79.たとえばこんな愛し方。
『ちょっと大きくなった』
そう言ってたから、俺はてっきり背が伸びたことかと思ったんだ。男は二十過ぎまで成長期らしいし、今まで成長しなかった分伸びたのかな、とか。
でも、まさかそんな意味だったなんて・・・。
あ、一体なんのことかというと、それは元教え子、石井楽太のこと。俺の同僚でもあり石井の恋人でもある上田先生に、話の流れで「最近、石井はどうですかー?」なんて聞いたら、「大きくなった」と返ってきたんだ。
石井が高校を卒業してから、数年は結構職員用アパートに来てて会うこともあったんだけど、二年くらい前に先生と一緒に暮らし始めてからは一度も会ってなかった。大学は無事に出れたけどこの不況のせいか就職が決まらなくて、それで先生と一緒に暮らしながらまるで専業主婦みたいに家事に勤しんでいるらしい。
今日ちょっとした用事で先生の(つまり石井の)マンションに行くから、先生伝に聞いたり電話越しでなら会話したことあるけど会うのは久しぶりで、どれくらい成長したのか楽しみだ。
なんて思ってたのにな・・・。
学校帰りに先生の車でマンションまで行った。石井って母子家庭なのに結構立派なマンションに住んでたんだな、とか呑気なこと考えながら部屋に向かう。そして、先生が鍵を開けて玄関に入り靴を脱いでると、部屋の中からそれに気付いたらしい石井の声が聞こえてきた。
「センセーイ、おかえりなさーいっ」
二年ちょっとぶりだけど相変わらず元気な声・・・よりも、俺はこっちに向かってくる石井の足音に、びっくりした。
どたどた、というか、どすどす、というか。
俺が知ってる石井の足音は、とたとた、とか、ぽてぽて、とかだったはず。もしかして背が高くなったから・・・なのか?
なんてことが一瞬で頭を過ぎった俺の前に、石井は姿を見せた。
「・・・・・・っ!?」
俺が驚いて言葉を失ってる間に、石井と先生は何か言葉を交わしながら部屋に入っていってしまう。あとを追って部屋に上がりながら、俺はもしかしたら見間違いなんじゃないかと思った。だって、俺の知ってる石井と、あまりにもかけ離れた姿だったから。
しかし、そんなわけもなく。先生は着替えに行ったらしく、リビングに一人だけいる石井から、俺は目が離せなくなる。
これは、「大きくなった」って言うんじゃなくて・・・・・・・・・「太った」って言うんじゃ・・・。
「先生、久しぶりだねー。元気?」
「あ、ああ、うん」
コップにお茶をつぎながら話し掛けてくる石井を、適当に返事しながら俺はうしろ姿だから遠慮なく見つめた。高校のときは、男にしては華奢とも言えるくらい小柄で細っこい体つきをしていた。確かに段々とふっくらしてきてはいたけど。
でも、明らかに尋常じゃない、と思えるほど石井の体はその頃より肉付きがよくなっている。顔も腕も脚も、ぷよぷよ、というか、ぶよぶよ、というか。一言で言うと、・・・肥満児?
「・・・・・・・・・」
予想外というか心底ビックリな事態に、しかし石井が余りにも普通にしてるから、なんだかつっこみづらい。もしかしたら本人が気にしてることなのかもしれないし、取り敢えず先生の様子を窺ってからにしようか。
とかなんとか考えながらお茶を受け取っていると、先生が着替えてリビングにやってきた。夏なのに長袖着てきたのを不思議に思ったのも一瞬で、俺は室温がなんだかとっても低いことに気付く。
驚きのあまり今まで認識できなかったんだろうな。どう考えても石井の為だろうクーラーの温度設定に、俺は寒気を感じてきてしまった。
「上着、着るか?」
半袖カッターシャツから覗く腕を撫でている俺に気付いたのか、先生が言って服を持ってきてくれた。ありがたいありがたい。だいぶ裾が余る袖に腕を通して俺はホッと一息ついた。
そして先生が俺の座ってる向かいのソファーに座ったその途端に、待ってましたとばかりに石井が先生の隣に座りながらお皿を差し出す。
「あーっ、センセイの服着てるっ。ずるいー。あっ、センセイ、今日はチーズケーキ作ったんだよっ。食べてっ」
その言葉通り、そこにはチーズケーキが乗っかっていて、しかしもう三分の一ほど食べられている。あぁ、よくみたら石井の口周りにはその破片と思われるものが付いてるし・・・。
先生は石井が渡したフォークで一口食べて、それからおいしいとかなんとか褒めて、石井が嬉しそうに笑い返す。俺がいるにもかかわらずイチャつきモードにはいろうとするところなんかは、以前と全く同じような気がするけれど。
けれど。
先生、こんなことなら心の準備とかさせといて下さい・・・。
「あ、先生も食べる?」
そんな俺の心情なんて全く気にしていないんだろう石井は、笑顔で俺にもお皿を差し出してくる。
「いや、せっかくだけど、もうすぐ夕食の時間だし」
「そっかー・・・」
俺が時計を見て答えると、石井は少し残念そうに、しかしどこか嬉しそうに残りのケーキを食べだした。あと数時間で晩御飯ってのに、躊躇なく食べるなぁ。それじゃこうなるはずだよな・・・。
ともかく俺は、そんなひたすら食べ続けている石井からはなるべく目を逸らしながら、先生との打ち合わせに集中した。
それから三十分ほどして、打ち合わせが大体終わった頃。
「ね、先生もご飯食べていったら?」
夕食の準備をする為か立ち上がりながら石井が俺に聞いてきた。家に帰っても用意してくれる人なんていない俺にとってはありがたい申し出だよな。
「うん、そうさせてもらおうかな」
「まっかせてー。今日はハンバーグだからっ」
やっぱり肉なんだ・・・。
キッチンへ向かう石井のうしろ姿を見ながら、会って数十分で太った原因がわかってしまったと微妙な気分にさせられた。
それでも一応確かめようと、もう下ごしらえをしているらしくさっそく焼き始める音が聞こえてきて、それに紛れるように俺は先生に話し掛けた。
「・・・あの、石井がなんだか・・・大きくなりましたね」
どう言ったものかと思ったせいか、無駄に気を遣って遠回りな言い方になってしまった。先生がこれを嫌味と取るようなひねくれた人じゃなくてよかったな。
「ああ、だいぶ太った」
先生は顔色を変えず別に石井の方を窺うふうでもなくズバッと答える。どうやら本人が気にしてるなんてことはなさそうだ。まあ、明らかにあれは太ってってることわかってて食べてるってかんじだったしな。
「どうしてあんなことに?」
「いつのまにか菓子作りにはまって、いつのまにかあんなことに」
「もしかして、しょっちゅう作ってるのか?」
俺はもうすっかり空になっているお皿を見ながら、なかなか本格的だったチーズケーキを思い出す。
「ほとんど毎日、作ってる」
「へぇ、すごいな。でも、先生は変わらないな」
先生は甘い物好きだし石井に作ったから食べてと言われたら断らなさそうだけど、体型は全然変わってないもんな。俺もこの年だからそろそろ健康とかに気を付けないといけないなあなんて思って、甘いもの控えようとか考えてるってのに。
「俺は少ししか食べないから。ほとんどを自分で食べてる」
「・・・なるほど」
そりゃ、太るよな・・・。
それにしても、なんだか先生はそのことに対して困ったことだとか別に思ってなさそうだ。普通恋人がこんなふうに太っていったら、ちょっと戸惑ったり怒ったり呆れたり注意したりするような・・・。俺だったら・・・・・・いや、ミドリが太るなんてちっとも想像出来ないや。したくもないけど・・・。
「・・・先生は、石井がああなっても・・・問題ないのか?」
「別に、今のところ健康を害するほどでもないし、本人も楽しそうだし」
なんだか失礼な事を聞いてるような気がしながらの質問に、先生は考えるまでもないことかのように答える。そしてまだ続けようとしてたみたいだけど、それを石井の声がさえぎる。
「いてっ。センセイっ、血が出たーっ」
どうやらキャベツを切ってて、指まで切ってしまったみたいだ。先生は立ち上がって、ついでのように俺に言った。
「まああれも、かわいいといえばかわいいし」
付け足しのようでいて、多分それが一番の本音なんだろうな・・・。もう十年を超える付き合いでそれがわかって、同時にもしかしてまたのろけられてしまったんだろうかということにも気付く。
「・・・相変わらずだな」
キッチンに並んでなにやら遣り取りしてる二人は、昔とちっとも変わっていない。たとえ片方がオジサンになろうとも、たとえ片方が、激太りしようとも・・・。
やっぱり、羨ましいかと聞かれたら微妙だけど。でもま、こんなカップルが一組くらいはいてもいいんじゃないか、なんてやっぱり思った――。
追伸。
夕食のハンバーグは予想に反してサイズも量も普通だった。
ただそのあと、デザートにまたチーズケーキが一皿・・・・・・。
END
さあ、ぶよぶよ楽太は想像出来ましたか?
ちなみに、デブ化における楽太にとっての特典→
「もれなく騎乗位!」、ナリ。
そして、この話の萌えポイントを絵にしてみた★
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