LOVE LEVEL 01



 軍議もないのどかな午後。
 ゲドは自室のベッドに腰掛けて、その膝に乗る子猫のふさふさした毛並みを撫でていた。何も考えず、すりよってくる猫と戯れるこの時間が、ささやかなしかし至福のときだったのだ。
 が。
 そんな穏やかな時間は、一人の訪問者によってあっさりと崩れ去った。
 タカタカタカと走ってきたその軽い足音はゲドの部屋の前でとまり、すぐに扉がバターンと開く。
「?」
 ゲドが誰かを認識するその前に、その人物は弾丸のようなスピードでいつのまにか目の前に来ていた。そしてその勢いのままぶつかってきて、ゲドはとっさのことで避けることも出来ず下敷きになる。
「??」
「ゲドさんっ」
 唖然とするゲドを見下ろし名を呼んだのは、真の火の紋章を受け継ぎ炎の英雄となったヒューゴだ。
 そしてヒューゴはゲドにのしかかりその両脇に手をつく体勢のまま口を開いた。
「ゲドさん、抱いていいですかっ?」
 なんの前置きもないそのセリフに、ゲドは当然何がなんだかわからなくて何も返せない。
 そのときゲドの頭の脇でニャーと声がし、そういえばさっきまで膝に子猫を乗せていたと思い出して、無事なようなのでホッとした。それから、ヒューゴの言葉の解釈を思い付く。
「あ、ああ、この猫のとこか。それなら好きに・・・」
「違うっ」
 ゲドがなんとなくホッとしながら言った言葉を、しかしヒューゴは勢いよくさえぎった。確かに、猫を抱きたかったのなら今この体勢にはなっていないだろう。
 しかしそれならばどういうことなのかと考えたゲドに、もう一つの可能性が浮かんだ。
「・・・もしかして、聞き間違えたか。抱きたいとか聞こえたが」
 またもやなんとなくホッとしながら言ってみると、ヒューゴはやはりキッパリ首を振る。
「違わないです。抱かせてって言いました」
「・・・・・・」
 なんだか段々嫌な方向に話が進んでいる気がしながら、しかしそんなはずはないとゲドは問い掛けてみる。
「・・・・・・・・・何を?」
「ゲドさん」
 その問いに、ヒューゴは躊躇わずハッキリそう言った。
 ますます嫌な予感は強まるが、ゲドはまだ弁解の余地はあると足掻く。
「・・・ち、父親代わりか?」
「違いますってば」
 やっぱりスパッと否定されてしまう。確かに父親を求めているのなら、抱かせてではなく抱いてになるだろう。ゲドもそれには気付いていたが、敢えて無視してみたのだ。
 しかし当然期待通りにはならず、それでもゲドはまだしつこく足掻いてみようとした。
「・・・・・・」
 だったら冗談か、そう言おうとしたゲドの口は次の瞬間、開いたきり言葉を続けられなくなる。自分を真っ直ぐ見下ろすヒューゴの目は、真剣そのものなのだ。下手をしたら真の火の紋章を継承したときよりもずっと。
「・・・」
 そのことに紋章を譲った立場にあるゲドは微妙な気分にさせられた。しかしこの状況なので、この際それは措いておく。
「・・・そ、それは・・・っ!?」
 しつこく問おうとしたゲドは、またその言葉を失う。ヒューゴの行動は、やはりなんの前触れもなかった。
 思わず見開いた目の前には、ヒューゴの顔のドアップ。唇に感じるぬくもりは、ヒューゴの唇のそれ。
「・・・・・・!!!???」
 突然のことに動きをとめてしまったゲドに、ヒューゴはこれ幸いとさらに吸い付いた。同時に手を伸ばして、シャツの一番上のボタンを外そうとする。が、そのおかげでゲドはハッと我に返ってしまった。
「お、お前、何をっ・・・」
 ドンッと押せばヒューゴの小さい体は簡単に離れる。しかしヒューゴはその代わりにゲドの体のきわどい部分に腰を下ろした。そしてしゃあしゃあと答える。
「何って、さっき言ったじゃないですか。抱かせてね、って」
「・・・俺はいいと一言も言ってないのだが・・・」
 当然ことのように答えるヒューゴに、ゲドはどうにか方向訂正してやろうとする。するとヒューゴは一瞬キョトンとした。
「・・・そっか」
 どうやらあっさり納得したらしいヒューゴに、ゲドがホッとした、のも束の間。ヒューゴは太陽のような笑顔をして、言った。
「じゃあ、抱いていいですか?」
「・・・・・・・・・」
 ゲドは眩暈を覚えた。
 ヒューゴから目を逸らし窓の外を見て、今日の空は抜けるように青いなあなどと思わず現実逃避をしてしまう。
 しかしすぐに、ヒューゴによって現実に引き戻されてしまった。素直に返事を待っているのか黙ってゲドを見下ろしていた、のは数秒で、その手が再びゲドのシャツに伸ばされる。
 再度ボタンを外そうとするその手を、ゲドは慌てて掴み動きを阻止した。
「だから、俺がいついいと言った!?」
「えー、だって、嫌だって言わないし・・・」
 自分が正しい、とどうやら思っているらしいヒューゴに、ゲドは溜め息まじりに答えを返す。
「嫌だ」
 キッパリとしたその言葉に、ヒューゴの眉が下がって八の字になった。
 そのいかにも哀れを誘う表情に、ウッカリほだされてしまわないようにゲドは視線を外に向ける。そしてのどかな昼下がりがどうしてこんなことになったのだろうと、嘆息して疲労から目を閉じた。
 それからしばらく、ヒューゴはなんの行動も起こさなかった。諦めたのかと思いながら、しかしその割には自分の上からどかないのでゲドは訝しむ。
「・・・?」
 様子を窺う為にそっと目を開けたゲドは、素早い動きで目の前の肩を押し返した。
「何する気だっ」
 ヒューゴの口はタコのようになっていて、何をする気かは聞かなくても分かる。
「だって、目瞑ってるから、誘ってるのかと思って」
「・・・・・・」
 ゲドは一瞬絶句したが、しかしヒューゴ相手に沈黙するのは逆に危険だとわかったので、どうにか口を開く。
「・・・そもそも、お前がどうしてこういう行動に至ったのか教えてくれ」
 聞きたくない気もするが、もしかしたら何か誤解があってのことかもしれないので、そう尋ねてみる。
 するとヒューゴはまたキョトンとした表情になり、それから眉を寄せて何事か考え始めた。
 考えないとわからない程度ならするなよ、まあ理由があったからといってしていいということにはならないが、などとゲドは思わず心の中で突っ込んでしまう。
 そして数秒ののち。
「間違えたーーーっ!!!」
「・・・?」
 ガバッと仰け反り頭を押さえてヒューゴは絶叫に近い声を出した。
「・・・何をだ?」
 突然のことに驚きながら、ヒューゴに脈絡を求めることを諦めたゲドは、その疑問だけを問いにした。
 するとヒューゴはブツブツぼやき始める。
「あー、なんか忘れてると思ってたんだよな。最初が肝心ってわかってたのに。せっかく何度もシミュレーションしたのにさー。ま、仕方ないかっ」
 そしてガバッと顔を上げると、その情熱的な目でゲドを射抜くように見る。
「ゲドさんっ」
「・・・・・・なんだ?」
 ゲドは聞いてはいけない気がしながら、その視線を外すことが出来ず、先を促してしまう。そしてヒューゴは万感の思いを込めた、というかんじでそのセリフを口にした。
「オレ、ゲドさんのこと好きです!!」
 しかしゲドは、嫌でも予想が付いたその言葉に、間髪入れず返した。
「気のせいだ」
「そんなことないですよっ。何度も考えたし、それに軍曹だってそうだろうって言ってくれました!」
 そんなこと人に相談するなというヒューゴへの思い、そんな返答するなという軍曹への思い、はひとまず措いといて。
「・・・まあとにかく、お前の気持ちは嬉しい・・・気がする・・・が」
 ゲドがどうにか無難に切り抜けようと途切れ途切れに言葉を並べていたとき。
「ゲド、ちょっといい?」
 突然ドアが開き、ゲドの顔馴染みが姿を見せた。
「クイーンか、どうし・・・あ、いや、これは」
 呑気に声を掛けたゲドは、ハッと思い出して焦った。自分の姿といったら、ベッドの上に横になり腹の上にヒューゴを乗せているのだから。
 クイーンは一瞬驚いたようだが、次の瞬間には綺麗な微笑みを浮かべていた。しかしその笑顔はゲドにどこか薄ら寒い思いを抱かせる。
「あら、お邪魔したようね。ごめんなさい」
「いや、邪魔など・・・」
「気にしてないですよ」
 誤解を解こうとしたゲドをヒューゴが明るくさえぎり、無情にもクイーンはドアの向こうに消えた。
「・・・・・・」
「えへへ」
 しばらく呆然としていたゲドは、なんだか嬉しそうなヒューゴの笑いに我に返る。
「何がおかしい・・・?」
「だって、これでオレたち公認の仲になっちゃいましたよ!」
 誰のせいだ、と思わず怒鳴りつけたくなるのを抑えて、ゲドは努めて冷静な声を出した。
「・・・誤解を解きにいくぞ」
 上半身を起こそうとしたゲドを、しかしヒューゴは力任せに押してとめる。
「いいじゃないですか。すぐに本当のことになりますって」
「いいわけあるか。なってたまるかっ」
 ゲドは口でも手でもヒューゴを突っぱねた。するとヒューゴは拗ねた表情になる。
「・・・そんなにオレのこと嫌いですか?」
「・・・嫌いじゃないさ。だが、お前の言うような好きという感情は・・・ない」
「・・・他に誰か好きな人がいるとか?」
 いない、と答えようとしたゲドは、しかし考え直した。
「・・・いる」
 そういうことにしておけば、それが断る理由になると思ったのだ。しかし、ヒューゴがあっさり引き下がるわけはなかった。
「だ、誰ですか? オレの知ってる人? 傭兵仲間の誰か? それとも、もしかしてジンバ?」
「いや、違う」
 否定してから、ゲドはそう言うことにしておけばよかったと思った。しかしもう遅いので、どうにか相手をでっち上げる。
「・・・・・・・・・アイツだ」
「アイツ? ・・・ってもしかして、炎の英雄?」
 めずらしくすぐに察するヒューゴに、ゲドは頷いて返した。ちなみにゲドは根本的なミスをしたのだが、本人もヒューゴもちっとも気付かないので取り敢えずは流しておく。
「・・・付き合ってたんですか?」
「いや。知ってるだろう、アイツにはサナがいた」
「でもあの人、ゲドさんのこと好きでしたよ?」
「は?」
 会ったことない男の気持ちを何故か断言するヒューゴに、ゲドは思い切り訝しむ。するとヒューゴは自分の右手に宿る真の火の紋章に目を遣り、複雑そうな表情をした。
「これが・・・教えてくれたんです。紋章の中の英雄の記憶がオレに見せる映像の中で、ゲドさんだけ他の人と違って・・・なんか・・・なんて言っていいかわかんないけど・・・一人だけ素敵でした」
「・・・・・・・・・」
 記憶を辿るようにヒューゴは語る。その表情がどこかウットリしているのは英雄の気持ちと同調しているから、ではないとゲドは信じたかった。
「あの人の思いも・・・伝わってきました。あの人、ゲドさん見るたびに思ってましたよ。・・・その、ゲドさんのこと抱きた」
 とっさにゲドはヒューゴの口を右手で塞いだ。親友との様々な美しい・・・かは謎だがいい思い出が、ガラガラと崩れ落ちそうな気がしたのだ。
「・・・勘違いだろう」
「もがもが・・・ぷはっ、そんなことありませんよ。ヤりたいヤりたいって、もううるさいくらいでしたから。ヤりたいって、最初意味がわかんなくて、軍曹に聞いたら好きってことだろうって教えてくれたし」
「・・・・・・」
 一度あの教育係とヒューゴの躾について話し合ったほうがいい気がしてきたゲドだった。しかし今はまず目の前の問題を解決しなければならない。
「・・・まあとにかくだな、そういうわけだからお前の気持ちには応えられない。わかったらそろそろどいてくれ」
 ゲドはずっと自分に乗っかったままのヒューゴの肩を押した。
 しかしながらヒューゴはちっとも動じない。
「嫌です! あの人と恋人だったっていっても、50年前の話だし、相手だってもう亡くなってるじゃないですか。そろそろ別の人間に目を向けるべきですよ!」
 言っていることは正論だ。だがゲドと英雄がデキていたという前提が間違いなのだから、なんの効果もないだろう。しかしヒューゴは段々のってきたのか拳を作って宣言した。
「そうです! オレがあの人のことなんて忘れさせてみせますから!!」
「・・・・・・」
 状況は、明らかに悪化している。
「・・・無理だ」
「どうしてですか!? だって、あの人と付き合ってたくらいだから、相手が十代くらいでも構わないですよね? あ、それに、相手が男でも問題ないってことですよね!」
 しまった、とゲドは思った。そう、あのとき炎の英雄の名ではなく、誰でもいいから女の人の名を上げていればよかったのだ。そうすればヒューゴが男だからという単純な断り文句が言えたのだから。
 しかし今さらそんなことに気付いても訂正出来るはずない。
「絶対オレのこと好きにならせてみせますから! 付き合って後悔はさせませんよ! だから、ね!!」
「・・・・・・」
 ゲドはなんだか観念した気分になった。こういうタイプには生来弱いのだ。いつのまにかペースを崩され、主導権を握られている。そういえば炎の英雄ともこんなやり取りをしたことがあったとゲドは思い出した。もちろんそれは運び手の活動に関する話し合いの上でのことであり、二人の間にあったのは友情だと断じて信じているが。
「・・・だから、なんだ?」
「だから、オレと・・・」
 しかし次にヒューゴの口から出てきたのは、予想外も甚だしい一言だった。
「友達からお願いします!!」
「と、友達・・・?」
「はい。まずオレのことよく知って下さい。勝負はそこからです!」
「・・・・・・」
 ゲドはヒューゴがまだ十五の少年だということを思い出した。ならばそう身構えることもないだろうと、途端に気が楽になる。
「そうか」
「はい。頑張ります! それでですね、一つお願いがあるんですがっ」
「なんだ?」
 もうこの体勢なのも気にならなくなってきて、ゲドは何も考えず聞き返した。ヒューゴは無邪気な表情はそのまま、答える。
「抱かせてとは言いませんから、キスしていいですか?」
「・・・・・・なんだと?」
「だから、キスですよ。いいですよね?」
「・・・・・・」
 一遍その頭をカチ割って思考回路がどうなっているかを調べたいものだ、とゲドが思ったかどうかは措いといて。
「・・・お前、さっき友達からとか言ってなかったか?」
「それとこれとは別です!」
「・・・」
 ゲドはもうなんと言って返していいやらわからなくなった。
「ね、今さらキス一つでガタガタ言うような年齢でもないでしょ。虫に刺されたとでも思ってさせて下さいよ」
「・・・・・・好きにしろ」
「は、はいっ。します!」
 確かにキス程度なら、もうすでにされているし、押し問答するよりは楽だろうと思ってゲドは適当に許可する。ヒューゴはパッと顔を輝かせ、背を屈めてきた。
「じ、じゃあ、しますね?」
 いかにも手馴れていないヒューゴの様子も、ゲドの安心感を煽っている。
 やっぱりタコのように突き出されたヒューゴの口が近付いてくるが、それを見ているのもなんなのでゲドは目を閉じた。
 ヒューゴの気配が近付く。そしてゆっくりと触れてきた唇は、そのまま動きをとめてしまった。どうやら初めのキスは勢いだったらしい。いつのまにかゲドの肩に乗せてあるヒューゴの両手は、よほど緊張しているのだろう、強張っている。ヒューゴの想いのほどが知れるというものだ。
「・・・・・・」
 確かにこの年になればキスの一つや二つ大したことないが、そのあまりの初々しさにゲドはなんだか気恥ずかしくなってきた。
 相変わらず張り付いてるヒューゴの肩を押して、そろそろ離れるよう促す。するとヒューゴは素直に離れて少し距離をとり、嬉しそうに笑った。
「えへへ。もうちょっと、していいですか?」
「・・・・・・」
 そんな笑顔で言われると、ゲドにはどうにも無下に断ることができない。ゲドは好きにしろと言う代わりに、もう一度目を閉じた。
 それからすぐにおりてきた唇は、しかしさっきのとは様子が違う。芸がなく触れるだけ、だったのは最初の数秒だけだった。
「っ!?」
 ヒューゴに唇を舐められ思わず開いたゲドの口内に、その舌は侵入してきた。これくらいならば・・・などとゲドが思っているうちに、動きは段々と大胆になっていく。もう少しというのは、どうやら時間ではなく程度のことだったようだ。たかが少年、されど少年。
 ゲドはヒューゴの、技術ではなく熱情に、うっかり呑み込まれそうになる。それを振り払うように目を開ければ、気配を感じたのかヒューゴも目を開けた。
 ゲドは、逆効果だったと悟る。いつもは涼やかに見える緑の瞳が、今は計り知れない熱を宿して、真っ直ぐ自分に向けられていた。
 揺さぶられ、引き摺られる。
 ヒューゴの手が再びゲドのシャツに伸びたが、何故かゲドにはそれをとめることが出来なかった。
「っふ、う」
 一番上のボタンが外れるのと同時に、唇が離れどちらのものともつかない声がもれる。
「・・・ゲドさん」
 ヒューゴは指を二つ目のボタンに掛けながら、囁くように問う。
「いいですか?」
「・・・・・・」
 いいわけない、といつもの冷静なゲドなら即答しただろう。しかし、ヒューゴの熱意に圧されムードに流されつつあるゲドが、了承してしまうのも時間の問題・・・・・・だったのかもしれない。
 ドタドタドタとヒューゴのときとは明らかに違う重い足音が近付いてきて、部屋の前でとまったと思った途端にドアが勢いよく開く。
「た、大将〜っ!!」
 青い顔をして入ってきたその男は、慌てたようにベッドに近付いてきた。自分の部下のそんな様子に、霞みかけていたゲドの思考も元に戻る。
「・・・エースか、どうした?」
「ど、どうしたって、そりゃこっちのセリフですよ! クイーンが変なこと言いやがるから慌てて来てみたら・・・・・・なんだってこんなガキとイチャついてるんですかっ!?」
 クイーンのときと同じく呑気に問い掛けたゲドは、エースの訴えでまたやっと自らの状況を思い出した。ベッドに横たわって腹の上にヒューゴを乗せ、さらにシャツの一番上のボタンは開き二番目のボタンにはヒューゴの手が掛かっている。
「・・・丁度よかった。その誤解を解きにいこうと思っていたんだ」
 もうすでに「誤解」ではない気がするが。ヒューゴもその思いなのだろう、もちろん黙っていない。
「もう、今いいところなんですからジャマしないで下さ・・・っ!?」
 抗議しようとしたヒューゴは、途中で言葉を詰まらせた。そして何かを感じたらしい窓のほうを見る。
「・・・・・・・・・・・・」
 窓の外、すぐ脇に生える木の上に見えるのは、ジャックの姿。ヒューゴは自分に向けられているのが威嚇ではなく殺意としか思えなかった。
 一瞬言葉を失い固まったヒューゴを、エースがうしろから羽交い絞めにする。
「このガキっ、さっさと大将から離れろっ!!」
「うわっ、何するんだっ! ジャマするなってば!!」
 ヒューゴは抵抗したが、ここは体格差と年の功、エースがベッドの下に引き摺り下ろすことに成功する。
「いてっ。もう、いくら自分が脈なしだからって、力に訴えるなんて卑怯ですよ!」
「何言ってやがる。大将も迷惑してるだろうが!」
「そんなことないですよ。ゲドさんも乗り気でした!」
「ハッ! 大将がお前みたいな毛も生え揃ってないガキ相手にするわけないだろうが!」
「は、生えてない・・・こともないですよっ!!」
「はぁん、どうだか。まあオレのような心も体も一人前の男になってから言うんだな」
「そうそう、ついでに腹もこんもり出てからな」
 下らない言い争いを始めるヒューゴとエースに、面白がってジョーカーまで参加し、ますます収拾がつかなくなっていく。
「おじさんは黙ってて下さいよ!」
「オレがおじさんってんなら、大将はもっとおじさんになるぜ!?」
「じじいじゃ、じじい」
「・・・とにかく! 将来性じゃオレが一番なんですから。不老だから若いまんまだし、ずーっと一緒にいられます!」
「なんでも若けりゃいいってもんじゃねぇんだぜ!? オレ様の経験値とスキルに、お前なんて足元にも及ばねぇよ」
「だてにフラレ続けておらんしの」
「そうです! エースさんはいろんな女の人にフラフラしてるじゃないですか! オレはゲドさん一筋ですから!!」
「オレだって心はいつも大将オンリーラブよ! ていうかな、じじい!! あんたはこいつの味方をしに来たのかよ!?」
「わしはただおぬしをおちょくっとるだけじゃ」
「このやろう!」
 男三人寄っても、充分かしましいものである。
 ちなみにジャックはどうしているかというと。
「・・・・・・・・・・・・」
 物言いたげだが何を思っているのか分からない視線をベッドの上のゲドに向けていた。さっきまでは。
「・・・あんたたち、何やってるのさ。本人いないのに」
 この状況を作った間接犯であるクイーンが、呆れ顔で部屋の中の三人を眺めている。
「へっ!?」
「た、大将〜!?」
  我に返ったヒューゴとエースがゲドのいるはずの場所を見ると、そこはもぬけのからだった。
「全然気付かなかった! さすがです、ゲドさん!!」
「ていうか、ジャックのヤツもいねーじゃねぇか! まさかあいつ、抜け駆けする気じゃねーだろうな!?」
「ほっほっほっ、やりおるわい」
「ゲドさん、待ってて下さい! すぐに見付け出しますからねーっ!!」
「何? かくれんぼ? ゲドを見付ければいいの?」
 ヒューゴとエースが競うように部屋を飛び出していけば、勘違いしたアイラが二人のあとを追っかけていく。こうしてビュッデヒュッケ城で、『第一回チキチキ ゲドを探せ!大追跡大会』が始まった。
 ・・・そのターゲットであるゲドはというと。城の左手側にある森の奥深く。
「・・・はぁ」
 木に凭れ足を投げ出し、ホッと一息ついていた。ニャーオと鳴きながら脚によじ登り身を寄せてくる子猫を手で愛でながら、ゲドは再び穏やかな時間を取り戻す。その時間は、やっぱり僅かしか続きそうもないのだけれど。近付いてくる小さな気配は、ゲドの気のせいだろうか。
「・・・俺は、御免だ」
 ゲドは自身に言い聞かせるように呟いて、程なくしてもう一度嘆息する。
 その溜め息は、疲労からなのか、それとも諦めからなのか・・・―。




END

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さすがに十五だと生えてますか? (コメントはそれだけなのか・・・)
えっと、みなさんまだキャラがつかめてないので、別人になる可能性大です。






ちなみに、この話のここが間違いです。

ゲドはあんなふうにうろたえたりしない、多少のことには動じない人です。
(なかなか致命的な違いですね・・・)
紋章の記憶、ゲドさんだけ素敵だったってのは嘘。
英雄の記憶で素敵なのは、ちゃんとサナです。
ていうか、ゲドの部屋の窓の外に、木は生えてないよね!

というかここまで違うので、公式から外しました・・・