#Student
「教師は聖職者か・・・」
そういえば性職者という上手い当て字は誰が考えたんだろうと、ぼんやり思う。
いくらそこに恋愛感情があるとしても、十五の生徒と性交渉を持つ自分は犯罪者だ。
確かに罪の意識なら、ある。しかしそれは法を犯していることに対してでも倫理にもとっていることに対してでもなく、楽太をこんな自分に縛り付けていることに対するものだ。楽太に何かを強制しているわけではないから縛るという表現は間違っているかもしれない。しかし、自分なんかを好きにならなかったら、もっとふさわしい綺麗な女の人を好きになっていれば・・・。
きっと楽太も、そのうちそう思うようになるだろう。そして、自分から離れていく。
それがわかっていて、しかし自分から離れてやることが出来ないのは、自分のエゴなのだ。
これから長く明るいであろう楽太の人生で、楽太にとってはそれが汚点になるだろうが、その中のほんの少しなら自分が貰っても許されるのではないか。
「いや、許されないとしても・・・」
それでも自分は。
ポツポツと雨が降り始めた空を見上げる。思考が段々昏くなっていくのはこの澱んだ空のせいだろうか。
「あっ先生ー、ちょうどよかったー。雨降ってきたから乗せてってー」
弓道部員の女の子が二人駆け寄ってきた。ねだるような視線を送る二人に、了承の言葉の代わりにうしろのドアを開けてやる。自分も乗ろうと思ったら、聞き間違えるはずのない声がうしろから掛けられた。
「センセーイ、オレも乗せてってー」
走ってきた楽太は返事も聞かずに助手席に乗り込む。こういう遠慮がないところは別に自分が相手だからじゃなくて、楽太は誰にでもそうなのだ。そしてみんな、その無邪気な様子にそうされるのをつい許してしまう。楽太は誰も特別に扱わないが、楽太はすぐに誰かの特別になりうるのだ。
どうしても考えが暗くなるのを、しかし表情には出さずに車を走らせだす。こういうときは感情が表情に出ないのがありがたい。きっと、ひどい顔になるだろうから。
校門を出た辺りでうしろの二人に家の場所を尋ねる。すると楽太には聞かないことを不思議に思った二人は何故なのか聞いた。
「オレは何度か送ってもらったことあるもん」
楽太が自慢気に答えた。
「へえ、先生と仲いいのね」
二人がいいなぁとうらやましそうに言う。
「エヘヘ」
楽太が笑いながら、自分のほうをチラッと見た。しかしそれには気付かない振りをして運転を続ける。
仲がいい。ただの先生と生徒という間柄であれば、素直に教師冥利に尽きると思えたのかもしれない。しかし、実際にこんな関係にある身では、その言葉はうしろめたさを招く。
教師と生徒の間の、越えてはいけない垣根を越えさせたのは自分だ。あのとき自分はとめるべきだったのだ。受け入れることも自分の想いを告げることもなければ、楽太はいずれ自然に忘れただろう。
そうすればきっと、仲のいい生徒として、仲のいい先生として、付き合っていけたのだ。楽太に二人のときでも名前ではなく「センセイ」と呼ばせるのは、それが自分へのせめてもの戒めなのかもしれない。呼ばれるたびに、自分が先生なんだということを思い知るための。実際のところ、それは自分の想いの妨げになど全くなっていないが。
二人を送りとどけて最後の目的地に向かいながら、そっと楽太のほうを伺った。楽太は、寝息を立てている。
正直、ホッとした。楽太の自分に向けられる笑顔を、今は見たくなかった。楽太に、楽しそうに話し掛けられたくなかった。
そうされて嬉しく思ってしまう自分が、喜んでしまう自分が、ひどく醜く思えそうだったから。
永遠とも一瞬とも思える時間が過ぎ、楽太の家があるマンションに着いた。
「着いたぞ。起きろ」
「うえっ?」
有難いことに声を掛けただけで楽太は目を覚ました。慌てて飛び起きて辺りをキョロキョロする。
「もう家に着いてんじゃん。二人になったら起こしてくれればいいのに」
「気持ちよさそうに寝てたから」
口を尖らせて言う楽太に、前を向いたまま答える。できれば早く降りてしまって欲しかった。しかし楽太はそうせずに、少しの間こっちを見て、そして言った。
「ねえセンセイ、キス、して」
思わず楽太のほうを見ると、さあどうぞと言わんばかりに顔を少し上向けて目を閉じている。
そのまだ幼いといえる顔つきに、目が離せなくなる。そのあどけない表情は恋愛感情を抜きにして単純にかわいいとも思う。しかし、このまだまだ子供と言える楽太に、欲情を覚える自分も確かにいるのだ。
引き寄せられるように、髪を撫でながら口付けた。軽くするつもりだったのに、いつしかそれは深くなっていく。
しばらくして離れると、楽太は満足そうに笑って言った。
「センセイ、好き」
言葉も目線も、真っ直ぐに自分に向けられる。それを嬉しいと思う自分は、しかしさっき思ったように醜くは感じられなかった。
「俺も、好きだよ」
自然に口を付いて出る。
楽太はもう一度、口を寄せてきた。それに応えながら、いつの間にか後悔やうしろめたさが消えていることに気付く。
楽太とこうしているときは、いつもそうなのだ。失くなってしまうわけではなく、ただ蓋をされ見えなくなっているだけなのだろうが。
でも、忘れていたい。こうしているときは、楽太が純粋に自分に愛情を向けてくれているうちは、自分も純粋に楽太を愛したい。
楽太がそうだから、自分の想いも純粋なものに見えるだけかもしれない。
しかし、楽太を好きだと思うこの気持ちは、確かに自分の中で一番綺麗な想いなのだと知っている。何よりも汚れていて、何よりも綺麗、なのだ。
そして、この想いが綺麗だろうが汚れていようが、許されようが許されまいが、本当はそんなこと構わなかった。ただ楽太を愛しいと思い、楽太も自分を愛してくれているのなら、他はどうでもいいのだ。その想いがどんな感情を帯びていても、どんなに間違っていても、誰に非難されても、あとで例え後悔することになっても。
自分は今 目の前にある楽太への想いに、楽太からの想いに、決して勝てやしない。
だから、何も考えずに、自分は楽太を愛するのだ。
そうすることしかできないから、自分はただ楽太を愛するのだ――。
END
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暗っ・・・そしてホントに変態ぽい・・・
確かに、よくこの楽太相手にエロい気分になれるなとか思うけど・・・
なんか、受の思考じゃないよね・・・