LOVE COOKING



 今日も平和なビュッデヒュッケ城の午前十時。
 ヒューゴはレストランに向かって走っていた。そして厨房に駆け込むと、そこの主メイミに声を掛ける。
「あのさ、料理教えて欲しいんだけど」
「料理? 作るの?」
 ヒューゴの突然の頼みにも、メイミは動じずいつもの表情が全く変わらない顔で聞き返す。それにヒューゴは頷いた。
「お弁当が作りたいんだ」
「ふうん」
 メイミはヒューゴがどうして誰に作ろうと思ったのか、には興味がないようだ。淡々と話を進める。
「経験はあるの?」
「鳥とか獣をさばいて焼くくらいならあるけど、ちゃんとした料理は全然」
「そうか」
 メイミはどうしようかと首を傾げ、それと同時にまたキッチンのドアが開く。
「こんにちは、メイミさん・・・ヒューゴさんも」
 入ってきたサナエはメイミに挨拶し、ヒューゴの存在に気付くと驚く。
「あ、もしかして仕事のお話ですか?」
 それならば外そうという素振りを見せるサナエに、ヒューゴは慌てて説明した。
「違うよ。ちょっと弁当の作り方を教えてもらいにきただけだから」
「らしいよ」
 メイミも頷いて肯定すると、サナエは邪魔した訳ではないと知ってホッとする。
「そうですか。では、私と同じですね。私もメイミさんにときどき教えてもらってるんです」
「へえ、そうなんだ。それも修行?」
 サナエの真面目さは誰もが知っているところで、ヒューゴは感心してしまった。
「はい」
「そうは言っても、元々上手かったけどね」
「そんなことありません。まだまだ、私など。修行あるのみです」
 サナエは改めて決意するようにグッとこぶしを握る。
「いつもこんな調子なんだよ」
「へえ、すごいね」
 ヒューゴは、サナエとロディは似ていると思った。二人とも真面目で、修行が大好きなのだ。ただ、決定的に違うのが、後者が圧倒的に師に恵まれていないことだろう。エステラの嘘つきっぷりをまだ知らないヒューゴはその相違点には気付かなかったが。
 ヒューゴがそんなことを考えていると、サナエは自分が中断させてしまった話を再び話題にした。
「それで、どんなお弁当を作るのですか?」
 その問いに、それについては考えていたようでヒューゴは即答する。
「愛情たっぷり!ってかんじの!!」
 その言葉だけで、この城のほとんどの人がヒューゴが誰に作るつもりなのかわかっただろう。しかしメイミとサナエは、そういったいわゆる俗話に疎く興味もない二人だ。ヒューゴの言葉を受けてつっこむこともなく真面目に考え始めた。
「やはり、手の込んだもののほうがいいでしょうか?」
「でも、初心者が初めから難しいものに挑戦するのも薦められないし。取り敢えず作ってみるだけ? それとも今日の昼食に渡したいの?」
 メイミは前半はサナエに向かい、後半はヒューゴに対して問う。なのでヒューゴは、無謀かもと思いながら一応希望を口にした。
「出来れば、今日がいいかなぁ」
「だったら、やっぱり最初は簡単なのからが無難だろうね」
「そうですね。それに、心を込めて作れば、料理が豪華かどうかなんて関係ないですものね」
「あ、心を込めれる自信ならあるよ!」
 真面目に考えてくれる二人に、ヒューゴはどうでもいい合いの手を入れる。
「今十時過ぎですから、一時間もすればレストランが忙しくなってきますね。それまでにとなると、初心者だと品数はあまり作れないかもしれません」
「どうせなら、一品でインパクトがあるものにしようか」
「・・・」
 しかし料理のことがサッパリなヒューゴは、やっぱりとても会話に入れそうもなかった。
 そんなとき、またキッチンのドアが、サナエのときとは反対に勢いよく開く。
「おっす! メイミ、なんか教えて!」
 元気いい声の主はエミリーだ。
「やっ、サナエ・・・あれっ、ヒューゴも。どしたの?」
「エミリーこそ」
 エミリーはヒューゴに目をとめて驚くが、キッチンと似つかわしくなさでは大差ない気がヒューゴはした。
「あ、似合わないとか思ってない!?」
「え、そ、そんなことないよ!」
 図星だったヒューゴは慌ててぶんぶん頭を振る。するとエミリーはムッとしたように口を突き出した。
「わたしだってこう見えても、料理作ったりするんだよ!」
 そんなエミリーに、メイミが冷静なつっこみを入れる。
「あれを料理と認めたくないね」
「ひどいな! そりゃあちょっと焦げたりはしてるけどー・・・。あ、でも、卵割りなら負けないよっ!」
「割るじゃなくて潰すじゃない?」
「うっ。そ、それよりさっ」
 エミリーは分が悪いと思ったのか、話を変えようとヒューゴのほうに向き直る。
「えっと、で、何しに来たんだっけ?」
「オレも、料理を教えてもらいに」
「へえ。メイミ、大忙しだね!」
「今日は特別にね。っと、話してる場合じゃないね。時間がない」
 すでに時計は十時半を回ろうとしていた。
「あ、そうだった。間に合うかな?」
「何? 時間ないの? だったらあれなんかどう? サナエがお母さんから一番に習ったっていうナントカってやつ」
「ナントカ?」
「ああ、エミリーでもなんとか食べられるものになったあれね」
 メイミはさりげなくひどいことを言いながら、ある料理の名を挙げる。
「そうですね、それなら短時間で作れますね。どうですか? ヒューゴさん」
「お薦めだよ。簡単だから!」
 ヒューゴはその料理名を聞いたことがなかったが、頷いた。
「よくわからないから、任せるよ。あ、ちゃんと愛情込めれる?」
「ええ、ぎゅっと込めれますよ」
 そうサナエが答えるので、ヒューゴはそれなら全く問題ないと思う。
「じゃあ、それで」
「よし、作ろうか」
「わたしも作る!」
「私も、久しぶりに作りましょうか。初心に帰ることも必要です」
 どうやら話がまとまったらしく、四人は早速作り始めた。


「なあ、エース。おなかすいたぞ」
「はぁ!?」
 ヤザ平原を歩いている途中、突然アイラがもらした一言に、エースは目を剥いた。
「昼食食ったばかりだろうが」
「私はまだ食べてない! だいたい、エースが悪いんだぞ!」
「はあ!?」
 アイラは空腹で気が立っているのかエースに噛み付くように訴える。
「今日は二時集合って言ってたじゃないか。だから一時くらいに食べようと思ってたのに、突然これから出発だって言うから、食べられなかったんじゃないか!!」
 ちなみに今は十二時半を少し回ったくらいだ。
「どうしてくれるんだ!」
「・・・ちょ、ちょっと待て、二時? オレはちゃんと十二時って言ったぞ!」
「嘘だ! 二時って言った! なあ、みんな」
 アイラが振り返って同意を求めると、クイーンたちは頷く。
「私も二時だと聞いたよ」
「わしもじゃ」
「・・・」
「・・・」
 そしてゲドとジャックも頷いた。
「ほらみろ!」
「え、えぇ、そんなバカな・・・」
 混乱するエースに、クイーンは冷たいつっこみを寄越す。
「・・・もうボケが始まったのかい?」
「ボ、ボケってな・・・・・・」
 エースは密かにショックを受けたが、落ち込む暇をアイラが与えてくれない。
「おなかすいたってば!」
「あー、はいはい。お前らも食ってないのか?」
「私は食べたよ」
「わしもじゃ」
「・・・・・・食べた」
 エースの問いに順に答えていき、最後にゲドが口を開く。
「・・・まだだ」
「!!」
 するとエースは、アイラのときとはまったく違う反応を返す。
「そりゃいけない。おい、ジャック、早く獣の一匹でも狩ってこいよ。それとも、イクセにでも買いに行ったほうが早いか?」
 エースのあからさまな大将贔屓に、アイラは当然納得いかない。
「・・・・・・なんかムカつく」
「まあまあ。いつものことだから、そのうち慣れるさ」
 クイーンが宥めようとしたが、アイラの気はおさまらず、エースに文句を言ってやろうと口を開きかけた。
 しかしアイラは、突然来た道を振り返って、何かが見えているのか指差す。
「・・・来る」
「は? 何が?」
 エースたちは不思議に思いながらアイラの指の先に目を遣った。しばらくは何も見えないそこに、次第に小さな影が見え始める。そして、それはすごいスピードで近付き、あっというまに目の前にやってきた。
「よかった、追い付いた!」
 その獣に乗っている人物は、ゲドたちがここ最近ですっかり見慣れてしまった、ヒューゴだ。
「さっき出掛けたって聞いたから、慌てて追いかけてきたんですよ」
「・・・何かあったのか?」
 フーバーから降りて目の前に来るヒューゴに、ゲドはわざわざ追ってきたのだから運び手にとって重要な何事かが起こったのかと思って問う。
 しかし、ヒューゴは深刻さを全く感じない笑顔でゲドを見上げた。
「はい。渡したいものがあるんです!」
「・・・・・・?」
 どうやら何かあったわけではなさそうだと思いながら、ゲドはだったらなんの用なのかさっぱり見当がつかない。そんなゲドに、ヒューゴは手に持っていた二つの風呂敷包みの片方を差し出した。
「これ、オレが作ったんです。よかったら食べて下さい!」
 ずずいーっと差し出されたそれを、ゲドは思わず受け取ってしまう。
「おい、変なもん入ってないだろうな?」
 そこでやっと、突然の登場にあっけにとられていたエースが口を挟んできた。ゲドが受け取ってしまったその包みを思い切り不審そうに見る。「作った」「食べて」からどうやら食べ物だろうとわかるが、一体何を企んでいるんだとエースは疑っているのだ。
「入ってませんよ。そりゃあ、あんまり上手くできなかったですけど・・・」
 ヒューゴはエースに言い返して、またゲドに目を戻す。
「でも、一生懸命作ったんで、ぜひ食べて下さいね!」
 ゲドを見上げるヒューゴの瞳は、純真そのものだ。エースが疑ったような打算も何もなく、ただ好きな人にお弁当を作って食べてもらいたいという、恋心の表れなのだろう。少々乙女チック過ぎる感もあるが、ヒューゴの若さを考えれば微笑ましいと思える範疇だ。
 若いっていいなぁ・・・と思ったエースを始め、みないろんな思いを込めてそんなヒューゴを見つめた。
 が、その中で一人、微妙にずれた視線を送っている人が一人。空腹に耐えかねているアイラだ。
「・・・・・・お弁当?」
 ヒューゴの手に残っているもうひとつの風呂敷包みに、無意識だろうが物欲しそうな目線を向ける。それに気付いたヒューゴは、その包みをアイラに差し出した。
「いる? 一緒に食べようと思ってオレの分も作ってたやつなんだけど」
「いいのか?」
 アイラはもう半分手を伸ばしかけながら、それでも一応聞いてみる。
「うん。上手くできたほうはゲドさんのに入れたから、形がちょっと変だけどね」
 ヒューゴはそんなアイラの手に袋を乗っけてあげた。
「じゃあ、オレはそろそろ」
 そして、用が済んだらしいヒューゴはフーバーのところに戻る。ひらりとその背に乗ると、主にゲドに向けて、笑顔で手を振った。
「頑張って下さい。帰ってくるの待ってますね。それじゃ、失礼します!」
 元気にハキハキ言って、ヒューゴは来たときと同じように、風のように去っていった。
 そんなヒューゴのうしろ姿をみな思わず見送っていたが、やはり一足早くアイラが立ち直る。
「やった、ご飯だ! エース、ここで食っていいだろ?」
 アイラは聞きながら、早速包みを開けた。なのでエースたちも思わずその中身に目を向ける。
 そして現れたそれに、アイラは思わず首を傾げた。
「・・・・・・なんだ、これ?」
 ご飯のかたまりに海苔がベタッと張り付いたもの、にしか見えずエースたちも首を捻る。
「・・・これは」
 すると、どうやら知っているらしくジョーカーが口を開いた。
「「おにぎり」もしくは「おむすび」というやつじゃ」
「へえ。どうやって食べるんだ?」
 始めて聞いた料理名だが、しかしアイラは空腹に勝てないらしく、ジョーカーにかぶりつくんだと言われてその通りに食べ始める。
「にしても、変わった料理だね」
「いや、本来はもっと整った三角で、ちゃんと見れる料理じゃ」
「つまり、あのガキがドヘタってことか」
 クイーンたちの視線は自然に、上手く作れてるらしいゲドの包みに向かった。ゲドはそれを、対処に困ったように未だ手の上に乗せている。
「ゲド、取り敢えず開けてやったらどうだい?」
「・・・・・・」
 クイーンに促され、それもそうだとゲドは包みを開けた。現れたのは、やっぱり変な形だが、アイラのよりは格段にちゃんと「おむすび」に見えるものだ。
「ほんとだ。それなりにちゃんとした料理に見えるな」
「二人で食べようと思ってわざわざ弁当を作り、上手くできたのをゲドのほうに入れた、ね。健気じゃないか」
 おにぎりを頬張りながらアイラが言えば、クイーンは馬鹿にしたようではなくむしろ感心したふうに言葉をもらす。
「・・・大将、そんなの無理に食わなくてもいんですぜ?」
 クイーンと同じことを思ったエースが、だからこそゲドにそう言ってみた。
 しかしゲドは、おにぎりを一瞬見つめてから、ゆっくりと口に運んだ。つい普段よりもしっかり咀嚼してから、飲み込む。
「どうだい? 愛情弁当のお味は」
「・・・・・・」
 揶揄いをこめてクイーンにそう言われても、なんの変哲もない「米+塩+海苔」そのままの味だ。それなのに、ちょっとばかし美味しく感じられてしまうのは、愛情というスパイス故か。
 しかしそれを認めるのは躊躇われ、さらに元々わざわざ口にする性格でもなかったので、ゲドは黙って食べ続けた。
 帰ったらヒューゴに、何か言ってやらないといけないんだろうか、なんと言ってやればいいんだろうか、などと思いながら。




END

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終わらせ方を見失ったので、適当に終わらせました・・・。
ゲドの為に弁当を作る、健気なヒューゴが書きたかったんです。
それだけの話だったので・・・。
というか、傭兵は「おにぎり」を知ってそうですよね。
にしてもジャックは、いたけど喋らなかったのか、
それとも獣を獲りに行ってていなかったのか・・・(知らないよ)