#Interest:ホラー映画編
「・・・・・・。セ、センセイ、やっぱりこっちにしようっ」
楽太は抜き取ったビデオを見るなりそう言って、武流が持つ他の二本に手を伸ばそうとした。しかし、武流はそれをさっさと袋に戻してしまう。
「ほら、見るんだろう?」
動こうとしない楽太の手からビデオをとって武流はそれをビデオデッキに入れた。自動的にテレビがつき再生が始まる。
楽太は、今すぐ逃げたくなった。楽太が選んでしまったのは、死霊のなんとかというホラー映画だ。武流がそれを借りたのに気付いたときから、楽太はそれだけは見ないようにしようと思っていたのに。
「セ、センセイはこういうの好きなの?」
「まあ、普通に」
「へえ・・・」
楽太は話し掛けながら笑顔を作るが、しかしその笑い方はどこか不自然だ。ビデオの最初に入っていた予告編が終わったらしく、音楽が恐ろしげなものに変わった。同時に楽太はお弁当に向かって箸と口を動かし始める。
楽太は、ホラー映画が大の苦手だった。映画に限らず、怪談話や心霊写真など、幽霊関係は全部ダメなのだ。夜中に一人でトイレに行けなくなるほど、ダメなのだ。
だからテレビから目を逸らしてお弁当に意識を向けようとするのだが、しかしどうしても気になってしまう。音楽が盛り上がってくるとつい目を遣ってしまって、そのたびに恐ろしい死霊のドアップに楽太は必死で悲鳴を飲み込んだ。
「―――‐っ! うぐっ」
何度目かの恐怖シーンに楽太は声を上げないように口を押さえて、その拍子に食べていた煮物の芋を喉に詰まらせてしまった。
「大丈夫か?」
「・・・・・・、う、うん」
お茶を差し出してくれた武流に、それでなんとか芋を流し込んでから楽太は答える。治まったのを確認してからテレビに目を戻した武流は、きっと楽太の目に浮かんでいる涙が苦しさから来たものだと思っているだろう。
楽太はホッとしながら、武流の様子を窺った。武流は平気そうな顔をしておかずをつまみながら、しかも何が面白いのかときどき小さく笑いさえしながら、画面を見ている。
楽太は、自分がこういうのが苦手だと、武流には絶対ばれないようにしないといけないと思った。平気な人にばれると、ろくなことがないからだ。六月にあった林間学校でも楽太はクラスメイトに怪談話を無理やり聞かされ、そのときは途中で良太がとめてくれて夜中トイレにも付いてきてくれたから助かった。しかし、良太と違って、もし武流がそれを知ったらどうするか、楽太はそれを考えると恐ろしくなる。揶揄われるならまだしも、きっと意地悪されるに違いないと思ったのだ。そんなのは耐えられない。
だから楽太は、相変わらず死霊が出たり引っ込んだりしている画面からさりげなく目を逸らしたり、思わず零れそうになる悲鳴を抑えて頑張っているのだ。いや、頑張って、いた。
「・・・わあっ」
段々盛り上がる音楽と共に、俳優が振り返ったすぐうしろに死霊が現れて、楽太は思わず声をもらしてしまった。慌てて口を押さえて、武流が目を向けてきたので慌てて笑顔を浮かべる。
「え、えへ、ビックリしたね」
楽太はなんとか平気な振りを装おうとしたが、しかし声は微かに震えているし涙ぐんでもいる。
「・・・怖いのか?」
「べ、別にっ、全然っ」
楽太は首を振って否定し、テレビに目を遣った、その瞬間。
「ギャーっ」
死霊の見開いた目と目が合って、楽太はもう繕うことも出来ず思いっきり叫んで後退った。そしてしばらくしてギュッと閉じていた目を開け耳を塞いでいた手をどけ、そーっと画面を見るともう平和そうな場面に移っている。
「・・・はぁー」
楽太はホッと一息ついて、ハッとした。武流が、じっとこっちを見ている。しかし、音楽がまた不穏になってきたので楽太はもう平気な振りも出来ず、みょうにおどおどしながら画面をちらちら武流をちらちら見るしか出来なかった。
「・・・楽太」
「なっ、何っ?」
突然名を呼ばれて少し声を裏返しながら答えた楽太を、武流は手招きした。その顔は無表情で意地悪そうな笑顔など浮かんではいないが、楽太は何をされるのかと不安でたまらなくなる。
しかし結局、楽太は武流に近付いていった。映画はクライマックスに向けて段々と今迄以上に盛り上がっていき、少々意地悪なこと言われたとしても武流にしがみ付いているほうが安心できると楽太は思ったのだ。
側まで来た楽太を、武流は胡坐を解いてその手を引きそこに座らせた。武流に背を預けてうしろから抱えられる体勢になった楽太は、それっきり武流が何も言ってこないので不思議に思う。
しかし楽太はまたやってきた恐怖シーンに、それがどうしてなのか考えていられなくなり、まわされた武流の腕をギュッと掴んでひたすら声を上げていた。
やっと一時間半ほどの映画が終わった頃、楽太は叫び続けた喉は痛いしすっかり疲れきっていた。だから楽太は武流に凭れ掛かって一息ついていたのだが、武流が体を離して立ち上がろうとするのが伝わってきて焦る。
「ど、どこいくのっ?」
楽太は中腰になった武流の足にしがみ付くようにしてそれをとめた。
「喉、渇いただろう。お茶取ってくる」
「そんなの全然いいよっ」
必死な様子の楽太に、武流は座りなおす。楽太はホッとして武流の腕の中に今度は横を向いて収まった。もう映画は終わったとはいえ、まだまだ楽太の頭から死霊は離れない。ちょっとした物音にもビクついてしまう楽太は、近くにあったぬくもりが少し離れてしまうのも怖いのだ。
「もう食べないのか?」
「え、う、うん、今はいい」
楽太は左手でしっかりと自分の背中を支えてくれている武流に、まだ昼食途中だったがお腹がすいてるどころじゃなくなったので答えた。すると武流は右手で重箱に蓋をしてから、その手で楽太の頭を宥めるように撫でる。
「少しは落ち着いたか?」
「う、うん・・・」
その優しい手つきに、楽太は段々と恐怖心が薄らいでいった。楽太を包み込む一回り以上大きい身体も、たまらなく楽太を安らがせる。
「・・・でも、なんで?」
しばらく互いに無言でそうしていたのだが、だいぶ平気になってきた楽太は今のこの状況が不思議に思えてきて口を開いた。
「何が?」
「センセイ、絶対、バカにするか意地悪なことするかと思ってた」
楽太にとってはどうしても怖くて仕方ないのだが、高校生にもなってと思う人の気持ちもわからないではない。だから楽太は、武流にもしかしたら内心では呆れてるのかもしれないがこんなふうに優しくされるなんて思ってもいなかったのだ。
そんな心底不思議そうな楽太に、武流は少し苦笑してみせながら答える。
「俺はそこまで性格悪くないよ」
「でもさ、さっきはピーマン食べさせたじゃん。オレ嫌いって言ってんのに、騙すみたいにして」
さっきのことを思い出して、もちろんそれ以外にも何度も意地悪された経験がある楽太は、その返答にいまいち納得出来なかった。口を少々尖らせる楽太に、武流は今度は小さく溜め息をつきながら答える。
「お前のは、ただの食べず嫌いだろう。本当に嫌いなら、あんな簡単に食べさせられるか」
「う・・・」
全くもってその通りで楽太には反論出来ない。確かに楽太のピーマンや人参嫌いは、もちろん食べたくない思いはあるのだが、しかし武流が口移ししてくれるなら喜んで食べる程度のことといえる。それに、武流に意地悪されることだって、楽太はそれが嫌などころか嬉しかったりしているのだ。
「本気で嫌がるようなことは、しないよ」
今度は納得させられた楽太に、武流はまだ頭に置いていた手をまた撫でるように動かしながら続ける。
「誰だって、どうしてもだめなことがある。そこを突くのは卑怯だからな」
静かに言う武流に、見上げていた楽太は思わずちょっとウットリしてしまった。そして何度目になるかわからないが、「センセイを好きになってよかった」、なんて思う。
「・・・じゃあ、夜中とかトイレ付いてきてくれる?」
楽太はもし幽霊が目の前に現れても、もちろん死ぬほど怖いだろうがそれでも、武流と一緒なら大丈夫だと思った。窺うように尋ねる楽太に、武流は苦笑する。
「・・・そこまで怖がりなら、見なきゃよかったろ」
「そうなんだけど、やってるとつい見ちゃうじゃん・・・。ストーリーとかも気になるしさぁー」
もっともなことを言う武流に楽太はもごもごと返す。怖いもの見たさなのか、一度見始めてしまうと楽太はいくら怖くても最後まで見てしまう。そして二・三日はそれが頭から離れず、いつも見るんじゃなかったと後悔することになるのだ。
「あ、ね、センセイのどうしてもダメなものって?」
楽太はうっかり死霊を思い出しそうになって、慌てて気を逸らそうと話題を変えた。突然の質問に武流は、楽太の表情から見当がついたのか、答えはわかりきっているらしく即答する。
「寒いのと、早起き」
「うっ」
鈍い楽太でもさすがに、武流が遠回しに朝起こすなと言っているのだと気付く。
「で、でも、本当に嫌だったら起きない、んだよね?」
「無理やり起こしといて、よくそんなことが言えるな」
言い返した楽太の頭を武流は小突いた。しかしそれでも、武流は楽太を腕の中からは出さず、左手は力強く背にまわされている。
楽太はそんな武流の優しさに、少しだけ、ほんとーうに少しだけ、それを知らせてくれた幽霊の存在に感謝した――。
END
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取り敢えず、「怖がる楽太はいじめない武流」が書きたかった話です。(確か)
ちなみに、死霊のなんとかってビデオにモデルはありません。テキトー。
サンプル。