#Vice 2 


「ね、にいちゃん、一緒に寝ていい?」
 楽太はいつものように甘えた声を出して武流の枕元に立った。武流はすぐにそれに応えず妙な間が空くが、楽太はそれがわかっていたし、なんの抵抗も感じてくれないほうがむしろ今は問題だ。なので楽太は用意していたセリフを、少し俯いて口にする。
「・・・やっぱり、オレとなんて、もうヤダ?」
「・・・いや、別に・・・」
 頼りなげな目線に、武流はいつものように布団を上げてその場所を作ってやった。
「・・・よかった。ありがと」
 楽太は嬉しそうに笑うと、そこに潜り込む。そしていつものように武流に抱き付くようにくっついてその胸に顔をうずめる。
「おやすみ」
「・・・おやすみ」
 楽太は武流の声が返るのを聞いてから、目を閉じた。武流は枕もとの灯りを頼りに本を読み始める。いつもの、全くいつもと変わりない、光景。
 しかし、いつもと同じでは、困るのだ。
 いつもは武流が寝てしまってから動き出す楽太だが、この日は武流がまだ起きているのにもぞもぞと動き始める。そして、それに気付いて武流が目を向けたのを見計らい、楽太はガバッと顔を上げた。
「にいちゃん、いつ寝るのーっ」
「キリのいいところまで読もうと思ったんたが、・・・眩しくて寝れなかったか?」
「ううん、そうじゃなくて・・・」
 楽太はそこで少し言葉を途切れさせると、武流を窺うように見て口を開く。
「・・・にいちゃん、見ててもいい?」
「何を?」
「にいちゃんのこと。ホントはにいちゃんが寝てからこっそり見ようと思ってたんだけど・・・」
 もう想いを告げてしまったのだから隠すこともないと、楽太は少しの照れを浮かべながら武流を見上げた。
「嫌だったら・・・いいけど」
「・・・いや、別に・・・」
 楽太の思った通り、武流は嫌だなんて言えずに曖昧に返す。拒否されないならそれは肯定と同じだ、とばかりに楽太はすっかり武流に視線を定めた。
「にいちゃんは気にせずに本読んでてね」
 楽太が促すと武流は本に目を戻す。楽太の言った通りに気にせずページをめくっている、ように見える。
 だが、きっと気になっているはずだ。接している体、手や足の微かな動き、そして何より真っ直ぐに向けられる熱の篭った目。
 今迄は気にならなかった気付かなかったそれらを、武流はきっと感じているはずだ。
 いつもと変わらない遣り取りに見えても、それでも確実に、変わってしまっているのだ。
「・・・にいちゃん」
 しばらくじっと見ていた楽太は、ふと武流から体をずらし始める。そして、布団から出てベッドを降りた。
「あのさ、オレやっぱり自分のとこで寝るね」
 楽太はもう平静を装うこともなく微かに上気した顔を向けて言う。武流はどうしてかわからないらしく不思議そうに見返してくるので、楽太は少し拗ねたような表情をした。
「・・・オレだって、健康なオトコなんだから。そこんところは察してよ」
 言って武流の反応は確かめずに楽太は部屋を出ていった。そして迷って、結局トイレではなく自分の部屋に向かう。
 武流に言ったことは本当で、楽太はベッドに横になると熱を鎮めるためにそこに手を伸ばした。
「・・・にいちゃん」
 その姿を思い浮かべて手を動かしながら、楽太は考える。
 武流はどう思っただろうか。弟にそういう目で見られているのだと、実感出来ただろうか。それとも、側にあったぬくもりが消えて少し寂しいと、そんなこと思ったくらいだろうか。
 それでもいい。まだ、それでも。
 でもこれからはそうはいかないと、楽太は思いながら手の動きを速めていった。


「へー、ついに告白したんだ」
 いつものように放課後五人で集まって話していて、楽太は話の流れで昨日のことを報告した。
「勇気あるな。普通怖くて出来なくないか?」
 驚くというより不思議そうに良太は楽太を見る。
「そうでもないよ。拒絶されないのはわかってたし」
「「どうして?」」
 当然のように言った楽太にハモッて聞き返したのは、興味津々そうな瑛一郎とシャルロットだ。
「だって、にいちゃんはオレのこと絶対に嫌いになれないもん。二人きりの家族だからね」
「なるほど。じゃ、まず第一関門突破てかんじだね。おめでとう」
「で、次はどうするの?」
 ちなみに憲一は、いつものように黙ってただ話を聞いている。
「とりあえず、オレが恋愛感情持ってんだって実感させて、それでオレのこと意識するようになって欲しいかな」
「へえ、これからは猛アタックするってこと?」
「あんまりやり過ぎるとさすがに引かれるかもしれないから、ちょっとずつさりげなくね」
 楽太は明らかに策略家の顔をして語った。その表情に良太は呆れてるんだか感心してるんだか微妙な溜め息をつく。
「お前って、この話題になるとなんか怖いけど、でも一番生き生きしてるよな・・・」
「当然じゃん。オレの人生の楽しみ目標生きがい諸々、にいちゃんのことで90%くらい占めてるもんね」
 キッパリと断言して、楽太はまた考え始めた。これからどうしていくのか、何度考えても足りない。万が一間違ってはいけないからだ。
 武流に好きだという気持ちをちゃんと実感してもらう。早急すぎると、楽太を大事だと思う気持ちよりも戸惑いが大きくなってしまって、それが嫌悪感に繋がらないとも限らない。
 だから慎重に、と思う一方で、しかし楽太は自分がもうあまり待てないだろうことにも気付いている。想いを隠しておかなければならない枷が外れたので、きっと今迄抑えていたぶんその反動が来るだろうから。気持ちがばれてしまったら、次は早く受け入れて欲しい応えて欲しい。想いをとどめなくていいのなら、欲求もとめられなくなってしまうのだ。
「でさ、両想いになれそうなの?」
 楽太が一人で自分の考えに入っていた間、いつものように二人で盛り上がっていた瑛一郎とシャルロットは、ふと楽太に話を戻した。
「・・・なれる。ていうか、ならせる。どんな手を使っても」
「どんなって、どんな?」
 堅く決意するように言った楽太に、二人は興味が尽きないらしく更に聞く。
「にいちゃんはオレのこと好きだからさ。それが弟に対してのものでしかなくても、そこを利用する。オレが何やっても、にいちゃんは絶対に嫌いになれないから、だから最終的には受け入れるしかなくなるんだよ」
「ふうん、策士だね。でもそんなに上手くいくの?」
「いかせるの。見ててよ、じわじわと陥落させてみせるから」
 そう言って目を煌めかせて楽太は、まるで獲物を狙う肉食獣のようだった。