LOVE MOTIVE



 腕には包帯が巻かれ、僅かに血が滲んでいた。その他にも、よく見れば新しいかすり傷や古傷がいたるところにある。
 自分の傷一つない肌と見比べ、シーザーは思わず嘆息した。
 傷をどれだけ負うことになろうとも、この少年は、戦いの場に身を置くことを選んだ。英雄として、戦うことを。
「・・・おまえさぁ、何歳だっけ?」
「15だけど?」
 シーザーの問いに、ヒューゴは刀の手入れを続けながら答える。
「・・・15か」
 もう一度、シーザーは嘆息した。
 自分が15だった頃を思い出してみる。その頃のシーザーは、何をするわけでもなく、無気力に日々を送っていた。
「・・・なんで・・・そんなにまでして、戦うんだ?」
 その言葉には、シーザーにはめずらしく、感情がそのまま表れていた。
 わからなかったのだ。シーザーには、傷を負ってまで戦うその理由が。大義の為、だけではきっと、そんなに戦えない。理由は思い付いても、シーザーにはどうしても感覚的に納得することが出来なかった。
 そんな心の内がわかったわけではないが、ヒューゴにもシーザーがなんらかの答えを得たがっていることは伝わる。
「そりゃあ、戦いこそ人生、だからさ」
 だからヒューゴは、カラヤの格言の一つを口にしてから、少し考え込む。シーザーがこんな理由を聞きたいわけではない気がしたのだ。
「・・・でも、最近、戦うことの意味がちょっとわかった気がするんだ」
 ヒューゴは刀を目の前にかざし、そこに乗せる自らの思いを口にする。
「守りたいものがあるから、守りたい人がいるから。だからオレは戦うんだよ」
 なんの為に戦うのか、その答えをしっかりと持っている自分を少しだけ誇るように、ヒューゴは小さく笑った。
 ありきたりな想像の範疇の答え、それでもその言葉はシーザーの心に響く。いつも以上に、そこにはヒューゴの真摯な思いがこもっているのだ。
 言いようのない感情が、シーザーに湧き上がった。
「・・・逃げてぇとか、思ったりしねぇの?」
「そんなの、しょっちゅうあるよ」
 更に問いを重ねるシーザーに、こんなふうに真面目に話を振られるのは初めてだなぁと思って、なんだか可笑しくて少し笑ってしまいながらヒューゴは答える。ヒューゴはなんだか自分が子供に教えてあげている気分になったのだ。
 そして、それは間違ってはいない。シーザーは、ヒューゴが年下とはとても思えなかった。
 ヒューゴは、自分なんかよりもずっと、確かなものを持って生きている。
 思わず視線を下げたシーザーに構わず、ヒューゴは答えの続きを聞かせた。
「逃げたいとか、別にオレなんかが何やったってムダなんじゃないかとか、いろいろ、悩んだり落ち込んだりもする」
 同世代のシーザー相手だからか、ヒューゴは正直に自分の弱い部分を口にした。そんな自分もひっくるめて自分だと認めているのか、ヒューゴの言葉に恥じたりする響きはない。
「・・・でも、それでも、オレは戦うよ」
 手入れの終わった刀をゆっくりと鞘におさめながら、ヒューゴは締めくくるように、シーザーに笑顔を見せた。
「だって、オレにはそれしか、出来ないから」
 大切な場所を、愛する人たちを、守りたい。だから、戦う。やはりその言葉にも表情にも、迷いなど一片もなかった。
 シーザーには、あまりその思いはわからない。ときに命を懸けて戦う、そうまでして守りたいと思うものが、シーザーには思い浮かばなかった。
 それでも、ヒューゴの真摯な思いは、シーザーに否応なしに伝わった。ヒューゴが、堪らなく眩しく映る。
 ヒューゴの、そんな思いを、踏みにじらせてはならない。
 シーザーは、痛切にそう思った。祈るように、そしてシーザーは、気付く。
 その為に出来ることが、自分にはあるのだ。
 刀を持って戦うことは出来ないが、知力を振り絞って戦うことなら出来る。自分は、その為の軍師ではないのか。
 脳が枯れ果てようとも、勝利の為に。それが、軍師の戦い方なのではないのか。
 初めて、シーザーは理解した。傷を負っても戦い続けるヒューゴの原動力、守りたいという気持ち。
 守りたいものがあるとするなら、それはこの少年だ、シーザーはそう思った。
 だが、その気持ちを真面目にヒューゴに伝えることなど、シーザーにはとてもじゃないが出来ない。
 だから軽い口調で、冗談のように、シーザーは言った。
「・・・ま、心配すんな。このおれがついてんだからよ」
「はは」
 いつもの口調に戻ったシーザーに、ヒューゴは思わず笑いをもらす。
「頼りにしてるよ、軍師様」
 少しだけ揶揄いを含めて、それでもそこにあるのは期待と信頼だ。軍師たるシーザーに対しての。
「あぁ、任しとけ」
 だから、軽い調子で言おうとしたシーザーだが、強い気持ちがつい現れて、微妙に真剣さが覗いてしまった。
 当然それに気付いただろうヒューゴは、しかしそこをつっこんで揶揄おうとはしない。代わりに、彼独特の、目を細める猫のような笑顔を見せた。
「うん、任せた」
 それから、ヒューゴは今度は短剣の手入れを始める。
 その様子をなんとはなしに眺めていると、シーザーの少しばかり高揚した気持ちも落ち着いてきた。
 だが、一度芽生えたこの思いは、もう消えないだろう。
 ヒューゴの思いを守る、その為に戦おうとシーザーは決めた。この頭脳全てを、捧げようと。
 そうやって知で力になることを軍師というのならば。
 軍師という仕事を、シーザーは初めて誇らしく思った。




END

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テーマは、シーザーが「軍師って悪くない」って思うようになる部分だったんですが。
むしろ、シーザーがヒューゴのことをいかに好きか、になってるような・・・。
でも、ヒューゴだってシーザーのことが大好きです。
ある意味、二人は相思相愛。
なのにCPにはどうしてもならないんだから不思議ですね(笑)