LOVE DRUNK



 ときは深夜近く。場所はビュッデヒュッケ城一階にあるアンヌが経営する酒場。
 その部屋を、ドアを少し開けて中をそーっと覗き込んでいる人物がいた。
「・・・ゲドさんいるかなぁ」
 そう、炎の英雄ヒューゴだ。
 どうしてそんな不審なことをしているかというと、この部屋にいまいち入りづらいからである。
 アンヌは顔なじみなので昼間訪ねてくることはあったが、夜中に来たことはなかったのだ。夜の酒場といえば大人が酒を楽しむ場所で、ヒューゴには全く縁がない場所だった。
 今も、ゲドの傭兵隊仲間の三人やカラヤの大人たち数人が騒ぎながら飲んでいる。だが残念ながら、その中にゲドはいないようだ。
「・・・いないみたいだなぁ」
 ヒューゴはちょっと肩を落として、その場を去ろうとした。
 しかし、一足遅く、見付かってしまう。
「おう、ちびっこがこんな似つかわしくない場所にどうした?」
 揶揄うような口調は、ヒューゴがもう顔を見なくてもわかるようになった、エースのものだ。
 ヒューゴはむくれ顔になりそうなのを抑えつつ、そろーっと酒場に入った。
「・・・ゲドさん一緒じゃないんですね」
 漂う酒臭さに戸惑いながらも、ヒューゴはエースではなく同じテーブルで飲んでいるクイーンに話し掛けた。
「ああ。部屋のほうにもいなかったかい?」
 はい、とヒューゴが答えようとしたよりも先に、エースが口を挟む。
「おい、まさか、大将に夜這いでもかけようって考えてるんじゃないだろうな!?」
「よばい・・・」
 絡んでくるエースに、慌てて否定すると思われたヒューゴは、しかし首を捻る。
「ってなんですか?」
 本気で知らなさそうな様子のヒューゴに、三人は思わず酒を呷る手をとめた。それから、三者三様の反応をする。
「そんなことも知らねぇのかよ! ほんとにお子様だな」
「ふふ、かわいいじゃないか」
「夜這いしようとしてるのは、むしろお前さんのほうじゃろう」
 馬鹿にしたようなエースに言い返そうと思ったヒューゴは、しかしエースがジョーカーと言い合いを始めるので口を挟めなくなる。
「・・・よばいって?」
 だからクイーンに聞いてみたヒューゴに、クイーンは笑って肩をすくめるだけで教えてくれない。
 なにがなんだかわからないヒューゴに、不意にうしろから声が掛かった。
「それよりヒューゴくん、こんな夜遅くにどうしたの? いつもなら寝ている時間だろう」
「あ、アンヌさん」
 ヒューゴは振り向いて、この酒場の主人に今さらだが挨拶する。
「それがさ、昼寝したら夜眠れなくなってさ。せっかくだからゲドさんの部屋に行ってみたんだけどいなくて」
「そうか。せっかくだから何か飲んでいく? といっても、ジュースしか出せないけど」
「うーん・・・」
 ヒューゴがどうしようかと思っていると、言い合いが終わったのかエースがまたちょっかいを出してくる。
「おや、英雄殿はお酒が飲めないのかな?」
「そうですけど。・・・悪いですか?」
 基本的に愛想がいいヒューゴだが、エースにはどうしてもつっけんどんになってしまう。それは、エースがゲドを巡る一番のライバルだとヒューゴが思っているからなのだが、エースも同じことを思っているからヒューゴに絡んでくるのだろう。
「悪かないさ。だがな、大将は結構な酒飲みなんだぜ」
「え、そうなんですか?」
 新たなゲド情報に、ヒューゴは一瞬相手がエースなのも忘れて飛び付く。するとアンヌやジョーカーも話に乗ってきた。
「ゲドはバーボン派みたいね。静かに飲んでいるからわかりにくいけど、実はかなりの量いってるわね」
「そうじゃ。一遍飲み比べをしたが、さすがのわしでも無理だと思ったぞ」
「そういえば、酔ってるところ見たことないねぇ」
 ヒューゴの質問に端を発した会話は、ヒューゴを置いて盛り上がっていく。
「・・・ばーぼん?」
 ヒューゴはまたもやなんのことかわからない単語に首を捻りつつ、ゲドがかなりの酒豪だということをかろうじて理解した。
 そして、ゲドはよくここで酒を飲んでいるんだろうということも推測出来る。おそらくは、エースもよく一緒に。
 それに引き換えヒューゴは、この時間はかなりの確率でもう寝ていた。
 ヒューゴは、ゲドが酒を飲んでいる姿すら、見たことがないのだ。
「・・・・・・・・・」
 ヒューゴが、少しでもゲドの世界に近付きたいと思うのも、無理はないだろう。
「アンヌさん、オレにもお酒ちょうだい!」
 ヒューゴは会話を楽しんでいるアンヌたちに勢いよく割って入った。
「こら、まだ15でしょ」
「ちょっとくらいいいだろ。ほら、仮にも英雄が酒飲めないなんて、箔が付かないよ!」
 などと言いつつ、ヒューゴの理由がそんなことじゃないことはまるわかりだった。
 アンヌは困ったように笑ったが、意外にもエースがヒューゴに助け船を出す。
「いいじゃないか。何事も、経験よ」
「エースさん」
 ちょっと驚いたヒューゴに、エースは自分のコップをズイっと差し出す。
 ライバルとはいえ、いやだからこそ、ヒューゴの背伸びしたい気持ちがよくわかるのだろう。
 とはいえ、やはり揶揄うのも忘れないエースだ。
「大将だって、酒も飲めないような奴を相手にするのはつまらないだろうしなぁ」
「・・・」
 少しムッとしながらも、ヒューゴはありがたくそのコップに手を伸ばそうとした。
 するとアンヌが仕方なさそうに嘆息する。
「しょうがないね。その代わり、弱いのを一杯だけだよ」
「ありがとう!」
 ヒューゴは喜んで、アンヌが用意してくれたお酒を受け取った。
 そのお酒は、ヒューゴにはやっぱり何かわからなかったが、色もにおいも普通のジュースとしか思えない。
 だから躊躇う気持ちが薄れたヒューゴは、飲もうとコップに口をつけた。
 と同時に、酒場に新たな客が訪れる。正確には「客」ではないのだが。
「ヒューゴ、こんなところにいたのか。目が覚めたらいないから・・・」
「げっ、軍曹」
 ヒューゴはそれが自分の教育係だと気付いて、とめられる前に慌てて一気飲みした。
「おい、それ!」
 察したのか軍曹は急いでヒューゴに駆け寄る。
 が、空っぽになったコップを持ったヒューゴは、地黒なのにそれとわかるほどあっというまに真っ赤になってしまっていた。目つきも動きもどことなく怪しい。
「おい、一体誰が」
 飲ませたんだ、と問おうとした軍曹は、しかし途中で言葉を途切れさせる。
 ヒューゴが熱っぽい目で自分を見ていることに気付いたのだ。
「・・・ヒューゴ?」
 まさか食材に間違えられているのかと思って軍曹は一歩後退した。するとヒューゴもジリッと距離を詰めてくる。
 そして。
「ゲドさ〜ん!!」
 ヒューゴはガバっと軍曹に抱き付いた。
 ちなみにヒューゴが放り投げたコップはエースが何とかキャッチしてことなきを得た、のは措いといて。
「おいヒューゴ、俺はゲドじゃない!」
 軍曹はもがいたが、ヒューゴは逆に腕に力を込める。
 一つも似たところのないゲドと軍曹を間違えるとは、たったコップ一杯でヒューゴは相当酔ってしまったようだ。
 軍曹は羽をバタバタさせながら助けを求めたが、周りの人は面白がって笑っているだけでなんの助けにもならない。
「・・・ゲドさん」
 ヒューゴは軍曹の肩に埋めていた顔を上げた。そして解放されるのかとホッとした軍曹に、トロンとした目を向ける。
「ゲドさぁん、好きでーす!」
 ヒューゴはそう言って、軍曹のくちばしに、自分の唇を押し付けた。
「お、おいっ」
 軍曹が思わずヒューゴの頭をはたくと、ヒューゴは少し離れて軍曹の顔をまじまじと見る。そして、首を傾げた。
「・・・あれぇ?」
 それからもう一度軍曹のくちばしにキスして、顔をしかめる。
「おかしい! ゲドさんの唇はもっと柔らかくてあたたかかった!!」
 人間と比べないでくれ・・・と軍曹は思った。と同時に、それまで愉快そうに見守っていたエースが堪らず口を挟む。
「おい、そんな羨ま・・・いやいや、えっと、とにかく、一回したぐらいでいい気になんなよ!」
 叫ぶように問うたエースを、しかしヒューゴは無視してふらふら歩き出す。
「ゲドさんどこですか〜?」
 そして彷徨わせた目をクイーンで留めた。
「あっ、ゲドさ〜ん!」
 そしてそのまま飛び付こうとしたヒューゴを、エースは加減なしにラリアットを食らわして阻止した。
「かわいそうに。エース、大人気ないよ」
 その場にバッタリ倒れてしまったヒューゴを見てそう言ったのは、今まさにヒューゴの被害者になろうとしていたクイーンだ。
「お前なぁ、いいのかよ、あんな目に合って!?」
 エースはくちばしを撫でながら微妙な表情をしている軍曹を指して言う。しかしクイーンは笑って平然と答えた。
「いいじゃないか。英雄殿にされるなら光栄だね。しかも、こんなに若い子だ」
「あのなぁ」
 呆れたようなエースの代わりに、ジョーカーが横槍を入れる。
「オバサンの考え方じゃな」
「・・・なんだって?」
 ジョーカーの軽口に、クイーンはピクリと反応した。笑顔はそのままなのに何故か周囲の温度が数度下がって気がして、ジョーカーはまずいと思う。
 しかしジョーカーはそれとは違う危険な気配を感じて、今度はうしろを振り返った。
 そこには、ゾンビの如くふらりと立ち上がり、真っ直ぐジョーカーを捉えているヒューゴの姿が。
「・・・ゲドさぁ〜ん」
 ヒューゴはジョーカーのほうに一歩踏み出すので、ジョーカーはいつでも避けられるように身構えた。
「ゲド・・・さ・・・」
 しかし酒のせいかエースのラリアットのせいか、踏み出した足はふらふらと崩れだす。
 そして、バタンと床に倒れこみ、そのまま動かなくなってしまった。
「・・・・・・・・・」
 そんなヒューゴのなかなかに壮絶な姿を、しばらくはみな無言で見下ろした。
 「炎の英雄」だと思って見ると、かなり情けなく思える姿だ。しかし、「恋する少年」だと思って見れば、微笑ましい気がする・・・かもしれない。


「ったく、なんだってオレがこんなこと」
「お前さんがヒューゴに飲むよう唆したんだろ?」
「・・・・・・まあ、そうだけどよ」
 軍曹の言う通りなので、エースは反論出来ず背負った荷物を抱え直した。
 ヒューゴがお酒を飲むきっかけを作ったのはエースなので、倒れてしまったヒューゴを責任持って部屋まで送ることになったのだ。
「う〜ん、ゲドさ〜ん、好きです〜」
 すると背中からそんな寝言が聞こえてきて、エースは一瞬だけ思わず落としてしまおうかと思ってしまう。
 しかしそんなことも出来ないので、エースは代わりに軍曹に愚痴ることにした。
「ったくよー、教育係ならキッチリ躾けといてくれよな。最近こいつ、大将に付きまとってばっかりでうっとおしいったらないぜ」
「そう思ってるのはお前さんだけだろ。ゲドだって邪魔だと思うなら追い払うさ」
「でもよー・・・」
 エースはさらに続けようとして、しかし途中で口をつぐむ。
 それから、ポツリと本音をもらした。
「・・・そうは言っても、ちょっとばかし、羨ましくもあるんだよな、こいつが」
「?」
「ストレートに堂々と、ぶつかっていけるところがよ」
「お前さんだって、女のしりをいつも追っ駆け回してるらしいじゃないか」
「そりゃあ・・・。本気の相手には、そんなことは出来ねぇよ、オレは」
 エースは、未だゲドに本気で好きだと伝えたことが一度もないのだ。
「・・・まあ、ヒューゴもまだ子供だからな」
「そうか? オレは、こいつは十年後もこうだって思うけどな」
「それは、褒め言葉と受け取っておくよ」
 そんな会話をしているうちに、部屋に辿りつく。エースはヒューゴをベッドに降ろしてから、肩をならした。
「じゃあな。ああ、こいつにもう酒飲ませるんじゃねぇぞ」
「こっちのセリフだ・・・」
 軍曹はくちばしを押さえて、エースを半眼で睨む。
「ははは、そいつは悪かったって」
 と言いつつも、自分とゲドが被害に合わなければいいやと思ったエースだった。
 そして、エースは部屋をあとにする。
 自分の寝床まで歩きながら、エースはふと口にしてみた。
「大将、好きです・・・よ〜」
 しかし、誰もいないにも関わらず、真剣に最後まで言い切ることが出来ない。お調子者の宿命だろうか。
「あ〜あ、やっぱり当分言えそうにねえなぁ・・・」
 エースは溜め息まじりにぼやくと、気を変えてまた酒場のほうに戻ろうと歩き始めた。




END

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酒に弱いヒューゴはかわいいだろうな、との思いから生まれた話。
しかしあまり(というか全く)かわいく書けてないね・・・。
にしてもどうしましょうか。ヒューゴが夜這いも知らない子になってしまいました(笑)
エースもよく分からないキャラになりましたね。