#Declaration
武流は学校から車で十分ほどの先生用のアパートに住んでいる。1DKで風呂とトイレがちゃんと別々に付いていて普通のマンションよりは安いからお得だ。
「へー。先生用のアパートってもっとぼろいのかと思ってた」
「数年前に建ったばかりだから」
「へー。あ、キレイにしてんな。オレの部屋とは大違い」
「基本的に物がないから」
いちいち声を上げる楽太に武流はいちいち返事をしながら麦茶を出す。
テーブルに向かいに座って、楽太はなんだか落ち着かなかった。他人の家だからと気後れするような性格ではもちろんない。
こんなふうに、限られた空間に二人っきりでいることが初めてだからだ。多分そうなんだと、楽太は正直に認めた。全部そのままに受け止めようと、決めたのだ。もう誤魔化さないし目も逸らさない。
しかし話があるからと言った手前何か言わないといけないと思って、麦茶を一飲みすると楽太は口を開いた。
「あのさ、オレ最近悩んでてさ・・・」
「ああ、様子おかしかったもんな」
「わかった?」
「わかるよ。小テストの出来も悪かったし」
「う・・・やっぱり・・・」
楽太はうなだれる。
「まあ、そんなこともあるよ。そんな時期だし」
「そんなって、なんだっけ、箸が落ちても悩む年頃、だっけ?」
「・・・それは、悩むじゃなくて笑う。国語もそれなりに勉強しろよ」
言い合いながら、楽太は少し驚いた。あんなに避けようとしていたのに、いざ向き合ったらこんなに普通に話せている。そして、ひどく気分がいい。楽太は足りないと思っていたものが埋まったような気持ちになった。
楽太はもう少しで答えが見えるような気がして、今まで自分が考えていたこと悩んでいたことを話そうと口を開いた。
「あのさセンセイ、オレ、女が好きなんだ」
突然話が飛んだように思える楽太のセリフに、武流は内心不思議に思ったが、頷いて先を促す。
「・・・どっちかいうと可愛いよりキレイってかんじの人がよくって、それでどっちかっていうと年上のほうがいいみたいで・・・」
女の子の好みを並べる楽太に、武流はそれがどう悩みに繋がるのかますますわからなくなった。しかし、楽太の表情は真剣で、それがただの雑談ではないことを伝える。
「それなのにさ、オレ、センセイの夢見たんだ」
「・・・・・・俺の?」
脈絡なんてあったもんじゃない楽太の話に、武流はとうとう眉をひそめる。それを見て楽太は困ったように同じく眉をしかめた。
「わけわかんないだろ、オレの話。自分でもよくわかんない・・・」
「いいよ。話していくうちにわかってくこともあるだろうし」
自分でも収拾がつかない気がしてきた楽太に、武流は続けろと言った。
「・・・あのさ、センセイ一回だけオレに笑ったろ」
武流が弓道をやめた理由を楽太に話したときのことだ。
「それからさ、オレなんでかそれが忘れられなくってさ。夢にまで出てくるし・・・。すごくめずらしかったからだって、そう思ったんだけど。でも、センセイが他の先生に笑い掛けてんの見てさ。同じ笑顔なはずなのに、なんかすごく嫌なかんじしてさ」
楽太は内から溢れてくる言葉をとめることなく出し続けた。どこに辿り着こうとしているのか、とめたらわからなくなりそうだったから。楽太はもうそれを知るのが怖くも嫌でもなくなっていた。
「それからは、センセイのことが気になってしょうがなくってさ。なんでなんだろうって思ったけど、それ考えるのが怖くって。センセイ見たらなんか変なかんじになる自分が嫌で、会いたくないって思って。それなのに、姿が見えないとつい探しちゃったりもして・・・」
少し早口になっているのに気付きながら、しかし楽太はその勢いを抑えられない。
「悩んでたっていうか、悩もうとする自分から逃げてたんだ。気のせいだとかいろいろ理由つけて。でも、それじゃいけないって思って。どうして逃げないといけないんだって思って。・・・ねえ、センセイ」
どう思う? これってどういうことなんだと思う? 楽太はそう聞こうと思った。思った、それとはしかし違う言葉が楽太の口を開かせる。
「センセイ、オレはセンセイのこと、好きだ」
思わず出たその言葉は、これこそが辿り着いた答えだった。
楽太はずっと俯けていた顔を、上げる。
「そうだ。オレ、センセイのことが好きなんだ」
どうして今まで逃げていたんだろうと楽太は思った。ずっと心に掛かっていたモヤが消えたような、すごく晴れやかな気分だった。
二人はしばらく互いに無言で見つめ合う。その沈黙を破ったのは、武流のほうだった。
「・・・話ってのは、それで全部なのか?」
「え、ええと、終わり・・・なのかな?」
スッキリしていた楽太は、そういえばこうなった場合その先をどうするか考えていなかったことに気付いた。こうなること自体を考えようとしていなかったのでそれは当然といえば当然だが。
普通好きだと自覚して、それを本人の前で言ってしまったら、あとは相手の出方次第だよなと楽太は思う。
「うん、終わり。センセイは?」
「俺は最初からないよ」
楽太は自分が聞きたいことを武流に伝えようと少しどもりながら言った。
「そうじゃなくて、へ・・・返事とかさ・・・」
「なんのだ?」
「何って、オレ言ったじゃん、好きって。それのだよ」
楽太はちゃんと聞いてなかったのかと思わず声を大きくして言い返す。
「ああ、俺も好きだよ。かわいい生徒だ」
「そうじゃなくって! ほんとに聞いてたのかよオレの話!?」
楽太は武流のあんまりな返事にムッとする。やっと辿り着けた答えなのに、それをなかったことにされては堪らない。
「聞いてたよ」
「だったら、オレが言う好きがそういう好きじゃないってわかっただろ!」
「お前、女の子が好きだって力説しただろ」
「それは、女の子が好きなはずなのに、っていう逃げようとした理由みたいなもんだよ」
楽太はどうして伝わっていないのか、苛立った。いや、それはむしろ不安かもしれない。表情を全く変えない武流が何を考えているのか全然わからないことへの。
「でも、女が好きなんだろ?」
「そうだけど・・・」
「・・・俺は、十も年上の男だぞ」
「そんなのわかってるよ。それだって、逃げようとした理由だもん。でも・・・今だから言えるけど、センセイが十も年上の男だから、そんなセンセイだから、オレは好きになったんだよ」
楽太は武流を真っ直ぐ見て言った。しかし、武流のほうから目を逸らす。
「好きって言ってんのに、なんで信じてくれないわけ?」
「・・・信じられると思うか?」
目を逸らしたまま言うセリフに、楽太は少なからずショックを受ける。
「オレってそんなに信用ない?」
「そういう意味じゃない」
「じゃどういう意味だよ? ハッキリ言ってくれないとオレわかんないよ」
楽太はいつの間にかテーブルに手をついて乗り出すようにしていた。信じてくれないなんて、拒絶されたほうがまだましのような気がした。終わらせるどころか、始めさせてすらくれないつもりなのだろうか。
しかし、楽太の中では間違いなくもう始まってしまっているのだ。
「オレが女の子が好きって言ったのが悪いんだったら・・・」
楽太はテーブルをよけて何も言わない武流に近付いた。
「その言葉は訂正しないよ。オレは柔らかくてキレイな女の人が好きだ」
視線を合わせようとしない武流を、楽太は強引に自分のほうを向かせる。
「でも、柔らかくもキレイでもないセンセイを好きになった。これって、そんなに変なこと?」
楽太はそれでも目を合わせようとしない武流の頬にキスをした。
「オレは女の人が好きだから、でかくて硬い男になんか何もしたいとは思わない。でも、センセイにならしてもいいよ」
そして、楽太はそっとその口に自分のそれで触れた。その行動に武流は驚いたように楽太に目を遣る。
そうすることで自分の気持ちを信じてもらえるなら、何度でもしようと楽太は思った。楽太を見たまま動きをとめている武流に、楽太はもう一度口を寄せる。今度は触れるだけではなく、舌で唇を舐め割り込もうとした。
自分の気持ちを、わかって欲しい信じて欲しい。
しかし楽太は、この行為に込められているものがそれだけではないと気付いていた。
「センセイになら、したいよ」
触れたい感じたい。キスだけじゃなくて、心も体も全部で。
湧き上がるのは、情欲。
放課後頬に触れられたときも、部活でうしろから支えられていたときも感じていたものの正体。そのときは目を逸らして気付かない振りをしていたが、楽太はもうそれを見過ごすことも抑えることも出来なかったし、したくなかった。
抵抗がないのをいいことにキスを繰り返しながら、楽太は何度も言った。
「オレは、センセイのこと好きだ」
それは武流への言葉であり、楽太自身への言葉であった――。
Acceptabilityに続く→
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「Declaration」は「告白」って意味です。
楽太がポロっと自覚しました。あともう一息。