LOVE INCITE



 青く澄んだ空を見上げ、ヒューゴは大きく息を吸い込んだ。
 そして、改めて決意し、走りだす。
 ヒューゴの予想通り、パーシヴァルは牧場にいた。側には、同じ六騎士のレオとロランがいる。
「げっ」
 ヒューゴは思わず足をとめた。
 レオはいい。レオの実直で豪胆な性格はカラヤの男とも共通するところで、ヒューゴはすぐにレオに親しみを覚えた。
 ヒューゴは、ロランが苦手だったのだ。何も言わずに黙って見下ろしてくる目が逆に、自分を蛮族呼ばわりしたあのときの冷たい目を思い出させる。
 だから思わず声を掛けるのを躊躇っていると、そんなヒューゴにレオのほうが気付いた。
「おぉ、ヒューゴ殿も競馬を見にきたのか?」
「あ、え、そんな」
 ブンブンと頭を振るヒューゴに、パーシヴァルも気付く。
「そんなわけないでしょう。ねえ、ヒューゴ殿」
「あ、う、うん」
 自分に向けられたパーシヴァルのきれいな笑顔に、ヒューゴはドキドキし始める心臓を早くもとめられなくなる。
「あ、あの、これから暇・・・じゃないですよね」
 少し首を傾げて用件を待つパーシヴァルに、しかしヒューゴはそれを取り下げようとした。レオとロランが一緒にいるので、仕事の途中だと思ったのだ。レオがさっき「ヒューゴ殿も競馬」と言ったのをすっかり忘れているようだ。
 そんなヒューゴに、パーシヴァルは小さく頭を振って答える。
「いいえ、空いていますよ」
「えっ、本当!?」
 もう出直す気でいたヒューゴは思わず歓声を上げた。
「ええ。デートのお誘いですか?」
「デ、デートじゃ・・・っ」
 実はその心意気だったヒューゴは、見抜かれたのかとうろたえる。
「冗談ですよ。遠乗りですね。是非お供させて下さい」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!!」
 ヒューゴがつい姿勢を正して返事すると、パーシヴァルはクスリと笑う。
「それでは、せっかくなので鎧を脱いできます。ここでしばしお待ち頂けますか?」
「は、はい、どうぞ!」
 鎧を脱ぐということは私服姿が見れる・・・ヒューゴはそう思ってついついワクワクしてしまう。
 そんなヒューゴは措いといて、パーシヴァルの姿が見えなくなるとレオはおもむろに口を開いた。
「ロラン、賭けないか? パーシヴァルとヒューゴ殿、どっちが早駆けで勝つか」
 それに対してロランはなんの反応も返さないが、レオは慣れているのか気にせず続ける。
「オレはパーシヴァルだな。あいつの馬術の巧みさはオレが一番知ってる」
 なんとはなしに聞いていたヒューゴは、その断言したレオの言葉に複雑な気分になった。パーシヴァルのことを一番知っているのは自分だ、と自慢しているように聞こえたのだ。
 少し悔しくなってしまったヒューゴだが、しかし次のロランの一言でその気分が吹っ飛んでしまう。
「・・・・・・では、私はヒューゴ殿に」
「えっ!?」
 思わず声を上げたヒューゴは、ロランに視線を向けられて慌てて口を押さえた。それから、そろーっと聞いてみる。
「・・・ど、どうしてですか?」
「何度か見ましたが、カラヤの馬もゼクセンの馬に劣らず優れているようですから。とくに跳躍力に抜きん出ています。草原を走るのならむしろカラヤ馬のほうに利があるでしょう」
 ロランは淡々と語る。しかしその前提として、ヒューゴの腕をパーシヴァルに劣らないものと認めているのだろう。
 自分が蔑まれているとばかり思っていたヒューゴは、驚き喜ぶと同時に恥ずかしくなる。今まで一体ロランの何を見ていたのだろうと。
「ありがとうございます。ロランさんが賭けに勝つためにも、オレ頑張りますね!」
 ヒューゴが見上げて言うと、ロランは小さく頷いた。さっきまで冷たく見えていた目が、むしろ穏やかなそれに見えるのだから、人間というのは不思議な生き物である。
「・・・・・・あ、パーシヴァル、オレはお前に賭けたんだから、勝ってくれよ!」
 レオはやっと現れたパーシヴァルに訴えた。
「一体なんの話です?」
 問いながら、しかし大体の見当が付いているのかパーシヴァルは苦笑している。
 そんなパーシヴァルに、ヒューゴの視線は釘付けになった。
 白いシャツに黒のズボン、シンプルでいてセンスの感じられる着こなしは、パーシヴァルの均整の取れたスマートなスタイルを引き立たせている。
「さてヒューゴ殿、行きましょうか」
「あ、は、はい」
 思い切り見とれてしまっていたヒューゴは、パーシヴァルに促されるまま、フラフラとついていった。
 ヒューゴの頭の中にはレオの賭けのことやロランを見直したことなどもうこれっぽちもないのだから、人間とは不思議な生き物である。


 カラヤ馬は体格ではゼクセン馬に劣るものの、身のこなしの軽さは断然優れていた。
 青々と茂る草を散らしながら、ゴールの一本突き出て高い木まで一直線に駆ける。
「・・・はぁ、どうやら、私の負けのようですね」
 パーシヴァルは手綱を引いて、馬を宥めながらヒューゴに笑い掛けた。
「疾風の騎士ともあろうものが・・・この名を返上しなければなりませんかね」
「そ、そんなこと。ロランさんも言ってましたし、草原ではカラヤ馬のほうが有利だって」
 パーシヴァルに倣って馬から下りながら、ヒューゴは慌ててフォローする。
「しかし、負けは負けです」
 そんなヒューゴに、パーシヴァルは悔しさよりはむしろ清々しさを感じているような口調で返した。
 その気持ちは、ヒューゴもよくわかる。全力でぶつかり合ったという、勝敗とは関係のない満足感。ヒューゴも全く同じものを感じていた。
「さて」
 パーシヴァルは汗をかいたからか、シャツのボタンを一つ外し襟を掴んでバタバタと風を送り込む。
 その仕草と、ちらちら見える上気した肌に、思わずヒューゴは目がいってしまった。そして次のパーシヴァルの言葉で、ヒューゴの鼓動はさらに早くなる。
「さて、勝負はあなたの勝ちですね」
 レオが言い出した賭けのことを聞いたパーシヴァルは、ヒューゴに提案したのだ。勝ったほうが負けたほうに一つだけ命令できる、と。
「さあ、ヒューゴ殿、なんなりと?」
「あ、う、うん・・・あの・・・」
 ヒューゴはどうしても紅潮する頬を抑えられないまま口を開いた。
「あの・・・お願いしますけど・・・これからオレが言うことを聞いてもですね、怒らないでくれますか?」
「それがお願いですか?」
「はい。・・・怒らないでというか、・・・嫌わないで欲しいんですけど」
「わかりました。頼まれなくても、私はあなたを嫌いになんてなりませんけどね」
「そ、そうですか?」
 そんな何気ない一言でも、ヒューゴはとても嬉しくなる。その理由を、ヒューゴはもうハッキリと自覚していた。
「あ、あの・・・」
 ヒューゴは、大きく深呼吸してパーシヴァルを見上げた。
「パーシヴァルさん!」
 パーシヴァルはいつもの静かな微笑みのまま続きを待つ。そんなパーシヴァルを真っ直ぐ見つめて、ヒューゴは自分の想いをシンプルに告げた。
「オレ、パーシヴァルさんが好きなんです!!」
 言い切ってヒューゴは、もう後戻りは出来ないと、言う前よりも緊張してしまう。
 一方、言われたパーシヴァルは、やはり表情を崩さなかった。
「ええ、知ってますよ」
 サラリと返すパーシヴァルに、ヒューゴは少し拍子抜けしてしまう。
「あの、そうじゃなくて・・・仲間とか友達とかの好きじゃ・・・」
「ええ、だから、知っています」
「・・・えっ?」
 やっぱりサラリと返ってきたパーシヴァルの言葉に、ヒューゴの思考は一瞬停止した。
「ええっ!?」
 そして、知っていた・・・つまりバレバレだったということだろうかと、ヒューゴは激しく動揺する。そんなヒューゴに、パーシヴァルはマイペースに言葉を掛けた。
「にしても謙虚な方ですね。なんでも命令できるのですから、例えば、キスしろ、くらい言えばよかったのに」
「えええっ!?」
 そんなこと考えもしなかったヒューゴは、さらに動揺した。そして思わぬ展開に、ついつい期待を持ってしまう。
「・・・お、お願いしたら・・・させてくれるんですか・・・?」
「したいですか?」
「え、えっと・・・」
 ヒューゴはうろたえながらも、しかし正直に答えた。
「・・・はい、したいです」
 言って、また少し赤くなるヒューゴを、パーシヴァルは笑って見下ろした。
「本当に、かわいらしい方ですね」
「そ、そんなこと・・・っ!?」
 かわいいと言われては黙っていられないヒューゴは、言い返そうとして、しかしパーシヴァルがずいっと顔を近付けてきたので言葉を続けられなくなった。
「さあ、どうぞ?」
 パーシヴァルのきれいなカーブを描く口がヒューゴのすぐ目の前にある。
「・・・っ」
 ヒューゴはこれ以上ないくらい赤くなり、心臓が破れそうなほどの動悸に思わず胸を押さえた。
 なかなか動き出せないヒューゴをパーシヴァルは笑顔で待っている。
 ヒューゴはごくりと生唾を飲み込み、そろっと手を伸ばした。頬に指が触れると、パーシヴァルは顔を動かし少しずらす。
 ヒューゴの指が、パーシヴァルの唇に触れた。
「っ!」
 ヒューゴは弾かれたように手を引いてしまう。
「どうしました?」
 ヒューゴが離れたぶん、パーシヴァルはまた距離を詰めた。
「したいと言ったじゃないですか。・・・それとも」
 すぐ間近にパーシヴァルの顔。ヒューゴの思考は停止し、逆に鼓動はうるさいくらい早くなる。
「して、欲しいですか?」
 間近で囁くように言われ、ヒューゴは更に言葉を失った。
 そんなヒューゴに、パーシヴァルは顔を近付け、
「!?」
 ヒューゴの沈黙を肯定と取ったのだろうか、パーシヴァルはそっと唇を重ねてきた。
 体に電撃が走ったように硬直してしまうヒューゴを、パーシヴァルは目を細めて見返す。そして、少し距離を取って、ちろりと自分の唇を舐めた。
「!」
 その赤い舌が、ヒューゴの理性を奪った。
 目の前の顔を引き寄せ、やや強引に口付ける。パーシヴァルは怯むことなく、むしろ進んでヒューゴの舌を迎え入れた。
 ぬくもりや感触や漏れる湿った音に、ヒューゴは我を忘れて夢中になる。
 どれくらい経っただろうか。
 やっと離れたヒューゴの息は上がっていた。対してパーシヴァルは、変わらず涼しい顔をしている。
「・・・なかなか、ですね」
「・・・・・・・・・それって」
 ヒューゴはどうにか息を整えながらパーシヴァルを見上げる。
「褒めてるの?」
「そうですね、これからに期待、ということろでしょうか」
「・・・・・・」
 やっぱり褒めてない・・・と、ヒューゴは少し悔しくなる。しかし一瞬遅れで、可能性に気付いた。
「これから・・・またしていんですかっ?」
「それより次は、キスの先でも賭けますか?」
「そ、そんなっ」
 ついヒューゴの脳裏に、さっきのパーシヴァルの少し汗ばんだ肌が思い出されて、目が回りそうになってしまう。
「い、いいんですか!?」
 それでもヒューゴは、正直に聞いてみた。
 しかしパーシヴァルは、それには答えず、ただ笑う。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
「えっ!?」
 展開についていけないヒューゴを措いて、パーシヴァルはさっさと馬に跨った。
「あ、ま、待って下さいっ!」
 ヒューゴも慌てて馬に乗り、追いつく。並んで馬を歩かせながら、ヒューゴはパーシヴァルを窺った。
「あの、パーシヴァルさん」
「なんですか、ヒューゴ殿?」
 パーシヴァルは穏やかに微笑んで返す。
 ヒューゴは聞きたいことがあった。告白に対する答え、どうしてキスさせてくれたのか、次の賭けのこと。
 しかし、
「・・・なんでも、ないです」
 パーシヴァルの笑顔を見てしまえば、そんなことどうでもよくなってしまった。
 恋する人間というのは、本当に不思議な生き物である。




END

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果たしてちゃんとヒュ×パーになる日が来るんだろうか・・・
取り敢えず、パーシヴァルが丁寧語なうちはまだまだです。(たぶん)