LOVE INTICATION
この日、朝早くからボルスはパーシヴァルを探してブラス城を駆け回っていた。何故かというと、昨日その頬を思い切り殴ってしまったことを謝る為に。
パーシヴァルがクリスをイクセへ誘い、その結果クリスが危険な目にあってしまった。とはいえ、そのことでパーシヴァルを責めるのは筋違いだと、一晩経ってやっと冷静になったボルスは気付いたのだ。
だからせめて詫びを言いたいと、ボルスはブラス城中を探し回っていた。
そしてやっとのことでパーシヴァルを見つけ出したボルスは、しかしそのまま駆け寄ることが出来なかった。
パーシヴァルの隣には、レオがいたのだ。
元々、六騎士の中でパーシヴァルとレオは公私共に一緒にいることが多く、かなり親密そうに見える。
だからだろうか、この二人が一緒にいるとき、ボルスはどこか近寄り難さを感じていた。今も、声を掛けることが出来ずに、二人を物陰から盗み見るような状況になってしまう。
そんなボルスには気付かず、パーシヴァルはレオとたわいない話をしているようだ。だがその途中、レオがふとパーシヴァルの顔を覗き込んで口を開く。
「・・・顔色が悪いようだな」
ボルスはドキリとした。自分のせいだろうかと、口の端が切れるほど強く殴ってしまったボルスは青くなる。
しかし、それに続いたレオの言葉は、ボルスの予想とは違っていた。
「・・・眠れなかったんだな」
断定するようなレオに、パーシヴァルは否定しようとしたのか、しかし溜め息をつき肩をすくめる。
「レオ殿にはお見通しのようですね」
それから、二人はしばらく沈黙した。そして見ているボルスがなんだか居心地が悪くなってきた頃。
パーシヴァルがポツリと呟くように、切り出した。
「・・・初めて人をこの手で殺めた夜も・・・・・・同じようにうなされました」
ボルスは、驚いた。
ボルスとてそのような経験はあるので、パーシヴァルもそうだったということは、むしろ当然のように思えた。
そうではなく、パーシヴァルが誰かにそんな心中を聞かせたことが、ボルスにとって信じ難いことだったのだ。
そんなボルスの動揺を他所に、パーシヴァルは心の内を躊躇わずレオに曝す。
「やがてそんなことにも慣れて、もう二度とこんなことはないと、そう思って・・・」
その声のトーンは、ボルスが今まで聞いたことのないもので、このまま勝手に聞いていてはいけないのではないかという気になる。
だがしかし、ボルスの足が動く気配はなかった。
「それなのに、慣れたはずの、血が炎が・・・目の前で失われていく命が・・・どうしても離れなくて・・・」
「仕方ないだろう」
段々と視線が下向きになっていくパーシヴァルを、レオがそっとさえぎった。
「戦場での出来事なら割り切れようが、あのような生活の場では現実感がありすぎる」
そしてレオは、僅かな躊躇いを含ませながら、続ける。
「・・・ましてや、それが生まれ育った村のものなら・・・な」
「・・・・・・っ!?」
低い声で告げられたその事実に、ボルスは声がもれそうになるのを必死で抑えた。
ボルスは、知らなかった。あの日襲撃を受けた村が、パーシヴァルの故郷だったと。
だからとはいえ、自分のしたことがどれだけ無神経だったかボルスは今になって知る。
怒りのままに手を上げたボルスに、パーシヴァルは済まなかったと静かに受け答えた。そしてそのあとは、何事もなかったかのように、いつもの冷静なパーシヴァルだったのだ。
つらさを隠そうとしない今とは違って。
レオは俯いたままのパーシヴァルに声を掛ける。
「・・・つらいのなら、我慢することはない。泣けばいいだろう」
パーシヴァルに向けられるレオの表情は、言葉と同様に、とても優しい。ボルスはそんなレオもまた、見たことがなかった。
良くも悪くも大雑把なレオが、繊細な気遣いをしているのだ。パーシヴァルには。
「なんならオレの胸を貸してやる。いくらでもな」
「・・・そんなこと言ってくれるのは、レオ殿だけですよ」
パーシヴァルは顔を少し上げ、薄く微笑む。その表情は複雑すぎて、そこにある感情はボルスにはわからなかった。
だがおそらく、レオにはわかっているのだろう。
「遠慮するな。オレとお前の仲だろう」
「ええ。・・・でも、やめておきます。キリがなさそうなので」
そう言ったパーシヴァルの言葉は、しかし充分甘えた響きを持っているようにボルスには聞こえた。
見ていられない聞いていられない。
何故だか突然湧き上がった思いに、ボルスは無意識のうちに踏み出していた。
「パーシヴァル!」
ボルスが姿を見せると、パーシヴァルとレオは途端に、いつもの二人に戻ってしまう。
それを苦々しく思う自分に戸惑いながらも、ボルスはともかく目的を果たしてしまおうとパーシヴァルに歩み寄る。
「パーシヴァル、昨日のことだが・・・」
ボルスがそう切り出すと、レオが凭れていた壁から背を離した。
「それではオレは軽く一杯引っ掛けてくるとしよう。またな」
レオはパーシヴァルの肩を軽く叩き、その言葉の通り酒場の方向へ消えていった。
「で、ボルス殿。何か御用ですか? ・・・まあ大体の予想は付きますが」
いつもの微笑を浮かべたパーシヴァルは、確かに少し青い顔をしていて、ハッキリ残っている殴られた跡を余計に痛々しく見せている。
「・・・その、済まなかった」
ボルスは顔を逸らしながら謝罪の言葉を口にした。見たくなかったのは、その自らが残した痕跡か、それともさっきまでとはまるで違う表情か。
「これくらい、怪我のうちにも入りませんよ」
「しかし・・・」
「それに、側に付いておきながらクリス様を危険な目に合わせてしまったのですから、ボルス殿の怒りも尤もです。気に病むことはありません」
「・・・・・・」
パーシヴァルの言葉は柔らかだが、そこには明らかな拒絶があるように思えた。レオには入れても、自分には決して入れない領域があるのだと、ボルスは思い知らされる。
生じるもどかしさや焦燥感。
しかしボルスは、それがどうして生じるのか、そしてそれをどう表現していいのか、わからなかった。
「さて、ボルス殿はこれから?」
「・・・兵の訓練だが」
「では、同じですね」
言いながら、しかしパーシヴァルは訓練場とは反対の方向に体を向ける。
「私はレオ殿を連れてから向かうとしましょう」
そして、まるでノロケのように言ってのけた。
「私がとめないと、レオ殿はいくらでも飲み続けますから」
「・・・・・・」
どう返していいのかわからず反応出来ないボルスに、パーシヴァルは何を思ったか身を翻して距離を詰めた。
そして、ボルスの鼻先の触れるか触れないかくらいの位置に人差し指を持ってくる。
「ボルス殿、あなたにそんな表情は似合いませんよ」
少し悪戯っぽく細められたパーシヴァルの目が、ボルスを至近距離で捉えていた。
「・・・っ!」
ボルスは思わず顔を赤くして、ズササッと後退りしてパーシヴァルから離れる。それを見て満足そうに微笑むと、パーシヴァルは背を向けて酒場のほうに歩いていった。
あとに残されたボルスは、しばらくの間そのままの格好で固まってしまう。
「・・・・・・・・・はっ」
数分は経っただろうか、ボルスはやっと我に返って姿勢を正した。
そして、自分がこんなに動揺した理由を探そうと、ボルスは考えてみる。パーシヴァルにすぐ側で微笑まれたから・・・・・・そんなバカな。
浮かんだ理由を即座に打ち消して、ボルスは頭を思い切り振った。
「そんなことはどうでもいい。ちゃんと謝ったことだし、今日は気持ちよく訓練をつけることが出来そうだ!」
ボルスはわざとらしいほど張り切って、頭を訓練に切り替えようとする。
しかしそうすると、もうすぐ二人揃って現れるであろうパーシヴァルとレオを思い浮かべてしまい、ボルスは如何ともしがたいモヤモヤした気分になってしまった。
「・・・とにかく! 汗を流せばスッキリするさ!」
ボルスはまたしても独り言にしては大きい声を出し、今度こそ訓練所の方へ歩き出した。
END
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コミック二巻のあのシーン、「傷口に塩塗りこむようなことしたな、こいつ・・・」
て思ったので、ボルスがちょっとかわいそうな話にしてみました。
このボルス、まだ自分の気持ちに気付いてません。あと少し。
このレオとパーシヴァルは・・・一応デキてません。
でもどっちにしても、こんなかんじの二人が理想。
パーシヴァルはレオを頼ってて、レオはパーシヴァルには優しいの。
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