LOVE WANT
仕方なさそうに宥めるようにおれの頭を撫でる手。
それは特別優しかったりなんてしなかったんだけれど。
それでもおれは、その手が、とっても好きだった。
「ん・・・あ・・・あぁ?」
「あら、起こしてしまったようね」
ゆっくり目を開けたシーザーの視界に映ったのは、優しく微笑むアップルだった。
「・・・アップルさん・・・何してんの・・・?」
まだ寝ぼけ半分な声で聞いたシーザーに、アップルの笑顔はさらに深くなる。それは、ほとんどの人が気付かない、アップルの説教が始まるサインだ。
「あなたこそ、こんなところで何してるのかしら?」
「・・・・・・」
「私が出しておいた課題は、もちろん終わっているのよね?」
「・・・・・・・・・」
「シーザー、今さら寝た振りが通用するわけじゃないでしょ!」
「いてっ」
アップルから背をそむけつつ目を閉じていたシーザーの側頭部に、鈍い衝撃が加わる。それがアップルがいつも持ち歩いている分厚い本だとは、シーザーは見なくても経験でわかっていた。
「・・・もう、乱暴だなぁ、アップルさんは。そんなんだから旦那さんにも」
「・・・何?」
「・・・いえ、なんでも」
シーザーは触らぬなんとかに祟りなしと心中で呟いて、それから寝転んだままで伸びをした。
「わかってるって。課題はあとからちゃんとやらせて頂きます。でもさ、こんなにいい天気なのに昼寝しないってのは、人生の損じゃない?」
「そうかしら? それに、昼寝はともかく、ヒューゴさんに変なこと吹き込んだみたいじゃない」
「変なことじゃ・・・って、なんでアップルさんがそれ知ってんの?」
シーザーはついさっきの出来事をアップルが知っているので驚く。
「・・・もしかして、あいつ、さっそくやったのか?」
そしてその可能性を思い付くと、シーザーは策を授けた軍師としてその結果が知りたくなる。なんとなくいい予感がしないのは気のせいだろうか、などと思いながら。
「ええ、一応ね。上目遣いになって、「一緒に寝てくれませんか?」なんて言ってたわよ」
「・・・・・・あいつ、何聞いてたんだ・・・?」
やはり予感通り失敗しているヒューゴに、シーザーは溜め息を隠さずもらした。そんなシーザーに、横に座りながらアップルも仕方なさそうに溜め息をつく。
「シーザー、シルバーバーグ家の名が泣くわよ?」
「だから、それはあいつのやり方が悪いわけであって・・・」
「どう実践するのかを見通して策を授けるのが、軍師の仕事よ」
「・・・・・・・ちぇ」
こんなことならアドバイスなんてするんじゃなかったとちょっぴり後悔したシーザーに、アップルはその顔を覗き込みながら続ける。
「で、その教えは自分の経験からなの? あなたは一緒に寝てもらえたのかしら?」
「・・・いや、それは」
シーザーはごまかそうとしたが、アップルにはすべてお見通しなのだ。
「だから、いい夢が見れたのね。ヒューゴさんが言ってたわよ。あなたが寝言で呼んでいたって」
「・・・・・・ああ、見てたさ。とびっきりの悪夢をな」
「嘘ね。あなたさっき、私が頭を撫でると、すっごく幸せそうな顔したわよ。夢の中では一体誰の手だったのかしら?」
「・・・・・・・・・」
とことん、アップルにはお見通しなのだ。
「あー、もう、アップルさんには敵わねぇな」
「ふふ」
シーザーは少し面白くなさそうな顔をしながら、左手を枕にしてアップルに背を向けた。そんなシーザーを見下ろしてアップルは、優しく微笑みながら、問い掛ける。
「ねえ、シーザー。昔に・・・戻りたい?」
「・・・・・・んなこと」
思わない、と突然の問いにシーザーは答えることが出来なかった。何故なら、そう言ってしまえば嘘になるからだ。
「・・・不可能はことは、おれは考えないの」
だからそう言葉を濁したシーザーに、アップルはさらに問う。
「だったら、この先は? どう・・・したいと思ってるの? どうなりたいと、思っているの?」
「・・・なんだよ、アップルさん、突然」
「ちょっと、気になっただけよ」
「・・・・・・」
気になったというよりは、心配なのだろう。この幼い軍師が、どう決着をつけるつもりなのかが。
長い期間一緒にいて、シーザーにもわかっている。アップルがどれだけ自分のことを、自分たちのことを案じているか。母親のそれに似た、愛情で。
だからシーザーは、ついもらしてしまう。誰にも見せない、言えない心の中を。
「・・・追い駆けてるときが、一番幸せなのかもな・・・」
何も考えず、ただその背を追えばいい。あの頃のように、今のように。
「おれは・・・あいつをとめて・・・それでどうしたいんだろう」
何が真意かわからないが、それでもやっていることは阻止しなければならないことだ。しかし、そのあとは? 一体彼をどうしたいのだろう。どうしなければならないのだろう。
シーザーの思考は、それを考えようとしてしかしいつもそこでとまってしまうのだ。
「・・・・・・戻りたい」
思わず、シーザーの口からもれる。
何も考えず慕っていた。あとを追い駆けまとわり付き、離れずに。すると彼はいつも、頭を撫でてくれた。仕方なさそうに、宥めるように。
そんな頃もあったのだ。
シーザーは今でもその手を、ハッキリと覚えている。
「・・・でも、戻りたくない」
そしてこれも、シーザーの正直な気持ちだった。
満たされることを望んで必死だった、満たされていた時代。そのことに気付かなかった愚かな自分。
それでも、何度戻っても、シーザーには同じことしか繰り返せないだろうから。
そして結局、それは今になっても変わってなどいない。
ひたすらに愛情を向けていた昔、ただ憎しみをぶつけている今。
どうすればいいのか、どうなりたいのか。そう考えて、結局どうにもならないまま、シーザーは考えることを放棄するのだ。
「・・・ちくしょう」
ままならない自分を持て余すように、シーザーは拳を地面に叩き付けた。草が、乾いた音を立てる。
そんなシーザーを黙って見ていたアップルは、ふとシーザーの隣に横になった。
「・・・・・・アップルさん?」
シーザーが訝しんでアップルに目を遣れば、アップルは気持ちよさそうに深呼吸をしている。
「・・・確かに、風は穏やかで日当たり良好。絶好の昼寝日和ね」
「・・・なんだよ。おれのことは怒っときながら」
「ふふ」
釈然としないながらも、シーザーは姿勢を戻して同じように目を閉じた。
「・・・・・・・・・アップルさん」
少しして、もう眠っているならそれでもいいかと思いながら、シーザーはポツリと頼みを口にする。
「もしおれがうなされてたら・・・・・・頭撫でてくれる?」
「わかったわ」
するとすぐに優しい声で返答があり、シーザーは少し泣きたい気分になった。
「・・・サンキュ」
その言葉は、今承諾してくれたことに対してだけではないだろう。
並んで横になった二人の間に、心地いい時間が流れる。
この日差しのあたたかさはまるでアップルのようだ、とシーザーは思った。決して口にすることはないけれど。
そして。
優しく吹き抜ける風のように、穏やかになれたなら。そう思いながら、シーザーは眠りに落ちていった。
END
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ここまでなんの結論も出ていない話もめずらしいんじゃないかと・・・。
いえね、シーザーが一体どう決着を付けたいのかよくわからなくてね。
いわんや、兄上様は・・・ね。
たいした過去も捏造出来ません。ハハハッ
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