100.また逢いましょう





「久しぶりー、武流」

 チャイムを鳴らして、ドアを開けて出てきた武流に僕はそう挨拶した。

「久しぶり。どうしたんだ?」

「うーん・・・」

 武流のとこに行くときはいつも電話連絡するから、突然現れたことにちょっとビックリしてるみたい。

「なーんだ、来てないのかー」

 僕は玄関にある靴を見て、お目当ての人がいないのようなのでちょっとガッカリした。すると武流は僕の目的に気付いたのか微妙な表情になる。

「・・・その為に来たのか?」

「うん。あ、もちろんそれだけじゃないけど。結構長いこと顔見てなかったから、武流に会いたいなーって思って」

 どんな子か見てみたいってのが大きくなっちゃったけど、そもそも武流はどうしてるかなって思ったからここに来たんだった。

「じゃあ、上がるかあ? ・・・そのうち来ると思うし」

「そうなんだ。うん、おじゃましまーす」

 やっぱり楽しみになりながら、僕は武流の家にあがらせてもらった。

 あ、自己紹介が遅れたけど、僕の名前は松下和志。武流とは中学のときからの付き合いで、高校も大学も一緒の大親友なんだ。武流が先生になり僕もサラリーマンになって会う機会は減ったけど、たまに会ったりちょくちょく電話したりして付き合いは続いてる。

 で、僕がお目当てにしているのが誰かっていうと、それは武流が今付き合ってる子のこと。一年くらい前にできたという、武流の初めての恋人。ずっと誰とも付き合わず、僕の知ってる限り好きな人もいなかった武流が、初めて好きになって付き合ってる人。しかもそれが教え子で男の子ってんだから、気になって仕方ない。武流からちょくちょく電話で聞き出してたけど、やっぱり直接会ってどんな子か確かめたいって思ったんだ。半分以上が好奇心だけどね。

「あれ、武流ってゲームしないよね。これ、あの子の?」

 僕はテレビに繋がってるゲーム機を見付けて言うと、武流は頷いた。他にも、武流は読まなそうな漫画雑誌なんかが転がってるし冷蔵庫には武流が飲まなそうな炭酸飲料とかが入ってる。僕は楽しくなってきて、他の部屋にも行ってみた。すると、お風呂場には歯ブラシ、寝室には着替えの服なんかが何着もある。

「・・・何やってんだ?」

「んー、いろいろ物色」

 寝室の入口で武流がちょっと呆れたように見てきたけど、僕は構わず面白いものがまだないか目で探した。ベッドの枕元にある棚には、他に使い道が考えられない液体が入った瓶が置かれてたりする。うーん、生々しいなぁ。

「なんだか、もう立派に半同棲ってかんじだね」

「・・・・・・」

 うんでもホントに、ちょっとビックリだ。武流って恋人とどんな付き合い方するんだろうって思ってたけど、こんなふうに結構ベッタリな付き合い方をするとは思ってなかったから。いやー、人って見掛けによらないなー。

 益々二人でいるところを見たくなってきたそのとき、チャイムが鳴った。タイミングよく来たのかと思って、僕はこそっと部屋から玄関を覗き込んだ。

 そこに現れたのは、黒髪ストレートのショートヘアでちょっと幼く見えるけど二十歳は超えてそうな男の人。武流に聞いてたのとずいぶん違うからどうやら恋人じゃないみたいだ。

「あの、今度のホームルームで何するか相談したいと思って・・・」

 その人は武流にそう切り出して、どうやら同じく先生らしいってことがわかった。そんな推理をしていると、ふとその人と目が合ってしまう。

「あ、お客さんですか。じゃ、また出直します」

 僕に気付いて帰ろうとしたから、僕は引き留めることにした。会話を聞いてたら武流の先生っぷりがわかるかもしれないしね。

「僕は構わないよ。武流、上がってもらいなよ」

 僕がそう言うと、遠慮する間柄じゃないので武流はその人を部屋に入れた。

 武流とその人がテーブルに向かい合わせに座って、僕は二人の話を聞いていようと少し離れたところに座る。でも、その人は僕の存在が気になるのかなかなか話し出さない。武流もそれに気付いたみたいで僕を手差しした。

「一応紹介しとくと、友人の松下和志」

「よろしくー」

 僕が笑顔で挨拶すると、その人はペコッと小さくお辞儀をしながら口を開いた。

「えっと、西嶋宏です。よろしくお願いします」

 どうやら宏くんは、人見知りする人みたい。挨拶してもなかなかくだけた雰囲気にならなくて、武流はそれを解消しようとしたのか僕と宏くんを指して言った。

「ちなみに二人は同い年」

 その一言に、僕は思わず声に出して驚いてしまった。それは宏くんも同じみたいで、見事に「「えっ!?」」ってハモってしまう。僕は今26なわけだけど、宏くんはもうちょっと下っていうか大学生にだって見えるのになぁ。って、きっと宏くんも同じようなこと思ったろうけど。失礼なのはお互いさまってことだね。

 ともかくその事実を知って、童顔同士親しみも沸き、場の空気は一気に和んだ。そして二人は話し合い始め、僕は邪魔したら悪いから転がってる漫画を読む振りしながらこっそり聞いていることにした。

「もう何していいかわからなくってさ。何か無難なとこないかなー? 自習とか・・・」

「自習・・・。無難か?」

「・・・。じゃあ、何がある?」

「さあ。まあ、適当でいんじゃないか?」

 おおっ。僕は初っ端からちょっと驚いた。二人とも思いっきりタメ語だ。いや、同い年なんだから当然かもしれないけど。でも、宏くんは年下にもつい敬語使ってしまいそうなタイプに見えるし、それに武流もかなり遠慮なく話してる気がする。ってことはただの同僚じゃなくて、結構親しくしてるんだろうな。

 武流がこんなふうに打ち解けたかんじで誰かと話してるのを見るのは本当にめずらしくて、驚くというよりちょっと寂しい気がする。中学高校大学と、自分で言うのもなんだけど武流が親しくしてたのは僕くらいだったから。

「去年のクラスでは映画とか見てたけど」

「あ、それいいな。視聴覚室でDVD見れたと思うし。でも、何にするかが問題だよな」

「まあ、まだ日にちあるし、アンケートでもとればいいだろ」

「うん、そうだな。よし、決まり」

 二人はパパっと決めて見せた。うん、いいコンビネーションだ。きっと今までも何度かこんなふうに決め事をしたことがあるんだろう。やっぱり、職場が同じって大きいなぁ。

「あ、そういえば、石井来てないんだな」

 一段落したからか宏くんが話題をガラっと変えた。「石井」って、確か武流の恋人の名字だったような・・・。

「もうすぐ来るよ」

「そっか、よかった。これ、ミドリから石井に渡してって頼まれてたんだよ」

 宏くんはそう言って、ずっと持っていた雑誌らしきものが入ってる紙袋をテーブルの上に出した。ミドリって誰だろう。宏くんの彼女なのかな? うーん、武流に僕の知らない交友関係ができてるってのは、やっぱりちょっと寂しいなぁ。

「じゃあ、渡しとくよ。でも、なんだ? これ」

「オレもなんだろうって思ってちょっと覗いたんだけど、・・・・・・ロクなもんじゃないぞ」

「・・・・・・」

 ああ、なんだかわかり合ってる空気だ。どうやら宏くんは武流の恋人が誰かを知ってるみたいだし、ってことは武流が教えたってことで、教えても大丈夫だって思ったってわけで、信頼してるわけで。きっと武流にとってはもう、気の許せる友達なんだろう。

「じゃ、そろそろ帰るな。おじゃましました」

 これで全部の用がすんだらしく、宏くんは立ち上がり僕にちょっと頭を下げて、それから部屋を出ていった。





 それから数十分後、アパートの外廊下をパタパタと駆ける足音が聞こえた。僕がもしかしてと思って玄関のほうに目を遣ると、武流が立ち上がるのと同時にチャイムが鳴る。

「おっ。遂に武流の恋人、お目見えだねっ」

 僕が嬉しそうに言うと、武流は微妙な表情をしながら、玄関に向かった。そしてドアが開く音がして、続いて元気な声が聞こえる。

「センセー、お待たせーっ」

 部屋に上がってくるまで待ってようと思ったけど、やっぱり宏くんのときみたいに部屋から玄関を覗き見た。

 そこに立って武流を見上げているのは、武流に隠れてハッキリとは見えないけど、とっても楽しそうな笑顔の少年。色素の薄いツンツンした髪の毛、丸い大きな目、武流と比べてみてるからかとっても小さく見える背。間違いなく、この子が武流の恋人だ。にしても、この子といい宏くんといい僕といい、武流の周りには童顔が多いなぁ。

「・・・あれ? 誰かいる」

 その子にもやっぱりバレて、目が合ったから笑顔で手を振ったら、笑顔で手を振り返してくれた。うーん、いい子そうだなぁ。

「武流、早く上がってもらってよっ」

 僕は言いながら、待ちきれなくって玄関に出ていった。そして武流の背後からヒョイっと覗き込むようにして見たら、その子の眉毛が八の字になる。

「センセイ、もしかして浮気・・・?」

 こんなフレンドリーな浮気相手っていないと思うけど。まあ、僕が武流に気安く呼び掛けたり名前を呼び捨てにしたりしたからだろうけど。こんなふうに武流に接する人っていないもんね。

 武流はこんなこと言われるのに慣れてるのか、その子に軽くデコピンした。

「バカ。いいから上がれよ」

「ううっ」

 取り敢えず、二人の力関係は明白だなぁ。部屋に入って、その子は武流の隣に座ったから、僕は二人のテーブルを挟んだ正面に座った。

「初めましてー。僕は武流の友達の松下和志です。君のことは武流から何度か聞いたことあったよ」

「えっ!?」

 僕が自己紹介がてらにフォローしてあげると、その子はパッと表情を明るくした。

「センセイ、オレのことなんて言ってたのっ?」

「確か・・・小さいとか明るいとか少し抜けてるとか。それと、かわいいと思う、とも言ってたよ」

「へえっ。かわいいだってー。エヘヘっ」

 その子はとっても嬉しそうに笑う。武流のこと本当に好きなんだなぁ。それにしても、いつまでもその子って呼ぶのアレだね。

「えーっと、名前はなんだっけ?」

「石井楽太だよっ」

 聞いたことあったけど忘れちゃって聞いた僕に、笑顔で教えてくれる。そういえば武流はいい子だとも言ってた気がするけど、ホントだなー。

「よろしくね。武流の学生時代のことならなんでも聞いて」

「わーいっ。聞きたい聞きたいっ」

 楽太くんははしゃいで喰い付き、ハッと気付いて隣に置いていた荷物をテーブルに置いた。

「忘れてたっ。母さんがケーキ作ったから持っていけってー。食べよーよっ」

 ほー、家族公認なんだ。楽太くんは箱からチーズケーキを取り出して、それから飲み物の準備を始める。甲斐甲斐しい様子はまるで彼女みたいで、下世話な話だけどやっぱり武流のほうが旦那さんなんだろうかなー。

 ケーキとジュースを頂きながら、僕はさっそく二人の様子を観察し始めた。

 楽太くんがボロッと食べこぼしたら、武流はティッシュを投げてあげる。楽太くんの口元に破片が付いたら、武流はティッシュで拭ってあげる。案外、武流も甲斐甲斐しいかも。僕がいなかったら舐め取ってあげてるんじゃないかってくらいの雰囲気だし。うーん、ラブラブだなぁ。

 じっと見てたら楽太くんが気になったのか僕のほうに視線を移した。

「あ、僕に構わずいつも通りイチャイチャしてくれればいいからね」

 そう言うと、楽太くんはニコッと笑顔になる。あぁ、かわいいって思う武流の気持ちがわかるかも。こんな子に慕われると武流だって無下には出来なかったっていうか、ついほだされちゃったんだろうな。

 ケーキを食べながら、武流はふと思い出したのかさっき宏くんから受け取っていた紙袋を手に取った。

「忘れないうちに渡しとく」

「ん? あ、もしかしてミドリ先生に頼んでたやつ?」

 楽太くんは心当たりがあるみたいで嬉しそうにそれを受け取る。

「なんだ? それ」

「エヘヘー」

 武流が尋ねると、楽太くんは雑誌を二冊取り出した。一冊は、「彼氏をメロメロニする方法」なんて見出しが付いてる女性向け雑誌。もう一冊は、「男を悦ばせる方法」なんて見出しが付いてるゲイ向け雑誌。

 うーん、こんな雑誌を持ってるって、どうやら先生らしいミドリって人が益々何者かわからなくなるなぁ。それをこうして貸してもらってる楽太くんも、なかなかの強者だね。メロメロにするって点については、僕が見たかんじ充分な気がするけど。悦ばせるについては、ノーコメントにさせてもらうけど。しかし楽太くんって彼氏になりたいのか彼女になりたいのか微妙だなぁ。

「こんなのどうするんだ?」

「もちろん勉強するんだよっ。楽しみにしててねっ」

「・・・。はいはい、期待してるよ」

 武流は呆れたように返した。でも、その答えはなんだか優しく聞こえる。

「まっかせてっ」

「まあ俺としては、学校の勉強を頑張ってくれたほうが嬉しいけどな」

「ぶー」

 しかし、本当に僕の存在気にせずにイチャイチャしてるなー。何度も思うけど、武流がこういうタイプだったとは。てっきり付き合ったとしても、「私のこと本当に好きなの?」とかって言われるタイプだと思ってたよ。まあもしかしたらそれは楽太くんの力なのかもしれないけど。

 でも、どっちにしても。

「武流って、楽太くんのこと本当に好きだね」

 うん、これだけは間違いない。

 すると武流は微妙な顔になり、楽太くんは思いっきり笑顔になった。

「やっぱりわかるー?」

「うん、一目瞭然だよ」

「エヘヘー。だってさ、センセイっ」

 嬉しそうに笑う楽太くんに、悪い気はしないらしく武流は言い返したりしなかった。楽太くんは益々武流にくっついていって、武流も嫌がらずそれを許してる。

 僕はケーキを食べ終わったことだし、立ち上がった。

「僕、もうそろそろ帰るね。お邪魔になったら悪いし」

「えー、そんなことないよー」

 言いながら、楽太くんの顔はちょっとニヤけてきてる。わかりやすい子だなあ。だからわかりにくい武流と上手くいくのかもしれない。まあ武流も案外わかりやすい気がするけど。楽太くんの前では。

「じゃあ、楽太くん、武流のことよろしくね」

「うん、もっちろんーっ」

 元気に返事する楽太くんに手を振って、僕は玄関に向かった。すると武流もついてくる。

「送るよ」

「いいの? 楽太くん」

「いいよ。ほっとけば」

 そういうふうに言えるってことは、つまりつれなくしても平気な間柄ってことで。あー、もう、予想を遥かに上回るラブラブっぷりだよ。

 武流の車で送ってもらいながら、僕はなんだか複雑な気分になった。

「・・・なんだ?」

「べっつにー。ちょっと疎外感感じちゃっただけ」

 むくれた表情して言うと、武流は僕の頭をポンポンと叩く。今運転中なのにな、ってちらっと思ったけどまあいいや。

「いいよ。楽太くんと好きなだけラブラブラブラブしてればーっ」

 そう言って、でも僕は武流に笑顔を向けた。疎外感を感じちゃったのは本当。僕の知らない武流の世界があるんだって事実が、ちょっと寂しい。

 でも、本当は、それ以上にちょっと嬉しい。今まで家族や僕以外とあんまり関わらずに生きてきた武流が、大事に思う恋人や気の許せる友達ができたってことが。なんだか、嬉しい。

「あ、ここでいいよ。宗河のとこ行くから」

 そんな予定はなかったけど、僕も恋人とイチャイチャしたくなってきたよ。ベタベタさせてくれる人じゃないんだけどね。

 車道脇に停まった車から降りて、僕は武流を振り返った。

「じゃあ、またね」

 僕が笑顔で手を振って言うと、武流も同じように小さく笑って答える。

「ああ、またな」

 ・・・今日で一番ビックリしたよ。武流の笑顔なんて、今まで一回見たことがあるようなないようなってくらいなのに。それなのに、こんなにあっさり見せてくれるなんて。これもきっと、楽太くんの力なんだろうね。

 僕は宗河の家に向かって歩きながら、ちょっと思った。一年ちょっとの付き合いでこんなふうに変わっちゃったんだから、これからまだまだ長いこと付き合ったらいったいどんなふうに変わるんだろうか。

 今度はいつ武流のとこに行こうかなんて考えながら、それを想像して僕は愉快な気分になった――。







 END

「武流の親友」の座を宏に奪われかけてたので、

ここいらでちょっと和志に頑張ってもらった。

でも、和志と武流、親友っぽいこと別にしてない・・・

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