LOVE MISCHIEF
太陽はとっくの前に沈み、月がぼんやりと照らし出すビュッデヒュッケ城。
散歩兼見回りを目的に敷地内を歩いていたゲドは、階段を降りたところでどちらに行くか少し迷い、それから牧場の方向へ足を向けた。
そして数歩歩いたところで、脇の木の間から不意に人影が現れる。思わず剣の鞘に手を掛けたゲドだが、しかしその人物が誰かわかったので手を戻した。
「奇遇ですね、こんな時間にこんなところで会うなんて」
いつもの柔和な笑みを浮かべたマイクは、ゲドに穏やかなトーンで話し掛ける。
そのこんな時間にこんなところで何をしていたのか、そう問おうとして、しかしゲドはやめた。得体の知れない男ではあるが、「炎の運び手」に害をなすようなことはしないだろう。そしてそれがわかっていればゲドにとっては充分だった。
「見回りですか? ご苦労様です」
「・・・・・・」
ゲドはマイクに応えず、その隣を通り抜け、当初の予定通り牧場のほうへ足を進めた。
「・・・ああ、そういえば」
そんなゲドの背中に、マイクは眼鏡を押し上げる仕草をしながらさらに声を掛ける。
「私のところにも聞きに来ましたよ」
そしてゲドは、次のマイクの言葉で思わず足をとめてしまった。
「あなたの・・・幼い英雄殿が、ね」
「・・・・・・」
マイクは言いながら、開いたゲドとの距離を戻す。
ヒューゴがマイクに何を聞いたのか、ゲドは聞かなくてもわかったようだ。ゲドは隣に並んだマイクをちらりと見る。
「手当たり次第に聞いてるみたいですね。残念ながらまだちゃんとした回答を得られていないようですが」
マイクはゲドの視線をかわすように数歩前に出ると、少し間を取り、ゲドの返答がないのを確かめてからゆっくり振り返る。
「私がなんと答えたか、気になりますか?」
「・・・・・・・・・」
ゲドはやはり答えず、視線をマイクから進行方向に戻した。そして歩き出そうとするゲドを、マイクはその正面に立って阻む。
「教えませんでした。だって、先を越されるのは面白くないじゃないですか」
マイクは言いながら、一歩、ゲドに近付いた。
「ねえ、ゲドさん。子供相手は何かと大変ですよ。その点、私なら・・・」
また一歩距離を詰め、マイクはゲドを見上げる。その顔は、いつもの感情の読めない穏やかなもの・・・とは少し違った。
きらりと光ったレンズの奥で、マイクの瞳が妖しく揺れる。
「あなたを、楽しませる自信があります。どうですか? 一度くらい、私に身を委ねてみませんか?」
また一歩、そしてマイクはすぐ間近に来たゲドの胸にそっと手を触れさせた。
「カレリアであなたを初めて見たときから思っていたんですよ」
革鎧の筋に沿って指を滑らし、ベルトに辿りつくとそこで動きをとめる。
ゲドに向けるその表情は、すでにいつもの繕われたものではなかった。
「あなたを、私の下で・・・鳴かせてみたいと」
唇の端を歪め、その瞳には獲物を狩る直前の獣の、獰猛さ冷徹さそして貪欲さを宿している。マイクは己の本性を隠さず晒し、その獲物がゲドなのだと教えた。
ベルトに沿ってうしろに回そうとしたマイクの手を、しかしゲドはゆっくりと振り払う。
「・・・断る」
ゲドは低い声で短くそうとだけ言うと、マイクの次の行動を待つこともなく歩きだした。そしてそのまま、牧場のほうへと消えていく。
その背を見送って、しかし獲物を逃したマイクの顔から笑みが消えることはなかった。
「恋人にしか見せない顔・・・ですか」
マイクは少し前に見掛けた光景を思い出す。
森に少し入った辺りで、ヒューゴがゲドにまとわりついていた。さっきのマイクと同じように、ヒューゴはゲドの背に腕を回し見上げる。ゲドはもちろんそれを振り払うようなことはせず、逆に心なしか背をかがめた。そして、爪先立ちして差し出されたヒューゴの口付けを、ゲドは当然のように受け止める。
ゲドがヒューゴに向ける表情は、一見わかりにくいが、とても優しいものだった。
いつもの、他の人に見せる表情はそうではなく、無表情で、冷たく硬い。さっき、マイクに向けていた表情のように。
「・・・まあ、そのほうが、私は燃えますが」
自分をにべもなく振り払ったゲドを思い出し、マイクはゾクリとした喜びを感じる。
簡単に手に入っては面白くない。策をろうし罠を張り、落としがたいものを陥落させることこそ、マイクの望むところなのだ。
「さぁて、どの手を使いましょうかね・・・」
マイクは喉でククッと笑うと、牧場とは逆方向に歩きだす。
その姿は、やがて闇に消えていった。
END
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この先、マイクさんの頑張りいかんによっては
完璧に公式じゃなくなることが起こります。きっと。(まだ考えてないけどね)
にしてもバカップル、お前ら何やってんだよ・・・。
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