LOVE DEVELOPMENT



「ヒューゴと喧嘩したって?」
 柵に肘をつき風に吹かれていたゲドは、うしろから掛けられた声に、しかし答えず振り返りもしなかった。
 それを気に掛けた様子もなく、男はゲドの隣に並んで柵に凭れ掛かる。
 しばらくそのままでいると、ゲドがようやく口を開いた。
「・・・喧嘩じゃ・・・ない」
「じゃあ、なんだ? オレになら話せるだろ?」
 穏やかに追究してくる男を、ゲドは見遣った。確かにこんな話、この男にしか出来ないだろう。かつても共に戦った、そして戦友以上の存在であった、ワイアット・・・今はジンバと呼ばれているこの男にしか。
 ゲドはどうしても苦くなる思いを抑えながら、数日前のヒューゴとの出来事を話した。
「・・・俺は・・・間違ったことを言ったつもりは、・・・ない」
「・・・だったら、なんでそんなに冴えない表情をしてるんだよ」
 歯切れ悪く言うゲドに、ジンバは苦笑する。
「自分でも薄々わかってるんだろう?」
「・・・何にだ?」
 また視線を前に戻してしまうゲドに、仕方ない奴だと、ジンバはハッキリ言ってやった。
「ヒューゴと近付きすぎたと気付いて、慌てて突き放した。それだけだろう? ヒューゴが英雄だからとかは関係ない」
「・・・・・・・・・」
 ジンバのほうからはゲドの表情は眼帯と髪に隠れてハッキリ見えないが、それでもきっと険しい顔をしているのだろうと想像が付く。
 それでもジンバは続けた。
「いや、関係ないことはないな。どうせ、ヒューゴとアイツのことを重ねたりもしたんだろう?」
「・・・・・・そんなことは・・・」
 否定しようとしたゲドの言葉は、しかし途中で途切れる。
「にしても、おまえもつくづく、「炎の英雄」に好かれるよな」
「何を言っている。ヒューゴ・・・はともかく・・・アイツは違うだろう」
 突然変わった話題に戸惑いながら、聞き流せなくてゲドは言い返す。
「まあな。アイツが愛していたのはサナだ。・・・だがな、アイツはお前に、ヒューゴと似たような感情を持っていた・・・んだろう? ヒューゴのよりは随分複雑で屈折してたようだが」
「・・・・・・・・・」
「だから、お前がヒューゴとアイツを被せて見てしまうのは、仕方ないかもしれないな。距離をとろうと思うのも当然かもしれない。ヒューゴともアイツとのように複雑な関係になったら大変だもんな。今回は前とは違って一枚岩の集団じゃないし。リーダー格の二人がそんな微妙なことになってたら・・・」
「・・・ジンバ」
 ジンバが突然ゲドを弁護するようなことを言い出すので、ゲドは堪らずそれをとめた。
「・・・わかった、認める。確かに、ヒューゴとアイツを重ねたり比べたりしてしまうことはある。が、今回はそれは関係ない」
 ゲドは躊躇いながらも、ボンヤリと気付いていたことをちゃんと認める為に、言葉にする。
「・・・お前の言う通り、ただ・・・突き放しただけだ。英雄の責務とか、そんなのは取って付けた理由に・・・過ぎない」
 ゲドが何とか言い切ると、ジンバはよくやったと言わんばかりにゲドの頭を数度撫でた。
 面倒なのかそんなジンバに反応は返さず、ゲドは少しスッキリしたのか溜め息をつく。
「・・・謝らないといけないな」
 そしてゲドは、素直になりついでに決意しておこうと、口を開いた。
「・・・あいつが「炎の英雄」たらんと、出来る限るのことをしているのは知っている。それなのに、無神経なことを言った。しかも、・・・八つ当たりだ」
「・・・まあ、そんなに気に病むことはないさ」
 ゲドの反省が一転して自嘲になりそうで、ジンバは口を挟む。
「ヒューゴは、強い子だ。今回のことも、お前に期待されてるのだと思って頑張る、それくらいに思ってるさ」
「・・・そうだろうか」
「そうさ。それに、前向きだしな。ま、そうでもなきゃ、おまえを振り向かせようと付きまとうなんて、なかなか出来ないだろうがな」
「・・・・・・」
 ジンバが揶揄うように笑うので、ゲドはつい眉間の皺を深くする。
「でも、ヒューゴと親密になるのが、嫌なのか?」
 続いたジンバの言葉に対して、ゲドの表情は変わらず渋いように見えた。しかし、ジンバは長い付き合いの賜物か、僅かな変化に気付く。
「あぁ、なるほど」
 ジンバはニヤッと笑って続けた。
「嫌じゃないから困る、ってとこか。難儀だなぁ」
 明らかに面白がってそうな口調で言うジンバに、ゲドは睨むような視線を向ける。
「・・・そうじゃない」
「で、最近ヒューゴが近寄ってこないから、実は寂しく思ってたりするんだろう」
「・・・・・・・・・」
 さらに続けるジンバに、何か返そうとしたゲドは、しかし溜め息をつくにとどめる。
「今度は否定しないのか?」
「・・・お前には口では勝てん」
 ゲドの諦めきった口調に、ジンバはつい破顔する。
「ははは、おまえに負けるようじゃ終わりだからな」
 そしてジンバは、元気付ける為か勇気付ける為か、ゲドの背をポンポンと叩いて、来た方向へと歩いていった。
 それを少しの間見送ってから、ゲドは溜め息をつく。
 それは、ジンバと話す前よりも明らかに軽くなっていた。




To be continued…

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ヒューゴはどうやら英雄としても頑張ってるそうですよ。