5:ロック
その日は、検事局に近い喫茶店での待ち合わせだった。
片や、ちゃんとした弁護士事務所にも所属していない駆け出し弁護士。片や、切れ者検事でありながら国民的人気バンドのボーカル。どちらの都合に合わせることになるかは、明白だ。
面白くない思いもあるにはあるが、王泥喜は敢えて気にしないことにしていた。こうやって会えるだけでも、幸いだろう。
響也に指定された、店の一番奥にある仕切りによって周りからは見えない席について、待つこと数分。響也がいつものように颯爽と現れた。
「そうだ、これ、忘れないうちに渡しておかないとね」
顔を合わせるなり、響也は懐から封筒を取り出して王泥喜に差し出す。
反射的に受け取って、中身を確かめた王泥喜は、つい溜め息をついた。
「・・・・・・7割引ですか」
封筒に入っていたのは、横に長い2枚の紙。響也のバンド、ガリューウエーブのコンサートのチケットだった。
最初に送られてきたときは知り合い価格で3割引、それが友人価格5割引きを経て、現在は恋人価格の7割引にまで下がった。
だが、チケットが売れなくて困っているのならともかく。
「やっぱりタダじゃないんですね・・・」
苦しい事務所事情を知っているだろうに、と思うと、ありがたいどころか恨めしい思いになる王泥喜だ。
「言っておくけどね、手に入れるのだけで一苦労なんだよ?」
「・・・大体オレ、欲しいって言ったことありましたっけ?」
すぐにしまい込む気にはなれず、王泥喜はテーブルに置いたチケットをつつく。確かにみぬきは毎回喜ぶが、王泥喜は別に欲しくないし響也のライブに行くのだって気は進まない。
「酷い言いようだね。キミにぼくの晴れ姿を見てもらいたいっていう、健気な気持ちなのに」
「だったらタダにして下さいよ・・・」
王泥喜は、はぁと溜め息をついた。
「それに、おじょうさんは喜んでくれてるみたいだけど?」
「そりゃあ、みぬきちゃんは根っからのガリューファンですから。でもオレは、ああいう、うるさい音楽は苦手で・・・」
何度目になるか訴えてみても、響也は笑顔でさらっと流す。
「まあ、コンサートは必要以上に音が大きいものだからね」
「・・・・・・。それに・・・」
「それに・・・?」
首を傾げて続きを待つ響也に、王泥喜は自然と視線を斜め下に下げつつ答えた。
「・・・ああいうところで見ると、牙琉検事がなんだか、オレとは別世界の人間なんだなって思い知らされるというか・・・」
こんな女々しいこと考えてるなんて、知られるのは恥ずかしいけれど、それでも王泥喜の正直な思いだった。
しがないちっぽけな弁護士の自分と、有能な検事であり誰もが知る国民的スターバンドのヴォーカルである響也。どう考えたって釣り合わないし、こうやって一緒にいられること自体奇跡のように思える。特にライブになんか行くと、自分が響也を好きな大勢の人のうちの単なる一人になってしまったような気になるのだ。
こんなふうに考えてるなんて、響也は呆れるだろうか。王泥喜がそおっと顔を上げると、目の前には、響也の微笑み。
「ばかだね、おデコくんは。ぼくはこんなにキミの近くにいるじゃないか」
響也はチケットの上に置かれた王泥喜の手に、自分の手を重ねた。しょっちゅう歯の浮くようなセリフを言っている響也だが、今の言葉が心からのものだということは王泥喜にもわかった。
「・・・そうなんですけど」
響也が自分を好きだと思っていてくれていることは知っている。だからこそ、釣り合っていない気がするのが悔しいのだ。
だが響也は、どうやら自分の気持ちをちゃんとわかってもらえたら解決すると思ったようだ。
「そうだ、いいことを思い付いたよ!」
「え?」
ぱっと顔を輝かせた響也は、王泥喜を人差し指でぴっと差す。
「次の新曲は、おデコくんへのラブソングにしよう!!」
「・・・・・・・・・はぁ!?」
王泥喜は目を見開いた。一瞬冗談かと思ったが、響也なら本当にやるだろう。
「いや、それはちょっと・・・!」
慌てて拒否するが、響也は喜んでもらえると思い込んでいたらしく、首を傾げた。
「どうしてだい? キミのことを歌えば、キミも聞いてくれるだろう?」
「・・・逆に、聞きにくくなる気がするんですけど」
自分のことを歌った曲なんて、居た堪れなくてとても聞けやしないだろう。だが響也は、どうもその提案が気に入ってしまったらしい。
「ああ、ここにギターがないのが残念だね!」
などと言いつつ、指でギターの弦を弾く振りを始める。何やら音が聞こえてきそうなエアギターの演奏が続くこと数分、王泥喜がそろそろ控えめに声を掛けてみようかと思った頃、ようやく終わった。
そして、うしろに逸らしていた上体をぐいっと前に戻して、意気揚々と語りだす。
「そうだ、タイトルも考えてしまおう。<ぼくの彼は弁護士>とかどうだろう! あぁでも、<私のカレは検察側証人>とかぶってしまうね」
「・・・いやいや、それ以前に、ぼくの彼、はまずいでしょう!」
思わず王泥喜はつっこんだが、響也は気にした様子もなく続ける。
「そうだ、<きみのおデコにフォーリンラブ>とかどうだろう!」
「・・・・・・・・・」
おデコとか、明らかにまずい単語がまじっているのもさることながら。
「牙琉検事のセンスって・・・微妙ですよね・・・」
ずっと前から思ってはいたのだが、王泥喜は改めて思い知った。
とはいえ王泥喜は、<恋するギターのセレナード>しか歌詞は見たことがない。みぬきが持っているガリューウェーブのアルバムの歌詞カードだけは見たことがあるのだが。アルバム「つかまえちゃうぞ」など特に、ブックレットの響也がなかなか刺激的で、歌詞なんて目に入ってこなかったのだ。
だがある事件のおかげで、<恋するギターのセレナード>の歌詞だけは嫌というほど知っている。売れたということは、世間的には素晴らしいという評価なのかもしれないが、王泥喜的にはあの歌詞はあり得なかった。
「あの、オレへのラブソングとか、結構ですから・・・」
あの歌詞センスで自分のことを歌われなどしたら、王泥喜はもう恥ずかしいやらむず痒いやらでとても正気ではいられなさそうだ。
「遠慮することはないよ?」
「いやいや! ほんとに、ほんとーに、結構ですから!!」
全力で拒否する王泥喜だが、響也は再び自分の考えに入っていってしまった。あーでもないこーでもないと、ろくでもない単語を口走りながら思案している響也は、何やらとても楽しそうだ。
「・・・・・・」
阻止しなければ、という思いとともに、王泥喜はもうちょっとこのままにしておいてもいいかもしれないと思った。
今日二人で過ごせる時間は、二時間ほど。あと十分くらいなら、こんな響也を眺めているのも悪くない気がする。
百面相しながらあれこれ考えている響也の、自分へのラブソングを一生懸命楽しそうに考えている姿は、とても可愛い。
こんなふうに響也が自分に愛情を向けてくれているのだから、釣り合っているとかいないとか、そんなことどうでもいいことに思えてきた。取り敢えず、こうして二人でいる間は。
勿論かといって、ラブソングを実現させられるのは御免だ。王泥喜はあとで全力で阻止させて頂くことにした。
END ちなみに時期的な部分でおかしいと思うので(3章のあとならバンドやめてるよね、とか)、その辺はなんとなくスルーの方向で・・・
ちょっと前に考えたネタなので、この内容でどうして「ロック」なのかわからなかったりもするのですが・・・そこもスルーの方向で・・・!