LOVE PATH



 カラヤの人々はビュッデヒュッケ城を出て、故郷の村に向けて歩いていた。
「アイラはやっぱり向こうについていったんだな」
 ヒューゴは周りを見回し、アイラの姿がないのを確かめる。すると隣を歩く軍曹も頷いた。
「だろうなあ。随分懐いてたからな」
「気持ちはわかるけどさ」
 軽く言って笑ったヒューゴに、軍曹は気に掛けずにはいられず口を開く。
「・・・ヒューゴ」
「本当によかったのか?」
 しかし軍曹の言葉は背後からの声にさえぎられた。いや、先を越されたといったほうが正しいだろう。
 二人が振り返った先にいたのは、ルシアだ。
「母さん?」
 ヒューゴは突然だったので問いの内容を把握出来ず首を傾げた。ルシアは仕方なさそうにもう一度繰り返す。
「これでよかったのか、と聞いたんだ。こうして、カラヤに帰ってしまっても、後悔しないのかと」
「・・・何言ってんだよ」
 真顔で問うルシアに、ヒューゴは軽口でかわそうという素振りを見せた。しかしルシアは真面目に問いを続ける。
「今回のことで、お前もカラヤ以外の世界に興味を持っただろう。アイラのように、もっと知りたいと思うのも無理はない。・・・それに」
 何より、好きな人と離れて平気なのか、ルシアはそう言外に問うた。
 ヒューゴはそんな母を意外そうに見る。
「母さんはてっきり、そういうのって我侭だとか勝手だとか言うと思ってた」
 優しい部分も持っているが、しかしヒューゴにとって母は何よりも厳しい人だったのだ。
 その自覚があるルシアは、苦笑する。
「もちろん、その気持ちもあるさ。だがな、私は、お前に自分の気持ちを曲げて欲しくはないんだよ。意思に伴う責任を、今のお前ならちゃんと受け止め果たせると思うしな」
「・・・・・・」
 ルシアの、ヒューゴへの母としての愛情。ときどき隠さず伝えられるそれを、ヒューゴはいつも素直に受け取ることが出来なかった。
 だが、このときは、素直に自分の気持ちを話してもいいかと思える。
「・・・確かに、もっと外の世界を知りたいって気持ちはあるし・・・やっぱり、一緒にいたいって気持ちも、すごくある」
 正直な思いを口にして、ヒューゴは今からでも追い掛けていきたい気に駆られる。
 しかしヒューゴは、カラヤへ向かう自らの足をとめることはしなかった。
「でも、カラヤを復興すること。それが今、オレの一番やりたいことなんだ」
 それが今の自分の何にも勝る思いだと、ヒューゴは澱みなく言えた。
 無残に焼け落ちたカラヤを脳裏に描きながら思う。あの美しかった村を、もう一度よみがえらせなければならない。
「それを果たさないと、オレは次に進めない・・・進みたくないんだ。カラヤの村はオレの全部だった。そしてこれからも、オレの一番大事な場所だってことは、変わらないから」
 それをせず、外の世界に飛び出してしまうことなど、ヒューゴには出来なかった。それは逃げではないとわかっているけれど、それでも自分はいつか後悔するだろうと、わかっているから。
「だから、オレはまだ、どこにも行かない」
「・・・そうか」
 真っ直ぐ前を見ながら語られるヒューゴのそんな思いを、ルシアはやはり嬉しく思う。
「お前の気持ちはわかったよ」
 笑んで手を伸ばしてきたルシアに、頭を撫でるつもりだと感付いたヒューゴは慌てて距離をとった。
「そ、そもそも、なんで今更聞くんだよ」
 今まで聞く機会はたくさんあったのに、とヒューゴはじわじわと湧き上がる真面目に答えた気恥ずかしさを抑えながら思う。しかも、カラヤに帰っている途中なんだから答えはわかりきっている気がした。
「何も言わずお前の選択を見守ろうと思ったんだよ。だがやはり、その出した答えを、ちゃんと聞いて確かめておきたくなってな」
 ルシアは結局は聞かずにいられなかった自分に苦笑しながら、それでも聞いてよかったと思う。今回の戦いで、ヒューゴはルシアの期待以上に成長した。それを目の当たりにしたような気がして、ルシアは本当に嬉しかったのだ。
 が、そんなことはときが経って思い出話に花が咲いたときにでも伝ることにして、取り敢えず今はとルシアはヒューゴにニヤリと笑いを向けた。
「だが・・・なかなか言うじゃないか。それでこそ、未来の族長だ」
 その一言に、ヒューゴは思わず慌てて言い返す。
「だから、さっきも言ったけど、オレが族長になるって決まったわけじゃないだろう?」
「何を言っている。さっきも言ったが、炎の英雄まで務めたお前がならず、誰がなる」
「そ、それは・・・・・・」
 ルシアの言い分は全く正しく、ヒューゴはどう言い返していいかわからなかった。だが、将来的にはカラヤを出ようと思っているヒューゴは、こんなところで負けてられないので、頑張ろうと思う。
「で、でも、ほら、あ、あれだよ・・・」
 しかし、ルシアを納得させられるような理由が何一つ思い浮かばないヒューゴだった。
 そんなヒューゴの隣で、ルシアは軽く溜め息をつく。
「・・・まあ、それに当たって問題がないわけではないがな」
「え、何?」
 全く予想は付かないが思わず期待してヒューゴはルシアを見る。
「お前、子を作る気は今のところないんだろう?」
「え、あぁ、うん・・・・・・」
 やはり思ってもみなかったことで、ヒューゴは思わず少し考えた。
「・・・・・・オレとゲドさんじゃ作れない・・・んだよね?」
 いまいちそっち方面の知識がないヒューゴは自信なさそうにルシアを窺う。
「あぁ」
「・・・だったら、無理じゃないか」
 そうだったら決まりきっていると、どうしてルシアがわざわざ尋ねるのかわからずヒューゴは首を傾げた。
 そんなヒューゴの言い分をルシアは首を振り否定する。
「方法なら、あるさ」
「方法?」
 さらに首を傾げるヒューゴに、ルシアはサラリと言い放った。
「子を産める女は、カラヤにはたくさんいるぞ?」
「それって・・・・・・」
 どういうことなのか考え、数秒後にヒューゴは思い至る。
「そ、そんなこと出来るわけないだろ!? そんな、ゲドさんも、オレの心も裏切るようなこと。相手の人にだって悪いし・・・」
「・・・・・・」
 思わず声を大きくして言い返したヒューゴに、ルシアは溜め息を落とした。が、その溜め息も、続く言葉も、どこか優しい。
「全く、仕方のない子だね。・・・だが、こうなるってことは、あんたがゲドのことを好きだって言い出したときからわかってたさ。あんたは父親に似て優しいが、私に似て強情でもあるからね」
「母さん・・・」
 ルシアは族長ではなく母親の顔で、息子に笑い掛ける。
「それに、私だって人のことは言えないんだ。「カラヤ族長の夫」としては相応しくない人を、私は選んでしまったからね」
「・・・・・・」
「だから、私はお前の味方だよ。跡継ぎのことは考えなくていい」
「・・・ありがとう、母さん」
 母の愛情に、ヒューゴは素直に感謝した。
 そして、これで一件落着だと思ったヒューゴは、何気なく聞いてみる。
「・・・・・・でも、跡継ぎはどうするつもりなの?」
「いざとなったら、私がもう一人産むさ」
「・・・えっ!?」
 予想外の返答にヒューゴに驚いたが、ルシアは意味深に笑い返すだけで、それ以上を教えようとはしない。
「さぁ、あと少しでカラヤだ。これから問題が山積みだろうから、頼りにしているよ」
「もう、なんなんだよ・・・」
 ヒューゴは釈然としないものを感じながら、それでもこういうときの母が決して口を割らないことはわかっているので、それ以上追求するのは諦める。
 そんなヒューゴに、ルシアに代わって軍曹とフーバーが並んだ。
「ま、そのときになったらわかるさ」
「軍曹。うん、まぁ、そうだね」
 そんな未来のことを考えている暇はないくらい、ヒューゴがこれからしなければならないことはたくさんあるだろう。
 決意と期待と、そしてほんの少しの感傷を覚えながら、ヒューゴは故郷への道のりを一歩また一歩と歩んでいった。




END

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驚きです。途中、軍曹が忽然と消えました。そして最後、忽然と現れました(笑)
しかし、ルシア関連ネタをするとヒューゴが微妙にマザコンっぽくなるのはどうしてなんだろうな・・・。
というか、結局ヒューゴのお父さんは誰なんだろう・・・
もう明かされることはなさそうなので、勝手に捏造する予定です。