LOVE WANDER
なんっか、気にいらねえ。
気分を反映して足音がうるさくなりながら、それでも足をとめず歩き続ける。あの野郎は、いったいどこにいるんだって思いながら。
実は真の紋章持ちだったとかもうとっくに百歳超えてるとか、そんなのどーでもいい事実だ。知ったって知らなくたって関係ないし、何も変わらない。
セナイでの借りを返してもらうか、それとも決着を付けるか。どっちでもいいから、あいつに会っていつものように喧嘩売って。
そしたら、なんだかスッキリしないこの気分もどっかに吹っ飛ぶはずだ。
待ってろよゲド、今日こそ参ったって言わせてやるからな!
「お、やっといやがった」
思ったより広い敷地内を探し回って、ようやくゲドの辛気臭いうしろ姿を見付けた。さてなんて言って絡んでやろうかと思った俺は、一歩踏み出した足をまた戻す。
木の陰に隠れてて見えなかったが、ゲドは誰かと一緒にいるようだ。いつものうっとうしいエースたちじゃなく、あれは・・・確か炎の英雄のヒューゴとかいうガキじゃねえか?
よくわからない組み合わせだな・・・いや、真の紋章持ってるもん同士、話が合うのかもしれねえが。
ま、そんなことはどうでもいい。ゲドに勝負吹っ掛けにきたんだから、炎の英雄と話してようが構いはしない。
もう一度踏み出そうとして、でもまた俺の足は進むことなく戻った。
「・・・あのデュークって人」
って、そのガキが突然俺の名を出しやがったからだ。俺は思わず盗み聞きするような体勢になって続きを待った。
「エースさんに聞いたんですけど、ゲドさんのことライバル扱いしてるとか。いつも突っ掛かってきてうっとうしいって言ってました」
うっとうしい・・・って、それはこっちのセリフだ! エースの野郎、何吹き込んでんだ! っていうか、ゲド、お前も否定しろよ!
って俺のつっこみには当然気付かず、そいつはエースに聞いたんだろうことをまだ続ける。
「ゲドさんの顔見るたびに嬉しそうに寄ってく様子はまるでオレみたいだって」
う、嬉しそうじゃねえし! ちくしょう、エースの奴、今度会ったらとっちめねえとな。・・・・・・って、オレみたい・・・ってなんだ?
「エースさんが言ってました。ゲドさんに遠慮なく向かっていくのはオレかそのデュークって人くらいだって。・・・なんだか、妬けちゃいます」
は? 妬ける? どういうことだ? このガキ、さっきから何言ってんだ!?
なんだかよくわからない方向に流れ出した話に俺は付いていけなくなる。
「・・・また変な心配をしてるのか?」
やっと喋ったゲドの言葉も、よくわからない。またってなんだ? 変な心配ってなんだ??
「心配とは違いますよ。デュークさんとオレの思いが違うことも、ゲドさんのオレへの思いとデュークさんへの思いが違うことも、ちゃんとわかってます」
・・・こいつの思いと俺の思い? ゲドの俺への思いとこいつへの思いが違う・・・? はぁ??
「ただちょっと・・・・・・だから、妬けるだけなんです。ヤキモチです!」
ヤ、ヤキモチ・・・!? 何が何にヤキモチだって? この小僧が・・・俺にか!? マジわけわかんねえよ!!
でもそんな俺を措いて、二人は会話を進める。
「あ、また呆れてます?」
「・・・・・・いや」
「ホントですか? ちっちゃい男だって思ってません? あ、ちっちゃいのは身長がじゃないですよ!」
「・・・・・・」
・・・よくわかんねえけど、この二人が結構仲いいってことはわかった。そうじゃなきゃそもそもこんなとこで二人で話なんかしないだろうし。
・・・・・・ていうか、今気付いたが、こいつら近くに座りすぎじゃねえか? 普通、男同士が隣に座るときは人一人分くらいは空けるだろ? それに、首痛くならねえかって心配になるくらい小僧はゲドのこと見上げてるし。
なんなんだ、この二人の微妙な雰囲気は・・・。
なんか変な汗が出てきそうな俺を措いて、二人はさらに会話を進める。
「まあ、そんなことはいんですけど」
そんなこと・・・って俺のことかよ・・・。もうつっこみのキレも悪くなってきたな・・・・・・って、な、何してんだ!?
俺は自分の目を疑った。その小僧が、ひょいっと、ゲドの・・・襟元を覗き込んだのだ。おい、男のんなとこ覗き込んでなにが楽しんだ!?
俺があっけに取られてるうちにも、そいつはさらに覗き込む。そしてしまいには、手でぐいっと襟を引っ張って開けた。
おいおい、っていうかゲドはなんで好きにさせてんだ!? 俺が触ったらいつも嫌そうな顔するくせに・・・ってそれはどうでもいいが!
とにかく思いきり不審な行動を取ったそいつは、何故だか嬉しそうに笑う。
「あ、ホントにまだ残ってますね、キスマーク!」
・・・・・・・・・は!? キスマークだって!? だ、誰がゲドにそんなものを・・・じゃなくて、なんでこいつがそんなこと知ってんだ!?
頭を疑問符が駆け回ってる俺を他所に、そいつは続ける。
「なんか不思議だなー、こんなふうになるなんて。今度はゲドさんがオレに付けて下さいよ。あ、でもオレ色黒だからな。自分でやってみたときも付いたかどうかよくわからなかったし・・・」
・・・・・・ちょっと待て、こいつ何言ってんだ!? 今度は自分に付けろって・・・つまりゲドにキスマーク付けたのはこのガキだってのか!? でもって、次は自分に付けてくれってねだってんのか!?
キスマークを付け合う関係なんて限られてる。てことはゲドとこいつが・・・恋人同士・・・って、んなわけないよな!! このガキの冗談に違いねえはずだ!
俺はしばらく無言を貫いていたゲドに目を遣った。するとゲドはやっと口を開く。
「ヒューゴ・・・」
お、下らないこと言うなってやっと言うつもりなのか?
・・・・・・ところがゲドの口から出てきたのは。
「たぶんお前にやっても意味ないと思うぞ」
うんうん、自分でも言ってたが色黒だからな・・・・・・って違うだろ!!
頭ん中がグルグルしてきた俺に構わず二人は会話を続ける。
「・・・それって、過去の経験ですか?」
「・・・・・・」
「・・・やっぱりそうなんだ・・・」
か、過去の経験ってなんだ?・・・ってのはこの際措いといてだな。
「でももしかしたらオレには付くかもしれないじゃないですか! 愛の力で!」
「・・・・・・」
だから、なんでそこで否定しないんだよ!!
なんか俺はムカついてきた。なんでかわからねえけど、ムカつくもんはムカつくんだよ!
ムシャクシャする気分を晴らすには・・・そうだ、そもそもゲドの奴に勝負挑みに来たんだった!
今度こそ踏み出そうとした俺に、突如うしろから声が掛かった。
「見付けたぜ! やっぱり大将にちょっかい出そうとしてたな、このストーカー野郎!」
「なっ、人聞き悪ぃこと言ってんじゃねえ! ていうか、あのガキに何あることないこと吹き込んでんだ!」
俺に人差し指突きつけてるエースの野郎に、ムカつきの原因の一端はこいつだったと思い出して突っかかる。
「どこがないことなんだよ。いっつもいっつも大将に絡んできて邪魔で仕方ねぇ、そのどこが間違ってるって?」
「うるせえ、とにかくお前には関係ねえだろ! ってか、それより、あいつは一体なんなんだよ!?」
エースの野郎も気に入らねぇが、それよりも今はあいつだ。あの、小僧!
俺が半分怒鳴りながらビシッと指差すと、その先にいる人物はさすがにこっちに気付いた。
「あ、デュークさん・・・だよね?」
ガキが振り返ってちょっと目を丸くする。ゲドの野郎も振り返って、俺に目を遣って・・・興味なさそうにすぐそらした。ムカッ。
そういう態度は、ねえんじゃねえの?
「よう、ゲド、まさかお前がそういう趣味だったとはなぁ」
俺はゲドのほうに一歩踏み出して、見下すように笑ってやった。
「お稚児さん趣味っていうのか? 女に相手にされないからって、哀れだねぇ」
「馬鹿言ってんじゃねえ、この小僧が勝手に寄ってきてるだけだ!」
慌ててフォローしながらエースはガキを指差す。指されたそいつは、キョトン顔で首を傾げた。
「おちごさん趣味ってなんですか?」
おいおい、こいつ見ての通りのガキなんだな。
「お前みたいな子供を相手にする変態ってことだよ」
「どうしてオレのことを好きだったら変態になるんだよ!? それに、オレは子供じゃない!!」
ムッとしたように反論してくるこいつは、ほんとにガキそのもので。マジで、趣味悪すぎだろう、ゲド。
「・・・デューク」
そのゲドが、もういっぺん俺に目を合わせて問い掛けてきた。
「何か用か?」
ないなら去れ、気のせいかそんな言葉が続けて聞こえた気がして、一気に頭に血が上る。
「決まってんだろ! 勝負だ! 貸しがあるんだから嫌とは言わせねぇ!!」
俺は背負った刀に手を掛けて、ゲドを挑発するように睨んだ。なにがなんだかわからなくなりかけたが、とにかくこいつを叩きのめせばスッキリするはずだ!
だが、ゲドがリアクションを返す前に、ガキが俺とゲドの間に立ちふさがった。
「ダメです!」
「お前は口出しすんな! これは俺とこいつの問題だ!」
俺は殺気を抑えず小僧を見遣った。それなのに小僧は少しも怯まない。
「そうはいきません! ゲドさん今本調子じゃないんだから、そんなときに勝負だなんてフェアじゃないです!」
「うっ」
た、確かに・・・こいつは今、情けなくも真の紋章を奪われてるわけだから。そんなゲドを倒しても、勝ったとはいえないかもしれない。
でもそれじゃ、このムシャクシャした気持ちがおさまらねえんだってば!
「じゃあ・・・代わりに、お前が俺と勝負しろ!」
「ええっ、なんでオレが!?」
ガキは驚いたが、言葉にしてみると、むしろこっちのほうがいい気がしてくるな。なんとなく。
「うるせぇ、炎の英雄が勝負にビビってんじゃねぇよ!」
「ムッ」
俺が抜刀して切っ先を向けると、小僧も俺の挑発にアッサリ乗って刀に手を掛けた。
ガキだが、英雄やってるくらいだからそこそこの強さはあるんだろう。見てろよ、お前なんかギッタギタに打ちのめしてやる。せいぜいゲドの前で無様な姿晒すんだな!
ジリッと間合いを詰め、小僧も刀を抜こうとした・・・その瞬間。
「・・・ヒューゴ、やめておけ」
漂う緊張感にも構わず、ゲドはガキを見下ろして声を掛ける。
「相手にすることはない」
そして俺のほうは一瞥もせずに、向きを変えて立ち去ろうとした。
お、おい! 待てよ、と言おうとしたそれより早く、ガキが動く。
「はーい!」
パッと刀から手を離して、くるっと方向転換しゲドに駆け寄った。
「待って下さーい。あ、これから一緒に昼食食べに行きませんか?」
そして二人は並んで俺の視界から消えていった・・・・・・っておい!! この刀を一体どう引っ込めればいんだよ!!
と、誰かが俺の肩をポンッと叩く。そういえばいたエースだ。
・・・・・・なんだよ、その可哀想な人を見るような視線はよお!?
「ゲドの野郎が気にいらねえのはいつものこととしてもな。そのガキがまたいけ好かねえんだ! それに、あり得ねえと思わねえか!? あのゲドだぜ? 一体どんな趣味してんだよ!!」
俺はダンッと酒の入ったコップを机に叩きつけながら同意を求めた。
が、ニコルとガウは無言でコップを傾け、エレーンは愉快そうに笑ってる。
「なんだよ、ここは、そうだな、って返すところだろ!」
「それより、デューク」
苛立つ俺に、全く構わずエレーンが相変わらずの微笑で問う。
「借りは、どうやって返してもらうつもり?」
「あぁ? それはまだ考えてねえよ」
ゲドにとって何が一番屈辱的かよーく考えねえといけないからな。
「そうねぇ、体で奉仕、してもらうとかどう?」
「か、体!?」
って、どういうことだ!?
「な、なに言ってんだよ、あいつをパシらせたりして何が楽しんだよ!?」
ていうか俺はなんで動揺してんだ!?
エレーンがその理由なんてお見通しといわんばかりに微笑むのが癪で、嫌な気分を紛らわせるように酒を一気に呷る。
そんですぐにつぎ足す俺を、ニコルが顔をしかめて見てきた。
「・・・デューク、昼間からそんなに飲むのはよくない」
「うるせえ、これが飲まずにいられるかってんだ!」
俺は逆らうように一気飲みしてやった。
するとガウが、空になったコップに酒をついでくれる。
「付き合おう」
「さすが、お前は話がわかるなあ!」
同じ寡黙、眼帯でも、ゲドの野郎とは違うぜ!
俺もガウのコップに酒を注いでやりながら、ニコルとエレーンを見た。
「お前らも、付き合え。リーダー命令だぞ!」
そして酒瓶を二人に交互に向ける。こうなったらこいつらも付き合うって知ってるからな。
「・・・・・・ふぅ」
「仕方ないねぇ」
予想通り、二人は観念したようにコップを差し出してきた。
うんうん、こいつらのこういうところ、かわいいよな。どっかの誰かとは大違いだぜ。
・・・ってどうでもいい奴のこと思い出すのはヤメだ。せっかくの酒がまずくなるじゃねえか。
あぁ、全くもって、なんっか気に入らねえ!!
END
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自分の気持ちに気付かず、空回ってるデューク。
これで33歳って・・・。
ちなみにキスマークとか付けてますが、それ以上の行為は特に何も・・・。
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