89.ココア





「・・・お前、太ったよな」

 こたつに入ってまったりしている楽太にココアを手渡しながら、武流が不意にそう言葉を投げた。

「そう?」

 楽太はカップを受け取ったのと反対の手で自分の体をセーターの上から触ってみたが、よくわからない。

「そんなに?」

「最初に比べたら、ってくらいだけど」

 武流は自分のカップをこたつの上に置くと、楽太をうしろから抱きしめながら足をこたつに入れた。

「抱き心地が変わった気がする」

「うーん、自分じゃわかんないなー。体がおっきくなったわけじゃなくて?」

「サイズはほとんど変わってない。ただ触ったかんじが、前より柔らかくなった」

 セーターの中に手を入れて、武流は下に着ているシャツ越しに楽太の胸や腹を撫でる。少しくすぐったくなりながらも楽太は背を預けて武流のするに任せた。

「甘いもの食べすぎてるのかなー?」

 楽太が目の前で湯気を立てているカップを見ながら原因を考えれば、その視線に気付いた武流が自分にもその責任の一端があるのかと思う。

「じゃあ、これは飲むのやめとくか?」

「飲むよっ」

 武流の提案に、楽太は思わず手を伸ばして砂糖の塊とも言える液体をゴクゴクと飲んだ。そしてその美味しさに、やっぱり少々太ろうが甘いものはやめられないと思う。

「でも、昔っから甘いものは好きだったんだけどー。・・・あ、中学は運動部だったから太んなかったのかなー?」

「陸上だったっけ?」

「そー。毎日走ってたからなー。でも、弓道も一応運動部だったよね?」

「一応じゃなくても運動部だけど、陸上よりは運動量少ないだろうな」

 つまり摂るカロリーは変わってなくても運動量が減ったから肉が付いたのかと結論付けて、楽太は成長期なはずだから縦に伸びてもいいんじゃないかとちょっぴり思った。

「・・・ねー、センセイはオレが横におっきくなるのと縦におっきくなるの、どっちがいい?」

「・・・そうだな、小さくてふっくらしてるほうが、抱き心地はいいかな」

「そっかーっ。だったらいーや」

 もはや武流がいいと思ってくれればそれでいい楽太は、安心してココアをまたゴクゴクと飲んだ。武流も、片手は楽太の腹に遣ったまま、カップを手に取り冷めているのを確かめてから中身を消費していく。

「・・・でも、センセイもオレと同じくらい甘いもの食べて、オレより運動はしてないと思うのに、太んないよね」

「ああ、たぶん体質なんだろうな」

「でも、そろそろ中年太りに気を付けないとねー」

「酒飲んでないし、家系的にもそんなに太らないと思うけど」

「でも、もし太っても、センセイのこと好きだからねーっ」

「・・・そりゃあ、どうも」

「でも、あんまり太んないでねー」

 言いながら、肉といっても自分と違って筋肉が綺麗に付いた武流の腹を思い出していると、楽太はうっかりソノ気になってきてしまった。加えて、武流の左手はまだセーターの下から楽太の上半身をゆるゆる撫でているのだ。

「ねーセンセイ、この手、もうちょっと下触ってくれてもいんだよー?」

「それは、少なくともこれ飲み終わるまでは、オアズケ」

「ちぇー。じゃ、さっさと飲もーよ」

 あと少ししか残っていないココアを飲み干しながら、楽太は今日のキスはこの味かーなどと想像して楽しみになる。

「ねー、センセイ、オレが太ったのって、絶対あれだよ」

 楽太は、ゆっくりとカップを傾けながら続きを待つ武流に、首を捻って笑顔を向けた。

「幸せ太り、ってやつ!」

 そして、二人の甘い時間は続く――?







 END

そしてこのあと、武流に

「太らないオレは幸せじゃないんだな」と返されます。

でも甘い時間とやらは続く模様です(・・・)

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