#Glad 





 水曜日。この曜日、弓道部の部活は休みである。

 だからオレは毎週水曜日は勉強を教えてもらうことにしていた。センセイに。

 勉強っていうのは授業のわからなかったところ、もあるけど今のところはそれ以前の中学で習ってたはずの部分がほとんど。オレってホントに中学のときサボってたから、その辺勉強し直さないことには今 習ってるとこを理解するのも難しくって。

 そんなオレに、センセイはいつもちゃんと教えてくれる。すごくレベルの低いことを聞いても、ちゃんと教えてくれる。

 自分で言うのもなんだけど、よく嫌気が差さないなあって思う。そりゃ先生だから、生徒に質問されたら放っとくわけにはいかないんだろうけど。でも、センセイって、いい先生だよな。

 まあそんなわけでオレは今日も色々教えてもらってたのだ。

「あー、もう下校時刻かー」

 聞こえてきた速やかに下校しましょうって声に、オレはなんだか残念な気分になる。勉強嫌いのオレなのに、最近どうしたんだろうなー。

「この問題で最後にしようか。早く解いてしまえ」

「はーい」

 解き掛けだった問題を指して言うセンセイに、オレは威勢よく返事して取り掛かった。

 数分掛かってやっと解いた問題に、センセイは丸を付けてくれる。

「やった! 最近よく正解出来るようになったなー」

 散々だった最初の頃と比べて、オレは嬉しくなる。

「まだ中学程度だけど、まあ大分進歩してるよ」

 立ち上がって折り畳み椅子をしまいながらセンセイはそう言った。

 センセイはあんまり手放しで誉めてくれることってないんだけど、オレって調子に乗りやすいからそのほうがいいのかもしれない。

「エヘヘ、これからも頑張るね」

「ああ、頑張れ」

 張り切って言うオレにセンセイはそう返して、教室を出ていこうとする。しかしドアの辺りで足をとめてオレのほうを振り返った。

「お前、歩きなのか?」

「え、うんそう」

 センセイがなんでそんなこと聞くのかわからなかったけど、オレは取り敢えず答えた。

「だったら、俺もこれから帰るから、送ってやるよ」

「えっ、車で?」

 センセイの予想外の言葉に、オレは思わず間抜けに聞き返した。当然センセイは他に何があるんだよって言い返す。

「う、うんっ。送って」

「じゃあ、正門で待ってろ」

 言ってセンセイは出ていった。

 下校時刻まで掛かるってのは何度かあったけど、センセイはそのあとも用事があったみたいでこんなふうに誘われたのは初めてなんだ。

 オレはなんだかウキウキしながら帰る準備をして教室を出た。





「へー、これがセンセイの車だったんだー」

 オレは紺色っぽいその車をしげしげ見た。車持ちって、なんだか大人ってかんじだ。いや、センセイは大人だけどさ。

「早く乗れよ」

「あ、はーい」

 オレは素直に言われた通り車の助手席に乗り込んだ。

「家、どこだ?」

「えーと、あっちほうのー」

 車を走らせながら聞くセンセイに、オレはなんとか方角と近くにある建物で説明する。

「結構遠いな。どうして自転車使わないんだ?」

「えっと、それは」

 聞かれてなんかオレは不思議な気分になる。なんでかって・・・そっか、センセイがオレに勉強に関係ないこと質問するのが初めてだからかもしれない。

「オレ、歩くのとか走るのとか好きだから。オレって早起きだから学校に間に合わないってことはないし」

「へえ、どっちかいうと遅刻しそうなタイプに見えるけどな」

 前を向いたまま言うセンセイに、オレはちょっぴりへこむ。やっぱオレって、どっちかいうと問題児に見えるんだ・・・。

「無遅刻無欠席だけがオレの自慢なんだから」

 だからオレはそう主張した。まあ休まなくって遅れなきゃいいってもんでもないけどさ。でも今はちゃんと勉強も頑張ってるし。数学だけだけど。

「センセイは、どうだったの?」

「俺は朝起きるの苦手だな。何度か遅刻したこともある。さすがに教師になってからはないけど」

「へえー」

 オレは意外なかんじがしてセンセイを見た。真面目そうに見えるのに、遅刻なんてしたことあったんだ。しかも朝起きれなかったって理由で。

「他に何か苦手なものってあるの?」

「あとは寒いのが苦手だな」

「へえー。ってことは冬の朝とか大変?」

「・・・」

 センセイは答えなかったけど、なんだかすごく嫌そうな顔をした、ように見えた。

 やっぱりセンセイにも苦手なもんってあるんだなあ。そりゃ当然のことだけど、今迄はオレの弱点ばっかバレてた気がするから。だからなんとなく嬉しい。

「この辺か?」

「あっ、うん。あ、あのマンション」

 センセイの言葉に、オレはちょっと先に見えた建物を指差した。なんだかまだ話し足りないうちに家に着いてしまった気がする。やっぱ車って速いなあ。

 センセイがマンションの前に車を停めたので、オレはしぶしぶ降りた。

「えと、ありがと。また送ってね」

 助手席のドアを開けたままオレはセンセイに話し掛けた。

「ああ。たまにはな」

「うん。じゃ、また明日。寝坊しないようにねー」

 いつまでも道に車停めてるわけにいかないだろうからオレはそう言って離れようとした。

「しないよ」

 ドアを閉める直前に返ってきた言葉は、別に怒ったかんじじゃなくって、むしろなんだかちょっと普段よりも柔らかい声のような気がした。表情は全くいつも通りだから、そうだとは言い切れないけど。

「じゃあな」

 言ってセンセイは車を出して、オレはそれを笑顔で見送った。

 なんだか、いい気分だ。今日はセンセイのことちょっと知れた。

 最近は会うと勉強ばかっりだった気がする。でも今日は勉強とは関係ないことで話せた。

「うーん、センセイに教えてもらうんなら勉強もちょっとは楽しいけど、でもやっぱり勉強抜きのほうがいいなー」

 オレはなんとなく浮かれながら階段を上っていった。

「でも、朝起きるのと寒いのが苦手って、ホント意外だなー」

 恐い顔してる割には、なんて思ってつい声を上げて笑う。

 きっと他のやつらは知らないんだろうなー、なんて思ったらもっと愉快な気分になった。

「エヘヘ、なんか楽しいなー」

 階段を跳ねるように上りながら、オレは笑いが出るのも鼻唄が出るのもとめることが出来なかった――。





END


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楽太、ご機嫌です。

しかし、穴に落ちるまで、あと一歩・・・