LOVE STRANGE
ヒューゴとゲドが正式に付き合うようになってしばらく。ゲドはヒューゴに誘われて、ヒューゴの部屋を訪れた。
それが、昨夜のお話。
ゲドは少し遅めの朝食をとる為にメイミのレストランを訪れた。
「おっ、大将じゃないですか。よかったらこっちに・・・」
そんなゲドを目敏く見付けたエースは、自分の席に招こうとして、しかし途中でその言葉は途切れてしまう。
いつもダルそうな空気を纏っているゲドだが、今日はいつも以上に疲れた風情に見えた。
ゲドがヒューゴとまとまってしまったことは、この城の人なら誰でも知っている。そこにきて、ゲドのこの気だるそうな様子。エースには、嫌でも昨日何があったか想像が付いてしまった。
「・・・まあ、こっちに掛けて下さい」
めずらしく本気だったらしいエースは、切ない気持ちになりながらも、世話好きな性分からかいがいしく椅子を引きゲドを目の前の席に座らせる。今日は体がつらいだろうから、と・・・。
メイミに軽食を頼んでからコーヒーを飲んでいるゲドは、そんなエースの心中なんて全く知らないに違いないが。
「・・・大将、なんか疲れてますね」
エースはいつもよりさらに覇気なく食事するゲドに、あまりつっこみたい話題ではないながらも話し掛ける。口から先に生まれてきたと本人も思っている通り、長い時間黙ってはいられないのだ。
ただ、相手が他の人だったら「昨夜はお盛んだったみたいだな」とでも揶揄うところだが、さすがにそんな自分で自分の傷を抉るようなことは言えないエースだった。
「・・・・・・・・・」
ゲドは口を開いて、しかし何も言わずにまた閉じてしまう。そりゃあ言いにくいだろうなぁ、とエースは自分で振った話題ながら溜め息をつきたい気分になった。
そんな、微妙な空気になる席に、近付く人影・・・いや、ダック影。
「おはようさん、二人とも」
いつでもクールに澄ました、ヒューゴの教育係の軍曹だ。
すると、その姿を認めたゲドが、ふらりと立ち上がった。
「・・・・・・ちょうどよかった。話がある」
恨んでます。としか取れない目線でゲドは軍曹を見る。
「・・・なんだ? ヒューゴのことか? 昨夜のことか?」
「・・・・・・・・・」
首を傾げる軍曹に、ゲドは何も答えない。おそらく、その両方なのだろう。
ゲドと軍曹はレストランの奥のほうの席に移って向かい合わせに座った。残されたエースは、聞きたいような本人の口から傍から聞くとノロケにしか思えないようなことを聞きたくないような、迷いながら結局こっそり聞き耳を立てることにした。
「・・・で、どうした? あいつが経験ないなんて、わかりきってたろ。当分は大目に見てやって」
「そうじゃない」
取り敢えずヒューゴを弁護してやろうとする軍曹をゲドがさえぎる。
「そうじゃないんだ・・・」
「そうじゃないって、どういうことだ? 昨日、なるようになったんだろう? そのことでの話じゃないのか?」
普段ヒューゴと同じ部屋で寝起きしている軍曹は、昨日ヒューゴに他の所に泊まってきてと言われて、そういうことなんだと思っていた。そして、ヒューゴが若さと情熱ゆえに暴走してしまい、どんな教育をしてきたんだと愚痴られる、ゲドの用件はそうなんだと勝手に予測していたのだ。
しかし、ゲドは首を横に振る。
「正直、話したくないんだが・・・」
「奇遇だな。俺も、出来れば聞きたくないよ・・・」
耳を塞ぎたそうな軍曹に、口を開きたくなさそうなゲド。
しかし、ゲドは、どうにか話し始めた。昨夜、一体何があったのかを。
〜ゲドの回想〜
「オレ、初めの頃どうしてもこのベッドに慣れなかったんですよねー。なんかふわふわして落ち着かないっていうか」
ヒューゴは腰掛けたベッドの感触を確かめるようにゆさゆさと体を揺らす。
「でも今はこっちに慣れちゃって。逆に床じゃ寝られなくなりそうで・・・あ、ゲドさんも座ったらどうですか?」
「・・・・・・」
ヒューゴはポンポンと隣を叩き、ゲドは促されるまま腰を下ろす。いつものように無表情なゲドを、ヒューゴは覗き込んだ。
「緊張してますか?」
「・・・・・・」
「オレはしてます。でも、それ以上に、楽しみです」
ヒューゴは少し照れくさそうに笑って、顔をもっと近付ける。そして、そのまま唇を重ねた。
さすがにゲドもこの期に及んで嫌がったり躊躇ったりする気はなく、おとなしくそれを受け止める。
何度か啄ばむようなキスをしてから、ヒューゴは期待に満ちた笑顔で言った。
「さっ、ゲドさん、服脱ぎましょうか!」
なんとも色気のない言葉だが、元よりゲドはヒューゴにそんなことを求めていなかったので特に気にはならなかった。
ヒューゴはポイポイと服をベッドの上に脱ぎ捨てていく。なのでゲドもいつもの革鎧ではない普段着を緩慢な動きで脱いでいった。素っ裸になることに抵抗がないわけではなかったが、羞恥心の欠片もないヒューゴの様子に、否応なく躊躇いが消えてしまう。
というわけで短時間で裸になってしまうと、ヒューゴは勢いよくゲドをベッドに組み敷いた。
「・・・ゲドさん、好きです」
ヒューゴは囁くようにそう口にして、またキスし始める。ゲドは同じ言葉を言葉を返せはしないものの、目を閉じてそれを受け入れた。
さっきのよりも濃厚なそれに、さすがのゲドも熱を呼び起こされる。
飽きることなく口付けていたヒューゴは、しばらくしてやっと顔を上げた。それからゲドの胸に顔を寄せ背中に腕をまわし、しがみ付くように体を密着させる。
そしてそのまま、ぴたりと動きをとめてしまった。
「・・・・・・?」
ゲドは不思議に思ったが、そんなヒューゴにどう対応すればいいのかわからないので、されるに任せてみた。
それから数分。
ふいにヒューゴが満足そうに笑う気配がした。
「これでオレたち、一つになれましたね」
・・・・・・・・・・・・・・・!?
ゲドはすぐにその言葉を理解することが出来ない。しかし、言葉の意味がわかったところで、やはりヒューゴの言っていることは理解出来なかった。
密かに狼狽してしまうゲドには気付かず、ヒューゴはそのままの体勢でまたおとなしくなってしまう。
もしかして寝てしまったのだろうかとゲドが思っていると、しばらくしてヒューゴが少し上気した顔を上げた。
「・・・ゲドさん、なんか眠れないんですけど」
「・・・・・・」
そりゃそうだろう。好きな人と素っ裸で抱き合っているのだから、知識はなくとも体は正直だ。だが、ゲドにはそんなこと告げてやる気力はなかった。
「・・・・・・服を着ればいいのでは」
だからゲドは、投げやりにそうとだけ答えた。
「そうなの? まあ、風邪引いたら困るしね」
ヒューゴは首を傾げながら、しかし素直に服を着直す。ゲドも服を着ながら、着衣という行為にこんなに複雑な気分にさせられたのは初めてだと思った。
服を着終えると、ヒューゴはまたさっきのようにゲドに抱き付く。そして、やっぱり嬉しそうで幸せそうな声で、言った。
「じゃあ、おやすみなさい!」
「・・・・・・・・・ああ、おやすみ」
それから数秒で、ヒューゴの健やかな寝息が聞こえてくる。
そんな不可解な生き物とちょっぴりくすぶる熱を抱えて、ゲドはなかなか寝付くことが出来なかった。
〜回想、終了〜
「・・・・・・・・・」
これは、話し終えて改めてめまいを感じたゲド。
「・・・・・・・・・」
これは、予想外のことをやらかしたヒューゴに言葉も出ない軍曹。
「・・・・・・・・・」
これは、そんなことも知らない子供にゲドを取られたのか、と思って非常に切なくなったエース。
「・・・・・・・・・」
これは、声も出せず笑い転げるナッシュ。
ちなみにエースといつのまにか出没したナッシュは、いつのまにかゲドたちと同じテーブルについている。
「カ・・・カラヤはそんなふうに教えているのか・・・!」
しばらくの沈黙のあと、最初に口を開いたのは未だ笑いの収まらないサッシュだった。
「まさか。その辺の教育はちゃんとしてるさ。ただ、ヒューゴにはまだ教えたここはなかったが」
「おいおい、ちゃんと責任もって教えとけよ」
被害に合うのがゲドなので、エースが似合わない責任という言葉を使ってめずらしく真面目に軍曹をたしなめる。
「聞いてこないから、ちゃんと知ってると思ったんだ。誰かに聞いてな」
「まあ本人は知ってるつもりだったんだろうけどなあ!」
ナッシュはしつこく笑いながら、隣に座るエースの背をバンバン叩く。
「笑い事じゃねえ!」
迷惑そうにそれを振り払い言葉を返しながら、しかしエースは何もなかったということにこっそりホッとしていた。どっちにしてもいずれはそうなるわけで、それが先延ばしになったにすぎないだろうが。
「でも、そういうことなら、あんたが教えてやればよかったのに」
「何言ってるんだ。知らないならそれで構わないじゃないか。そんな奴にさせるこたぁない。ねえ、大将」
全くエースの言う通りだとゲドは思った。
「いやいや、いずれは知ることだし。だったら、前もって正しい知識を教えといたほうがいんじゃないか?」
「・・・・・・」
ゲドの気持ちはあっさりナッシュ案に傾きかけた。
そんなとき。
「あっ、ゲドさん、おはようございます!」
いつもより幾分眩しい笑顔で、ヒューゴが駆け寄ってきた。
ナッシュはそんなヒューゴを見て、こらえ切れず吹き出す。
「おい、人の顔見て笑いだすなんて、失礼だろ」
と言いつつも、エースの顔も明らかに笑っている。
「え、何?」
ヒューゴは当然なんだかわからなくて首を傾げる。そんなヒューゴに、軍曹は手羽で自分の隣の席を指した。
「取り敢えず、ここに座れ」
「う、うん」
ヒューゴは素直に座って、やっぱり首を傾げた。
右隣に座る軍曹は渋い顔をしているし、正面に何故だかいるエースとナッシュは自分を見てニヤニヤしている。そして、昨日めでたく結ばれたはずの左隣のゲドは、どうしてか疲れた表情をして目を逸らしているのだ。
「?」
この状況がサッパリわからないヒューゴに、軍曹がゆっくり口・・・いやくちばしを開いた。
「ヒューゴ、聞いたよ。昨夜のこと」
「えっ、話しちゃったんですか?」
ヒューゴはゲドのほうを見て、照れたように頭をかく。
「なんか恥ずかしいなぁ」
「・・・・・・俺も恥ずかしいよ」
いやむしろ、軍曹はそんなヒューゴが痛々しくすらあった。
「おいヒューゴ、そのお前の言う「一つになる」方法? 一体誰に聞いたんだ?」
ときどき吹き出しながらのナッシュの問いに、ヒューゴはどうしてそんなことを聞かれるのかわからないが、話し始めた。
「それはですね・・・」
〜ヒューゴの回想〜
ゲドと恋人になれて数日、ヒューゴはこれからのことについてちょっと悩んでいた。キスの先のディープキス、の更に先があるらしいということを最近知ったのだ。
だがヒューゴは、その「抱く」とか「ヤる」とかいうらしい行為が具体的にどんなことなのか、やっぱり全く知らなかった。
カラヤではそういったことを、15のヒューゴには教えてくれないのだ。しかもああいう村環境なので大人から聞く以外に知る方法はない。まあそれは、ゲドと会うまでは考えたこともなかったので問題はなかったのだが。
しかし、キスの先があるのなら、ぜひそれを知りたいとヒューゴが思うのも当然だろう。
ジンバやビッチャムといったカラヤの人やダックの軍曹には聞けないが、幸いこの城には大人が一杯いる。だからヒューゴは誰に聞くのがいいだろうかと考えた。
まずゼクセンの人は却下する。まだ話しかけること自体に躊躇いを感じるのに、しかも内容が内容だ。ゲドの警備隊仲間に聞くのも、さすがに決まりが悪くて嫌だった。
こうして考えると、たくさんいるように思えて実は意外と適当な人がいないとヒューゴは気付く。他にも大人たちを浮かべてみたが、まともな人という条件を付けるとみんな選択肢から消えてしまうのだ。
「・・・・・・あっ!」
それでも頑張って考えていたヒューゴは、やっと適切そうな人を思い付いた。
だからヒューゴは早速その人物がいるだろう部屋に急ぐ。
「失礼しますっ!!」
そしてヒューゴはその部屋のドアを勢いよく開けた。しかし、室内にヒューゴが目当てにしていた人はいない。いるのは、椅子に腰掛けるエステラと、ほうきに跨って何やら念じているロディだけである。
「あれ、トウタ先生は?」
「ちょっと前に、回診に出掛けましたよ。ミオさんと一緒に」
首を傾げて尋ねたヒューゴに、ロディが目を開けて答える。
「そっか・・・」
ヒューゴはガックリと肩を落とした。大人であり医者でもあるトウタならば、その人柄からもきっと丁寧に教えてくれるだろうとヒューゴは考えたのだ。しかしいないのなら聞けないので、また今度にしようかと思った。
「何か御用ですか? 怪我してるようにも病気してるようにも見えないですけど」
そんなヒューゴに、心配したのかロディが声を掛ける。
「あ、怪我とかじゃなくて。ちょっと教えて欲しいことがあっただけ」
「だったら、師匠に聞いてみたらどうですか?」
ヒューゴの返答に、ロディはいいことを思い付いたとばかりに提案する。
「師匠の知識はすごいですから! きっと参考になると思いますよ!」
ロディのエステラへの信頼には、一片の曇りもない。ヒューゴもだったら、とちょっと思ったが、しかしやはり女の人に聞くのは躊躇われた。
「で、でも・・・」
ヒューゴがエステラのほうをチラッと窺うと、エステラは怪しいまでに綺麗な笑顔を浮かべる。いや実際、怪しいのだが、ヒューゴもロディもそれに気付くには人生経験が足りなかった。
「話してごらんよ。炎の英雄の役に立てるなら、そんな光栄なことはないね」
「さすが、師匠! ヒューゴさん、聞いてみたほうがいいですって」
「う、うん・・・それじゃあ」
そう言われると聞かない手はない気がして、ヒューゴはずばり尋ねてみた。
「あのですね、「抱く」とか「ヤる」とかって、どうすることなんですか? 出来れば具体的に教えて欲しいんですけど」
真顔で問うたヒューゴの質問に、ロディは意味がわからないのか首を傾げる。ロディもヒューゴと同じ15歳だが、見るからにヒューゴよりもさらにそういうことには疎そうだ。
「つまり、好きな人と一つになる方法が知りたいんだね?」
そんなロディの為なのか言い換えるエステラに、ヒューゴは頷いた。
「はい。教えてくれますか?」
「・・・そうだね、その話題ならどうやら役に立てそうだ。せっかくだから、ロディも聞いていなさい」
「ありがとうございます!」
「はい、師匠!」
エステラの言葉に二人は素直に返す。エステラの瞳がきらりと光ったことになど、ちっとも気付いていないようだ。
「まず、場所はベッドがいいだろうね。他でも出来るが。あぁ、これくらいは知っているか」
「あ、はい、なんとなく」
「それじゃあ次だね。服はなるべく脱ぐ。全裸が一番好ましいね」
「・・・・・・」
想像してしまったのか、ヒューゴの顔が赤くなる。
「そ、それで?」
「密着して・・・この辺で押し倒しておくのが手順的にはいいだろうね。そしてキスをする。これも、出来るだけ濃厚なほうがいい」
「・・・・・・」
やっぱりイロイロ想像してしまったのか、ヒューゴの顔はさらに赤くなる。
「・・・そ、それで?」
「最後に、相手とピッタリ胸を合わせる。しばらくそのままじっとしていたら、そのうち相手と心臓の速度が一致する。ドクンドクンっていう鼓動がね。それが、一つになるってことだ」
エステラは全く澱みなく、すらすらと語った。
「わかったかい?」
「はい! なるほど、そうだったんですね! ありがとうございます!」
ヒューゴはスッキリしたような笑顔で、何度も頷く。
「ロディも、ちゃんと覚えておくんだよ」
「はい! 絶対に忘れません! それにしても、一つになるって、なんだか素敵ですね。僕も早く好きな人が欲しいです!」
ロディはヒューゴを羨ましそうに見ながら、いつか自分もと期待して頬を上気させる。
そんな二人は、エステラが心の中でそっと呟いたことに気付くはずもなかった。
うそ、と。
〜回想、終了〜
「ってことだったんですけど」
話し終えたヒューゴは、本日何度目か首を傾げた。
ゲドと軍曹は溜め息がいっそう深くなっているし、エースとナッシュは大笑いしている。
「そうか、お前もエステラに引っ掛かる口か」
「え? どういうこと?」
笑いながらのナッシュの言葉にも、ヒューゴはまだわからない。
「ヒューゴ、エステラによるとフーバーの中にはカラヤ兵が二人入っているらしい。でもって、あの鳴き声は俺の腹話術なんだとよ」
「なんだよ、そんなわけないじゃん。冗談に決まって・・・・・・」
軍曹に言い返していたヒューゴは、やっとこさ気付いた。
「え・・・もしかして、・・・嘘!?」
「もしかしなくても、嘘だ。騙されたんだよ、ボウヤ。んなことにも気付かなかったのか」
ここぞとばかりにエースがヒューゴを馬鹿にする。
「そんなぁ。でも、ゲドさん何も言わなかったじゃないですか」
ヒューゴはガックリしながら、あさっての方向を見ているゲドに目を遣る。
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんじゃないか? 絶句、ってやつだ」
「・・・・・・」
軍曹が代わりに答えると、ゲドはそれを肯定するように溜め息をついた。
「・・・ゲドさん、もしかして呆れてますか?」
「当たり前だろうが。ね、大将。こんな子供じゃなくて、もっといい相手が周りにいますよ?」
心配になるヒューゴに、追い討ちを掛けるようにエースが進言する。といっても、エースはただ単に隙あらばとさりげなく自分を売り込んでみただけなのだが。
しかしどうやらエースの言葉は無視されたらしく、ゲドはヒューゴのほうを向いた。
「・・・別に呆れてなどは・・・ない」
「・・・・・・」
さすがのヒューゴも、途中の不自然な間で、どうやら呆れさせてしまったようだとわかる。
「・・・で、でも、今度こそちゃんとした人に聞いて勉強しますから! だから見捨てないで下さいっ!」
ヒューゴは勢いでゲドの手をガシッと掴みながら、心なしかウルウルしている目で懇願するように見上げた。シーザーの教えを見事一番効果的な場面で活かしたヒューゴだ。それが無意識だったのは、残念だと思うべきか末恐ろしいと思うべきなのか。
そしてそんなヒューゴに見上げられたゲドは。
「・・・・・・・・・まあ、頑張れ」
瞳ウルウル効果なのかどうか、むしろ励ましてしまった。するとヒューゴはすぐに笑顔になる。
「はいっ! 頑張りますから、待ってて下さいね!」
一人張り切るヒューゴの視界の端で、今回のことがなんだか上手くまとまってしまってエースはこっそり肩を落としていた。
そしておとなしくなってしまうエースと違って、どうなろうが関係ないナッシュは面白い展開を期待して口を挟む。
「ぼうず、よかったらオレが教えてやろうか?」
「え? ほんとうですか?」
「ああ、任せとけって。こう見えても、経験豊富なんだぜ」
「・・・・・・」
笑顔を浮かべるナッシュに、しかしヒューゴは疑うような視線を向ける。
「・・・やっぱりいいです。嘘教えられそうなんで」
どうやら、今回のことでヒューゴもちょっと学習したようだ。信用する相手は選ばなければならない、と。
だがナッシュは、口の上手さには自信があった。彼も、15年で成長したのだ。
「そんな悠長なこと言ってていいのかな? 枯れ果てたおっさんに見えるけど、ゲドだって男だぜ。あんまり待たせると・・・他に行っちまうぞ?」
「えっ!?」
ナッシュのニヤつきながらの言葉に、ヒューゴはあっさり引っ掛かって焦る。そしてエースはぱっと表情を明るくした。
「あっ、大将、オレならいつでもオッケーっすよ!」
しかしゲドはふーと溜め息をつくだけで、どうやらエースの発言はまたもや無視されてしまったようだ。
エースは傍から見てもわかるくらい肩を落とす。気付いていないのはゲドくらいだろう。
「・・・じゃ、オレはこの辺で。ナンパでもしてきますわ・・・」
傷心のエースは、新しい恋でも見付けようかと席を立った。すると、ナッシュまで腰を上げる。
「おい、そういうことならオレにも声を掛けてくれよ」
どうやらヒューゴを揶揄うよりもナンパするほうが楽しいと思ったようだ。
「それじゃ、人数でも競うか?」
「何言ってる、量より質だろう」
根本的に気の合う二人は、下らない言い合いをしながらレストランを出ていった。
「ヒューゴ、覚えとけ。あれが駄目な大人の見本だ」
「う、うん・・・」
軍曹に言われなくても、あの二人のようにはなりたくともなれないとヒューゴは思った。
「・・・じゃあ、俺もここらで失礼するか。野暮はしたくないしな」
軍曹は立ち上がって、尾羽を振りながら別の席に移っていった。
そうすると、もちろんこの席はゲドとヒューゴの二人っきりになる。そんな状況で、ヒューゴは喜びよりも気まずさを感じてしまった。
「・・・・・・ゲドさん、ほんとにオレのこと、どうしようもない奴だって思ってませんか?」
ヒューゴはゲドを見上げて、不安で仕方ないという目線を向ける。
「・・・そんなことはない。もう気にするな」
「でも・・・」
「それより、朝食を食べにきたのだろう?」
まだ気が晴れないらしいヒューゴを、ゲドはさえぎった。するとヒューゴは一瞬キョトンとして、それから「ああ」と頷く。
「そういえば、そうでした」
ヒューゴは指摘されて空腹を思い出したらしくおなかを押さえた。
「ゲドさんは?」
「済んだ」
「そうですか。じゃあ何か食べようかな・・・」
ヒューゴは少し迷ってから、昼も近いのでにくまんとピザまんに、ついでにゲドのコーヒーとコーヒーが飲めない自分の為にミックスジュースを頼んだ。
そして程なくして出されたホカホカのにくまんでおなかが満たされていくにつれ、ヒューゴの気分も上向いてくる。ゲドが何をするわけでもないのに隣に座っていてくれることも、嬉しかった。
「・・・それにしても」
にくまんを食べ終わりジュースを飲みながらヒューゴは口を開く。
「全然違ったんですね。それっぽく思えたのになぁ」
蒸し返してブツブツ言い出すヒューゴだが、その口調はさっきと違って明るい。
「まぁ、そういえば、なんかスッキリしない感じはあったんだけど。モヤモヤするっていうか体がちょっと熱いっていうか」
「・・・・・・・・・」
その割に速攻寝たじゃないか、とゲドは思ったが、言ってひがみと思われたら嫌なので黙っていた。
「・・・ゲドさんもそんなふうになりましたか?」
「・・・・・・多少は」
「そうですか・・・」
ゲドが素直に答えてみると、ヒューゴは左の眉毛を下げる。
「・・・ここって、喜ぶとこなんですかね? それとも心配するところなんですかね?」
「・・・・・・・・・知らん」
首を傾げるヒューゴに、ゲドはちょっと脱力した。そんなことで悩むなというか、そんなこと聞くなというか、ゲドにはヒューゴの頭の中がわからない。
ヒューゴはそんなゲドの溜め息の理由もわからず、話題をまた微妙に逸らした。
「でも、ゲドさんにも迷惑掛けちゃいましたね」
「・・・・・・」
ちゃんとそう自覚していることを褒めるべきか、だったら行動する前に考えろと言うべきか、いや考えた上での結果だったなと気付いたりとか、いろんなことが頭をよぎりながらゲドは取り敢えず口を開いた。
「いや・・・悪くないさ」
「そうなんですか?」
どうしてなのかわからないらしくヒューゴは首を捻る。しかしそれ以上はつっこんでこなかった。ヒューゴのほうも、ゲドの考えを理解出来ないと思っているのかもしれない。
ゲドはちょっとホッとした。どうしてなのか聞かれたら、多少答えづらかったのだ。
結局何事もないまま一緒に寝るだけで終わってしまった昨夜。それはそれで悪くはなかったかもとゲドは思っていた。
そういうことをするのに抵抗があるわけではない。それもどうかと思うのだが、まあそこは措いといて。
確かに、微妙に残る熱でなかなか寝付けなかった。だから今日はいつもより寝不足で疲労感を感じていたりするのだが。
しかし、自分にしがみ付いてくるヒューゴの小さな体温が、思いのほか心地よかったのも確かなのだ。当分はこのままでいいかもしれない、と思うほど。
そんなこと、とてもじゃないが言えないゲドだった。
END
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このヒューゴが果たしてちゃんとコトを致せるのか、
とっても不安になりました。頑張れヨ。
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