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「あれ、武流、今 笑った?」

「・・・そうか?」

 高校以来の親友である和志と電話で話しながら中間テストの採点をしていたときだ。

 そう言われて、そう返しながらも確かにそうかもしれないと思った。

 目の前の答案用紙に七十五と点を書いて、これを見たときどんな顔をするのだろうと想像していたことろだったから。

「・・・なんかさ、武流、最近楽しそうだよね」

「そうか?」

 そう答えながら、やはり確かにそうかもしれないと思う。

「もしかして、好きな人でもできた?」

「いや。でも、かわいいと思う生徒はいるよ」

「へえ、めずらしいね」

 和志が驚いたように言うが、めずらしいというか初めてだと思う。

 生徒のことを嫌っているわけではもちろんないが、距離があるのも確かだ。おそらく、この顔と態度のせいで生徒に怖いとか近寄り難いとか思われているからだろう。今迄 自分に好んで寄ってくる生徒などいなかった。

 しかし、とまだ目の前に置いたままの答案用紙を見ながら思う。

 何故だかあの生徒は、自分に懐いている、気がする。

「弓道部の子?」

「そう」

 答えながらそういえば、最初に会ったのは弓道場だったと思い出す。

 見学に来ていて、自分が射たのを見て大きな目を輝かせてスゴイを連発していた。

 そして、いつの間にかよく数学の質問をしに来るようになり、この点数を取るまでになった。課題テストではたしか二十二点くらいだったから、たいした進歩だ。でもあれだけ熱心だったから、当然かもしれない。

「どんな子なの?」

「背が小さくて、元気で、少し抜けてる」

 それから、明るくて真っ直ぐというよりは単純でサッパリしてて素直で・・・などといくらでも続けられそうで途中でとめる。

 それらは裏を返せば無神経とか粗忽者とか言えるのに、全て好ましく映るのは何故だろうか。

 あのときも無遠慮に聞かれたのに嫌な気はしなかった。

「それと、かなり前向きだな」

「へえ?」

 例えばどんなふうにと聞く和志に、弓道をあまりやらない理由を聞かれたときのことを話す。

 大学のときに肘を痛めたからという理由は、別にどうしても隠したいというものではなかった。ただ、かわいそうだと思われたり同情されたりするのが嫌だったからわざわざ言っていなかったのだ。そう思うのが普通だとわかっているが、自分の中ではもう片が付いていることなので、今更そんな反応をされても対応に困るのだ。

 それなのに。

「そいつな、よかったね、って言ったんだ」

「え、なんでぇ?」

 和志が不思議そうに聞き返す。そんなふうに言われたのは初めてだったので自分も同じように驚いてつい聞き返した。

 すると、笑って言ったのだ。

「週に一回は出来るんだから、よかったじゃん。だって」

「あー、そんな見方も出来るけど・・・。確かに、かなり前向きだね」

 和志は感心したように言った。

 本当に、その前向きさには脱帽する。そのことを知ったとき、別に必要以上悲観的になったわけではないが、それでもそんなふうには考えられなかった。

 当事者じゃないからそんなことが言えるのかもしれないが、それでもきっと実際にそんな目にあっても同じことを言えるのだろうと何故か思った。

「いい子なんだね」

「まあな」

 一般的ないい子かどうかはわからないが、自分は確かに好意を持っているといえる。かわいい生徒だ。明るい笑顔や真っ直ぐな眼差しを向けられることが、嬉しい。

「あ、そろそろ出掛けないといけないから切るね」

「ああ。気を付けて」

 そう言って切ろうとすると、和志が付け足すように「そうだ」と言った。

「上手くいくといいね」

「何が?」

「別にっ。じゃね」

 今度こそ切れたあとしばらくなんのことか考えたが、和志の思考はときどきよくわからないので、諦めて受話器を置いた。

 そして答案用紙をやっと次の人のと替えながら、きっと自慢気にかざすであろうその姿が浮ぶ。

「どうやら、本当に気に入ってるみたいだな」

 そう他人事のように言いながら、採点を再開する。明日には返してやれるように。

 そして、やっぱりやれば出来るじゃないかと言ってやろう。きっと、嬉しそうに笑うに違いない――。





END


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和志はもうお見通しですな。

つか武流、おもろいほど楽太のこと気に入ってるね・・・