#Beginnig
「なあ、次はどこ見てまわる?」
四月上旬。新入生が高校生活に慣れ始め、そろそろ部活動の選択に入る頃。
楽太もどの部活に入ろうかと、友達になったばかりの良太といろんなところを見てまわっていた。名字が稲葉の良太は石井の楽太とは出席番号が一番違いで席もうしろ前ということもあり、仲良くなったのだ。
「うーん、やっぱり文化部はいやだなー」
「そういや、中学のときは何に入ってたんだ?」
やっぱ運動部だなーと言う楽太に良太が尋ねる。
「陸上。短距離得意だったからさ。でも、なんかいまいち目立たなかったからなー」
だから高校ではもっと派手でカッコいいのやりたいんだと、陸上をしている人に失礼なことを楽太は言った。ちなみに野球や柔道や剣道も、ムサイからという理由で楽太の頭からは消去されている。
「派手っていうと、サッカーとかバスケとか?」
「・・・それはだめ」
即答する楽太に、しかし良太は心当たりがあって、溜め息混じりに言う。
「だよなー。オレたちの身長じゃ、補欠にすらしてもらえるかどうかだもんな・・・」
二人が仲良くなった理由は、その身長にもあった。二人ともほとんど同じで、標準身長よりも結構(本人たちが言うにはちょっと)小さい。言うまでもなくそれがコンプレックスの二人は、一目見たそのときから親近感というか仲間意識を芽生えさせたのだ。
「そう。だから、オレの能力をちゃんと活かせて、しかも目立つ部活がいいんだよな」
「んー、それじゃあ・・・テニスとか?」
部活パンフレットを見ながら考える良太の隣で、楽太はボーっと歩いていたが、ふと何かに目を止めた。
「なあ良太、あの小屋ってなんだ?」
目線の先にはあまりキレイとはいえない小さめの建物。その側には妙なポーズをとる数人の生徒。
「あれはー、たぶん弓道じゃないか?」
「弓道って、弓撃つやつ?」
「弓撃ってどうするんだよ。矢を射るの」
ときどき本当にアホなんじゃないかと思えることを言う楽太に良太はこっそり呆れた。あからさまに呆れると、楽太がバカにするなって怒るからだ。
「へー。なんかカッコよさそうだなー」
楽太は興味を持ったらしく小屋のほうに近付いていく。
「おーい、弓道は目立たないと思うぞー」
しかし楽太が考えなしなのはいつものことなので、良太はまあいいかとあとを追った。
「一年生ね? 見学?」
近付いていった楽太たちに弓道部の部員らしき女の人が気付いて声を掛けてきた。
「うん。男もいるの?」
基本的に緊張したり物怖じしたりしない楽太は、先輩に向かって思いっきりタメ口で応える。それを気にした様子もなくその女生徒は人のよさそうな笑顔で答えた。
「ええ。同じくらいいるわよ。入る? 今日は丁度先生が射てるから」
「先生?」
「顧問のね。週に一度しか見れないから、ラッキーよ。すごくキレイなんだから」
楽太は「キレイって先生の顔が?」とか考えながら、その人についていった。
「あ、先生。見学者に見せてあげてくれませんか?」
女生徒が話し掛けたその先にいる人は、楽太の期待とは異なって男の人だった。
「キレイって何がだよ・・・」
「おまえ、目的コロコロ変わってんな・・・」
残念そうに言う楽太に、キョロキョロ周りを伺っていた良太がつっこんだ。
「だってさー」
「あ、ほら射るみたいだぞ」
良太の声に楽太はやっとその先生とやらに視線を戻した。
ちゃんと袴を着用したその人は、二メートルほど離れたところにいる楽太から見てもかなり長身で、楽太は悔しくなる。
しかし、その人が構えだすと、楽太はそんなことも忘れて思わず見入ってしまった。
淀みのない動き。ぴんと伸ばされた背中。鋭く真摯な眼差し。張りつめた空気。
そして、空気を切る音とともに矢は的の中心に吸い込まれるようにささった。
「・・・・・・」
楽太はしばらく口を開けたままポカーンとしていたが、隣から聞こえた良太の感嘆の溜息に我に返る。
「すっげー!! すげぇカッコいー!! オレもやりてー!!」
楽太は興奮を素直に出してはしゃいだ。確かに矢を射るだけの派手とはいえないものだが、楽太は何故だかこの上なく惹きつけられた。
「・・・やってみるか?」
そんな様子を見てか、先程射った先生が楽太に声を掛ける。
「えっ、いいのっ!?」
楽太はやりたいと声を上げた。あんなふうに自分もビシッと決めてみたい、楽太はその思いでいっぱいになる。
「でも先生、いいんですか?」
「見るのとやるのじゃ違うからな。中沢はそっちの子に付いてやってくれ」
部員にそう言うと、その先生は楽太を手招きした。
隣に立つとその先生は楽太よりも頭一個分以上は背が高かったが、今の楽太はそんなこと気にならない。手袋をつけて弓と矢を持たされ、思ったよりも重かったそれを楽太はどう構えていいかわからず先生を見上げた。
「型は気にしなくていいから」
「肩?」
「・・・。ここに矢を添えて、ここに引っ掛けて・・・」
先生に手取り足取り教えてもらって楽太はなんとか構える。その姿勢は傍で見ているとなんでもないように映るのに、実際やってみるとかなりつらかった。
「もういいの?」
「いいよ」
言われて楽太は的を見た。そして、さっきの先生の姿を思い出す。
あんなふうにど真ん中に命中させたい、そう思って楽太はえいっと手を離した。
しかし、初心者の楽太が放った矢は、真ん中どころか的にすら辿り着かずに途中でへろへろ落ちる。
「あ〜」
その情けない光景に楽太はガックリした。
「最初はみんなそうなんだよ。練習して、段々上手になるんだ」
そんな楽太に先生は、慰めるというよりはそれが事実だというように淡々と言う。
「オレもセンセイみたいに出来るようになる?」
「努力すれば、そのうちな」
その言葉に、楽太は決めた。いつか、この先生のようにど真ん中を打ち抜いてやる、と。
「なあ、オレ弓道部入る」
弓道場を出て、次はどこを見に行くか尋ねた良太に楽太はハッキリと言った。
「でも、弓道って派手で目立つなんてことないぞ」
「でも、カッコいい」
部活の第一条件だったはずの「目立つ」は、楽太にとってはもうどうでもよかった。
「まあ、確かに構えたときはなんかドキドキしたし、全然上手く飛ばなかったから悔しかったけどなぁ」
「そう、目指せど真ん中の百発百中!」
オレも入ろうかなーとけっこう乗り気で言う良太に、楽太がコブシを振り上げてニイッと笑う。
「でも、すごかったよな、あの先生。・・・確か上田先生だっけ?」
「知ってんの?」
楽太は思わず良太のほうにパッと向き直った。
「そっか、おまえ寝てたっけ、教師紹介みたいなのしてたとき。確かオレたちのクラスの数T教えてくれる先生だよ」
「へぇ・・・」
楽太はまだハッキリと思い出せるその姿を思い浮かべた。あんなふうに、いつか自分も・・・
「なんかわくわくしてきたなー。走るかっ」
「えっなんで?」
わけがわからないと言う良太を置いて楽太は走り出す。短距離をやっていただけあって軽快に飛ばす楽太を、良太はとりあえず追い掛けていった――。
END
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なんだか青春弓道ものとか始まりそうな感じですが、
弓道は段々影薄くなっていきます。
楽太も段々退化していきます。
そんなかんじで。