#Love 





 期末テストが終わった次の週。水曜日の放課後、楽太はウキウキと武流に話し掛けた。

「ね、センセイ、もうテストの採点終わったんだよね」

「ああ、そうだけど」

「ほんとっ!?」

 楽太のクラスには月曜日に返されたのだが、その日に聞いたらまだのクラスがあると言われた。火曜日にも聞いたのだが、やはりまだだと言われた。そして、三日目にして遂に、楽太の期待していた答えが返ってきたのだ。

「じゃあ、もうセンセイの家に行ってもいいの!?」

「そうだな。成績ももう提出したし」

 武流は楽太の質問に、何を考えているか薄々どころかハッキリ気付きながら答える。

「じゃあさ、行ってもいい!? 今日っ!!」

「・・・いいけど」

 期待に顔を輝かせて見上げてくる楽太に、武流は用意していた返答を口にする。

「明日学校あるんだから、今日のうちに帰れよ」

「えっ?」

 楽太は、しかし武流が予想していた不満そうな調子ではなく、驚いたような声を出した。

「い、いいの?」

「別に、いいよ」

 許可したこと自体については喜ぶのだろうと思っていたので、そんな楽太の反応に武流のほうこそ少し驚いてしまう。

「てっきり駄目だって言われると思ってた・・・」

 楽太は少しボーっとしたように答えた。

 そのセリフと様子に、勉強させるためとはいえ最近少し厳しくしすぎたかと、武流は多少悪かったかなと思った。

「まあ、テスト勉強も頑張ってたしな。ちょっとすることがあるから五時過ぎになるけど、教室で待ってるか?」

 悪いかなとは思ったが、しかし楽太にとっては必要なことだったと思うし、切り替えの早い楽太のことなのですぐに忘れてしまうだろうと、武流はフォローはしないでおくことにした。

「う、うん、待ってる」

 まだボケッとしながら答えた楽太に、武流はその頭を軽く数度叩いて職員室に戻った。





「あっ、センセイっ、終わった!?」

 仕事を終えて武流が教室に行くと、楽太が飛びついてきた。さっきとはうって変わって、ひたすら嬉しそうである。

「ああ。靴履き替えて駐車場に来い」

「はーい!」

 楽太は笑顔で返事して、跳ねるように教室を出ていった。武流の予想通り、楽太にはもう久しぶりに武流の家に行けることに対する喜びしかなくなっているようだ。

「本当に、単純だな。悪くも、良くも」

 武流は苦笑して、それから楽太を待たせるとうるさそうなので自分も下駄箱に向かおうと足を動かし始めた。

 武流が駐車場に着くと楽太はやはり先に到着していて、急かされるように車を出した。

「・・・ね、センセイ」

 動きだすなり楽太は武流を、やっぱり何を考えているのかわかりやすい顔で見た。

「あのさ、今日、エッチしてもいい?」

 またもや期待に目を輝かせている楽太を、武流は運転中だし見なくてもわかるので視線は向けない。

「ね、いい? いいよね? だって二週間以上もしてないんだよっ」

 答えない武流に楽太は言い募った。今度は、駄目って言われる、つもりなんてないようだ。

 基本的に武流は翌日学校がある日はしたくないのだが、しかし今回はまあいいかと思う。ずっと頑張って勉強していたので、結果がどうであろうとそれに対しては労ってやりたいからだ。

「・・・いいよ」

「ホントっ!? やったっ!!」

 楽太はその答えに、今度は思いっきりはしゃぐ。

「ただし、一回だけだぞ」

「うんっ。あ、それと、テストちょっとわかんないところがあったから、それも教えてね」

 とにかく嬉しそうな楽太に、武流はそんな底抜けに明るい声を聞くのは久しぶりだと思った。楽太が勉強を頑張ったのも、今 心底嬉しそうにしているのも、自分のせいであり自分の為であり自分のおかげなのだ。そう思うと、やはり厳しくしておいてよかったかもしれない、と武流は思わず笑ってしまいそうになりながら思った。





 まず数Tのテストと、ついでに今日帰ってきた数Aのテストの復習を終わらせた。そして楽太がせがむので夕食にして、それも終わって今は寛ぎながらテレビを見ているのである。いや、見ていたはずである。

 楽太は食後の満腹感のまま横になっていたせいか、気持ちよさそうに寝息を立てている。ちなみに楽太は夜寝るときは半端じゃなく寝相が悪いのだが、昼寝のようにうっかり寝てしまったときは何故だか逆に寝返りすら打たないのだ。

 そんなわけで微動だにせず眠る楽太を、武流は近付いて覗き込んだ。

「楽太?」

 何度か名を呼んだが楽太は目を覚ます気配はない。放っておくとおそらく当分目覚めないだろうと思って、武流はこのまま放置しようかと少し思った。しかし、そうしてしまうと、起きたとき楽太に文句を言われるのは目に見えているので、武流は揺すって起こそうと手を伸ばした。

 だが楽太の体に触れる前に、武流は思わず手を止める。

「んー・・・むにゃむにゃ」

 楽太が顔を弛ませて何事か呟いた。たいそう、幸せそうだ。

 あとで怒るとわかっていても、武流はこんなに気持ちよさそうに眠る楽太を起こすのはかわいそうだという気になる。なるが、しかし逆に癪でもある。あんなにねだって、許可したらとっても嬉しそうにしていたのに、それなのにこんな風に呑気に寝てしまっているのである。

 武流は楽太の顔をそっと撫でた。

 基本的に翌日学校がある日は気が進まないとはいえ、その行為自体に対しては全く吝かではない。武流は自分がどちらかというと淡白なほうだという自覚はあるが、しかし二週間ちょっとというのは武流にとっても案外長かった。

 だから、楽太のしたいという欲求を呑んだのは、確かに労う気持ちが強かったのだが、しかしそれがなくても武流は断るつもりはなかった。

 武流は楽太の柔らかい頬を撫でながら、軽く口付けた。すぐに唇を離してから、もう一度、今度は少し深くする。途中で目を覚まして、調子に乗って飛び付いてきたら、思い切り突っぱねてやろうと思いながら。

「・・・う」

 何度かしていると楽太が軽く身動ぎしたので、武流は起きるのかと少し体を離して様子を見た。

「んー、エヘヘ〜」

 しかし、楽太は笑顔を浮かべるが、起きそうにはない。武流はまたキスを仕掛けようとしたが、まだ楽太がニヤけた顔で何か続けようとするので耳を寄せた。

「・・・センセぇ、好き〜エヘヘ〜」

 それはそれは幸せそうに言う楽太に、寝言だからこそ余計に武流はその言葉がこたえた。というより、胸に響いたと言ったほうがより正確かもしれない。

 武流は悪戯してやろうという気がすっかり失せて、楽太の頭を優しく撫でた。

 先程まで武流は正直言って、多少なりとも楽太に欲情していた。しかし、楽太は表情も何もさっきと同じなのに、何故だか違った気持ちにさせられる。もちろん根底にある好きだという想いは一緒なのだが、その顔を見ている今は妙に安らいだ気分なのだ。

 一緒にいて顔を見て、穏やかな気分になったり興奮したり。そんな正反対にみえる気持ちを、両方伴うのが恋愛感情なのだろう。

 武流はそう思いながら、結局楽太を起こすことはなかった。





「もー、なんで起こしてくれなかったんだよーっ!!」

 もうすぐ十一時になる頃、武流はそろそろ帰そうと思って楽太を起こした。そして楽太は予想通りとっても悔しそうに武流に言い寄っているのだ。

「起こそうとしたけど、お前が起きなかったんだ」

「だから、起きるまで起こしてよーっ!」

 口を尖らせてジタバタする楽太に、武流は楽太に対するちょっとした腹立たしさを思い出して同時に少々スッキリした。

「じゃ、送ってやるから用意してこい」

 武流はそう言って、楽太の抗議を受けないようにさっさと部屋を出る。

「センセイの意地悪ーっ」

 などというもう言われ慣れた楽太の言葉を背に聞きながら武流は車に向かった。

 ちょっとして楽太も、まだ不満そうながらもやって来る。不満そうというか、今はどっちかいうと軽く落ち込んでいるようだ。

「あー、なんでオレ寝ちゃったんだろー」

 言いながら楽太はその理由を探しているらしく眉を寄せる。食後だったからとか疲れていたからとかそういう理由だろうと武流は思ったが、しかし自分で考えているようなのでとりあえず放っておいた。

「・・・なんかさー、センセイといるとさー」

 しばらく黙っていた楽太は、見当が付いたのか口を開いた。

「もちろんエッチな気分にもなるんだけどさ、でも反対になんかすごいだらーって気分にもなるんだよね」

「だらー?」

「んーと、楽っていうか、気が弛んじゃうってかんじ?」

 なんとか当てはまる言葉を探そうとする楽太に、武流は少し驚く。

「・・・安らげるってことか?」

「そうっ、それそれ!」

 ピッタリくる言葉に、楽太は胸のつかえが取れたように息をはいた。

 エッチな気分にもなるけど、安らぐことも出来る。楽太が言ったことは、武流がさっき思ったことと全く同じだった。楽太と思考が同じだったことに、武流は少し微妙な気分にさせられたが、しかしそれ以上になんだか嬉しかった。

「でもさー、こんなときに安らがなくてもいーのになー」

 だが楽太はそんなことに気付くはずもなく、また愚痴を口にした。

「まだ言ってんのか」

「だってー、せっかくなのに、なんにも出来なかったんだよー? あっ、キスもしてないっ!」

 ふとその事実に気付いて、楽太はバッと武流を見た。

 その横目に見たショックを受けているようにもねだっているようにも見える楽太の顔に、武流は思わず笑いをこぼす。

「俺は、したよ」

「えっ、なんでっ!? いつっ!?」

 前を向いたままさらっと告げた武流の言葉に、楽太は驚いて心底不思議そうに問い返す。

「さあな」

「なんだよー! ずるいっ! 教えてよっ!」

 せがむ楽太を適当にかわしながら、武流は目的のマンションに着いたので車を停めた。

「ちぇー、なんかいろいろ損した気がするー」

 言いながら楽太は車をしぶしぶ降りて、運転席側にまわる。そんな楽太を、武流は窓を開けて手招きした。そして、素直にそれに従って顔を近づける楽太に、武流は楽太にとっては本日初となるキスを軽くする。

 すると楽太はそれまでいまいち冴えなかった顔を、パッと明るくした。

「セ、センセイ、も一回っ」

 思い切り笑顔になる楽太は、もうすっかり機嫌を直したようだ。武流は言われた通りもう一回、今度は少し深めに口付けて、それから笑顔で言ってやる。

「この続きは、土曜日にな」

「うんっ!」

 楽太は笑って何度も頷く。

「センセイ、好きだよ。じゃ、お休み」

「俺も、好きだよ。お休み」

 手を振って言う楽太に、武流も軽く振り返して車を出した。

 そして、思う。

 楽太と一緒にいると。楽太の顔を見ると、声を聞くと。楽太に触れると。

 興奮することもあるけど、妙に安らぐこともある。

 意地悪したくなったり、逆に甘やかしてやりたくもなる。

 それらの気持ちはすべて、楽太へのある一つの感情に由来するのだ。

 武流はそんな想いを抱える好きだという感情に、付けるべき名はやはり一つしか浮かばなかった。

 恋、である――。





END


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武流、楽太の寝込みを襲う、未遂。ってかんじ。

楽太、愛されてるよ、よかったね。ってかんじ。

そして、やっぱり(半分)外で堂々とイチャつく二人・・・