LOVE MOVE



 15歳になる半年前、シーザーはハルモニアのクリスタルバレーに留学した。
 それはシルバーバーグ家のしきたりのようなもので、更なる知識を得て、そして多くの考えと触れることで、一門の人間は自らの思想を方向付けていく。
 本当は15歳になってからと決まっているのだが、父が半年早いが行ってこいとシーザーに言ったのだ。
 アルベルトが家を出てから、シーザーはしばらくは荒れ、それからすっかり無気力な人間になってしまった。父はそんなシーザーを見るに見兼ねたのだ。
 そしてシーザーは、父と話をしてハルモニア留学を決めた。
 アルベルトが自分をどう思っているのか、それは後回しにしようと。アルベルトに家を出ることを決めさせたその思想、何故その道を選ぶことにしたのか、まずはそれをちゃんと知りたいと思った。ハルモニアに来れば、それが少しはわかるかもしれない、そう思ったのだ。
 しかし、その思いは、長くは続かなかった。
 留学期間がもう一年になる現在、シーザーはその意欲をほぼ失っていた。
 ほとんど学校には行かず、毎日市場なんかをふらふらして暇をつぶす。実家からは折に触れ真面目にやりなさいとの手紙が来るが、それも全て無視していた。
 ここで何もすることがなく、かといって家に帰る気にもならない。シーザーは、すべきことを完全に見失っていた。
「あぁ、つまんねー」
 ぼやきながらシーザーは道端に転がる小石を蹴る。
 今日はどうしても儲からないとぼやく商人に助言をしてみた。だがシーザーは名乗らなければただの少年で、そんな彼の言うことを大人が信じたりはしない。結局彼はシーザーを適当にあしらい話半分で追い払われてしまった。
 しかしシーザーが面白くないと感じているのはそんなことではなかった。その男がたとえ聞き入れてくれていようが、シーザーの気持ちは変わらない。
 何もかもが、面白くなかった。
 シーザーはもう一度、大きめの石を蹴りつける。思ったよりも遠くに飛んだそれは、誰かの足元にぶつかってとまった。
「げ」
 いちゃもんつけられては堪らないと、自分に非があるのを棚上げでシーザーは逃げようかと思う。
 素早く方向転換をしたシーザーの背に、柔らかい声が掛かった。
「相変わらず、足癖が悪いわね」
 仕方ないと子を叱るようなその声色に、シーザーは聞き覚えがある。
「・・・アップルさん・・・?」
 しかしこんなところで会うなんてあり得ないと、シーザーは半信半疑でゆっくり振り返った。
 その先にいるのは、やはりアップルだ。
「・・・なんでこんなところに」
「仕事の一環でクリスタルバレーに来たから、せっかくだから会っておこうかと思って。・・・あれからどうしていたか、気になっていたし」
「・・・・・・」
 アップルはシーザーが荒れていた頃を知っている。それを思い出させられて、シーザーは顔を合わせていられなくなった。
「・・・別に・・・普通だよ」
 視線を下げ顔を俯け、小さく呟く。
「聞いたわよ。最近は学校に行ってもいないって」
「・・・・・・いいだろ、別に。勉強嫌いだし」
「じゃあどうして留学したの?」
 アップルの声は変わらず柔らかいが、それでもたぶんどうせ自分を咎めるつもりなのだろうと、シーザーは下を向いたまま素っ気なく返答した。
「知ってんだろ。それが家の決まりなんだよ。親父に言われたから仕方なく・・・」
「嘘ね」
 自分の意思ではないと言うシーザーを、しかしアップルは否定する。
「違うんでしょう? 本当は」
「違わ・・・・・・」
 重ねて言われ、思わず顔を上げキッと言い返しそうになったシーザーは、そこでやっとアップルの表情に気付いた。
 いつでも微笑を湛えているアップルは、こんなときでもシーザーに優しく微笑み掛けている。
 荒れていたときはそれが無性に腹立たしかったが、今のシーザーにはそれが、なんだか得難いものに思えた。
 こんな自分でも、アップルは決して呆れることも見捨てることもなく、こうやって優しく案じてくれているのだ。
 そう思ったシーザーの口は自然と動く。
「・・・・・・そうだよ、言われたからなんかじゃない、・・・おれの意思で来たんだ。留学すれば、わかるかもしれないと思って」
「・・・・・・」
 シーザーの告白をアップルは黙って受け止める。
「ここに来て、同じことを学べば、少しはわかるかもしれないって・・・・・・あいつの考えが」
 何もかも、自分さえも振り払って家を出た、アルベルトをそこまで突き動かした思想。それがなんなのか、どうしてそれなのか、知りたいとシーザーは思ったのだ。
「だから・・・・・・でも、やっぱり、わかんなかった。全然なんにも、わかんなかった」
 シーザーは力なく首を振る。
 わかりたいと思ったのに、それなのに、少しもシーザーは近付くことが出来なかったのだ。アルベルトが何を、どこで、何故、何もかもシーザーにはわからなかった。
 父はシーザーに言った。アルベルトをとめるべきなんだとしたら、それはシーザーにしか出来ない、と。
 そのときシーザーは、自分なんかには無理だと思った。それでも、少しでも多くを学べば自分にだって、そう思い直しハルモニアにやって来たのだ。
 そしてハルモニアでわかったこと、それはアルベルトが抜きん出て優秀だったこと、そして自分が軍師という仕事に興味が持てないこと、たったそれだけだった。
 今のシーザーは、やっぱり自分には無理だと、そう思う。その証拠に、こうやってもうすっかりやる気をなくして日々を怠惰に過ごしているのだ。そんな自分に何が出来るのだ、シーザーは諦めに似た感情を自分に抱いていた。
「・・・・・・・・・やっぱり」
 そんなシーザーに、アップルはその穏やかさを全く変えない声を掛ける。
「変わっていないわね、シーザー」
「・・・・・・あぁ?」
 思わぬ一言に、シーザーは思わず抜けた声を上げた。
「・・・何がだよ?」
「だって、昔からそうだったじゃない。小さいときからあなたは、アルベルトの考えてることが全然わからない、そう言っていたじゃない」
「・・・・・・」
「それでも、あなたはアルベルトから離れなかった。いつも一緒にいようとしていた」
「・・・・・・・・・」
 アップルの口調は懐かしむようで、シーザーは自然と思い出させられてしまう。
 何を考えてるのかちっともわからない無愛想な兄の背を、それでもいつも探していた自分を、側に駆け寄り離れようとしなかった自分を。
 そんな記憶を、シーザーは思い出さないようにしてきた。その幸せだと思っていた日々が終わりを告げるあの日まで、思い出してしまいそうになるから。
 未だ癒えない傷が疼くように、シーザーの胸は痛みを覚える。
 だがその幼い日々の記憶は、消しようのない真実であった。たとえその兄が偽りだったとしても、シーザーの思いは本当だったのだ。
 シーザーはアルベルトが好きだった。わからなくても理解出来なくても、それでも好きだった。
「・・・でも、今は違う・・・違うよ」
 その頃の気持ちを思い出して、しかしシーザーはもうあの頃と同じ思いを決して抱けない自分を知っている。もう、あんなふうに純粋に慕うことなど、出来ない。
「・・・そうね、違うわね」
 そんなシーザーをアップルは今度は肯定した。
 どういうことかと顔を上げたシーザーに、アップルは教える。
「アルベルトの考えていることがわからない。だからどうしてそう思うのか知りたい、今はそう思っているんでしょう?」
「・・・だから、それはわかんなかったって言ってんだろ。結局おれは、あいつの考えてることなんて、全然わかんない。昔と違わねぇよ」
「違うわ、シーザー」
 かぶりを振るシーザーを、アップルも同じ仕草で、そうではないと言う。
「わからなくてもそれでいいと思うのと、わからないなら知りたいと思うのは、大きな・・・大切な違いよ」
「でも・・・」
 結局わからなかったら同じじゃないのか、そう言うシーザーをアップルは優しく否定する。
「今わからなくても、いつかわかるかもしれない。その可能性を、たった一年足らず思うようにいかなかっただけで、捨ててしまうの?」
「・・・・・・」
「可能性は、あなたが諦めない限り、消えないわ」
 そう言いながら、アップルこそ、諦めていないのだろう。シーザーのことを。そしてそれはアップルだけではなく、父ジョージもきっと、そうだったのだ。
「・・・・・・でも」
 そんな二人の思いを感じて、それでもシーザーは、だったら頑張るなんて言えなかった。一体なんの為に頑張ればいいのか、わからないのだ。
「・・・シーザー、仕事の一環でここに来て、ついでにあなたに会いに来たって言ったけど、本当は違うの」
「・・・え?」
 突然話題が変わったように思えて、シーザーは不意を衝かれたように思わず顔を上げた。
「ついでなのは仕事のほうで、本当は、あなたに会いに来たのよ」
「・・・な、なんでわざわざ?」
 アップルの告白はシーザーにとっては意外だった。思わず聞き返した通り、どうしてわざわざ、と思う。
「言ったでしょう、気になっていたって。自分の目で見て、確かめたかったの、あなたを」
「・・・だったら、がっかりしたろ。こんなおれで」
 アップルは軽口を返したシーザーには乗らない。
「シーザー、ここで知り得ることが全てではないわ。もっと別の場所で、違うことを、学んでみない?」
「・・・・・・・・・」
 自分について一緒に旅をしないか、アップルはそう言っているのだろう。
 だがシーザーはやはり、それに頷くことは出来なかった。
「・・・どちらにしても、明日の正午にはここを発つわ。行きたくなくても、見送りくらいはしてちょうだいね。そこの広場の噴水前で待ってるから」
「・・・・・・」
 答えを返そうしないシーザーに、踵を返そうとしたアップルは、思い出したように話し掛ける。
「そういえば、聞いたわよ。売れない商人にアドバイスして繁盛させてあげたそうじゃない」
「・・・・・・」
 言われて、そんなこともあったとシーザーは思い出す。
「それも、一つの才能よ」
「・・・でも、それは最初の頃の話だ」
 褒めるようなアップルの口調に、そんなんじゃないとシーザーは首を振った。
「今日は全く相手にされなかった。そんときは運がよかったんだよ。それだけだ」
「・・・・・・」
 つまらなそうに言ったシーザーに、アップルはだったらと、一言残してこの場を後にした。
「今のあなたに何が足りないのか、一晩でもいいから考えてみて」


 足りないものなんて、いくらでもある。
 そう思って考えないのは簡単だった。それでも、きっとアップルは大切なことを教えてくれようとしているのだろう。だから、あんなふうに自分を案じてくれているアップルの為に、少しだけシーザーは考えてみた。
 シーザーが困っている商人に助言したのは、留学して一ヶ月も経たない日のことだった。商いを始めたばかりなのだろう、そして生来の性もあるのか、その商人はたどたどしく物を売っていた。その様子を数日見ていたシーザーは、ある日見兼ねて声を掛けたのだ。違うそうじゃないこうすればいいんだと、ずっと気になっていたことを一つ一つ教えていった。かなりのんびりとした商人で、ちゃんとわかっているのか怪しくて思わず声を大きくすることもしばしばだった。
 そして結果、その店は大繁盛した。元々扱っている品は悪くなかったのだから当然だろうと言ったシーザーに、その商人は何度も何度もありがとうと言った。そのとき、なんだか胸を張りたい気分になったことをシーザーは思い出す。
 そのときの自分にあって、そして今の自分にないもの。それがないから、今日せっかく忠告してやったあの商人は少しも耳を貸そうとしなかったのだろうかとシーザーは思う。
 今自分に足りないものが何か、シーザーはその答えがすぐにわかった。
 それは、熱意だ。
 自分の考えを伝えようとする、理解してもらおうとする熱意。
 暇だったから助言した、一度鬱陶しそうに手を払われたから諦めた、そんないい加減な姿勢だったから、今日の商人はシーザーの話をまともに取り合ってくれなかったのだ。年が若いから、姓を名乗らなかったから、そんな理由ではきっとなかった。
「・・・・・・でも」
 アップルとの約束の場所に一応向かうシーザーは、俯きそしてその足取りは重い。
 そのときは確かにあった熱意、今のシーザーにないもの。
 それがわかっても、シーザーにはどうしようもなかった。
「・・・別にいいよ、そんなのあったって、なくたって」
 シーザーは、もうどうでもいい、そう小さく呟く。
 このまま、適当に生きていき、退屈だけど平凡な人生を送る。それでいいじゃないかとシーザーは思った。
 期待してくれている父やアップルには悪いが、自分はここまでの人間だったんだと、そう思ってくれればいい。
 自分がシルバーバーグの人間だということも、何もかもを忘れて。
「・・・・・・あいつのことだって・・・もう」
 どうでもいい。
 その言葉は、しかしシーザーの口からは出てこなかった。
 躊躇うように思いとどまらせるように、その口は動こうとしない。
「・・・・・・なんだよ」
 どうでもいい、そう思ったからこそ、この数ヶ月考えることすら放棄していたのだ。そうシーザーは、まるで弁解しているような気になりながら、それが事実なのだと、繰り返す。
「おれは、あいつのことなんか、もう・・・」
 それでも、やっぱり、言葉にはならなかった。
 そんな自分に苛立って、シーザーは無理やりにでも声にしようとする。
 言ってしまえばそれで、起伏のない平坦な日常に戻れる。今胸を占めるこの焦燥感に似た思いも、きっと消える。シーザーは、そう思いたかった。
「・・・・・・・・・」
 だが、それはやはり言葉にならない。しかしその理由は、さっきまでとは違った。
 赤色が、不意に目の前を横切ったのだ。
「っ!?」
 シーザーは思わずその色を目で追った。
 その視界に、一瞬だけ映ったのは、赤い髪。
「・・・・・・アル・・・ベルト?」
 シーザーの口は、無意識に動いた。
 そして、だからどうしたどうでもいいんだろう、そう自分に言い聞かせるより早く、体が勝手に走り出す。
 脇目も振らず、人とぶつかるのも構わず、シーザーはそのうしろ姿を追い掛けた。
「アル・・・兄っ・・・!!」
 やっと追い付き、シーザーはその肩を力任せに引く。
 そして振り向いたのは、しかしアルベルトではなかった。
「・・・・・・あ」
 改めて見ると、背格好は違うし、間違いないと思った赤毛も色合いは異なっている。
 シーザーが無意識に人違いだったと謝ったのか、怪訝そうな顔をしていたその人は特に不審がる様子もなく歩いていった。
 そのうしろ姿を、シーザーは呆然と見送る。
 それから、自分がひどく疲れていることに気付いた。呼吸は乱れ、汗が伝い落ちる。それだけ、全力で走ったのだ。
 シーザーは驚いた。
 自分に、まだこんな情熱が残っていたことに。
「どうでもいい・・・なんて、全然思ってねぇじゃん」
 どうでもよくなんてない、さっきとは違って、それはすんなりと言葉になったのだ。
 シーザーは思い知らされた。自分は、まだこんなにも、アルベルトのことを諦めていない。
 こうしてはいられないと、シーザーは再び走った。
「・・・・・・アップルさん!」
 急ぎ向かった広場の噴水前には、正午からだいぶ過ぎているが、まだアップルの姿があった。
 駆け寄り、立て続けに走ったせいで乱れる呼吸を宥める。
 そしてやっと顔を上げたシーザーに、アップルは微笑を向けた。
「・・・決まったみたいね」
 何も言わなくても、アップルにはもうわかっているようだった。シーザーの決断が。
「おれ・・・おれ・・・」
 そんなアップルに何か伝えようとしたシーザーは、しかし口の中が渇いているせいか言葉を継げない。
 それでも、言わなくても伝わっていても、シーザーは言葉にしたかった。もしかしたら、自分自身に、言いたかったのかもしれないが。
「・・・おれ、やっぱり、わかりたい。諦めたく、ない」
 否、諦められない。
 思うように理解出来ない苛立ちから、忘れた振りをしていただけだった。
 しかし、どうでもいいなんて、シーザーには冗談でも言えないのだ。
 痛くてもつらくても、その先に辿り着けるのなら、耐えられる。あのとき以上の痛みなど、きっとあるはずがない。
「わかりたいんだ・・・誰よりも、おれがあいつのことを」
 わからないならもう何もかもどうでもいいと思えるほど、すべてを投げ出してしまいたくなるほど、それでも本当は諦めたくなかったのだ。
「わかっていたいんだ。・・・アップルさん」
 それを気付かせてくれたアップルに、シーザーは自然と頭を下げる。
「おれも、連れてって・・・下さい」
 そして、どうすればいいか、教えて欲しい。導いて欲しい。また、道を外してしまわないように、見守っていて欲しい。
 もう二度と、見失いたくないから。
「・・・・・・シーザー、いつまでそうしているの?」
 首を垂れたままのシーザーに、上から優しい声が降る。
「下を向いていても、何も見えないわよ」
「・・・うん」
 ゆっくり顔を上げたシーザーに、アップルは微笑みながら続けた。
「でも、前だけ見ていてもダメなんだから、難しいわよね」
「・・・うん」
 顔を上げてもなお頭の上がらない思いのシーザーを、アップルはわざと茶化して笑う。
「ふふ、あなたがそんなに素直だと、なんだか調子が狂っちゃうわね。いつもの憎まれ口はどこに行ったのかしら?」
「アップルさん・・・」
 その言い草はないだろうと思わず口を突き出したシーザーは、この場面でアップルの気遣いに気付けるほどの余裕はなかった。
 話が決まったのなら、少しでも前に進みたい。昨日までの自分が嘘のように、シーザーの心は急く。
「とにかくさ、そろそろ行こうぜ」
「そうね、じゃあ、シーザーはこの荷物持ってちょうだいね」
 歩き出そうとしたシーザーに同意しながら、アップルは置いてあった旅行鞄を指差す。
「・・・・・・一番の狙いはこれだったんじゃねぇの?」
「さぁ、どうかしら?」
 わざとらしく首を傾げながらアップルはシーザーを追い越して歩いていく。
「・・・・・・アップルさん」
 仕方なく荷物を持ち上げながら、そんなアップルの背にシーザーは小さく声を掛けた。
「・・・ありがとう」
 聞こえていなくてもいいと思ったシーザーの言葉に、アップルの反応は返らない。
 だが、おそらく聞こえていなかったわけではないのだろう。
 ゆっくり歩くアップルに続きながら、シーザーは思い返す。一年前も、こんなふうに決意して歩き出したこと。そして、それなのに目的を見失ってしまったこと。
 あのときは一人だったが、今はアップルがついている。それは些細なことに思えて、それでも自分にとってはとても大きいとシーザーは思った。
「・・・アップルさん、これからどこ行くの?」
「そうねえ・・・・・・」
「・・・考えてないのかよ」
 のんびりとしたアップルの声に、シーザーは思わずちょっと脱力する。
 いつでもマイペースなアップルのあとを歩くシーザーの歩みも、自然とゆっくりになった。
 気が急こうとしていたシーザーを、アップルは咎めることはせず、ただやんわりと正す。そのことにシーザーが気付くのは、まだずっと先のことになる。
 今のシーザーは、ただ、自分のことだけで一杯だったのだ。
 兄が自分をどう思っているのか、それどころか自分が兄をどう思っているのかすら、今のシーザーにはわからない。
 それでも、それともだからこそか、わかりたい理解したいと思う気持ちは、昔よりもずっと強かった。それがどんな感情から来るものかわからなくても、その思い自体は、確かだった。
 誰よりも、自分が、わかっていたい。
「・・・アルベルト」
 変わらず胸は痛む。
 それでもシーザーは、その名を、頭から追い払ったり忘れてしまおうとは、もうしなかった。




END

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どうしてアップルさんはシーザーにこんなに優しいのかなぁ・・・。
やっぱりマッシュに似たものを感じてるからだろうか。
アップルさんの初恋はマッシュおじさんだった、に一票。
しかしシーザー、兄と他人を見間違えるかな普通・・・。