LOVE UNDERSTAND



 一人と四匹は夕焼け空の下、アルム平原を歩いていた。
 一人とはヒューゴ。四匹とは、軍曹とフーバー、そしてレットとワイルダーだ。
「まったく、本当なら昼過ぎには帰ってこられる予定だったってのに。これというのもお前らが行きたくないってぐずったせいだぞ」
「そんなこと言ったって軍曹ー」
 情けない声を上げたのはワイルダー。レットのほうは、ダッククランから歩き通しだった為、もはや声を出す気力もないようだ。
「そのくせ、ルシア族長の手料理にありつけるとわかるやホイホイついてくるんだもんな。まったく、調子のいい奴らだ」
 そんな二人に、軍曹は呆れた視線を送る。
 ので、ヒューゴは思わず突っ込まずにはいられなかった。
「母さんのご飯につられてる人ならもう一人・・・」
 あからさまに向けた視線に、しかし軍曹は気付かなかったようだ。
「ん? どこにそんなやつがいる? フーバーか?」
「キュィィィィ!!!」
「わ! わ!! なんだぁ!!??」
 本気で自覚のない軍曹はフーバーになすりつけようとして、当然フーバーは不本意で抗議する。
 そんなよくあるやり取りに苦笑しながら、ヒューゴは段々と遅れを取り始める二人に近寄った。
「疲れたんだったら、この辺で休憩したら? もうお城見えてるから迷いはしないだろう?」
 遠目に見えるビュッデヒュッケ城を指差しながらヒューゴが言うと、ワイルダーはパッと顔を輝かせる。
「そうしてもいいかな!? 実はもうずっと休みたかったんだけど軍曹が・・・」
 ワイルダーは前方のまだフーバーと揉めている軍曹にそろっと目を向けた。基本的には軍曹を尊敬しているワイルダーだが、しかし今はその瞳にむしろ恐怖を宿している。
「でも、ヒューゴがそう言ってくれたんだから、僕は言い付けを破ったことにはならないよな・・・」
 ワイルダーはもうすっかりここで一休みするつもりのようだ。しかし、それまで黙っていたレットが搾り出すように声を発する。
「・・・・・・だ・・・だめだ・・・」
「レット?」
 言いながら足を止めようとしないレットをワイルダーはビックリして振り返った。
 しかし、続けられたレットの言葉は、とても彼らしいものだった。
「・・・休んだら・・・ルシア族長のご飯を・・・食べさせてもらえないと・・・」
 肩で息をしながらレットは軍曹に言われたことを呟く。
「・・・オレが二人も分も取っといてもらうって。どうせ軍曹は自分の取り分が減るのが嫌なだけなんだよ」
 レットのご飯に向ける執念がなんだかおそろしくなったヒューゴは思わずそう言っていた。
 するとレットの瞳が途端にワイルダーと同じように輝きだす。
「ほんとうか? 助かるよぉ!!」
 レットは言いながらさっさと腰を下ろしてしまう。
「・・・・・・」
 この二人は確かにもうちょっと根性を身に着けたほうがいいかもしれない。ヒューゴはそう思わずにはいられなかった。
 が、見てられないほどつらそうなのも本当で、結局ヒューゴは座り込んだ二人を置いて前を行く二人に追い付いた。
「軍曹、あいつらちょっと休憩してから来るって。いいよな?」
「・・・・・・ったく、あいつらは」
 軍曹は振り返って、相変わらずやる気の足りない同胞の姿に溜め息を隠せなくなる。
「まあまあ、それよりオレたちは早く帰ろうよ。母さんの夕飯が待ってるよ?」
「・・・それもそうだな」
 軍曹は意外にあっさりとビュッデヒュッケ城に向けて歩きだす。
 ルシアの料理は軍曹の数少ない弱点の最たるものなのではないかとヒューゴは思った。
「・・・・・・軍曹も、食い意地じゃあの二人に負けてないな」
「何か言ったか?」
「あ、ううん、なんでも・・・・・・あれ?」
 思わずもらした一言を首を振ってごまかそうとしたヒューゴは、ふと視界の端に気を留めた。
「・・・・・・こんなところで何をしてるんだろう?」
 アルム平原をそろそろ抜け、イクセへの分かれ道に差し掛かる辺り。その道から少し外れた林の木々の間に、若い男女の姿があった。
「おいヒューゴ、とっとと帰るぞ」
「あ、あぁ・・・」
 頭の大半を夕食が占めている軍曹がヒューゴを促したが、ヒューゴはなんとなくその二人から目が離せなかった。
「なんだぁ?」
 仕方なく軍曹も戻ってヒューゴの視線を追う。
 その男女はぴったりと寄り添っていた。服装から男はチシャの人間、女はゼクセン・・・位置からいっておそらくイクセの人間だろうとわかる。人目を忍んで会っているようにもただ別れを惜しんでいるようにも見えた。
「ほぉ、恋する男女に部族は関係ないってことか」
 軍曹はちょっと感心したように呟いた。
 しかし、ヒューゴが二人に目を留めたのは、二人がグラスランドとゼクセンの人間だったからではない。
 二人の、その親密そうな雰囲気に目を引かれたのだ。
 女は男の肩に寄り掛かり、男は女の肩を抱き寄せ、そして二人は幸せそうに言葉を交わしている。
 そのうち、ふいに男が女の髪を梳いた。
 おかげでヒューゴは、つい思い出してしまった。
 弾みで、ゲドの髪に触れたときのこと。その感触、その瞬間心臓が大きく跳ねたことを。
 そんなことを思い返してたときに、軍曹の口から「恋」という単語が出てきたので、ヒューゴはなんだか動揺してしまった。
「そ、そうかな、うん、じゃましちゃ悪いよな」
 何故か早まる鼓動を抑えつけながら、ヒューゴは落ち着かない気分をごまかすように歩き出そうとした。
 しかし、二人の取った行動に、ヒューゴの足はもう一度とまってしまう。
「・・・・・・軍曹、あれ、何してるの・・・?」
 思わず聞いたヒューゴに、軍曹も思わず、言葉を詰まらせる。
「・・・・・・何、と言われてもな・・・」
 そうか知らないのか、と思いながら軍曹は言葉を探して教えた。
「・・・キス・・・って言葉くらいは知ってるだろう。人間は、好きな人とああいうことをするんだ」
「キス・・・」
 ヒューゴは確かに聞いたことのある単語を口にしてみながら二人を眺めた。唇を合わせ、離して笑い合い、もう一度触れ合わせる。何度もそれを繰り返す二人は、とても幸せそうだ。
「・・・好きな・・・人と・・・」
 続けて軍曹の言葉を繰り返したヒューゴの脳裏に、ふいにまたゲドの姿が浮かぶ。同時に胸がジンと熱くなった気がして、ヒューゴはそれを振り切るように足を動かした。
 スタスタと歩きながら、それでもヒューゴの頭からさっきの光景は離れない。
「・・・キス・・・かぁ」
 恋人同士の幸せそうな、その行為。ヒューゴの頬は思わず上気する。
 そんなヒューゴに、並んで歩きながら軍曹は少しの間逡巡し、それから決心したように口を開いた。
「・・・・・・ヒューゴ、お前、今ゲドを思い浮かべてないか?」
「えっ!?」
 その問い掛けに、ヒューゴは大げさなほどうろたえた。
「な、なんでわかっ・・・な、なんのことだっ!?」
「・・・・・・やっぱりか・・・」
 慌ててごまかそうとするヒューゴに、軍曹は自分の考えが全く正しかったと確信してしまう。
「ち、違うって、違うってば!!」
 ぶんぶん首を振って否定しながら、逆にゲドの姿が離れなくなってヒューゴの顔は益々赤くなった。
「・・・落ち着け」
 手羽でその頭をばふっとはたいて、軍曹はヒューゴをひとまず黙らせる。
「・・・俺はな、ヒューゴ。お前のことをわかってやってる自信がある」
「・・・うん?」
 それは確かにそうな気がしながら、ヒューゴは突然真面目な顔して語りだした軍曹を不思議そうに見下ろす。
「今に関しては、お前以上にな」
「・・・・・・」
 その口調は、そういえば自分に何かを教えようとしているときだと思い出して、ヒューゴはおとなしく続きを待った。
「・・・ヒューゴ、お前はな」
「うん」
「お前は、ゲドのことが好きなんだ」
「う・・・んっ!?」
 同じように相槌を打とうとして、ヒューゴは言われたことに気付き言葉を詰まらせた。
「・・・う、うん、好・・・きだけど?」
 そりゃあ仲間なんだから当然好きだよ、とヒューゴは何の気なしに言おうとする。それでも、「好き」と言ったとき少し声が上ずってしまうのはとめようがなかった。
「・・・言っとくが、ルシア族長や俺に対する好きとは違うぞ。さっきの・・・あの二人みたいなかんじだ」
 どう説明したものかと軍曹は頭を悩ませたが、しかしさすがのヒューゴも知っていた。家族や友達に対する好きと、恋愛感情の好きが違うことくらい。
「・・・・・・・・・うん」
 ヒューゴは頷きながら、思った。
「・・・オレは・・・ゲドさんのことが・・・」
 ゲドと一緒にいるときに、そこにいなくても思い出すだけで、感じる胸の高鳴り。
 確かにそれは、軍曹でもルシアでもフーバーでも、誰に対してでも感じたことのなかったものだ。ゲドにだけ、感じるものだ。
 そうなること自体に気をとられ考える余裕もなかったことに、ヒューゴは今気付く。
「・・・好き・・・なんだ」
 そして、言葉にすると同時に、すとん、とヒューゴは納得した。
 用もないのに会いたくなったり少しでも知りたいと思ったりちょっとでも近くにいたいと思ったり。声を掛けてもらっただけで嬉しくなったり、僅かな接触で跳び上がりそうなくらい胸が高鳴ったり。
 それが、人を好きになるということなんだ。そうヒューゴは知った。
「オレはゲドさんが・・・好き、好きだ」
 何度も繰り返しながら、ヒューゴは自然と早まる鼓動をもう抑え付ける必要はないのだと、そのことがなんだか嬉しかった。
「そっか、そうなんだ・・・!」
 ヒューゴは急く気持ちを、もう我慢などせず、駆け出した。
「あっ、おい、どうしたんだ!?」
 突然走り出したヒューゴに驚いて軍曹が問うたが、ヒューゴはスピードを落とさない。
「なんか、ゲドさんに会いたくなった!!」
 言い捨てて、ヒューゴは城を目指してひたすらに走った。
 部屋に行ったらいるだろうかいなくても酒場にならいるだろうか、そう考えるだけで走ったせいではない動悸がヒューゴを襲う。
 だが理由がわかったそれは、ただとても心地よい。
 人を好きになるということ、それがこんなにも幸せな気分になれることだと知って、ヒューゴはとても嬉しかった。
 そして、さっきの恋人同士のように、自分とゲドもなれたら。
「・・・キス・・・かぁ・・・」
 考えただけで、ヒューゴの胸は期待とドキドキでいっぱいになるのだ。
 その後、結局夕飯を食いっぱぐれてしまったレットとワイルダーに思い切り恨まれることになるヒューゴだが、そんなこと全く気にした様子もなくなんだか幸せそうだったと、軍曹以外の人はたいそう訝しく思ったそうな。




END

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「恋愛感情を自覚、ヒューゴ編」でした。
シーザーと似たようなかんじです、が、
シーザーは9歳、ヒューゴはこれでも15歳です。
というかむしろ、一人で気付いたぶん、シーザーのほうがよっぽど上・・・。
にしても、ダックは「二人」でもいいのか。「二匹」なのか「二羽」なのか。
そして、軍曹に「人間は」と言わせたけど、ダックもキスはするのか・・・。
どうでもいいなりに、気になります。