#Remembrance 





 それは、午前七時半くらいの出来事だった。

 ゴールデンウィークでいつものように武流の家に泊まりに来ていた楽太は、目を覚まして時間を見ようと枕元にある時計を手に取った。そして時間を確認し、もう少し寝ようと思って時計を置き直そうとしたところ、

ガンッ

 と音をさせてそれを落としてしまったのだ。

 見事に、横を向いて寝ていた武流の側頭部に。

「セ、センセイっ、大丈夫っ!?」

 楽太は慌てて武流を揺すって起こそうとした。こういうときは変に揺すらないほうがいい、ということはもちろん楽太の頭からは消えている。

 ともかく、目を覚まさないとヤバイかもしれないと思って楽太は必死に武流を起こそうと揺すった。

「・・・ん?」

「センセイっ!!」

 しばらくしてやっと武流はボンヤリとはしているが目を開けた。

「よかったー。ね、頭 痛くない?」

 武流はボーっとしたまま答えなかったが、楽太は武流の寝起きの悪さをよく知っているのでそれには構わずに頭に手を遣ろうとした。

 しかし、その手は武流の一言でピタッと停止してしまう。

「・・・・・・お前、誰だ?」

 武流は楽太の顔をボンヤリ見ながらそう言った。

 楽太はその言葉の意味をすぐには理解出来ずに、やっとそれが出来ても武流がどうしてそんなことを言うのか全くわからなかった。

 冗談を言えるほど起きてすぐに武流の頭は働かない。寝惚けている可能性がないわけではないが、それにしては武流の顔はボーっとしつつも本当に不思議そうな表情をしている。

「え、えと、・・・・・・わかんないの?」

 その問いに武流は頷いて返す。楽太はもう一つおそるおそる問い掛けた。

「・・・もしかして、自分が誰かもわかんなかったりする?」

 その問いに、武流は今度は少し考え込み、それからやはり頷いた。

 楽太は頭をトンカチか何かで殴られた気分になりながら、実際に目覚まし時計を頭に落とされてしまった武流を見た。楽太の受けた衝撃もなかなかのものだが、しかし武流に加わった衝撃のほうがやはり大きいようである。

 どうやら武流は、楽太がうっかり落としてしまった目覚まし時計のせいでなってしまったようだ。

 記憶喪失、とやらに・・・。





 衝撃の事実発覚から二時間ほど。楽太は武流にまずは本人のことについて教えてあげようと場所をリビングに移していた。ちなみに何故二時間後なのかというと、記憶を失ったとはいえ武流の寝癖の悪さは変わらず、あのあとこんな状況にもかかわらずもういっぺん寝直してしまったのだ。

「・・・で、学校で数学教えてて・・・。・・・他に何か聞きたいことある?」

 名前と職業くらいを教えたところで、楽太はさっそく他に何を教えていいかわからなくなった。楽太はこんなチャンスは滅多にないので色々教えてあげようと思ったのだが、慣れないことをするものではない。

「・・・今日は何日だ?」

「え、ええっと、2日。あ、今ゴールデンウィークだから、あと3日くらいは学校行かなくても大丈夫だよ」

 楽太はカレンダーを見て指折り数えながら、武流を安心させようとなんとか教えた。そんな楽太の努力をどう思っているのか、武流はずっと無表情で聞いている。

「・・・もう知りたいことない?」

「・・・別に」

 自分が何者かわからないのだからもっと不安に思ったりしてもいいのではないかと楽太は思ったが、しかしうろたえる武流というのも想像出来なくて、やっぱりこんなのがセンセイらしいやという結論に至った。

「・・・それで、そういえば、お前は誰なんだ?」

 しばらく二人とも黙っていたのだが、武流がふと思い出したように聞いてきた。

「あっ、うん、それは・・・」

 それを聞かれたらどう答えようかと考えていた楽太は、まだどう言おうか迷っていたのだ。

「えっと、センセイの生徒で、えっとセンセイ弓道部の顧問やってるんだけど、そこの部員で・・・・・・それで・・・」

 基本的に開けっ広げな楽太だが、さすがに正直に告げていいものなのかと思う。

 しかし、やはり楽太は隠しごとなんて出来ないタイプだし、何よりそのことを武流が忘れてしまっていることが楽太は嫌だった。

「・・・センセイの、恋人」

 だから、楽太はハッキリとそう告げた。

「・・・・・・」

 さすがに武流は驚いたようで、楽太を見返す。

「・・・お前が、俺の?」

「・・・うん」

 楽太は今更ながら、もしかしたら気味悪がられるかもしれないと気付いて少々ビビッタ。しかし武流は楽太が心配したような反応はせず、というかなんの反応も見せず楽太から視線を移した。そして何事もなかったかのように新聞を読み始める。

「・・・・・・・・・」

 楽太はなんだか拍子抜けしてしまった。しかしすぐになんだか残念な気分になる。

 拒絶されたりしたいわけではもちろんないが、なんの反応も返ってこないのは寂しい。そう思いながら自分に関心がなさそうな武流の横顔を見ていると、楽太はふと気付いた。普通の人にとっては、この武流が普段通りの武流なのだと。決して表情を緩めず笑ったりしないし、優しい言葉も意地悪な言葉も掛けることはない。

 楽太は嬉しくなった。そんな他の誰も知ることのなかった武流を見ることが出来た自分は、間違いなく武流に愛されていたと言えるのだろうと思ったから。

 そして、楽太はこうも思った。どうせならこの状況を楽しんでしまおう。

 楽天的な楽太は、そのうち武流の記憶も戻るだろうと根拠なく思っている。だから、それまで武流に片想いする気分を味わうのもいいかもしれないと。更に、あわよくば武流にもう一回好きになってもらえないか、なんて考えたのである。





 一方、記憶を失ってしまった当事者の武流は、その見掛け通り特に不安に思うこともなく落ち着いていた。生来、基本的に何事にも動じない性格なのだ。自分が何者かわからない状況でも、それは変わらないらしい。

 しかし、武流にも気に掛かることはあった。楽太の存在である。

 生徒云々はともかく、自分の恋人だと武流のことを言い切ったのだから。

 武流から見ると楽太はどう見てもただの少年だ。話からどうやら高校生らしいとわかったのだが、それよりもう少し幼く見える。

「・・・俺は何歳なんだ?」

「え、んとね、26才。ちなみにオレは16だよー」

 武流の問いに楽太は嬉しそうに笑って答えた。その様子に武流は思わず頬が緩みそうになって、なんとなく無理に顔を引き締めた。

 二十六と十六ということは十歳も年齢差がある。それに加えて、男同士で先生と生徒。そんな自分と楽太の間に果たして恋愛関係が成立するものなのか、武流には疑問だった。

 しかし、疑問には思うのに、何故か違和感は感じない。楽太が嘘を言っているとも思えないし、やはり本当にそうだったのかと思えてしまう。

 そんなことを考えていると、武流は基本的なことをまだ聞いていなかったことにふと気付いた。

「お前、名前は?」

「あっ、言い忘れてたっ。石井楽太だよ。楽太って呼んでっ」

 やはり嬉しそうに答える楽太に、武流もつられてかまた表情が緩みそうになる。しかしそれを押し込めながら、武流はまだ一枚もめられずにいる新聞に目を戻した。

 それからしばらく二人ともそれぞれ自分のことをしていたのだが、楽太がパッと顔を武流のほうに向けた。

「ねっ、センセイ。オレもいっこ聞くけど、今日泊まってってもいい?」

 武流が目線を向けると、楽太の顔は先程の笑顔とは変わってねだるような表情になっている。その無意識であろう上目遣いに、もしかしたらこれにほだされてしまったのだろうかなどという考えが武流の頭をよぎった。

「ねぇ、母さんにもゴールデンウィーク中はずっとこっちにいるって言っちゃったしさー」

 頼みながらも断られる気がなさそうな楽太の言い方に、武流はなんとなく駄目だと言う気にはなれずに頷いて許可してしまう。楽太にはどこか逆らいがたいものがある、気がすると武流は思った。

 それは、楽太が人を惹き付けるものを持っているからなのか、それとも恋人だということを信じればそうしたいと思う動機が自分にあるのか。

 どちらかなんて今の武流にはわからず、新聞を見る振りをしながらなんとなく楽太を眺めていた。





 それから二人は、昼食と夕食を共にし、風呂は別々に入って、まるで同居か同棲しているかのように過ごした。

 楽太はまるで我が家のように寛いでいるが、それは元々の性格ということもあるだろうが、それ以上に二人の関係が親密だったことにあるのだろう。そして、楽太がいる空間もそんなふうに過ごす時間も、武流にはやはり不自然なものには思えなかった。

 楽太が言った恋人だということを疑っていたわけではないが、本当にそうなのだと武流は感じさせられていた。

「センセイ、オレそろそろ寝ようかと思うんだけどー」

 そろそろ十二時になる頃、楽太が少々眠たそうにしながら武流に声を掛けた。

「・・・そうだな、俺ももう寝るよ」

 武流は大して眠くもなかったが、明日もし直っていなかったら病院にでも行こうかと思って早めに寝ておこうと思ったのだ。

 武流が寝室に向かうと楽太も電気を消してからついてきて、しかし少し入ったところで立ち止まってしまう。そしてこっちを窺っているような微妙な態度を取る楽太を、武流は不思議そうに振り返った。

「どうした?」

「・・・あのさ、オレやっぱり一緒に寝ないほうがいいよね」

 楽太はちょっぴり気まずげな笑顔を浮かべて、部屋を出ていこうとする。武流は咄嗟に楽太の腕を掴んでそれをとめた。

「どうしてだ?」

「・・・だって」

 楽太は武流を見上げて、困ったような顔をしながらもごもご言った。

「オレ、センセイのこと好きなんだよ? だから、オレとくっつくの・・・嫌じゃない?」

 楽太が途中から顔を俯けたのを見て、武流はまたしても咄嗟に、楽太を抱きしめていた。もしかしたら条件反射だったのかもしれないが、しかしその腕をほどかずにいるのは確かに今の武流の意志である。

「・・・センセイ?」

「別に嫌じゃないよ」

 それどころか、腕にすっぽり収まる楽太の体は、心地よくすらあった。

「ほ、ほんと?」

 楽太はおずおずともう一度武流を見上げてくる。その目つきに、武流は今迄 楽太の心中を全く考えていなかったことに気付いた。

 恋人が突然自分のことを忘れてしまったら、どんな気分なのだろう。これまで自分に向けられていた愛情が突然与えられなくなったら、どんな気分なのだろう。

 楽太は一日明るく自然にふるまっていたが、本当はずっと不安だったのかもしれない。もしいつもの自分に今 戻ることが出来れば、きっと楽太を笑顔に戻すことが出来るのだろう。

 武流は思い出したいと思った。自分が、どんなふうに楽太のことを好きだったのかを。

 楽太の為に、そして自分の為に。

 一日一緒に過ごして、武流は楽太が自分にとっていて当たり前というよりはなくてはならない存在なのだろうとわかった。そして自分はきっと、楽太の明るく真っ直ぐな笑顔に惹かれていたのだろうと。

 武流はまだ自分を見上げている腕の中の楽太の頬に手を遣った。最初に楽太に聞いたときは果たして恋愛関係が成立するのか疑問に思ったが、しかし今はむしろとても自然なことにすら思える。

「センセイ?」

 黙ったまま自分を見下ろしている武流を楽太は不思議そうに見上げている。その唇に、武流はそっと口付けた。

「センセイ・・・」

「・・・俺はどんなふうにしていた?」

 顔を少し離して、武流は楽太に問い掛けた。

「同じようにすれば、思い出せるかもしれない。教えてくれ」

 武流のそのセリフに、楽太は手を伸ばして武流の頭を引き寄せキスをした。

 次第に深くなっていく口付けの、その感触を武流は確かに知っていると思った。一緒に胸のどこかが熱くなるかんじも、知っていると思った。





 何度もキスをしながら、武流は楽太をベッドに横たえた。そして、シャツを脱がせると舌と指で確かめるように肌を辿る。

「セ、センセイ、あ、あの・・・っ」

 楽太は何事か言おうとしたが、武流にズボン越しに触れられて言葉を詰まらせた。武流はそれを取り出すと、しばらくは手で撫で、それから口を寄せて舌で愛撫を始める。

 武流はもちろんこんなことをした記憶はないのだが、しかし躊躇いなど少しも生まれなかった。楽太のもらす声や吐息に合わせて、自然に舌が動く。

「センセ・・・っあ」

 武流の髪に手を差し込んで掴まるように快感を受け取っていた楽太は、やがてその身を大きく震わせた。

 同時に口内に広がった液体を嚥下して、武流は楽太の汗で額に張り付いた髪を梳いてやる。すると楽太が荒い呼吸をしながらも慌てたように武流の手を取った。

「あ、あのさ、オ、オレがさ」

「落ち着け。言いたいことがあるならまず息を整えろ」

 武流は焦っているように見える楽太の頭を撫でる。すると楽太は素直に何度か深呼吸してから、武流の手は掴んだままで口を開いた。

「あのさ、いっつもはオレが・・・やってるんだけど。・・・えっと、やるほうを」

 楽太は自分が抱くほうなのだということをどう表現しようかと思って、しどろもどろに意味の取りづらいことを言った。しかし武流はこの状況なのでなんとなく言いたいことは理解して、思わず軽く目を見開く。

「・・・そうなのか?」

「う、うん」

 武流は楽太のほうが年齢も体つきも自分より幼いので、どちらかというと自分のほうが抱く立場なのだと思っていたのだ。そんなわけで少々驚いて動きをとめた武流を、楽太はちょっと困ったように見上げた。

「あ、あの、センセイが嫌なんだったら、別に逆でもいいけど・・・」

 不安そうな目つきをしながらも、しかし武流のことを気遣ってそう言ったのであろう。

 そんな楽太を、武流はとても愛しいと思った。

「・・・いいよ。いつもと同じようにしないと、意味ないだろう?」

 武流は、今度は頬が緩もうとするのを抑えようとは思わず、微かに笑いながら言った。

 言いながら、確かに思い出せればいいと思うが、しかし思い出せなくてもいいと武流は思った。

 記憶を取り戻したいというのもあるがそれよりも今は、したいから、するのだ。





 今度は武流がベッドに背を預けると、楽太は手慣れた動きでシャツの前を開けてさっき武流がしたように口や手で肌に触れていった。そして右手だけで、左手と舌の動きはそのまま、ズボンの前を寛げ中を探りだす。

「・・・何度くらい、こういうことしたんだ?」

「え、えっと、もうすぐ1年で、週に1回くらいだから・・・」

 やはり慣れている動きを見せる楽太にちょっと疑問に思って武流が尋ねると、楽太は並行するのが難しいのか手をとめて考えだした

「えと、月に4回くらい?・・・で、・・・」

「・・・もういいよ」

 頑張って計算しようとする楽太を、武流はもうだいたいわかったのでとめた。

 その回数は思ったよりもだいぶ多く、普通ならこんな少年相手に何をやっているのかと思うところなのかもしれない。しかし今の武流は記憶を失っているので自分が先生だという自覚なんかも薄く、ただ本当に好き合っていたのだなと呑気に思った。

「・・・? ま、いいや」

 楽太は武流がどうしてそんなことを聞いたのかわからず不思議に思ったが、しかしすぐに気を取り直して動きを再開しだす。

 その手によって与えられる的確な刺激に、武流は息をもらしながら楽太に目を遣った。巧みな手つきとは違って、その顔には目が合うととても無邪気な笑顔が浮かぶ。そのギャップが、武流にはなんだか魅力的に映った。

「はぁ、・・・っん」

 なんてことを考えているうちに武流は容易に高められていき、楽太の導くままにその熱を放ってしまった。

 武流は体を脱力するに任せて、息を整える。するとその隙に、楽太は武流のズボンを脱がして、枕元に置いてあるボディーソープのボトルに手を伸ばした。それを武流がだからこんなことろに置いていたのかとボンヤリ見ていると、楽太は左の手の平に液体を注いで、武流のほうを見るとまたニッコリ笑う。

「そういえば、今のセンセイ的には初めてになるんだよね」

 だいぶ嬉しそうに言って、楽太は武流の足の間に膝をついた。そして、武流の右足を少し曲げて開かせると、右手の人差し指に液体を付ける。

「ちょっと痛いかもしれないけど、すぐに気持ちよくなれるからー」

 楽太は自信満々に言って、指を添わせ少しずつ入れだした。

 武流は多少身構えていたが、体内を自分のものではない指がうごめく感触がやはり少し抵抗感を生むものの、しかし思っていたほどの痛みも不快さもない。

 武流の体ではあるが、しかし今は本人よりも楽太のほうがよっぽど知っているだろう。楽太の指はゆっくりと控え目に動きながらも、確実にそこをほぐしていく。

 途中で中指も増やし、楽太はふと楽しそうに武流を窺って、それから少し強めに指を動かした。その瞬間、背中を痺れのようなものが奔って、武流は思わず体を揺らす。

「ん・・・っ」

「ね、気持ちいいでしょー」

 外から加えられる刺激とはどこか違う逃げ場がないようなそれは、武流に抗い難い快感を与える。楽太はなんだか嬉しそうに笑ったが、その緩められない指の動きに武流はそっちを窺うことも出来ずに、耐えるように目を閉じた。

「・・・センセ、もうそろそろ?」

 しばらくそこをしつこく探っていた楽太は、自分がそろそろつらくなってきてしかしそれを隠しながら指を抜いて言った。

「・・・俺に聞くな」

 何故かニコニコと武流の言葉を待っている楽太に、武流は今更 主導権を渡されても困るのでそう言い返した。すると楽太は少し残念そうに、しかしやはり嬉しそうに笑う。

「ちぇー、今のセンセイなら欲しいとか言ってくれるかなーって思ったのに。でも、やっぱりセンセイは記憶なくっても変わらずいっけずーだね」

 自分の言葉を微妙にずれて受け取ってしまったらしい楽太に、武流はしかし本人が何故か喜んでいることだし訂正はしなかった。自分に向けられる楽太の笑顔が、武流には本当に心地よかったから。

 そんな武流の思惑に気付く由もない楽太は、なんだか上機嫌のまま武流の右足を少し抱えた。

「じゃ、入れるね」

 入口に楽太のものが宛がわれ、その熱さに武流はこれが入ってくるのかと思うと少しばかり腰が引けそうになる。だが、武流がそんなことを思っているうちに楽太はさっさと腰を進めゆっくりと入れてきた。

「っう・・・」

「い、痛い?」

 思わずうめき声をもらした武流に楽太が心配そうに動きをとめて声を掛ける。武流はそれに首を横に振って答えた。先程と同様、異物感はあるがしかし痛みはほとんど感じない。それよりも、どこかむず痒いかんじのほうが強かった。

 楽太は武流の様子を窺いながら慎重に奥へと進入していく。しかしその動きは武流にとってはじれったくさえあった。

「・・・いつも、こんなふうにしてるのか?」

「え、えと、もうちょっと、えと、は、はやく・・・」

 武流の問いに楽太はどう表現しようかと考えてどもりながら答える。この楽太にじらすなどという芸当は出来なさそうに見えて、おそらく自分に気を遣っているのだろうと武流は思った。

 確かに今の武流は記憶がないせいで、楽太とするのは気持ち的には初めてだ。しかし、楽太はすっかり忘れてしまっているようだが、武流の肉体は楽太を容易く受け入れるようになったそれ、そのままなのである。

「・・・同じようにしないと意味ない、と言っただろう」

「あ、うん」

 というよりむしろこのペースを保たれたくなかったので武流はそう言った。するとその言葉に、楽太はどうやら頑張って我慢していたらしく少し嬉しそうに頷く。

「じゃ、動くね。つらかったら言ってね」

 楽太はまだ武流への気遣いを忘れずに、今度は勢いよく一気に奥まで押し入った。そして、間髪容れずに出し入れを始める。もう、楽太に武流の様子を窺う余裕はないようだ。そんな楽太に思うままに突かれて、武流も次第に声を抑えられなくなっていった。

「セ、ンセっ」

 楽太は無意識に呼びながら浮かされたように体を動かしているが、武流もその姿を見ていることが儘ならないほど、夢中になっていく。

 内壁を擦り上げる、それはとても熱く力はとても強く、武流に少しの既視感とそれ以上の充足感を与えた。

「・・・っん、はぁ」

「あ、んんっ」

 やがて、武流は限界まで追い上げられ自身を解放し、それにつられるように楽太も武流の中へと放った。

 荒い呼吸を繰り返しながら、楽太は武流から自分を抜き取ると、覆いかぶさるように抱き付く。

「ね、センセイ、何か思い出せた?」

「・・・いや、何も」

 少し期待感を滲ませ顔だけを上げて問い掛けた楽太に、疲労感で考えがまとまらない為 武流は正直に答えた。

「そっか。ま、そのうち思い出せるよねー」

 笑って返した楽太から、しかしほんの少し寂しさが覗く。だから武流はつい正直に、僅かに笑いながら口を開いた。

「でも、俺はお前が好きだよ」

 頭を撫でてやりながらのセリフに、楽太は今度は本当に嬉しそうに笑う。

 その顔を見て武流は、やっぱりこんなふうに笑う楽太が、好きだと思った。





 ガンッ

 翌朝、八時頃。

 昨日と全く同じ音が寝室に響いた。

「セ、センセイっ、大丈夫っ!?」

 楽太は慌てて昨日と全く同じように武流を揺すって起こそうとした。その武流の頭の側には、目覚まし時計が転がっている。

 楽太は目が覚めて時計を見ようとし、昨日と全く同じようにうっかり落としてしまったのだ。

「センセイっ」

「・・・・・・ん?」

 楽太がしばらく揺すっていると、武流はやっと身動ぎして目を開いた。

「センセイ、頭、痛くないっ?」

「・・・・・・別に」

 心配そうな楽太にそれだけ言うと武流はもう一度寝ようと目を閉じる。

「センセイ寝ないでよっ。ね、オレが誰かわかるっ!?」

「・・・・・・」

 また記憶をなくしてたらどうしようと必死な楽太に、武流は視線を向けてボーっと見ながら、黙り込む。

 その沈黙が、質問の意味を取ろうとしているのか、それとも誰かを考えているのか、わからなくて楽太は辛抱強く待った。

 しばらくして、やっと武流はゆっくりと口を開く。

「・・・・・・何が?」

「え、何が?、って何が?」

 明らかに会話が噛み合っていなくて、楽太は困って武流を見下ろした。しかし武流はそんなことどうでもいいらしく、やはり寝たいのか目を閉じてしまう。

「・・・もー、センセイってばー」

 楽太は口を尖らせながらも、しかし武流らしいと思って笑った。

「記憶あってもなくっても、センセイはやっぱネボスケだねー。エヘヘー」

 なんだか一人で楽しそうに笑っている楽太に、寝ていたと思っていた武流がにゅっと腕腕をのばしてきた。

「わっ」

「・・・うるさい。お前も黙って寝てろ」

 首根っこを掴んで引っ張られ、楽太は布団に突っ伏させられた。

「セ、センセイ?」

 思い切り顔を打った楽太は、しかしそれを抗議するよりも武流の言い方にちょっぴり引っ掛かる。記憶をなくしていた武流は、無愛想ではあったがこんな無遠慮なことは言わなかったししなかった。

「ね、センセイ、もしかして記憶戻ったの?」

 横向きになり武流と向き合って、楽太は少し期待しながら尋ねた。しかし、武流は今度こそ寝てしまったらしく答えない。

 楽太はしばらく武流の顔を見ていたが、やがて諦めて目を閉じた。

 戻っているか戻っていないかわからないが、楽太はやはり呑気に大丈夫だろうと思っている。もちろん戻るに越したことはないが、しかし少しの間ならこのままでもいいかと考えているのだ。昨日一日過ごしてみて、余計にそう思った。

「センセイ、好き」

 楽太は武流に抱き付いて、心の底からそう言った。

「どんなセンセイでも、好きだよ」

 すると、武流が無意識に、楽太の背に腕をまわしてギュッと抱きしめる。

 その腕の強さも、ぬくもりも、いつもとなんにも違わなくて、楽太はやっぱり思った。

 センセイ、好き、と――。





END


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「Remembrance」は、「覚えていること、記憶、思い出、記念」

もちろん武流はちゃんと記憶が戻ってます。

そして、たぶん最初の、武流寄りのエロ・・・でした・・・。