LOVE MISTAKE



 ヒューゴは今日も想い人の姿を探して走り回っていた。
 そんなヒューゴの視界を、黒い人影が掠める。ヒューゴは慌ててブレーキを掛けて、その人物が誰か確認した。
 生い茂る木の間を縫って近付き、やっとその人がお目当てのゲドだとわかる。なので喜んで駆け寄ろうとしたヒューゴは、しかしギクリとしてその足をとめてしまった。
 ゲドはどうやら誰かと話をしているらしい。そして、その相手というのが、未だヒューゴの憎しみ消えやらぬ、クリスだったのだ。
 ヒューゴが近付くことを躊躇っているうちにも、二人の会話は進んでいく。やはり気になってヒューゴは会話が聞き取れるくらいの距離まで近付いてみた。
 すると、ゲドがふとクリスを真っ直ぐ見下ろす。そして、改まった口調で、真剣に告げたのだ。
「・・・お前を、愛している」
 それに対してクリスは、「・・・そうか」と、戸惑ったようだがそれでも嬉しそうに微笑んだ。
「思わぬ所からライバル出現ですね!」
「っ!?」
 思わず一分は軽く固まっていたヒューゴは、突然うしろからした声にハッと我に返った。
「あ、歩いて行っちゃいますね」
 そして、言われるまま慌てて目を遣れば、仲良く並んだ二つの背中がだんだん小さくなっていく。
「・・・・・・・・・」
 ヒューゴは二人を呆然と見送った。そんなヒューゴの横で、同じように見送りながら、しかし瞳をキラキラさせているのは新聞記者のアーサーだ。
「ゲドさんって、クリスさんみたいな女性が好みなんですかね。でも、なんだかあの二人ってお似合いでしたね!」
「な・・・何かの間違いだって!!」
 ヒューゴはなんとかそうフォローした。
「じゃあ、追っかけて聞いてみますか?」
「そ・・・それは・・・」
 しかしそんな勇気を持てないヒューゴだった。
「にしてもいいスクープを見付けちゃったなあ。早速原稿を書かないと! あ、でもヒューゴくんも諦めず頑張って下さいね!」
 アーサーはさわやかに言って、軽い足取りで去っていく。
 残されたヒューゴは、頭の中が真っ白なような真っ黒なような、どうしていいかわからずしばらくそのまま突っ立っていた。


 翌日の新聞は、人々を大いに沸かせた。ちなみにその新聞は、『ゲドが選ぶのは、炎の英雄ではなく銀の乙女なのか!?』との見出しで、森の中で仲良さそうに会話する二人の様子が描かれていた。
 そしてヒューゴは、会う人会う人に「まだ頑張れよ」といった励ましや「またいい人が見つかるさ」といった慰めの言葉を掛けられていた。掛けられながら、それを無視しながら、ずんずん歩いていた。
 ヒューゴはまだ心の整理が付いていなかった。ゲドが他の誰かを想っているのかもしれないと思うだけで、どうしていいかわからなくなるのだ。さらにその相手があのクリスだということは、本気でシャレにならないことになりそうなので考えないようにしていた。
 そんなわけで、ヒューゴはどうするか結論が出ないまま、取り敢えずゲドを探している。
 そしてやっと見付けたゲドの姿に、ヒューゴが近寄るのをまた少し躊躇ってしまったとき。計ったように、反対の角からクリスが現れた。
 思わず周囲にいた人たちもヒューゴも、二人の動向に注目する。しかし、元々周りからの視線に疎い二人は、呑気に言葉を交わし始めた。
「大変な騒ぎだな。迷惑掛けてすまない」
「いや。気にならない」
 おそらくゲドとしては、今までも散々ヒューゴとのことで騒がれたので、今さらもう気にならないのだろう。
 しかしヒューゴには、本当のことだから気にならない、そう聞こえてしまう。
 元々、自分の心の中だけでぐるぐる考えるのが苦手なヒューゴだ。もう我慢出来なかった。
「ゲドさんっ!」
 ヒューゴは、クリスの存在は無視して、ゲドに一直線に駆け寄る。
「ゲドさん、一体どういうことなんですかっ!?」
 そして勢いで、昨日聞けなかったことをズバッと聞いてみた。
 するとゲドは、いつもの無表情で、ボソッと言う。
「・・・別に、なんでもない」
「なんでもないんだったら、こんな騒ぎになりませんっ!」
 その言葉の通り、三人を取り囲むようにギャラリーが集まってきていた。自分もその一因であることに、ヒューゴは気付いているのかいないのか。
「・・・誤解だ」
「だって!」
 相変わらずゲドは冷静で、ヒューゴは余計に感情的になってしまう。カッとなるに任せ、クリスを、そっちを見ないでビシッと指差した。その目には、興奮の為にか涙がうっすら浮かんでいたりする。
「ゲドさん、あいつに愛してるって言ったじゃないですか! オレはこの耳で聞きました!」
 偶然通り掛って足をとめた軍曹は、「人を指で指すな」と「カラヤの男がそんなことで泣くな」とどちらを注意するべきか迷った。迷って、結局何も言わないまま通り過ぎて行った。
 そんな、最近ときどきヒューゴの教育係という役目を放棄する軍曹は措いといて。
「それは・・・・・・」
 ヒューゴの問いに答えようとして、ゲドは窺うようにクリスをチラリと見た。つられるようにヒューゴもクリスをキッと見る。
 クリスは、その目つきの剣呑さに少々気後れしたようだが、ゆっくり口を開いた。あまり人に言いたくなかったようだが、こんなことが原因でゼクセンとグラスランドの協力関係が破綻したらまずいと思ったのだろう。
「・・・私はただ、ゲド殿に・・・・・・私の父、ワイアット・ライトフェローについて聞いていただけだ」
 言いにくそうだがクリスが告げると、ゲドも頷きながら補足する。
「俺とワイアットは五十年前に同じ炎の運び手だったからな」
「え、じゃあ、愛してるってのは・・・」
 ヒューゴは多少勢いを削がれながら、それでも納得出来ないので聞いた。それにゲドは、やっぱり平静な口調で答える。
「もちろん、ワイアットが彼女を、だ」
「・・・ほ、本当に?」
「信用出来ないなら、それでもいい」
「いえ! ゲドさんの言うことなら信じます!!」
 ゲドが溜め息まじりに言うので、ヒューゴは思わず即答してしまった。それでいいのか、と周囲の人たちはちょっと呆れてしまう。
 しかし確かに、ゲドもクリスも嘘をつくようなタイプではないので、どうやら今回のことは本当に誤解らしい。
 ガッカリする人とホッとする人の数は、一体どちらが多いのだろう。
 そして、今回のことで一番動揺しさらに暴走してしまったヒューゴの、きまりの悪さといったら相当なものだろう。
「・・・あ、え、ええっと・・・オレ修行でもしてこよっかな! ゲドさん、またねっ!」
 ヒューゴはごまかすようにエヘヘと笑うと、脱兎の如くどこへか駆けていった。
 「あれが我らの戴く炎の英雄か・・・」と、残された人々はみな複雑な思いにさせられたとか。
 一方、その少年はというと。まだ走りながら、切り替えの速さを発揮していた。
「・・・そうか、そういうことだったのか。そうだよね、ゲドさんがそんなこと言うわけないよね」
 もう、さっきまでの気恥ずかしさは微塵も感じていないらしい。
「あ、でも、いつかはオレに言ってもらう予定だけどねっ!」
 ヒューゴの表情は、いつのまにか満面の笑みに変わっている。
 そんな顔して走っているヒューゴを見掛けた人は、やっぱり思ったそうな。
 「あれが我々の・・・」と。




END

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私の書くヒューゴは、「本当にこいつが炎の英雄でいいのかよ・・・」
ってかんじのヒューゴばかりですね・・・。
なんとかしないと・・・(笑)