LOVE START



 天気もよく、今日も平和なビュッデヒュッケ城。ここを本拠地とする炎の運び手のリーダー、ヒューゴもまた、今日も非常にノンキそうだった。
「どうだ、美味いか?」
「うん、とっても!」
 バーツに差し出されたトマトに齧り付いて、ヒューゴはその味に感激する。程よい酸味、しゃきしゃきした歯ごたえ。
 今まで食べていたトマトは一体なんだったのかと思ってしまうほど美味なそれを食して、しかし恋する少年の思考はどうしてもあらぬ方向に飛ぶ。
「あぁ、ゲドさんにも食べさせてあげたいなぁ・・・」
 トマトを齧りながら、しかしすでに味わうことを忘れているようなヒューゴだ。
 しかしバーツはそれに気を悪くすることもなく、苦笑しながら教える。
「ゲドなら、さっき見掛けたぜ」
「えっ、ほんとっ!?」
 パッと反応したヒューゴは、トマトを喉に詰まらせそうになり、咳き込んで慌てて飲み込んだ。それから、もう一度バーツを見上げる。
「さっきというか、ちょっと前だけど。そこの森に入っていったぞ」
「そうなんですかっ!?」
 ヒューゴはバーツが指差したほうに、即座に駆け出した。それはもうヒューゴの条件反射、習性といっていいだろう。
「おーい、トマト持っていかなくていいのか〜?」
 とバーツが声を掛けたのにも気付かず、ヒューゴは素晴らしいスピードで森の中に消えた。


 彷徨うこと数十分。ヒューゴはやっとゲドを発見した。
「ゲ・・・っ」
 いつものように名を呼んで駆け寄ろうとしたヒューゴは、しかしその足をとめる。
 都合よくゲドの姿だけ視界に入れていたが、よく見るとその隣にジンバがいたのだ。
「・・・・・・」
 ヒューゴの位置からゲドはうしろ頭しか見えないが、ジンバは笑顔で何事か話し掛けている。
 常々この二人が一体どういう関係なんだと思っていたヒューゴは、そんな二人をモヤモヤしながら見つめた。
 長身のゲドと並んでも、それより少し低い程度のジンバは全く見劣りしない。思わず自分とゲドが並んだ姿と比較して、ヒューゴはズドンと落ち込んだ。
 しかし、負けるわけにはいかないと、グッと決意を新たにする。
 そして、二人ともその体勢を変えず話し声が聞こえる距離でもないので、ヒューゴはそろそろ飛び出してやろうかと思った。
 そんなとき、ふと、ジンバが動きを見せる。柵に凭れさせていた背を離し、右手でゲドの頭を撫でた。
「!!」
 その接触にも過敏に反応したヒューゴは、次の瞬間自分の目を疑った。
「!!!???」
 ジンバの顔がゆっくりゲドに近付き、二人は重なり合った、ように見えた。ヒューゴが呆然としている間にも、二人は少し離れ、また近付く。
 ヒューゴの頭は真っ白になった。
 それは、いわゆるキス、というものではなかろうか。
 一瞬遅れでそう認識したヒューゴは、耐えられず駆け出した。
 そして飛び出たもののなんと言葉を掛けていいかわからないヒューゴに、ジンバが気付く。
「よう、ヒューゴか」
 ジンバは右手を挙げて陽気に挨拶し、それにつられてゲドも振り返った。二人ともあまりに平静なのでヒューゴは自分の見間違いだったのかという気になりながら、いやそんなはずはないと思い直す。
「な、何してたんだ?」
「ん? 話してたんだが?」
「そ、そうじゃなくて、ついさっきだよっ」
「あぁ」
 ジンバはちらっとゲドに目線を遣り、それからサラッと答える。
「目にゴミが入ったって言うから、見てやってたんだよ」
「ほんとに?」
「他に何があるって言うんだ?」
「・・・・・・」
 ヒューゴは疑うようにジンバを見上げたが、その笑顔からは全く嘘か本当か読み取れなかった。隣で無表情を貫くゲドから読み取れないのは言うまでもない。
 ヒューゴは、気になって仕方ないが、切り換えて忘れてしまうことにした。
「・・・でも、だいたい、ジンバとゲドさんってどういう関係なんだよ!?」
 しかしあんまり切り換えられてないヒューゴだった。二人が知り合いだと知ってからずーっと気になっていたことを、何度目になるかわからないが聞く。
 それに対するジンバの反応は、いつもと寸分変わらなかった。
「ははは」
 笑ってはごまかすジンバである。
「だいたいな、俺はおまえのことを優良物件って薦めてやってたんだぞ。むしろ感謝してくれ」
「えっ、ほんとっ!?」
 そしていつも通り、はぐらかされるヒューゴだった。
「ゲドさん、オレもお薦めですよ!」
 あっさり矛先を変えてゲドを笑顔で見上げるヒューゴに、ジンバは気付かれないよう小さく呟く。頼んだぞ、その言葉はヒューゴに届くことなく風に乗ってどこかに消えた。
「じゃあ、俺はここらで。じゃましちゃ悪いしな」
「じゃまって・・・ちょっとしか思ってないよ!」
 ジンバは正直に言って笑うヒューゴの、頭を一度ポンと叩く。そして、ヒューゴを、ゲドを優しく見遣って、ゆっくりと森の中へ入っていった。
 それを見送ってから、ヒューゴはさっきまでジンバが立っていたところに立った。そしてゲドを見上げる。
 ジンバと自分を比べて落ち込むより、ジンバとゲドの関係を疑うより、他に出来ることがあるはずだとヒューゴは思った。
「で、ゲドさん、どうですか? そろそろオレのこと、好きになってませんか?」
 ヒューゴは何度目になるかゲドに問い掛ける。そしていつものように否定されたら、またいつものように努力をするだけだ。自分の想いを伝え、そしていつか振り向いてもらう為に。
 そう思ったヒューゴだが、しかしながら、今日はいつもとどこか違った。
「・・・・・・・・・」
 ゲドはヒューゴの問いに沈黙を保つ。ヒューゴはゲドの沈黙がどんな感情を表しているものなのか少しはわかるようになっていた。
 今のゲドの沈黙は、「否定」ではない。
 かといって「肯定」でもないので、ヒューゴは黙って次のゲドのリアクションを待った。
「・・・・・・・・・」
 ゲドは湖面に目を向け、ヒューゴのほうからゲドの表情が全く窺えなくなる。どうしようかとヒューゴが思っていると、ゲドがボソリと呟いた。
「・・・・・・何度も繰り返すのは・・・愚かだ」
「・・・え?」
 どうやら独り言のようだが、そんなゲドを見たことがなかったヒューゴは逆に耳を凝らした。
「・・・・・・わかった」
「な、何がですか?」
「・・・・・・積極的にというわけではないが・・・悪くない」
「ゲ、ゲドさん、何言ってるのかさっぱりなんですけど・・・」
 ゲドはヒューゴに構わず、自分の考えに没頭しているようだ。
 困りきってしまったヒューゴに、ゲドは不意に視線を向けた。真っ直ぐ見つめ、それから少し目線をずらし、ボソリと今度はヒューゴに対して言う。
「・・・・・・買ってやってもいい」
「え、か、買う?」
 ヒューゴはすぐに理解出来ずに首を傾げてゲドを見上げた。するとゲドはまたふいっと完全に目線を逸らす。
「・・・・・・・・・・・・あっ」
 自分で解説したくなさそうなその仕草に、ヒューゴはやっとなんのことか見当が付いた。
「買うって、もしかして、優良物件・・・っていうかオレのことですか!?」
 込み上げそうになる嬉しさを押さえ付けながらヒューゴは確認の為に問う。するとゲドはやっぱりヒューゴと目線を合わせないまま、一見不本意そうに口を開く。
「・・・・・・試しにだがな」
 しかしヒューゴは、それがもう半分以上照れ隠しなのだろうとわかった。
「は、はいっ!! オ、オレも、ゲドさんのこと好きですっ!!!」
 ヒューゴはもう興奮を隠さずに、ゲドを見上げて喜びをそのまま伝える。ゲドはそんなヒューゴに、一瞬目を遣って、それからまたすぐに逸らしてしまった。
 そんなゲドの仕草にすら、ヒューゴは嬉しくなってしまう。
「えへへ」
 どうやらゲドが自分の想いを受け入れてくれたことは、ヒューゴにとって正に青天の霹靂だった。距離が近付いていることは感じていたが、まだまだだと思っていたのだ。
 それでも、この現実を前にして、ヒューゴには喜びしかなかった。嬉しくて嬉しくて、堪らなかった。
「ゲドさん、どうしよう、オレ、笑いがとまんない」
 際限なく緩もうとする頬を押さえてヒューゴは、だらしなさと紙一重な顔をゲドに晒す。そんなヒューゴに、ゲドは呆れることはなく、しかしどう反応していいかわからないように眉を寄せた。
「ふふふっ、えへ、へへへ」
 ヒューゴは一頻りちょっとばかし不気味に笑って、どうにか少し気持ちを落ち着けてから、改めてゲドを見上げる。
「ねえ、ゲドさん。オレたちこれでちゃんとした恋人になれたんですよね!」
「・・・・・・・・・」
 ゲドは答えなかった。しかしその沈黙は、間違いなく「否定」ではない。
「・・・あの、てことは、キ、キスとか・・・していいですか?」
「・・・・・・・・・」
 やっぱりゲドは答えなかった。しかしその沈黙も、間違いなく「否定」ではない。
 だからヒューゴは嬉しそうに笑って、ゲドを見上げ、それから今度は困ったように眉を寄せる。
「・・・ゲドさん、いいんだったら体かがめるとかしてくれないと、届かないんですけど・・・」
 ヒューゴは背伸びしても無理そうだということに気付いて、悔しそうにゲドに訴えた。そして思い付き、打って変わって笑顔を見せる。
「あ、もちろん、ゲドさんからしてくれてもいいですよ!」
 むしろそっちを期待しながらヒューゴが言うと、ゲドは少し悩んで、それからその場にゆっくりと腰を下ろした。ゲドからしてはくれないようだが、しかしヒューゴがそれで不満に思うはずもない。ヒューゴもすぐにしゃがんで膝立ちし、そろ〜っとゲドの肩に手を掛けた。
「じ、じゃあ、しますね」
 ヒューゴはどうしても緊張してしまいながら、ゲドに顔を近付ける。するとゲドはちらっとヒューゴを見て、それからどこともなく視線を彷徨わせ、そして小さな溜め息と共に目を閉じた。
 ヒューゴの心臓は、どうしようもなく高鳴る。バクバクとうるさいくらいのそれを無視しながら、ヒューゴは目を閉じそっと唇を触れさせた。
「・・・っ」
 その柔らかさあたたかさに、ヒューゴは思わずパッと離れてしまう。それからまた、ゆっくりと近付け、今度はさっきよりもしっかりと口付けた。
 触れるだけのそれを、ヒューゴは数度繰り返す。そして、少し距離を開けると、息をもらした。それに満足した響きを感じ取ったのか、ゲドも目を開ける。
「へへっ」
 ヒューゴは満面の笑みを見せ、ゲドの頭を抱えるようにガバッと抱き付く。
「ゲドさん、好きです、大好きですっ!」
 そしてギューっと抱きしめるヒューゴを、ゲドは抱き返すなんてことはしなかったが、その背をポンポンと軽く叩いた。
 それこそ、ヒューゴの想いを受け入れたのだという、ゲドの意思表示に他ならないだろう。
「ゲドさん、ほんとに、本当に、大好きです!!」
 ヒューゴは湧き上がる思いを抑えられず、抑えようともせず、ゲドにしがみ付いたまま何度も何度も繰り返した。




END

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えぇ、まあ、くっつきました。
なんだか、コメントしずらい話です。
ま、そういうことで・・・(何)



おまけ

 やっと落ち着いてきたヒューゴは、ゲドから体を少し離して笑う。
「いつもだったら、こんなときどこからかアーサーが見てますよね」
 冗談めかして言ったヒューゴは、しかし言葉にしてみるといかにもあり得そうで、思わず辺りを窺った。
 すると、やはりというか木々の間から二人を観察しているアーサーがそこにいる。
「ほ、ほんとにいたっ」
 ヒューゴは予想通りだったとはいえ、とっても驚いた。
 アーサーも、気付かれたことに気付いたらしく茂みから出てきた。その顔は、もちろんこれ以上ないスクープのおかげで、これまでにないくらい輝いている。
「ア、アーサー、一体いつから見てたのっ!?」
「そ、それは・・・」
 ヒューゴの問いに、アーサーは躊躇いがちにゲドに目を向ける。ゲドはなんだか嫌な予感がしたが、アーサーは言いにくそうにしかし正直に答えた。
「・・・・・・ゲドさんとジンバさんが・・・キ、キス・・・してたところから・・・」
「!?」
 ヒューゴがバッとゲドを見ると、ゲドは顔を背ける。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

「目にゴミ・・・ってやっぱり嘘なんじゃないですかーー!!」

 晴れた空に、ヒューゴの絶叫がこだました。



(今度こそ)END