LOVE INTRODUCTION



「ゲドさ〜んっ!」
 鍛冶屋から出てきたゲドに、笑顔で手を振りながら駆け寄ってきたのは、見なくてもわかるヒューゴだった。
「見て下さい、また犬を仲間にしたんですよっ」
 ヒューゴは抱えている白い犬をゲドのほうにひょいっと掲げた。そのピンクの風呂敷を首に巻きつけている犬は、不安定な体勢のせいか「アゥ」と鳴く。
「この子はメスみたいなんです。セシルによるとコニーって名前らしいですよ」
 腕にしっかりと抱き直しながらヒューゴが言うが、しかしゲドはチラッと見ただけで、すぐに視線をコニーから外した。
「・・・犬、嫌いなんですか?」
「・・・別に」
 自然に並んで歩きだしながら、首を傾げるヒューゴにゲドは続ける。
「・・・嫌いじゃないが、好きでもない」
「そうなんですか? こんなにかわいいのに」
 ヒューゴはコニーをつついて、その反応に頬を緩めた。ゲドはそんなヒューゴこそ、人懐っこい犬のようだと思う。
「あ、そういえば前、猫撫でてましたよね。もしかして、猫派なんですか?」
「・・・・・・」
 真実なので否定出来ず、かといってわざわざ肯定するのもなんなので、ゲドは沈黙した。するとヒューゴは本当に驚いたらしく、目を見開く。
「へえ、意外ですねっ」
「・・・悪いか?」
「いえ、悪くなんてないです。むしろ、かわいいですね!」
「・・・・・・」
 しかしヒューゴはすぐに笑って答えるので、ゲドはますます複雑な気分になった。
 そんなゲドには気付かず、ヒューゴは笑顔のまま口を開く。
「・・・でも、嬉しいです」
「?」
「ゲドさんと、こんなふうに会話出来るようになるなんて」
 ヒューゴはゲドを見上げて、本当に満ち足りたときの癖である、目を細めた笑顔を見せる。
「これって、ゲドさんに近付けてるってことですよね」
「・・・・・・・・・」
 嬉しそうに言ったヒューゴの言葉に、しかし反対にゲドは頭がふっと冷えるのを感じた。
 確かにヒューゴの言った通り、ゲドとヒューゴは出会ってから段々と何気ない会話も交わすほど親しくなっていっている。
 そのことに気付かず、違和感も感じなかった自分に、ゲドは驚いた。
 ヒューゴとの関係は、「炎の英雄」と「それを支える同志」であるべきだ。ゲドは最初からそう決めていた。信頼と尊敬、それ以外のどんな感情も持つべきではないと、ゲドは五十年前に痛いほど思い知っていたのだ。
 それなのに。
 ゲドは、ヒューゴとの距離が好ましくないほど近付いていることに、唐突に気付いた。
「・・・今日は何をした?」
「え?」
 正面を向いたままでのゲドの突然の問いに、ヒューゴは少々戸惑いを感じながらも答える。
「えっと、アラニスたちが久しぶりに大空洞に行きたいって言うから一緒に行って、そしたらこの子を見付けたから仲間にして・・・」
「それが、炎の英雄のすべきことか?」
「え?」
 自分をさえぎったゲドの言葉に、ヒューゴは一瞬キョトンとした。それから、何を言われたか理解し、その顔を少しこわばらせる。
 しかしゲドは視線を正面に向けたままだったので、その表情には気付かないまま、続けた。
「確かに無理はするなと言ったが・・・。お前は、自分が英雄であるということをわかっているのか? その重みを、理解しているのか?」
 意識して出した硬い声に、ヒューゴの足がとまる。
「・・・オレは」
 ゲドはそこでやっとヒューゴのほうを見たが、ヒューゴは俯いていて、ゲドのほうからその表情は見えなかった。
「ゲドさんから見て、オレってそんなふうに映ってるんですか・・・?」
 その声は、今まで聞いたことないほど弱々しい。
 ゲドは思わず何か声を掛けようと思ったが、しかしそれより早くに、ヒューゴが動いた。一度も振り返らずスピードを落とさず駆けていき、すぐにゲドの視界から消えてしまう。
 残されてしまったコニーが、ゲドを見上げてアゥと鳴いた。
「・・・・・・・・・」
 しかしゲドはコニーを構ってやる気分では、いつも以上にない。
 ゲドは間違ったことを言ったつもりはなかった。「炎の英雄」ヒューゴとの会話はその活動に関することだけで充分であり、ヒューゴが道から逸れかけたらそれを諌めるのは当然だ。
 ゲドはそう思いながら、まるで自分にそう言い聞かせているような気分になる。
 そして、今ゲドの心中を占めているのは、後悔だった。
 ただそれだけだった。




To be continued…

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ヒューゴ、ちゃんと英雄としての仕事をしてるのか?
という疑問から生まれた一品。(半分本当)