LOVE NOSTALGIA
太陽と風の恩恵をこれ以上なく享受するグラスランドはカラヤの村。
穏やかに照りつける日差しを浴びながら、ジンバは藁葺き屋根の上に寝転んで穏やかな時間を過ごしていた。
そこに。
「ジンバ兄ぃ、見っけ!」
「うわ、ちょっと待・・・ぅぐ」
突然視界に入ったルルは、その勢いのままジンバの腹に落下してきて、下敷きになったジンバは思わず蛙が潰れたような声を出した。
「ジンバ、大丈夫か?」
ルルより遅れて登ってきたヒューゴは、言葉と裏腹に笑顔で聞いてくる。
重しが取れるとジンバはゆっくり起き上がって、咎めるような目線をルルに向けた。
「おまえは、いつもいつも・・・普通に上ってこれないのか?」
「それよりさ、ジンバ兄ぃに聞きたいことあるんだよ!」
ルルはちっとも悪びれた様子なく、マイペースに自分の話を始める。
「なぁジンバ兄ぃ、本当に好きな人っていないの?」
「・・・まぁたその話か」
ジンバは何度ともしれないルルからの質問に溜め息をついた。
「いい加減諦めてくれないかな」
「モテモテってことじゃん。隣の兄ちゃんが羨ましがってたよ」
他人事なヒューゴはノンキに慰めにもならないことを言う。それにもう一度深い溜め息を返してから、ジンバは仕方なさそうに口を開いた。
「・・・そうだな、本気で好きだった恋人なら・・・二人だけいたけどな」
「二人?」
「え、どんな人?」
「聞きたいか?」
「うんっ!」
ジンバの目論見通り、二人はその話題に食いついた。これでおそらく、話が終わる頃には隣の家の人にでも聞いてこいと言われただろうことをすっかり忘れてしまうだろう。
「一人は・・・超美人だったよ」
「自慢かよ!」
「母さんより?」
「はは、ヒューゴは美人といえばルシアなのか?」
「そ、そういうわけじゃないよ!」
「で? どんな美人だったんだ?」
「キレイな銀髪でな、瞳はすみれ色。守ってやりたくなるような、おしとやかで控えめで・・・でも実のところは俺のほうが支えられた。優しくて、強い女だったよ」
ジンバはどこか遠くを見ながら、懐かしむように話す。その方角にビネ・デル・ゼクセがあることなど、ヒューゴもルルも知るはずかなかった。
「ジンバ兄ぃ、ほんとか? 見栄張ってんじゃないだろな?」
めずらしく真面目な顔して話すジンバを、ルルは茶化して笑う。しかしヒューゴは、ジンバが初めて見せた表情に、なんだか少し落ち着かない気分になった。
「どうやってそんな人を恋人にしたんだ?」
「そこは、ほら、男の甲斐性だよ」
「なんだそれ?」
「・・・それよりジンバ、もう一人は?」
「ん、ああ、もう一人はな・・・」
そこでジンバは、おもむろに目じりを指で引っ張り眉を寄せて思い切り渋い表情を作った。
「いつもこんな顔しててな」
「ぶっ」
「あははっ」
変な顔のまま喋るジンバに、ヒューゴもルルも思わず噴き出す。その反応にジンバは顔を元に戻して、笑いながら続けた。
「それで、無表情で無口でとっつきづらくて何気に頑固で・・・」
「なんかさっきの人と全然違うな」
「なんでそんな人好きになったんだ?」
ジンバが並べる褒め言葉とはとても言い難そうな単語に、二人はそろって不思議そうに首を捻る。
そんな二人に、ジンバはまた少し遠い目をしながら教えた。
「どうしてもだよ。明確な訳なんてなく、どうしても惹かれちまうもんなんだ」
「そうなのか?」
ルルは首を傾げたまま眉を思い切り寄せる。
ヒューゴは、また不思議な気分になった。まだ人をそういう意味で好きになったことがないヒューゴは、ジンバの言っていることがよくわからない。
「・・・そう・・・なんだ」
「まだおまえらには早いか」
ジンバは理解出来てなさそうな二人に、それも仕方ないと苦笑した。それに、ルルは反論にしてはズレたことを返す。
「違うよジンバ兄ぃ。ヒューゴはお嫁さんにするならルシアって言ってたもん」
「ル、ルルっ!」
「ほう、そりゃ目が高いな」
「ち、違うよ! 結婚するなら母さんみたいに料理が上手な人がいいって言っただけ!」
ヒューゴが慌ててフォローすると、ルルは大仰に頷いた。
「確かに、上手いよな。それに美人だし。羨ましいよ、おれの母ちゃんなんてさ・・・」
「なんだって?」
「うわっ」
愚痴り始めたルルは、しかし下から掛けられた声にハッと口を押さえる。
「まったく、無駄口叩いてる暇があったら、床の布敷きかえるから手伝いな!! 晩飯抜きにするよ!?」
「ええっ!?」
意地悪そうに笑って言うルースに、ルルは慌てて屋根から下りた。
「俺も手伝おうか?」
「いいさ、この子をこき使うよ」
「ええっ、ジンバ兄ぃにも手伝ってもらおうよ!」
ジンバの申し出もルルのお願いも軽く無視して、ルースはルルを引き摺って家の中に入っていった。
しばらくするとドスンバタンといった騒がしい音が下から聞こえてくる。
「・・・ジンバはさ」
ヒューゴは一度途切れた話題を戻すのを少し躊躇いながらそれでも口を開いた。
「今結婚してないってことは・・・別れちゃったってことだよな? 振られたのか?」
ジンバは軽い口調のヒューゴの、しかし眼差しがどこか真剣なことに気付いて、ごまかさず返す。
「振られた・・・まぁ、似たようなもんかな。俺に・・・意気地がなかったんだ」
ジンバは懐かしむように、悔いるように、言葉を紡いだ。可能ならば戻ってやり直したい、そんな思いなのだろうかと、ヒューゴはよくわからないなりに感じ取る。
「・・・今でもまだ・・・その人のこと好きなの?」
「・・・・・・・・・」
ヒューゴの問いに、ジンバは何も答えず、ただ静かに笑った。
そして、ヒューゴの頭をポンッと叩く。
「・・・おまえも、好きな子でもできたか?」
「ち、違うよ、いないって!」
ヒューゴは慌てて否定した。それから、やっぱり少し躊躇いながら、口を開く。
「・・・ただ」
「うん?」
ジンバはヒューゴの硬めの癖っ毛を撫でながら続きを待つ。いつもは子ども扱いされてるようでいい気がしないその仕草も、今のヒューゴは何故か気にならなかった。
「・・・ただ、人を好きになるってどんなだろう、って思って・・・」
まだ未知の感情。それをいつか自分が覚えるのだろうかと思うと、ヒューゴは不思議な気分になる。
「・・・おまえにもそのうちわかるさ」
「そうかな?」
「ああ」
「・・・そっか」
ヒューゴは期待と不安を同時に感じ、思わず溜め息をついた。
そんなヒューゴに、ジンバはやっと頭から手を退かせながら、姿勢を少し改める。
「・・・なぁ、ヒューゴ」
そしてジンバは、ヒューゴが同じように自分に向き直るのを待って、口を開いた。
「もし好きな人ができたら、真っ直ぐ想いを伝えるんだ」
「・・・・・・」
「どんな困難があっても、逃げるな、離すなよ」
「・・・・・・うん、わかった」
ジンバのいつにない強い言葉に、全てを理解出来てはいないだろうが、ヒューゴは神妙に頷いた。
「・・・まあ、おまえならきっと、俺が言わなくても大丈夫だろうけどな」
「そ、そうかな・・・」
まだやってもいないことで褒めるようなジンバの言葉に、ヒューゴはどう返していいかわからない。
なんとなくヒューゴが気恥ずかしさを感じ始めた頃、突然下から大きな物音がした。
「何か倒れたかな? やっぱり手伝ってくるか」
どっこいしょと立ち上がろうとしたジンバを、ヒューゴはしかしとめる。
「いいよ、オレが手伝ってくるっ」
この場を離れるいい言い訳ができたとばかりにヒューゴは屋根から飛び降りた。そして家に入ろうとするヒューゴに、ジンバが声を掛ける。
「ヒューゴ、・・・頑張れよ」
言ってニッと笑うジンバに、ヒューゴは一瞬手伝いのことか考えた。それから、たぶんそうではないのだろうと気付く。
「うん、頑張るよ!」
ヒューゴは少し照れくさそうに、それでも笑顔を返した。
少年はまだ知らなかった。
この美しいカラヤの村を、親友のルルを、兄のように慕っていたジンバを、そう遠くない未来に失ってしまうことを。
そして、胸を焦がすただ一人の人と、出逢うことを――。
END
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ジンバは過去を懐かしんだ。
そしてヒューゴも、いつかこの日を懐かしむ。
そんな意味でノスタルジア。
ヒューゴにとってジンバって、兄というより父に近いのかも、
とかこれ書いて思ったりしました。
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