LOVE SOLACE



 夜も更け、辺りは静まり返っている。その静寂に包まれながらゲドは、甲板に立って夜風に吹かれていた。
 何を考えるでもなくボーっとしていると、不意に背後から軽い足音が聞こえる。
「ヒューゴのこと、ほっといていいのか?」
「・・・・・・」
 明らかに自分に向けられた言葉に、ゲドは顔だけでその主を振り返った。
 いつものゆるんだ笑顔を見せているのは、炎の英雄ヒューゴの軍師であり親友でもあるシーザーだ。
「まぁ、あいつは寝てんだろうな、満足そうに」
 問い掛けておいてシーザーは勝手に自分で答えを導く。ヒューゴのこと、そしてヒューゴとゲドの関係を知っているシーザーには、容易いことのようだった。
「それで、あんたは火照った体を冷ましにでも来たわけ? あいつ、早そうだもんな。全然足りねぇんじゃね?」
「・・・・・・・・・」
 下卑た推測を口にするシーザーは、いつもの笑顔のようで、しかしどこか違うようにゲドには思える。いつも倦怠感を纏わせつつも理性を湛えた瞳が、今は濁ってひどく危うい光を宿しているように見えた。
 そんなシーザーが自分に用があるなどとゲドは思えなかったが、それでもシーザーはゆっくりとゲドに歩み寄る。
「なぁ、あんたって、身長186くらい?」
「・・・・・・あぁ」
 見上げてくるシーザーの真意は見えず、それでもゲドは問い掛けに答えた。こんなシーザーを独りにしてはいけないと、長くを生きたゲドは直感で思う。
「そっかぁ、やっぱり・・・」
 シーザーは腕を上げ、そしてゲドに向かって伸ばした。
「それくらいだと思った」
 ゆっくりとシーザーはその腕をゲドの体に回し、背に顔を摺り寄せるように抱き付く。
 そしてゲドの体に指を這わせる、シーザーのその動きは、何かを確かめようとしているように思えた。
 ゲドはそんなシーザーを、なんとなく振り払えない。
「・・・・・・でも、やっぱり、違う」
 体の形、肌の質感温度、全てを確かめながら、小さくシーザーが呟いた。大事なものを失った喪失感、それに似た響きがそこにはある。
「・・・なぁ」
 手の動きをとめ、シーザーは問い掛けた。
「自分より年下の男に抱かれるって、どんな気分?」
「・・・・・・」
 さすがにゲドはシーザーを振り払おうとし、しかしその表情を見て思わずとまる。
 シーザーの顔は、揶揄おうとしているそれではなく、どこか真剣だ。
「男としてのプライドとか、そんなのどうでもいいって・・・」
 ゲドを見上げるシーザーに、普段の余裕や自信はない。年相応、いやそれより幼くすら見えた。
 僅かに寄せた眉、その瞳はまるで今にも泣き出しそうに思える。
「そう思えるくらい、・・・好きってこと?」
 シーザーはそんな顔を伏せて、ゲドに寄り掛かった。頭を擦り付けるその仕草は、まるで構われたがっている仔犬のようで、思わずゲドはシーザーの背を宥めるように撫でる。
「・・・・・・あいつ」
 そんなゲドのいたわるような手つきを、シーザーは拒まなかった。何よりそれが、いつものシーザーではない証拠に思える。
「ヒューゴさ、いつも楽しそうに幸せそうに、笑ってる」
 もう一度、シーザーはゲドを見上げた。
 その瞳に宿るは、切実な願望と、諦め。
「おれも・・・たとえばあんたを好きになってれば、あんなふうにいっつも笑ってられたのかな・・・」
「・・・・・・・・・」
 全く意味のない仮定を口にしたシーザーは、常に現実的だった普段のシーザーと同じ人間とはとても思えなかった。
 だが、この今にも壊れてしまいそうなシーザーも、確かにシーザーの一部なのだろう。
 誰にも見せないその側面を、何故ゲドに今晒しているのか。ゲドには推測しか出来ないし、そしてそうすることもまた意味はないと知っていた。
 手に感じるシーザーの背中は、ヒューゴよりもさらに小さい。この背を一体誰が支えてやっているのだろうとゲドは少し思い巡らせた。
 ゲドは、炎の英雄という重いものを背負うことになったヒューゴの、心も体も支えてやりたいと、支えたいと思った。
 そんなふうに、シーザーを支える存在は、いないのだろうか。ゲドにはわからず、ただこの少年の背を撫でてやることしか出来ない。
 シーザーは、そんなゲドの腕を、まるで縋るように掴んだ。
 その瞳は、正確にはゲドを見てはいない。そしてゲドが与えられるのは、疑似でしかない。シーザーが望んでいるのは今側にいて欲しいと思っているのは、ゲドではない誰かなのだろう。
 それでも、少しでもシーザーのその寂しさが紛れるなら。
 同情などという単純な感情ではないものが、ゲドを動かした。
 どうしようもない寂寥感を、一時的にでも宥めてくれるのは、人の体温だ。ゲドはそれを、身を以って知っている。
 髪を梳いてやると、シーザーの口が切なそうに歪められた。その唇に、ゲドはそっと唇を合わせる。ゲドの腕を掴むシーザーの手に、さらに力が入った。
 頬を撫で肩を抱き、ぬくもりを伝える。こんなことで少しでもシーザーの心が鎮まるのなら、ゲドはいくらでも与えようと思った。
 虚ろを抱えて生きることのつらさもまた、ゲドは身を以って知っているのだ。
 だが、不意にシーザーが、ゲドの胸を押して距離を取った。
「・・・何やってんだよ」
 二、三歩さがって、シーザーはゲドを見上げる。
「んなことしたら、ヒューゴが、泣くだろ?」
「・・・・・・」
「あいつのこと、泣かせんなよ。いつも笑顔でいさせてやれよ」
 まるで泣きそうにも見える笑顔を、シーザーはゲドに向けた。その言葉は、しかし今までよりもずっと、力強い。
 ゲドは、シーザーがヒューゴを羨ましく思っているのかと思っていた。だが、そうではない気がする。
 シーザーは、ヒューゴに託しているのかもしれない。自分の代わりに、思いを叶え幸せであって欲しいと、ただ願っているのかもしれない。
 そんなふうにするしかないシーザーに、ゲドは堪らない憐憫を感じた。
「・・・さぁて、あんたそろそろ寝たほうがいんじゃね? どうせ朝早いんだろ?」
「・・・お前は?」
「おれはいーんだよ。昼寝すっからさ」
 いつもの軽い口調を取り戻して、シーザーは笑って言う。
 ゲドはそんなシーザーにこれ以上してやれることなど思い付かず、言われるまま部屋に戻ろうと足を動かした。
 階段を下りようとし、しかしそこでゲドは振り返る。そして、柵に凭れて空を見上げているシーザーの背に、言葉を投げた。
「・・・泣かせはしない。ヒューゴが誰よりも幸せである為なら、なんでもしよう」
「・・・・・・ははっ、あんたにそこまで言わせるなんて、あいつも大したやつだな」
 振り向かず軽口を返すシーザーの背は、相変わらず小さい。
 だがゲドは再び歩きだし、今度はもう振り返らなかった。
 シーザーが誰か一人を想っているように、ゲドが側にいて支えたいと一番に思うのは、あの少年以外にいないのだ。
 真っ直ぐ、ゲドはヒューゴの元へ戻った。




END

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はい、また世界でここにしかない(だろう)CP(?)が誕生しましたよ。(・・・)
そしてこのシザアルが一体どんな関係なのか は、考えてないです(ぉぃ)
なんていうか、その、あれです・・・いろいろすいません orz
でも書くぶんには楽しかったでっす!!(だからといってまた書くなんてことはないのでご安心を!!)