#Depth





「じゃあ、またいつでも声掛けてね、楽太くん」

 そう言ってオレの頬に軽くキスするとその人は車を出して去っていった。

 オレは四階にある自分の家に向かった。いつもは階段を使うことが多いんだけど、今日はダルいからエレベーターを使う。

 今は日曜日の午前中だ。まあ、つまり、朝帰りしたってことで。

 母さんは結構そういうとこにこだわらなくって、無断じゃなけりゃこんなふうに外泊しても別に何か言われたりすることもない。だからオレはリビングでカタログを見ている母さんにただいまとだけ声を掛けると、自分の部屋に引っ込んだ。

 床に散らばる雑誌とかを踏みながらベッドに行き、身を投げる。

 疲労感がある。それは心地良いかんじのじゃなくて、なんか重苦しいかんじ。気分も冴えない。

「なんでかな。スッキリしてきたはずなのに・・・」

 オレはうつ伏せたままそう呟く。

 最近オレの調子がちょっと悪かったのは、きっと欲求不満だったからだ。

 そう思ってオレは昨日、知り合いの女の人に連絡とって遊んでもらった。知り合いっていっても、中学のときの友達のお姉さんっていう微妙な間柄だ。

 オレは昔から同級生よりも年上の人に気に入られることが多かった。今回相手してくれたお姉さんも、友達の家に遊びに行ったときに知り合ったのだ。それから何度か遊んでもらって、そういうことの相手も何度かしてもらった。

 年上のお姉さんと遊ぶのは、楽しいというか楽だ。子ども扱いされてムッとすることもあるけど、裏を返せばオレはただ甘えてればいいだけってことだから。だからオレはそんなお姉さんと過ごすのは結構好きなのだ。

 しかし、昨日はどこか違った。なんだか、何か物足りない気がした。

 そりゃあ楽しかったし気持ちよかったりもした。

 でも、何か足りないって思った。

 それは、例えば、胸が躍るようなかんじとか。体が熱くなるかんじとか。

「や、やばい・・・」

 オレは慌てて思考を他に逸らそうとした。

 このかんじは近頃何度か経験したもの。熱が集まってくる。顔とか胸とか、あそことかに。

 そして、頭に浮ぶ姿。顔とか表情とか声とか。

「やばいって・・・」

 オレは情けない声で言って、目を強く閉じた。

 寝つきがいいのはオレの特技の一つ。すごくありがたい。

 オレは最近自分に宿っている得体の知れないものから逃げるように眠りに落ちていった。





「な、センセイ。オレ頑張ったろ」

 オレは自慢気に丸が多い解答用紙を見せた。

 するとセンセイはオレの頭を優しく撫でて言う。

「ああ、やっぱりやれば出来るんだな」

 そして、その顔に笑いを浮かべる。

 手つきと同じように優しい、笑顔。

  ・

  ・

  ・

「・・・・・・・・・っわー!?」

 ガバッと起き上がって、オレはしばらくボーゼンとした。

 見てしまった。

 センセイの夢。

 しかも今日は、笑ってるセンセイ。

 実は夢に見たのは今日が初めてじゃなかった。数日前からセンセイは夢に出てきて、弓道したり勉強教えてくれたり。

 そして、今日はついに、笑い掛けられてしまった。

 オレは恐る恐る視線を下げる。いや、見なくてもわかってはいるんだけど・・・。

 で、予想通りというかいつも通りというか、そこはあれなことになっていて。

「や、これは生理現象だよ。うん。夢の内容には関係ないって」

 オレはそう言いながらベッドを降りて、パジャマ替わりのトレーナーと一緒にパンツもはきかえた。

 部屋を出てパンツを洗濯機に入れて、洗面台の鏡に目を遣る。

 そこに映っているのは、思いっきり冴えない顔をしている自分。

 どうしてしまったんだろうか、最近。どう考えてもおかしい。どうおかしいのかなんて考えたくはないけど。

 溜め息が出る。

 何もかも忘れて、楽しいことだけ考えてたい。今迄だって、そうやってきたのに。

 それなのに。

 このままじゃ、やばい。色々と、やばい気がする。

 それなのにオレはやっぱりどうしていいかなんてわからなくて、もう一回大きく溜め息をついた。





 やばい。やっぱりやばい。

 オレは目の前のテスト用紙を見て思った。

 いまは数Tの授業中。二週間くらいに一度の小テストがある日だ。

 その小テストが、二問目まではわかるのに三問目以降は全然わからない。

 原因はハッキリしている。

 最近ずっとセンセイの顔がまともに見れない。センセイの声がまともに聞けない。おかげで授業には集中できないし、かといって質問しに行くなんてことも出来るわけない。

 そんなわけでオレがおかしくなってから授業でやったらしい問題が、全くわからないのだ。

 オレは諦めてシャーペンを置いた。しばらくするとそれは集められ、授業が始まる。

 せっかく中間ではいい点取れたのに、このままじゃまた元通りだ。

 そう思うけど。

 やっぱり、センセイの顔がまともに見れない。センセイの声がまともに聞けない。

 オレは結局ずっと下を向いたまま、ただ時間が過ぎるのを待った。

「・・・おい楽太、そろそろ移動しないと」

「う? あ、もう終わったのか」

 隣に立った良太のセリフに、オレはハッと気付く。いつの間にか数Tの授業は終わったらしく、センセイの姿もない。なんだか、何か、・・・残念? ・・・って、意味わかんねえよ、それ・・・。

 ともかくオレは物理の準備をして席を立った。並んで歩きながら、良太がこっちを窺うように見てくる。

「何?」

「いや、なんか最近様子おかしいからさ・・・」

「・・・別に、普通だよ」

 オレはどうみても普通ではない表情と口調で答えた。

「なんか悩んでんのか? ・・・恋愛とか?」

「れっ・・・ち、違うよ」

 オレは焦ったように否定した。だって、それじゃまるでオレがセンセイのこと・・・

 オレは思いっきり頭を振ってその考えを振り払う。

 そんなオレに良太は首を傾げながらも、深くは追求してこない。

 それをありがたく思いながら、オレは何気なく廊下から見える一階の通路に目を遣った。

 センセイだ。

 ・・・目の前にいるとなんとか避けようとしてしまうのに、なんでこうして姿を探して見付けてしまうんだろう。や、別に探したわけじゃないけど。でもそういえば、先週の水曜日からろくに話してないや・・・。

 そう思って、そこでオレは慌てて頭を振ってセンセイから目を逸らした。

 だめだ。

 どうでもいい。センセイなんか、関係ない。

 何にかはよくわかんないけど、何がかはよくわかんないけど。でも、センセイはいっぱいいる先生のうちの一人なんだから。ただそれだけなんだから。

 そう思ってオレは意識を逸らしながら物理室に入ろうとした。のに。

「あっ、上田先生が笑ってる」

「えっ!?」

 良太の驚いた声に、オレは思わず慌てて廊下から一階を見下ろした。

 笑ってる。

 微かにだけど、確実に。

 立ちどまって話しながら。相手は古文の西嶋先生だ。

「うわー、めずらしいな。ていうか、オレ初めて見たよ」

 良太が言ったけど、オレの耳には入ってこない。

 なんなんだろうこの感じ。

 いまのセンセイの顔はあのときとほとんど同じだ。僅かに口の端を上げる程度の、でもなんだか優しい顔。

 同じなのに、オレはあのときとは全く違う気持ちになる。

 胸の辺りがじりじりする。なんか気分が悪い。

 あのときは、あのときは・・・。どんな気持ちだったっけ?

 胸が・・・やっぱりじりじりした気がする。でも悪いかんじじゃなくて。そうだ、あのときのかんじとちょっと似てる。頬の傷を触られたとき・・・。

 なんかそれって、なんかオレって、もしかしてセンセイのこと・・・・・・

「おい、入んねえの?」

「あっ、うん」

 良太に声を掛けられて、オレは慌てて思考を中断した。

 オレ、何考えようとしたんだろう。

 だって、どうでもいい。関係ない。

 センセイが何してようとどんな話してようと誰に笑い掛けてようと。オレには、関係ない。

 オレは頭を振って、別のことに考えを移そうとする。

 そういえば再来週くらいに林間学校みたいなのがあるんだ。オレはそういう行事が大好きだ。楽しいし、なんてったってその間は勉強しなくていいから。

 うん。そのことを考えてるとウキウキしてきたぞ。

 オレはそうやって楽しい明るいことを考えっていった。

 胸のつかえとか何か足りないかんじから目を逸らしながら。自分の中にある気がする、センセイへの思いから逃げながら――。





END


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楽太、どん底です。バックの色もなんか汚いです。まあ、あとはのぼるだけ。

途中、楽太が一人エロ始めそうになってドキドキ。寝たちゃったけど。

残念。いつかさせてみたいです。

まあ、夢ネタが出来たんでひとまずは満足。