LOVE POSSESSED 2



 その書物に、見覚えがあった。
 レオンは思わず立ち止まる。嫌な予感がした。
「・・・・・・それは?」
 通り過ぎようとした使用人に、その手に持つものに目を遣りながらレオンは尋ねた。
「これは、ルカ様に部屋に届けるよう言われましたものになります」
「ルカ様が・・・」
 レオンの予感は、更に強まる。
 彼が手に持つその書物は、確かに、今朝レオンがアルベルトに渡したものだったのだ。
「・・・ルカ様と・・・誰か一緒だったか?」
 どこか祈るような気持ちで尋ねたレオンに、使用人は書物を抱え直しながら話す。
「はい、アルベルト様がご一緒でした」
「・・・・・・!!」
 レオンは駆け出した。もしそれが事実なら、一刻の猶予もない。
「・・・レオン様? お待ち下さい、レオン様!!」
「どけ!!」
 とめようとした使用人を振り払い、レオンはルカの部屋に足を踏み入れた。
「・・・・・・レオンか」
 ルカが、奥の部屋から姿を見せる。いつもの鎧を脱いだルカは、ばらける髪を掻き上げながら、レオンにニヤリと笑いを向けた。
「どうした、探しものか?」
「ルカ・・・様」
 これ以上なく強まる嫌な予感を押さえつけながら、レオンは声を荒げる。
「アルベルトはどこです!?」
「・・・そんなに大きな声を出すな」
 するとルカは、さっき自分が出てきた部屋を窺いながら、笑う。
「目を覚ましてしまうだろう?」
 その口調は、気遣いではなく、ただ自分の言葉にレオンがどう反応するかを期待するものだった。
「貴様・・・まさか・・・!!」
 ルカの普段よりも弛んだ格好、おそらく寝室であろう部屋で休んでいるというアルベルト、何があったかは嫌でも想像が付く。
 思わず睨み付けたレオンに、ルカは愉快そうに返した。
「なんて顔をしている。冷徹な軍師も、しょせんは人の親ということか」
 あぁ違う子ではなく孫だったか、とどうでもよさそうに訂正するルカに、レオンは構っている場合ではなかった。
「アルベルトを返してもらう!」
 レオンはルカに目もくれずに寝室に向かった。
 開けようとした扉が、しかし内から開く。
 そこに立っているのは、自分の孫だった。
「・・・アルベルト?」
 しかし、今朝までのアルベルトとは、何かが違う。レオンを見上げるその瞳の色は、明らかに変わっていた。
「・・・帰るぞ」
 それでも、まだ間に合うと、レオンはアルベルトの手を引こうとする。
 しかし、アルベルトはその手を取ることはなく、その場を動く素振りもみせなかった。
「・・・お祖父様」
 凛とした声が、部屋に響く。
「あなたも、シルバーバーグの名を持つ者なら、わかるはずです」
 レオンの前に立っているのは、9歳の孫ではなく、一人の軍師なのだ。
「僕は、選びました」
 迷いなど微塵もなく、アルベルトは言い切った。
 レオンは、手遅れだったと、思い知る。もう自分が何を言おうが、この孫がその決意を変えることはないだろう。
「・・・・・・・・・」
 どうしようもない思いに駆られ、立ち尽くすレオンの目の前で、ルカは笑いながらアルベルトに寄り添った。
「そういうことだ。下がれ」
 ルカは一度アルベルトの髪を梳くと、そのままその手で寝室へと促す。
「俺は今、気分がいい。だから、貴様呼ばわりも許そう」
 アルベルトを押し込めてから、ルカはそこで一度足をとめた。
 自分で言った通り、ルカの纏う空気はいつもより鋭くない。それでも、狂気を孕んだ目つきはやはりそのままだ。
「が、次はないぞ」
 薄く笑うルカの瞳と、さっき自分を見上げたアルベルトの瞳が、重なる。
 ルカも寝室へと消え、部屋に一人残されたレオンは、しかししばらくは身動きすら取れなかった。
 アルベルトは、ルカの手に堕ちた。
 その事実に、レオンは愕然とする。そして、悔いた。
 ルカとアルベルトを会わせてはならない、レオンはそう思っていたのだ。
 未だ自分の道を決め兼ねていたアルベルトにとっては、ルカという存在は強烈過ぎる。軍師としての全てを捧げてもいいと、そう思わせるものをあの男は持っていた。
 レオンとて、その思いに駆られそうになったことは一度ではない。それでも、レオンほど老成していれば、理性でそれを押し留めることなど容易かった。いや、もう少し世の中を知る軍師ならば、彼の野望の為に力を使おうなどと考えなかったはずだ。
 だがアルベルトはまだ幼い。軍師としてはすでに常人を超えているが、それでも人として、余りにも幼な過ぎた。
 だからこそ、ルカのほうが相手にしないのではないかと、レオンは楽観してた部分もある。
 だが、アルベルトはルカを選び、そしてルカもまたそれを許した・・・いや、望んだのだ。
 レオンの体は自然と震えた。
 孫をみすみすルカの毒牙にかけてしまった、それを阻止できなかった自分に対する怒り。
 そして何より、レオンは怖れた。
 アルベルトの軍師としての類い稀な才能を、レオンが一番よく知っている。そのアルベルトの才が、ルカの為に振るわれるなら。
 この世は間違いなく、ルカの望む通りの、地獄と化すだろう。
 そして、このままでは確実に、それは現実となる。
 レオンは心を決めた。
 ルカを、少しでも早くこの世から消し去らなければならない。
「もう、一刻の猶予もない」
 レオンは小さく呟くと、やっと足を動かした。決意を込めて、この部屋を後にする。
 ルカを滅ぼす為の、レオンの軍師としての全てを懸けた策が、今動き出した。




To be continued...

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………特になんのコメントも思い浮かばないですが…。
えっと、ルカ様はちゃんと自分の部屋に連れ帰ったようですよ。(だから何)