72.朝





 備え付けの目覚まし時計が鳴って、宏は目を覚ました。

 前日はほとんど移動だったので疲れはそんなに残っておらず、眠気はあるものの比較的容易に起き上がる。チラッと隣のベッドを見れば目覚める気配なんて全くなくて、しかしそれは放っておいて宏は洗面台に向かった。

 そして身支度を整えて戻ってきても、まだ起きる気配はない。

 服を着替え終わっても、まだ起きる気配はない。

「・・・朝に弱いって聞いてたけど、本当に駄目なんだなあ」

 朝不機嫌そうな姿は見たことがあったがこの姿を見たのは初めてで、低血圧ではない宏は大変だなあと他人事なので呑気に思った。

 しかし準備の時間を考えるとそろそろ起こしたほうがいいかと思って近付く。

「先生、そろそろ起きたほうがいいですよー」

 呼び掛けると、少し身動ぎをしたが、しかしやはり目を覚まさない。

「うーん・・・」

 少し考えて、宏は起こすのを諦めた。もうすぐ彼の目覚まし代わりがやってくるだろうと思ったからだ。そして、自分のベッドに腰掛け今日のスケジュールを確認しているとそれはやってきた。

「センセーイ、おっはよーうっ」

 あらかじめ鍵を開けていたドアから元気よく入ってきたその少年は一目散に宏の向かいのベッドに乗っかる。

「センセーイ、朝だよー。起っきてー」

 馬乗りになって慣れた調子で起床を促す光景を見て、宏は少々微妙な気分になった。この二人はどれほどの朝をこんなふうに一緒に迎えたのだろう、などと思わず考えてしまうからだ。

「センセイ、早く起きないとチューしちゃうよーっ」

 そんな宏に構わず、起こす為なのかそれともただの口実作りなのかそんなことを言いながら体を揺する。

「・・・・・・・・・んー」

「えっ、キスしていいのっ?」

 などという(一方的な)やり取りを始められて、宏はこの三人でいてろくな会話を聞かされたことがなかったと気付く。

「・・・じゃあ、俺は先に行ってるから、あと頼むな」

「任っせてーっ。あっ、先生おっはよー」

「・・・おはよう」

 朝から無駄にハイテンションな声に答えて、宏は自分から起こしに来ると言い出したのだからとにかく起こしてはくれるだろうと思いながら部屋を出た。

 よく考えたら誰かが部屋に入ってあの二人を見てしまったらやばい、と気付いて宏が門番よろしくドアの横に突っ立つことになったのは数秒後のことだった――。







 END

どうですか、このちっとも内容のない話は。

意味のない話ですが、「お題」にはこういうのもアリかと。

しかし、宏の苦労話は楽しい。

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