LOVE POSSESSED 3
「あいつって、なんで、ああ、なんだよ!!」
シーザーは思わず、近くにあった鉢植えを苛立ち任せに蹴った。鉢は倒れて植えてあった花が零れたが、シーザーは気にせず通り過ぎる。
シーザーはついさっきまで兄のアルベルトと論議・・・いや、一方的にその論を批判していた。だがいつものように、結局アルベルトの考えを論破することが出来ず、おかげで現在最高に不機嫌なのだ。
「・・・こらこら、物に当たるもんじゃない」
するとうしろから、僅かに咎める色合いを含んだ声が聞こえて、シーザーは仕方なく振り返る。声で予測した通り、そこにいるのは父ジョージだ。座り込んで倒れた鉢を起こし、零れた花を土を元に戻している。
「・・・だって、ムカつくんだもん」
「力ではなく言葉で解決するのが、我々シルバーバーグ家だと思うが?」
「・・・・・・」
やんわり諌められ、シーザーはむくれて口を突き出す。
「どうせ、おれは、言葉じゃ何も解決出来ねぇよ。・・・あいつにだって、全然敵わねぇ」
悔しそうに、シーザーは視線を下げる。
「それでも、お前は諦めず、あの子に食って掛かっているね」
「そ、それは・・・」
感心したような口調のジョージに、シーザーは思わず顔を上げて言い返した。
「だ、だって、言わせておけねぇだろ、あんなこと! 絶対間違ってるだろ!?」
「・・・そう・・・だね」
迷いなく言い切ったシーザーを、ジョージは気付かれない程度に、少し羨ましそうに見る。わかっていても、それでも真っ向から反論など、ジョージにも他の多くの人にも出来なかったのだ。シーザー以外には。
「だろ! ったくさ、親父の教育が悪かったんじゃねぇのか?」
「・・・・・・」
ジョージは迷う。最近いつも、二人が言い合っているのを見ながら、どうしようかと考えていた。ずっと答えを出せずにいたジョージは、しかし決めた。
「・・・あの子も・・・アルベルトも、昔はそうではなかった」
「・・・・・・え?」
懐かしむような口調のジョージに、シーザーはいきなり何を言い出したのかと眉をひそめる。
「昔は、もっと違って・・・変な言い方だが、普通の子だった」
「・・・どういうことだ? 違った・・・って?」
思わずシーザーは真面目にジョージを問い詰めた。初耳だったのだ。
シーザーはアルベルトが産まれたときからあんなやつだと思っていた。あんな、まっとうとはとても思えない思想を固持して、ちっとも人の言葉を聞き入れようとはしない、わからずや。
だが、そうでないのなら。何故変わってしまったのか、そのきっかけがあるのなら、シーザーは知りたかった。
そんなシーザーに、ジョージは静かに語りだす。
「・・・デュナン統一戦争、知っているだろう?」
「あぁ、習ったよ」
「父・・・つまり、お前の祖父、レオン・シルバーバーグがハイランド側の正軍師だった。これも知っているな?」
「あぁ・・・で?」
ジョージの遠回しな導入に、シーザーは気が急いて促す。ジョージは苦笑して、続けた。
「アルベルトは、そのとき、父に呼ばれてハイランドにいた。そこで一体何があったか、父もアルベルトも語らなかったから、私は知らない。だが、明らかに、それを境にアルベルトは変わってしまった」
「・・・・・・」
シーザーはその事実も初耳だった。アルベルトが今はなきハイランド王国に戦乱のさなかいた。そこで、何かがあって、変わってしまった・・・?
「・・・レオンなら知ってんのか? 何があったのかを」
「・・・おそらく。父はハイランドから戻ったのち、一度だけ私に、すまなかったと謝罪した。父が私に謝ったことなどあれきりだから、よく覚えている・・・」
「・・・・・・」
何かがあった。間違いなく、何かがあって、そしてアルベルトはシーザーの知る今のアルベルトになった。
「・・・今、どこにいるんだ? レオンはどこに!?」
掴み掛かるようにして聞き出そうとするシーザーに、ジョージは最後に一度だけ、逡巡した。
ジョージは、アルベルトのことをどうすることも出来なかった。正面から説き伏せることはおろか、ジョージにはアルベルトにどう声を掛ければいいかすら、もうわからないのだ。
それなのに、自らが出来ないことをシーザーに負わせてしまってもいいのだろうかと。
だが、ジョージは、やはり告げることを選んだ。
「・・・父は今、トラン北部の小さな村で暮らしている」
場所を細かく教えれば、シーザーは一秒も無駄に出来ないとでも言いたげに駆け出す。
「・・・シーザー、アルベルトを、頼んだよ」
父親なのにアルベルトを引き戻せなかった、自分に対する自嘲。そして、シーザーへの期待と、アルベルトへの愛情。
全てを込めて、ジョージはシーザーのうしろ姿を見送った。
シーザーほどアルベルトに真っ直ぐ向かう人をジョージは知らない。だからシーザーになら、そうジョージは思う。
そして。
アルベルトは変わってしまった。だが、シーザーといるときのアルベルトは少しだけ、昔のアルベルトに見える。ジョージはそう感じていたのだ。
レオンが現在住んでいるのは、トラン共和国の地図にも載らないくらい小さな村だった。同じ国内とはいえ、そこまでの道のりは困難を極める。
だがシーザーは疲れを知らず、少しでも早く辿り着けるよう最善を尽くした。
シーザーにあったのは、アルベルトに何があったのか知りたい、ただその一心だ。
「祖父さん! 教えてくれ!」
シーザーは着くと、すぐさま挨拶もせずレオンを問い詰めた。
「兄貴・・・アルベルトに何があったんだ? デュナン統一戦争のとき、ハイランドで、一体何があったんだ!?」
突然疑問をぶつけられたレオンは、その目を細めてシーザーを見返す。
「お前は・・・アルベルトの弟、確か・・・シーザーか」
「そうだよ、なぁ、教えてくれ」
シーザーの切実さは伝わって、しかしレオンはすぐにシーザーに応えはしなかった。
「・・・・・・何故知りたい? 好奇心か?」
「そんなわけ! ・・・・・・」
そんなんじゃないと思わず言い返しそうになって、しかしシーザーは言葉を切った。
レオンは、量ろうとしているのだ、シーザーを。
それがわかって、シーザーは逸るばかりだった自分を少し落ち着かせた。そして、自分の思いを噛み締めるように口を開く。
「・・・・・・あいつは、目的の為なら多少の犠牲は問わないって考え・・・祖父さん、あんたの思想だ。でも、おれには受け入れられない。犠牲になる人が出来るだけ少なくなるように頭を使うのが軍師だ、おれはそう思う」
「・・・マッシュの思想だな」
「そうだ。だからおれは、いつか考え直させてやろうって思ってた。レオン・シルバーバーグの思想は間違ってる、そういつか認めさせてやるって」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・でも・・・なんか違う気がする。あいつが言ってんのは、そんなんじゃない気がしてきたんだ。目的の為の犠牲じゃなくて・・・犠牲を払う、戦争をする、それ自体が目的みたいに、聞こえることがある。よくわかんねぇけど、あいつが言ってんのは、祖父さんの思想なんかじゃなくて・・・あいつが見てんのは、もっと、違う何かな気がするんだ」
「・・・・・・・」
レオンが少し苦々しげに眉を寄せた。しかしシーザーは気付かず続ける。
「でも今のおれにはよくわかんない。あいつの考えてることがわかんない。それじゃだめだ。おれはあいつをとめたいんだ。あいつ、絶対変なことしようとしてる。だからとめたいんだ。でもおれにはそれが何か、わからない」
ゆるく首を振ってから、シーザーはレオンを見上げた。
「何があったんだ? あいつに、一体何があったんだ? それがわかれば、あいつが何考えてるかわかるかもしれない。そしたら、あいつをとめられるかもしれないんだ。頼む、祖父さん、教えてくれ!」
「・・・・・・・・・」
レオンはシーザーを真っ直ぐ見据えた。
「・・・お前に、受け止められるか?」
「・・・わかんねぇよ、そんなの。でも、聞かなきゃ、おれはどうにもならない」
そんなレオンに、シーザーはハッキリと、正直に自分の思いを告げる。
「このまま、あんな兄貴をただ黙って見ているのは嫌だ。なんとかしたいんだ、あいつを。おれは、あいつを・・・っ」
シーザーは途中で声を詰まらせた。感情が昂って言葉にならない。軍師の端くれなのにこんな有様では、レオンを納得などさせられない、そう思ってもシーザーにはまだ自分の感情を制御しきることは出来なかった。
「・・・おれ、おれは・・・」
「・・・理論を」
自らを叱咤するシーザーを、レオンが低くさえぎった。
「説き伏せることが出来るのは、必ずしも理論ではない」
「・・・・・・は?」
思わず抜けた声を出したシーザーには構わず、レオンは続ける。
「デュナン統一戦争・・・あのとき、アルベルトはハルモニアにいた」
「・・・・・・」
シーザーには、レオンの語り出しが唐突に思えた。だがそんなことはこれから知れることにくらべればどうでもよく、シーザーは耳を凝らす。
「そこで、アルベルトは・・・狂気に出会ったのだ」
「・・・狂気?」
レオンの顔が、僅かに歪む。
「・・・お前も、耳にしたことはあるだろう。狂気の名は・・・」
忌まわしげに、レオンはその名を口にした。
「ルカ・ブライト。アルベルトは、あの男が死してなお、その亡霊に憑かれているのだ」
アルベルトは窓際の椅子に腰掛けていた。書物を手にしているが、その視線は窓の外に向いている。
扉が開いたことに気付いていないはずはないのに、顔も体もぴくりとも動かさなかった。
いつものことなのに、シーザーはそれが面白くない。微動だにしないアルベルトの虚空に向けた視線が、見つめるものがなんなのか、気になる反面、知りたくない気がした。
逃げ出したい思い、激しく問い詰めたい思い、両方を押さえ込んで、シーザーは静かに口を開く。
「よう、兄貴、世界を滅ぼす方法でも考えてんのか?」
やはりアルベルトは視線を動かさない。
その無機質な横顔に、投げつけたい言葉がある。聞きたいことがある。それなのにシーザーの口はなかなか動かなかった。
何が返ってくるか、知るのが怖いからだなんて、認めることは出来ない。素っ気ない口調を繕って、シーザーは言葉を搾り出した。
「・・・ルカ、って男の為に」
「・・・・・・」
アルベルトが、視線だけを動かし、一瞬シーザーを見た。何故シーザーがそれを知っているのか、疑問に思ったのだろうか。
すぐに逸らされた視線は、また虚空を見つめ、アルベルトの口からは小さな、しかしはっきりとした答えが返った。
「そうだ」
「・・・・・・っ」
とっさに、シーザーはこぶしを握りしめた。爪が皮膚に食い込んで痛んでも、それに気付けない。
予期されるべき答え、それでもシーザーは不意打ちを食らったような衝撃を受けた。アルベルトが否定する、それを望んでいた自分に、気付かされる。
同時に、それが愚かな期待だったと、知らされた。
アルベルトは、レオンが言ったように、未だに囚われているのだ。
「・・・なんでだよ」
何かが崩れ落ちてしまいそうな感覚、だがシーザーは気付かない振りをする。
「あいつ、もうとっくに、死んでるだろ?」
「・・・・・・」
アルベルトが、ゆっくりと立ち上がった。
シーザーの問い掛けなど相手にせず、立ち去るのかと思われたアルベルトは、しかしシーザーに視線を向ける。
目が合ったはずなのに、シーザーは、アルベルトが自分を見てはいない気がした。どこか遠く、もっと違う何かを、アルベルトは見ている。
「・・・たとえ死していようとも、私が使える主は、生涯あの方だけ」
それはシーザーへの返答ではなく、自分自身への確認のようだった。澱みない口調で、アルベルトはその名を口にする。
「ルカ・ブライト。私は彼の望みを、果たす」
それは予定ではなく決定。アルベルトにとっては決まりきったこと。
そこに果たして、自分の入り込む余地があるのか。シーザーは浮かび上がる思いを必死で抑え付ける。
「・・・今生きてるおれたちよりも、ずっと昔に死んだやつのほうが、大事だってのか?」
そんなはずはない、そうだろう? 祈るように縋るように、しかしそれは自信でもあった。十数年、共に過ごしてきたのだ。
「そいつの為なら、おれたちを・・・おれだって平気で殺せるのかよ・・・っ!?」
シーザーは叫ぶように言った。
真っ直ぐ見つめる先でアルベルトが、一度口を開きかけ、また閉じる。その一瞬の、僅かな逡巡に、シーザーは気付かなかった。
「・・・・・・そうだ」
迷いのない口調に、シーザーには聞こえた。
表情のない顔、その視線が見つめる先にいるのは、ルカ・ブライト。アルベルトは彼に全てを捧げた、そしてこれからも。その為だけに、生きている。
そしてアルベルトは、シーザーの存在を、歯牙にもかけていない。ずっと、少しも見ていなかったのだろう、これからも、見ないのだろう。
自分ならアルベルトをとめられる、シーザーはどこかでそう思っていた。その自負が今、打ち砕かれる。
「・・・・・・んだよそれ・・・」
真っ暗になった視界を、シーザーは無理やり振り払う。
「ふざけんじゃねえぞ!!」
感情の高ぶりに任せてシーザーはアルベルトに言葉を叩きつけた。
「おれは認めない! おまえが軍師だってことも! おまえが兄貴だってことも!」
本当はたぶん、悔しくて、そして悲しいのだろう。だがその感情を、シーザーは怒りにすり替えた。そうしなければ、自分を保てない。
「おまえの存在を、おれは絶対に認めないからな!!」
言い切って、シーザーは部屋を出た。
アルベルトの反応など確かめない。きっと、最後の捨て台詞だって、アルベルトの心にはちっとも届いていないのだろう。そんなこと、でも認められない。
逃げるのではない、どうでもいいからこっちから見捨てるのだ。あんな人間、知らない。二度と、思わない考えない、追わない。
「・・・っくしょう・・・!!」
力任せに壁にこぶしを叩きつけると、手が痛んだ。だがその、体の感じる痛みが、優しくすら感じられる。
身を切るように痛む心、湧き上がる泣きたいほどの感情。それが憎しみのせいなのだと、自分に言い聞かせることしか、シーザーには出来なかった。
To be continued...
-----------------------------------------------------------------------------
レオンはたぶん、アルベルトとルカの具体的な関係についてまでは語らなかったはず…(笑)
負け犬シーザー、このときは13・14歳くらいだと思います。
次回でラスト、ED後に一気に飛びます。ビックリするほど シザアル! になる 予定 …
|