#Blessing





「誕生日おめでとう、楽太」

 夕食を食べているとき食卓の向かいに座っていた母さんが突然オレに言った。ちなみにうちはオレと母さん二人の、母子家庭ってやつだ。

 まあそれはともかく、オレはびっくりして聞き返した。

「え、誕生日・・・?」

「今日七月五日は楽太の誕生日じゃない。ケーキとプレゼントもあるからあとでね」

 母さんはのほほんと答える。

 ハッキリ言って、オレはそんなことすっかり忘れていた。今年に限らず、毎年母さんに朝おめでとうって言われてそうだったって気付くんだ。

「っていうか、なんで夜になって言うんだよっ」

「だって、最近真面目に勉強してるみたいだから、邪魔しちゃ悪いかと思って」

 全く悪気なくニコニコ言う母さんにオレは軽く脱力する。

「それくらい邪魔になんないって・・・。っていうかっ」

 オレは夕食の途中だというのに立ち上がって部屋に入ってった。そして紙切れを持ってきてリビングにある電話に向かう。

 オレは紙切れに書いてある電話番号を素早く押した。誰のって、そりゃセンセイのに決まってる。どうもこういうの覚えられないからメモって、ちゃんと失くさないように取ってるんだ。

 数回コールが続いたあと、繋がる音がした。オレはすぐさま相手が何か言う前に声を出す。

「センセイっ」

『・・・ああ、楽太か』

 センセイはすぐにオレだってわかったらしく、オレの名を呼んでくれる。久しぶりのセンセイの声だ、なんて思うと嬉しくなる。いや、久しぶりっていうか、昨日ぶりなんだけどな・・・。

「あのさっ、今日オレの誕生日なんだって」

『なんだって、って・・・?』

 オレのヘンな言い方にセンセイが不思議そうに聞き返す。

「えっと、誕生日なの。オレ、今 言われて気付いたからさ」

『・・・お前らしいな』

 そう言ってセンセイが笑った気配が電話越しにした。

 せっかくの誕生日なんだからせめて電話越しにでも話したいって思ったんだけど・・・

「センセイ、会いたい」

 やっぱり、直接顔見て直接話したい。おめでとうって、オレ見て言って笑って欲しい。

「ちょっとでいんだけど、会いたい」

『そうだな、お前のマンションの近くのコンビニでいいか?』

 センセイが迷いなくそう言うのに、オレは小躍りしたい気分になる。

「いいのっ?」

『いいよ。俺も会いたいし』

 さらっとそんなことを言われてオレは本当にその場で小躍りした。

「エヘヘっ。すぐ行くねっ」

 そう言ってオレは電話を切って勢いよく玄関に向かう。

「あら、楽太、どこか行くの?」

「うんっ。すぐ帰ってくる」

 言いながらオレは駆け出していた。

 マンションを四階から一気に駆け下りて、そのままのスピードで待ち合わせ場所のコンビニに向かう。

 距離的には車の向こうよりオレのほうが歩いても早く着くだろうから走る必要はないんだけど。でも、なんか、走らずにはいられない。

 そんな気分になれることがあるって、オレってすごく幸せだな、なんて思った。





 やっぱりオレのほうがだいぶ早くついたらしく、しばらく待ってやっとセンセイはやってきた。

 オレはセンセイが車を降りる前にその助手席に乗り込んでいった。

「誕生日、おめでとう」

 センセイはそう言って、期待通りに笑顔を見せてくれる。

「エヘヘ。なんか嬉しいな。生まれてきてありがとうって言われてるみたいで」

 他の人におめでとうって言われても嬉しいけど、でもセンセイに言われるとなんだか特別な気がする。

 どうしても顔が緩むオレの、頭に手を遣ってセンセイが笑ったままで言ってくれる。

「そう思ってるよ」

 そして、優しくキスしてくれる。

 軽いそれを数回繰り返してから、オレはセンセイの肩に凭れるように抱き付いた。

「あーあ、今がテスト期間中じゃなかったらセンセイのとこ泊まりにいけるのにな。せっかくの土曜日なのにー」

 口ではそんなふうに愚痴りながら、それでもオレは充分幸せだと思った。センセイがあやすようにオレの頭を撫でる。

 こんなふうに、好きな人といることができるって、すごく幸せだと思う。すごくオレって、幸せものだと思う。

 本当はもっとこうしてたいけど、そういえばここはコンビニの駐車場なわけで、オレは名残惜しいけど離れた。

「十六になったんだよな?」

「うん。これで当分センセイとは9才差だね」

 オレは席にちゃんと座り直して、おとなしく会話する。いや、でもやっぱりこうしてるだけで幸せかも。オレって、安上がりだな。

「当分というか、一ヶ月ちょっとな」

「え、いつなの?」

「八月十六。ま、九歳差も十歳差も大して変わらないだろう」

「・・・そだけどさぁー」

 なーんて会話をすること数分。

「そういえば、家のほういいのか?」

「あ、そういえばすぐ帰るって言った気がするなー」

 母さんは基本的に放任主義ってのだけど、今日はまだ夕食の途中だしケーキとプレゼントを用意してくれてるってんだから早く帰ったほうがいいよな。

 オレはそう思って、しぶしぶ車から降りた。

「勉強、頑張れ」

 降りたもののドアを閉めるのを躊躇ってるオレに、センセイがそう励ますように言う。

「うん。頑張ってる」

 一生分くらいって言うオレに、こんなとこで使い果たすなよとセンセイが返す。

「そうだ、ちゃんと覚えてるよね約束」

「覚えてるよ。・・・あ、悪い、忘れてた」

 ついでに念を押しとこうと思ったオレに、センセイは途中で笑いを引っ込めた。

「え、何っ?」

 オレはその変化にちょっと不安になる。そんなオレに、センセイは笑いはしないけど表情を和らげて言う。

「言ったろお前、テスト終わるまで笑うの禁止って」

「うあっ」

 そんなことすっかり忘れていたオレは思わず変な声を出した。

「そ、そんなこと言ったけど・・・。やっぱりそれなし・・・」

 やっぱり、笑い掛けて下さい。

 情けなくそう言うオレに、センセイは手招きしてもっぺん軽くキスをくれた。そして、笑ってくれる。

「じゃあ、またな」

「うん、また」

 オレも笑顔で返して車を見送りながら、ちょっと思った。

 今日のセンセイはいつもよりも優しかった気がする。それが誕生日だったせいなら、やっぱり今日テスト前で泊まりにいけなかったのが残念だ。

「なんかオレ、ゼイタク言ってるかなー・・・」

 確かに今 幸せだって思う。けど、もっと幸せになりたいとも思う。

「うん、やっぱりゼイタクだよなー」

 でも、もっともっと幸せになりたいって思うのは、当たり前のことだよね。

 オレは鼻唄歌いながら家に向かって歩き始めた。



 帰ったら、ケーキとプレゼントが待ってる。

 テストが終わったら、センセイといっぱい過ごせる。

 勉強していい成績とれば、センセイにごほうびもらえる。



「よしっ、頑張るぞっ!」

 ささやかだけどこれ以上ない幸せを思い浮かべながら、オレは家への道を走りだした――。





END


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この話だけ読むと、楽太のほうが受っぽいかんじに見えるかも。

しかし、どんなに楽太がかわいくって武流が男前でも、精神的には逆であっても

エロにおいて楽太がやるほうで武流がやられるほうな限り、(つまりずっと★)

楽太×武流です。