#Friendship
さっき返されたばかりのみごとに途中から真っ白な小テストの紙を前にしても、オレの心は全く沈まなかった。
今日は月曜日。あれから二日経ったわけだ。オレは黒板を使って解答している恋人になったばかりのセンセイを、答えを写しもせずに見ていた。授業中は人目を憚らず見つめれるから便利かもしれない。まあ、授業中じゃなくても憚れるかどうか自信ないけど。
センセイは真面目な顔、というか無表情で説明をしている。なんか不思議なかんじだな。あのセンセイと、オレはいろいろしちゃったんだ。キスとか、もっとすごいこととか。センセイは顔・・・はあんまり変わらなかったけど、声・・・もあんまり出さなかったけど、でもオレのこと好きって言ってくれた。そう言って笑ってくれた。
思い出し始めるととまらなくて、オレはセンセイ見ながら思いっきりニヤついていた。
「四問目は・・・石井、どこがわからなかった?」
「ぅえっ?」
センセイは出来てなかった生徒にわからなかったところを聞いてから、それをふまえて解答してくれるんだ。オレは慌てて問題を見た。ちょうど悩んでてボーっとしてた頃習ったらしい問題だ。『問四 |4I+1|>0 のとき・・・』
「・・・えーと、このかっこみたいな棒、何?」
「・・・・・・。門倉、どこがわからなかった?」
ガーン。センセイはオレに呆れた目線送って、他の人に聞きやがった。わかんないとこ言えって言うから言ったのに・・・。
でも、最近ずっとまともに授業聞いてなかったのは本当だし、このままじゃ期末やばいよな。そう思ってオレはなんとか授業に集中しはじめた。
「・・・じゃあ、ここまでやってくるように」
センセイのその言葉で授業は終わった。
オレはセンセイが教卓を離れる前に小テスト持って寄っていった。
「あのさあ、三問目聞いてなかったんだけどー」
だから教えてと見上げるオレに、センセイは少し顔を近付けてこそっと言った。
「鼻の下伸びてたぞ」
「ええっ!?」
オレは今更だけど思わず顔を押さえた。確かにそんな顔してたかもしれない・・・。
「昼休みにでも聞きにこい」
センセイはオレの頭を持っていた教科書とかでポンって叩くと教室を出ていった。その行為に愛がこもってると思うのはオレの都合いい勘違いなんだろうか。
幸せボケってこんなかんじかな、とか思ってやっぱりニヤけながら席に戻った。
「・・・なんか、いつの間にか立ち直ったみたいだな」
そんなオレにうしろの席から良太が少し不思議そうに言った。
「うん。なんてったって、セン・・・」
うっかり言ってしまいそうになって、慌ててオレは口を閉ざした。やっぱ、先生と生徒でしかも男同士だし、言わないほうがいいよなぁ。良太にならいい気もするけど・・・。
「まあいいや。元気になったみたいだし」
言おうかどうしようかと思っていたオレに、良太はよかったなと笑った。・・・いいやつだよな、コイツって。
いいや、言ってしまおうってオレが思ったとき、四時間目が始まる時間になり先生が入ってきた。
それにさえぎられる感じになったオレは、そういえば勢いのまま行動して何度か失敗したことがあるしやっぱりやめとこうか、とかもっかい考え直してみる。
・・・いや、もういいや、こういうの考えるのはセンセイにお任せしよう。
オレはあっさり諦めて、とりあえず教科書をひっぱり出した。
昼休み、オレはすごい勢いで弁当を食ってから職員室に向かった。数学教えて欲しいってのもあるけど、もし言ってもいいんなら早く良太に話したいから。
「センセーイ、教えてー」
オレはセンセイの机に飛んでった。センセイはちょうど弁当を食ってるとこだった。学校で注文とってるやつみたい。
「へえ、先生ってこんなの食べてんだ」
オレが覗き込むとセンセイは食べ掛けでふたをした。
「いいの?」
「次授業ないから」
そのときに食べる、とセンセイは立ち上がって職員室の隅のこういうときのためにあるテーブルにオレを連れていった。
「三問目だけか?」
「えーと、先週授業ほとんど聞いてなかったから、その辺も・・・」
オレはエヘヘと笑いながら教科書を開いた。センセイは溜息つきながらも、丁寧に教えてくれる。
そろそろ昼休みが終わろうかって頃に、やっと小テストまでを教えてもらい終わった。
「わかったか?」
「うん、バッチリ!」
「おい石井、そのヤル気がどうしてこっちには向かないんだ?」
突然背後から声を掛けてきたのは、オレのクラスの数Aを担当してる先生だった。
「え、えへへ」
同じ数学なのに、と訝しがる先生にオレは笑ってごまかした。
「・・・よくないのか? 他の教科」
その先生が行ったあと、センセイがオレのほうを見て気になったのか尋ねた。よくないっていうか、半端じゃなく悪いんだけどな・・・。
オレは話を逸らすために話題を探そうとして、聞こうと思っていたことを思い出した。
「あっ、それよりさちょっと聞きたいんだけど」
オレはセンセイに少し近付いて声を小さくして話し掛けた。
「オレたちのことって、言わないないほうがいいってわかってんだけどさ、良太には言ってもいい?」
「良太・・・ああ、あの子か」
「あいつ、オレが悩んでたとき心配してくれたしさ。あいつがアドバイスしてくれた言葉のおかげで、ちゃんと向き合おうって思うこと出来たんだし」
オレはセンセイに言ってるうちに、ほんとうに良太の存在がありがたかったんだなあって今更しみじみ思った。気に掛けてくれて、変に深入りすることもなく、でもあと押ししてくれて。
「それに、あいつは絶対こういうこと人にペラペラ言うようなやつじゃないし、それに」
思わず力説してしまってるオレを、センセイは黙って聞いていた。
そして、微かに笑って言った。
「いい友達持ったな」
「うんっ!」
なんか嬉しくってオレも笑顔で返した。
「それと、お前もけっこう考えてんだな」
「うわっ、オレだってたまには考えるよ」
「自分でたまにはって言うなよ」
センセイは普通の人だったら苦笑いに相当するだろう無表情で言った。ちょっとずつだけどわかるようになってきたんだ、そういうの。
「ほら、もう休み時間終わるぞ」
「あっ、ほんとだっ。じゃ、えーと話していんだっけ?」
「いいよ」
その言葉を聞くとオレはセンセイに笑顔を向けて、職員室を出た。
廊下を走ると先生に怒られるけど、どうしても早足になる。
早く、良太に言いたい。
心配掛けてごめん。おかげでうまくいったよありがとう。それから、
「いい友達、か」
オレの恋人は、おまえのことそう言ってくれるやつなんだ、って。
良太はきっと照れながら、笑い返してくれるに違いない――。
END
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良太、ホントにいいやつですね。
そんなかんじの話。