#Teacher





「でもさ、おまえと付き合おうと思うなんて、先生も勇気あるよな」

 昼食を食べているとき、良太がふと言った。ちなみに、オレたちの席は窓際の一番前と二番目だから、室内が騒がしいこともあって大きな声出さなかったら他の人に話を聞かれることはないんだ。

 その言葉にオレは頬張ったばっかりの唐揚げを慌てて噛み砕いて飲み込んだ。

「どういう意味だよ。なんでオレと付き合うのに勇気いるんだよっ」

 ムッとして睨むオレに、良太は「おまえが思ってるような意味じゃなくって」と口を開く。

「いやさ、相手にとったらおまえって、まだ十五の生徒なわけだろ?」

「どーせ、オレはガキでチビだよ・・・」

 むくれたように口を尖らせるオレに、良太は「最後までちゃんと聞けよ」と話を続ける。

「おまえの身長とか精神年齢とかは関係なしにだな、おまえは事実、まだ十五の生徒だろ?」

「・・・そうだけど」

「だからそんなおまえと付き合おうと思うなんて、相当の勇気っていうか覚悟があるんだなって」

 それだけおまえは想われてんだなってこと、と言う良太に、オレは言ってる意味がわかんなくって聞き返す。付き合うなんて、好きって気持ちがあればそれで充分じゃないか。

「だから、なんで勇気とか覚悟がいるんだ?」

「・・・おまえ、ほんと考えなしだな・・・」

 真剣に聞いたオレに、良太が呆れた声を出す。考えなしって・・・そりゃちょっとはそうだって自覚はあるけど・・・。でも、わかんないんだもん。

 どういうことなんだと視線で尋ねるオレに良太は溜め息交じりに言う。

「おまえな、もしおまえたちの関係がばれたらどうなると思うんだ?」

「え、ばれたら・・・?」

 そういえば、ばれたらやばいよなぁとは思ったけど、ばれたその先のことは考えたことなかった。

 もしばれたら。教師と生徒で、しかも男同士だから・・・。

「そりゃ、やばいよな」

「というか、やばいのは主に先生のほう。そりゃたぶんもう付き合えなくなるからおまえもダメージ受けるけど、それは向こうもだし」

 二人はいつの間にか弁当を食べるのも忘れて、真剣な顔して向き合っていた。

「向こうは先生という立場でありながら、まだ十五の生徒に手を出したってことになるわけだから」

「手を出してるのはどっちかいうとオレのほうなんだけど」

「・・・だから、十五の人とそ・・・そういうこと・・・するってのは、実際がどうであれ、年上が悪いことになるんだよ。ほら青少年なんとか条例とかあるだろ。十八くらい未満の人とそ・・・そういうことしたら駄目だっていう法律が」

 眉をひそめたオレに、良太はところどころ顔を赤くしてどもりながらもなんとか説明した。

「法律違反なのか? 捕まるってこと?」

「よくわかんないけど、もしかしたら。それに最近は、先生が生徒にセクハラしたってだけで新聞に載ったりニュースになるだろ? だから、『二十代の男性教師、男子生徒に手を出す!』とかってワイドショーとかで取り上げられるかもしれないし」

 呆然と聞いているオレに、良太は最後のとどめを刺した。

「もちろん、教師は辞めないといけないだろうな。懲戒免職とかってので」

「・・・・・・」

 オレはあまりの衝撃に言葉を失っていた。

 センセイが、そんなリスク背負ってオレと付き合ってただなんて。

 捕まるかもしれなくて、テレビや新聞で報じられるかもしれなくて、ちょうか・・・ええとつまり先生を辞めないといけなくなるかもしれなくて・・・。

「オレ、そんなの全然考えたことなかった・・・」

 両想いになれたからって浮かれてて、年齢差だってそういう意味で気にしたことなんてなくって。良太に言うときだって、結局オレはセンセイに判断してもらったし。あのときオレは、こういうこと考えるのはセンセイに任せてしまおうって思った。

「い、いや、でもさ楽太」

 オレの様子に良太が言い過ぎたと思ったのかすまなそうに声を掛けてくる。

「学校だって表沙汰にはしたくないはずだからそんなおおごとにはならないと思うし・・・」

「でも・・・」

 こんな考えなしの自分が、センセイの側にいていいんだろうか。

「なあ、やめといたほうがいいのかな・・・? 良太だったらどうする?」

 もしかしたら自分が、好きな人をそんな目に合わせてしまうかもしれない。

 ばれなければいいだけの話だ。でも、もしばれてしまったら・・・。そんなこと考えたくないけど、それじゃやっぱりセンセイにだけ押し付けてしまうことになる。

 グルグル考えてるオレに、良太がオレだったらとゆっくり口を開いた。

「たぶんどうしようって悩むと思うけど、でも・・・」

 良太はちょっと顔を赤くしながら、ハッキリ答えた。

「オレは、オレがその人を好きだって気持ちと、その人がオレを好きだっていう気持ちを、大事にしたい。この先どうなるかわからなくても、今ある自分の想いをとめることなんてオレは出来ない・・・」

 勝手で無責任かもしれないけど、それでも揺るがない自分の想いを大切にしたい、と。そう語る良太に、悩んでいたときにアドバイスしてくれた姿が重なる。あのときも良太は、自分の気持ちを大切にしたい、そうハッキリ言った。

「それにさ、先生もそんな可能性があるのにそれでもおまえと付き合おうと思うほど、おまえのこと好きなんだなって。そもそもそれを言おうと思って振った話題だったんだけどな」

 言って良太は照れ笑いを浮かべる。良太は相当な照れ屋のくせに、こういうときは自分の為にちゃんと言葉にして言ってくれるのだ。

「うん。ありがとな」

 気掛かりが消えたわけでは全くなかったが、それでもオレは良太の気持ちが嬉しくて笑顔を返した。

「あっ、ほら早く食べないと昼休み終わるぞっ」

「うわっ、ほんとだっ」

 それからオレたちは何もなかったように、慌てて弁当を食べ始めた。





「うわー、降ってきそうだなー」

 オレはどんよりと曇る空を見上げた。朝は晴れてたから傘なんて持ってきていない。良太は準備がいいから折りたたみ傘とか持ってそうだけど、もう帰ってしまっている。今日はどこかのスーパーが特売日なんだとか主婦のようなことを言って学校が終わったらすごいスピードで帰っていってしまった。ちなみに、今週はテスト前だから部活は休みなんだ。

 下駄箱で靴に履き替えながら、センセイに送ってもらおうかななんてちょっと思った。でも、今日は気が進まない。センセイ見ると、どうしても良太がした話を思い出してしまう。

 今日はセンセイの授業がなかったから顔を合わせることはなかった。でも、車で二人になったら鋭いセンセイは・・・ていうかオレはわかりやすいらしいから、きっと何か悩んでるってばれてしまう。

 オレはまだハッキリ結論を出せていなかった。そりゃあ、オレはセンセイのこと好きだしセンセイもオレのこと好きって言ってくれている。それなのに、もしものことを心配して別れるなんて絶対したくない。

 でも、どうしても、考えてしまう。もしかして、センセイの為を思ったら、離れたほうがいいんだろうか。オレは自分がかなり自分勝手なやつだって自覚はあるし自分が一番大事だけど、でもセンセイのこと自分よりも大事に思ってる部分だって確かにあるんだ。

 矛盾する思いに頭を抱えながら下駄箱を出ると、雨がぽつぽつ降り出していた。

 走って帰らないといけないなあとか思いながらオレは校門に向かう。センセイはもう帰ったかなと思ってつい駐車場に目を遣ると、高い声が聞こえてきた。

「あっ先生ー、ちょうどよかったー。雨降ってきたから乗せてってー」

 同級生の弓道部員の女の子だ。二人とも、けっこう可愛い子。センセイは乗せてあげるらしくうしろのドアを開ける。

 それを見たオレは、センセイに会いづらいと思っていたのも忘れて走りだしていた。

「センセーイ、オレも乗せてってー」

 駆け寄るとオレは返事も聞かずに乗り込んだ。だって、センセイがこの子達を乗せてオレを乗せないなんて、そんなことあるわけないもん。

 センセイは車を走らせだし、うしろの二人に家の場所を聞いた。二人はそれに答えて、ふと気になったのかオレにはどうして聞かないのかを尋ねる。

「オレは何度か送ってもらったことあるもん」

 オレはなんだか優越感を感じてつい自慢気に言った。

「へえ、先生と仲いいのね」

 二人はいいなぁとうらやましそうに言った。

 やっぱり、とオレは思う。この学校は他にも若くてカッコいい先生が多いから、無愛想なセンセイに表立って言い寄る子はいない。でも、隙あらばって思ってる子がそれなりにはいるってことも知ってる。弓道部の子はセンセイが見掛けほど怖くないって知ってるしね。

 でも、センセイはオレのだからな。そう思ってオレは思わずエヘヘと笑った。

 しかし、ハッと気付いて、オレは表情はそのままセンセイのほうを見る。

 仲いいって言われてつい喜んじゃったけど、こんな反応ってもしかしてやばいのかな。でも、堂々としてたほうが逆にばれないって聞いたことある気もするし・・・。

 センセイはいつも通りの無表情で車運転してる。センセイが気にしてないんだったら、大丈夫なのかな?

 ・・・オレやっぱりセンセイに全部任せようとしてる気がする・・・。でも、オレが考えてもたかが知れてるしな・・・。

 でもちゃんと考えないと、なんて思ってたはずのオレは、めずらしく頭を使って疲れたせいか、いつの間にか眠ってしまっていた・・・。

「・・・・・・ぞ、起きろ」

「うえっ?」

 突然掛けられた言葉に、オレは慌てて飛び起きて辺りをキョロキョロする。窓から見えるのは、間違いなくオレの家があるマンションだ。

「もう家に着いてんじゃん。二人になったら起こしてくれればいいのに」

 センセイと二人っきりになるのを気が進まないって思ってたことなんてすっかり忘れて、オレは口を尖らせた。

「気持ちよさそうに寝てたから」

 そんなオレにセンセイは前を向いたまま言う。せっかく二人っきりなんだからこっち向いてくれてもいいのに・・・なんて。やっぱり、良太の言うことって正しいや。オレも、今ある自分の想いをとめることなんてできない。

「ねえセンセイ、キス、して」

 オレは欲求を素直に口にして、顔を少し上向けて目を閉じた。

 別にオレからしてもいんだけど、今はなんとなくセンセイのほうからして欲しかった。

 しばらくすると、髪を優しく撫でられ、唇が合わさる。そして触れるだけのそれは、次第にどちらからともなく深くなっていった。オレが欲しがってるように、センセイも欲しがってるってことだ。

「センセイ、好き」

 口を離したオレは、そう言葉が出るのも、笑顔になってしまうのも、とめることができない。

 そういえば良太はこうも言ってた。

『先生もそんな可能性があるのにそれでもおまえと付き合おうと思うほど、おまえのこと好きなんだなって』

 センセイ、そうなの?

「俺も、好きだよ」

 センセイ、そうなんだよね。

 オレはセンセイに、今度はオレのほうからキスをした。

 オレはやっぱり、こうしてたい。キスして抱きしめ合って抱き合って、そんなふうにセンセイと過ごしたい。

 だから、オレは気付いていない振りをする。

 もしばれたらどうなるかなんて、オレは考えてもなかった。オレはただセンセイのことが好きで、センセイもオレのことを好きで、それしか考えられなかった。オレはバカだから、考えられなかった。

 そんな振りをして、オレはセンセイから離れない。絶対に。

 ごめんね、センセイ。

 全部センセイに押し付けちゃって自分勝手だけど、そんなオレを好きになっちゃったんだから、仕方ないと思って諦めてよ。

 悩んでも迷っても怖くても、オレのこと好きでいてよ。

 オレは何も考えずに、ただセンセイを好きでいるから――。





END


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この楽太は明るく装いつつ、けっこー黒いですね。

「Student」と「Teacher」で二人がうしろ向きにひとまず結論付けたことは、

そのうちちゃんと片を付けたいと思ってます。そのうち・・・