LOVE ROUSE



 カラヤの少年ヒューゴが英雄としての名乗りを上げ、士気を取り戻したグラスランド及びゼクセンの兵士たちは協力しハルモニア軍を撃退することに成功した。
 そして、正式に協力体制を作ることになり、その本拠地をビュッデヒュッケ城に定めることが決まったのが数時間前。
 移動するまでにはまだ余裕があって、シーザーは目聡く見つけた日当たりのいい芝生の上に横になっていた。
 チシャ以来使いっぱなしだった頭を休めて、ぼんやりと雲が浮かぶ空を見上げる。これから、軍師を買って出たシーザーにはやらなければならないことが山ほどあるし、逃げず向き合わなければならないこともある。だからこそ、今は何も考えずにいたかったのだ。
 そんなシーザーに、不意に影が落ちる。
 シーザーの頭のすぐ上、太陽を背に立っているのは、ヒューゴだ。
「見付けた、シーザー」
 英雄自ら探しに来たということは、とシーザーは緩慢に上半身を起こした。
「どした、もう出発か?」
「違うよ。お礼言おうと思ってさ」
 しかし否定して続けたヒューゴの笑顔に、シーザーはどこか違和感を覚える。
「・・・お礼?」
「そう。シーザーのおかげで気付けたからさ」
 違和感の正体もわからず首を捻るシーザーに、ヒューゴは変わらず笑顔で教えた。
「・・・あの人、シーザーのお兄さんなんだね」
「・・・」
 何故かヒューゴが嫌な話題を出してくるので、シーザーの機嫌は自然と少し悪くなる。面白くなさそうに顔を背けたシーザーを気にもせず、ヒューゴはさらに続けた。
「あんまり、似てないよね。まぁ、髪と目の色は同じだけど。そういえば、あのときもそう思ったっけ。ほら、オレたちビュッデヒュッケ城で初めて会ったじゃん。そのとき、色が似てるなって。髪の色はシーザーのほうが明るいけどさ」
 一息に言ったヒューゴの言葉に、シーザーは引っ掛かりを覚えて思わず向き直った。
「・・・おまえ、おれと会う前に・・・あいつに会ったことあんのか?」
 もしそうであっても、それがどうしたんだと思いながら、しかしシーザーは聞かずにはいられない。
 そんなシーザーに、ヒューゴは簡潔に答えた。
「あるよ」
 そして、思い出すように少し遠い目をする。
「あのとき、ほんの短い間見ただけなのに、オレは忘れられなかった」
 淡々とした口調は、しかし僅かに熱を含んでいる。そう思えて、シーザーは気のせいだろう、自分の思い違いだろうと打ち消した。
「それから、チシャで会って、英雄が住んでたところで会って、それからさっきのシーザーとのやり取り見て、オレは気付いたんだ」
 シーザーの胸は不穏にざわつく。そしてそれは、杞憂などではなかった。
「オレは、あの人が欲しい」
 思わず目を剥いて、シーザーは喉まで出掛かった言葉を、しかしどうにか抑え付けた。
 そして、動揺しかけたのを隠して努めて冷静な声で返す。
「・・・そりゃあ、あいつの軍師としての力は」
「そうじゃないよ」
 だが、シーザーが言い終える前に、ヒューゴがさえぎってとめた。
「そんなんじゃない。わかってるんだろ?」
 ヒューゴはシーザーを見下ろし、見透かすように大きな目を細める。
「オレが言ってるのは、シーザーと同じ意味」
「・・・なんのことだ?」
 シーザーは人の心を暴こうとするようなヒューゴの視線に対する怒りにも似た感情を覚えながら、それでも冷静に返した。
 しかしヒューゴはシーザーの苛立ちを理解していないのか、もしかしたらわかった上で、まるで挑発するように言葉を投げる。
「はぐらかそうったって、無駄だよ。だって、シーザーがあの人を見る目、オレと同じだったんだ。だから、気付けたんだよ。シーザーも、あの人が・・・」
「うるさい、おまえに何がわかる」
 ヒューゴの口が聞きたくない言葉をはく前に、シーザーはもう険を隠そうとせず見上げた。
「だいたい、あいつとは兄弟だ。・・・縁を切ったからもう兄だなんて思ってないが。おれは、あいつが、大っ嫌いだ!」
 何も知らないくせに、その気持ちを隠さず含め、シーザーは睨むように仰ぐ。その視線を、しかしヒューゴは少しも怯んだ様子なく受け止めた。
「シーザーがそう思ってるなら、それでもいいよ。オレには関係ない」
 なんの惑いもなく、ヒューゴは真っ直ぐシーザーを見下ろし宣言する。
「でもね、シーザー。オレは、あの人を手に入れるよ。どんな手使っても」
 狩猟民族の血がそうさせるのか、闘争本能を剥き出しにして、ヒューゴはそれでも静かに笑った。
 どんな手を使っても、何を犠牲にしても、手に入れる。その覚悟、そして自信があると、ヒューゴは言外に語る。
 全てを燃やし尽くしそうなその瞳を向けられ、シーザーは確かに自らに火が付くのを感じた。
 どんな人間か何も知らないのに、それでも手に入れられると思っているヒューゴ。それはシーザーをひどく苛立たせる。そして同時に、ひどく、優越感を感じさせた。
「・・・無理だ」
 シーザーはゆっくり立ち上がって、同じ目線でヒューゴを見据える。
「おまえなんかに、あいつは落とせない」
「・・・お前なんか、ね」
 一瞬目を丸くしたヒューゴは、すぐに面白そうに口の端を上げた。
「本性出たじゃないか、シーザー」
 それでこそ張り合いがある、とでも言いたげなヒューゴに、シーザーは同じように口元を歪める。
「おれは、おまえよりずっと、あいつを知ってる。おまえが知らないことを、たくさん知ってる」
 共に長い時間を過ごした。普段の済ました顔、それ以外の表情も、感情も、自分は知っている。日常生活の癖、食べ物の好みだって夢中読んでいた本だって、知っている。
 シーザーは、ずっと彼だけを見てきた。ずっと、誰よりも。
 何も知らないパッと出のやつに、取られたりなんか、しない。
「おれは、あいつを・・・」
 シーザーはヒューゴに言わせなかった言葉を自ら言おうとし、より端的な望みに言い直す。
「あいつを手に入れんのは、おれだ」
 他の誰にも、やらない。
 シーザーの迷いは消えた。
「おれのほうこそ、お礼言わないとな、ヒューゴ。おまえのおかげで、おれの心は決まった」
 言ってから、シーザーは表情をいつもの弛んだ笑顔に戻す。
「ま、おれの敵じゃねぇけどな、誰も」
「・・・」
 軽い口調で言ったシーザーを、ヒューゴは一瞬殺気すら含んだ目で睨んだ。それから、最初にシーザーに向けた笑顔を見せる。
「オレだって、負けるつもり、ないよ」
 その表情は、一言で言うなら不敵。疲弊しきった兵士たちを鼓舞し戦いへと駆り立てた、待ち受けるものが困難であればあるほど奮い立つ不屈の表情。
 この少年は、間違いなく英雄の器だ。シーザーは思わず軍師としての目でそうヒューゴを評価した。
 そして今彼に立ちはだかっているのが自分なのだと、シーザーは改めて思い知る。
「・・・・・・」
 それでも圧されるわけにいかないシーザーは、何か返そうとした。
 しかし、二人の間の緊張感に遠目で気付かなかったのか、不意に声が掛けられる。
「ヒューゴ、こんなとこにいたのか。お、軍師殿も」
 軍曹は距離をとったまま、ヒューゴとシーザーを順に見た。
「ちょうどよかった、そろそろ出発だそうだ。何か重要な話でもしてたか?」
「ううん、ちょっとね、話してただけなんだ。ほら、今までゆっくり会話する時間なかったから。ね、シーザー」
 ヒューゴは軍曹に向かって、それまでと口調をガラっと変えて返す。同意を求めるようにシーザーを振り返ったヒューゴの表情は、裏など全くない、無邪気ともいえるものだ。
「じゃ、行こっか」
 さっきまでの敵愾心など微塵も感じさせずヒューゴはシーザーに笑い掛ける。
 だがその裏に隠れていたものを知ってしまったシーザーは、逆にその笑顔におそろしさを感じた。
「・・・いや、おれはもうちょっとしてから行くよ」
「そ? じゃ、また、あとでね」
 ヒューゴは、軍曹のほうに駆けて行く。
 そのうしろ姿を、視線を逸らせずシーザーは見送った。
 明るく人懐っこい笑顔の下に、あんなにも苛烈なものを秘めていたのだ、あの少年は。そして、自分はあの少年と戦わなければならない、同じものをめぐって。
「・・・いや、違う」
 少し怯みそうになったシーザーは、そうではないと頭を切り替えた。
 そもそものスタートが、違うのだ。何度か見たことがあるだけのヒューゴに、あの男をどうにか出来るとは到底思えない。
 彼を理解出来るのも、とめられるのも、自分を措いて他にはいない。それは決心や覚悟ではなく、シーザーの自負だ。
「あんなやつ、敵じゃないさ」
 強がりでなく、シーザーはそう思った。
 おそれる必要も構う必要も気にする必要もない。
「おれが見てんのは、おまえだけだよ」
 今までも、これからも。
 シーザーは静かにそう呟いて、一歩を踏み出した。




END

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こんな二人が英雄と軍師で、この運び手は大丈夫なのかな・・・。
しかしこのヒューゴ、なんて言うのかな・・・噛ませ犬?
シザは相手にしないらしいですが、そうも言ってられないように、
ヒューゴにはぜひ頑張って欲しいですね。(他人事・・・?)