#Hopeless





「そうだっ、センセイ、あさってクリスマスだよ」

 センセイの部屋でテレビを見ていたオレは画面に映ったそれらしい街の雰囲気を見て気付く。どうもオレは誕生日とかこういうイベントは近付いてからか当日にならないと気付かないことが多いんだけど、もちろん嫌いなわけじゃない。昔は確かにそんなに興味なかったけど、センセイと付き合えるようになってからは大好きだ。

 クリスマスは、外国じゃどうか知らないけど、日本じゃ恋人同士の日。そう思ってオレはうきうきとセンセイに顔を向けた。

「ね、センセイはクリスマスどうするの?」

 聞いておきながら、オレはもちろんセンセイと一緒に過ごすつもりだ・・・ったのに。

「家に帰る」

「ええっ、またなのっ!?」

 短く答えたセンセイに、オレは慌てて詰め寄る。前、センセイの誕生日も同じこと言われた。あのときはオレも用事があったからいいけど、今度こそこういうイベントで一緒にいられると思ったのに。

「クリスマスくらいはオレと過ごしてくれてもいいじゃんかっ。家族とはいつでも会えるんだしっ」

「逆だろ。お前とのほうこそいつでも会えるんだし」

 センセイのその言葉にオレはちょっと嬉しくなる。でも、やっぱり納得出来ない。

「でも、クリスマスって大事なイベントじゃん! 恋人同士にとってさ! 誕生日、お正月、バレンタイン、ホワイトデーと並んでさあ!」

 オレが手をバタバタさせながら訴えてるのに、センセイはオレのほうをちらっと見ただけで表情も変えずに言う。

「じゃあ先に言っとくけど、正月も駄目だから」

「ええーっ、なんでー!?」

 それってあんまりじゃないかって思ってオレはセンセイの肩をガクガク揺らす。

「誕生日とクリスマスと正月くらいは集まろうって、家族で決めてるんだ」

 言いながらオレの手を迷惑そうに振り払うセンセイにオレはムッとする。ただでさえセリフがつれないってのに、更にその態度ってないんじゃない?

「なんだよ、センセイはオレより家族のほうが大切なのかよっ!?」

 だからオレは思わずそう口走っていた。もちろん本気でそう思ってるわけじゃないけど。たぶん、センセイは仕方なさそうな顔してそんなことないよって言ってくれる、なんて思ってたから言えたんだ。

 そんなオレに、センセイは一瞬だけ目を向けて、それから答えた。

「・・・そうかもな」

「そっ・・・」

 そうかもなってどういうことだよ、そう言おうとしたオレは、言葉を詰まらせる。ここで問い詰めても、センセイはオレが望む答えなんて言ってくれない気がする。

「・・・オレ、帰るっ」

 そう言うとオレは急いでカバンを掴み、部屋を出た。

 そしてオレは走りだす。

 センセイなんか、ってどうしても思ってしまう。でも、どうせこんなの一時的な感情なんだ。ただひたすら走ってると段々そんな思いは消えていく。だから、オレは走った。

 で、家に辿り着いたときにはやっぱりそんな気持ちはすっかり消えていて。変わりに後悔なんてものがズーンとのしかかってくる。

「あーあ、オレなんてバカなこと言ったんだろ」

 そりゃあ、クリスマス一緒に過ごせないのは超ショックだけど。でも、そんなふうに約束をして集まるセンセイの家族は、なんかいいと思う。オレだって、センセイの誕生日、もしセンセイが何も用事なくてもきっと母さんとの約束のほうを優先しただろうし。

 そういえば、センセイはこう言った。お前とのほうこそいつでも会えるんだし、って。

 そうだよな。クリスマスが重要なんじゃなくて、センセイと一緒に過ごすってことが重要なんだから。要は気の持ちようってことだな。

 オレがそう思いながら家に入ると、母さんが少し驚いたように声を掛けてきた。

「あら、泊まってくるんだと思ってた」

「う、うん、そのつもりだったけど」

 そう答えながら、オレは今からやっぱり引き返そうかなんて思ってくる。でも、迷惑かもしれない。そういえば、今日センセイは真面目そうに冊子みたいなのを読んでいた。センセイは先生なわけで、やらなきゃいけない仕事もあるんだろう。そんなときにワガママ言われたり体揺すられたりしたら、そりゃあジャマだって思うだろうな。

 ・・・やっぱり考えなしだオレ。後悔ってより、反省しないと。

「そういえば、クリスマスはどうするの?」

「んー、うちにいる」

 そう答えながらオレはせめて電話くらいならしてもいいかなと思った。しかし、オレはそうはせずに自分の部屋に入ってった。

 オレってセンセイにかなり甘えてる、って自覚はある。センセイも結構それを仕方ないなって受け止めてくれてるし。今日だってきっとオレはそれを期待してて、だからあんなこと言った。オレより家族のほうが大事なのかよって、すごく嫌なこと。オレだってセンセイと母さんを比べるなんてしたくないし。

 考えなしで無神経で無遠慮で、オレのそんなとこは裏を返せば長所にもなるんだけど、やっぱりよくないところでもあるわけで。

 きっと変えるなんて出来ないけど、ちょっとでも改善しないと。そうしないと、そのうちセンセイに呆れられて嫌われる、かもしれない。

 だから、クリスマスが終わるまではセンセイには会わない。それがせめてもの、オレへのお仕置きだ。オレはそう決めた。





 ・・・そう決めてから二日後、つまりクリスマスイブの日。オレはセンセイのアパートの前に立っていた。

 さっきまでオレは母さんと夕食を食べケーキを食べ、プレゼントを貰っていた。そんでなんとなく見ていたテレビに映ったドラマの、幸せそうな恋人。それを見た瞬間、オレはすごくセンセイに会いたくなった。

 そんでオレは思い付いたままここまで走って来てしまったんだ。

 でも、息を整えて落ち着いてくると、我に返って思い出す。会わないって決意したこと、そもそもここにきてもセンセイには会えないってこと。

「ダメじゃん・・・」

 オレは肩を落とす。決めたことを守れなかった、よりもセンセイに会えないってことのほうがこたえてるんだから、ホントにオレってダメだ・・・。

 オレは一応駐車場を見たけど、やっぱりセンセイの車はない。こうなると、なんか意地でも会いたくなる。せめて、声だけでも聞きたくなる。

「・・・別に会わないとは決めたけど、話さないって決めたわけじゃないしな・・・」

 オレはそう言い訳をしながら、すぐそばにある公衆電話に向かった。センセイの実家の電話番号ならズボンのポケットに入ってる。実は今日家でも何度も掛けようかって悩んでて、それで入れたままになってるんだ。

 オレは番号を押して、しばらくして繋がったセンセイのお母さんらしき人にセンセイに代わってもらった。

『・・・楽太か?』

「う、うんっ。あ、あの」

 センセイの声はいつも通りのちょっと無愛想気味だけど冷たくはないかんじで、オレはホッとしてでもなんて言っていいかわからず困る。ええと、お正月は明けましておめでとうで、誕生日は誕生日おめでとうだから・・・。

「クリスマス、おめでとう・・・?」

『・・・何がおめでたいんだ?』

「い、いや、なんとなく」

 またアホなこと言ってしまったと思いながらも、返ってきたセンセイの声に笑いが含まれていて、オレは嬉しくなる。

「あ、あの、センセイ」

 その嬉しさで、オレは思わず言いそうになった。会いたいって。

 でも、オレはそこで言いとどまる。だって、センセイは実家に帰ってるんだから会えるわけないし。だからそんなこと言ったってセンセイが困るだけ。

 だからオレはまたねって言って電話を切ろうとした。そのとき、そこの道を焼きいも屋が大声で宣伝しながら通っていって、とても声を出せる状況じゃなくなる。ここの電話はボックスになっていないからもろに聞こえるんだ。

 しばらくしてやっと声が遠ざかって、オレは受話器を耳に当てた。

「ごめん、センセイ、あの・・・あれ?」

 オレはビックリして耳を凝らしたけど、やっぱり聞こえてくるのはツーツーって音だけ。

「切れちゃった・・・?」

 お金が切れたんだろうか。それとも・・・

「切られちゃった・・・?」

 言ってからまさかと打ち消す。だって、そんなタイミングじゃなかったし。切られる理由なんて、ないはず・・・。

 切れたのか切られたのかは、百円玉使ったからどっちにしてもお釣りは出てこないし、確かめようがない。もういっぺん掛け直すって手もあるけど。

 オレはなんとなくその場に座り込んだ。

「オレって、センセイ絡むとときどきうしろ向きになるよな」

 ハハハと笑おうとして、失敗する。なんかオレ泣きそうな気分かも。

 ジャマして勝手にむくれて、会わないって決めておいてこうしてここまで来て、声だけでも聞きたいって思って電話したら切れちゃって、切られたかもしれないなんて思ってへこんで。

 オレって、ホントに勝手なやつだよな。センセイはオレのそんなことも好きって言ってくれるけど、いつまでそう思っていてくれるかな・・・。





「・・・・・・うっ?」

 オレはハッとした。なんか考えてたうちにちょっと寝てしまってたみたいだ。こんな状況で寝れるなんて、オレって・・・。

 オレは立ち上がって伸びをした。気分はさっきよりちょっとよくなってる。

「また明日になったら電話して、そしたらやっぱりただお金が足りなくなっただけだったとかわかって。それで・・・」

 クリスマスになんてこだわらないから、センセイと一緒にいたい。

「センセイ・・・」

 オレは会いたくてたまんない気持ちを抑えるように歩きだした。

 そのとき。

 いきなり現われた車のヘッドライトに照らされてオレは思わず目を閉じた。そしてしばらくしてそっと目を開けたら、その車は目の前に停まってて人が降りてくる。

「・・・・・・」

 オレが呆然とその人を見てると、その人はオレに近寄ってきた。そして、オレを抱き寄せる。

「・・・センセイ?」

 信じられなくてオレはやっとそれだけ口にした。するとセンセイはオレの頭を抱えるように撫でてくれる。

 センセイだ。

 オレはセンセイに腕をまわして抱き付き返しながら、なんかどうでもよくなってきた。今日がクリスマスだとか自分に対する情けなさとかさっきのこととか。こうしてると、どうでもよくなってくる。

 こんなだからオレって進歩ないのかな。

「オレって、なんかホントに・・・ダメだなあ・・・」

 思わずもらしながら、やっぱりオレはセンセイがそんなことないって言ってくれるの期待してるし。

「・・・お前はなんでここにいるんだ?」

「え? そ、それは、センセイに・・・会いたかったから」

 突然関係ない気がすることを聞いてきたセンセイに、オレはそれでも正直に答えた。するとセンセイはしばらく間をおいて、そして言う。

「だったら、それでいいじゃないか」

「・・・」

 何がいいのか、オレにはさっぱりわからなかった。でも、なんだかオレは嬉しくなる。    

 ただ会いたいから来た、そんな単純で考えなしの行動。それなのに、それでいいじゃないかって、そう言ってくれるなんて。なんだか、許された気分になる。考えなしでも無神経でも無遠慮でもいい気がしてくる。気のせいかもしれないけど。でも、センセイは今 確かにオレのこと抱きしめてくれてる。

「うん。それでいい」

 オレは笑ってそう言いながら、さっきとは違う意味で泣きそうな気分になった。

 もうこの際だから泣いてしまってもいいけど、その前に確かめないとと思って、オレは口を開いた。

「センセイは、なんでここにいるの?」

「電話から焼き芋屋の声が聞こえて、昨日もここ通ってたからもしかしてと思って」

 もしかしたらって、それだけでわざわざ帰ってきたのかな。それって、なんかすごく嬉しい気がする。

「それで、俺もお前に・・・会いたいって思ったから」

 気がするじゃなくて、すごく嬉しい。センセイに会いたいからここまでやって来たオレ。オレに会いたいからここまで帰ってきたセンセイ。すごく嬉しくってすごく幸せですごく・・・

 湧き上がってくる想いを、でもオレにはたった一つの言葉でしか表現できなかった。

「センセイ、好き」

 すごく、好き。

 オレは精一杯の言葉でそう言って、抱き付く腕に力を込めた。すると、センセイも同じようにオレを抱く腕に力を込める。

「俺も、好きだよ」

 決まりきったセンセイの返答に、それでもオレは聞くたびに嬉しくなる。

 オレはこみ上げてくるものを抑えられずに、でもセンセイにばれないように、ちょっぴり泣いた。だって知ったらセンセイ呆れるかもしれない。こんなことくらいでって。

 でも、俺はすごく嬉しいんだ。

 センセイにどうしても会いたいって言うオレのワガママ。でも、センセイもオレに会いたいって思ってくれて、そのおかげで今こうしていられるんだったら、オレのワガママも捨てたもんじゃないかもしれない。

 率直で考えなし、素直で無遠慮、正直で無神経、それがオレ。

 だから、オレは思った。

 いつまでも、オレのワガママがセンセイの望みと一緒だといい。

 そう、思った――。





END


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前向きなんだかうしろ向きなんだか微妙な楽太。

ホントに、段々いろんなこと諦めてるっていうかどうでもよくなっていってるね・・・

センセイとラブラブ出来ればそれでいいみたい。