットが・・・こうしろって」
ヒューゴの腕を振り払いはしないが緊張を解かなかったゲドは、その言葉に、ふっと体の力を抜いた。
凭れるように体を預けるゲドを、ヒューゴは腕の力を強めて受け止める。
ワイアットが、そう言いながら、こうしてゲドを抱きしめているのは他でもないヒューゴ自身の衝動だった。
ワイアットの記憶でも、意思でもない。
そして。
息遣いを感じている首筋も、呼吸のたびに上下する背中に合わせて動く腕も、黒髪に少しくすぐられる鼻先も。
その全て、ヒューゴのものだ。
今ゲドを抱きしめているのは、ワイアットでも誰でもなく、自分なのだ。ヒューゴはそう思って、さらに腕を強く回した。
この思いが、ワイアットに感化されて生まれたものなのか、ヒューゴにはわからない。それでも、こうしてゲドを抱きしめていたいと、腕を放したくないと思った。
側に、いたいと思った。
END
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そしてこの話は、ワイアットのエロ思い出を見てヒューゴがゲドを襲う話に続きます。
・・・そうだったらいいですね。(でも期待しないほうがいいですよ・・・)
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