#Call





 八月十二日。二十六の誕生日を明日に控えた武流は実家に帰ってきていた。

 武流の家族は両親と兄一人からなるのだが、皆そろいもそろって家を空けることが多く、兄などは現在ニューヨークに住んでいる。加えて、武流を除いて皆そろいもそろって明るく賑やかでイベント好きなのである。なので、普段一緒にいられない分、都合を合わせやすい時期にある武流の誕生日は家族全員で集まって過ごすのがいつのまにか決まりになっていた。

 そんなわけで、武流はこうして帰ってきているのだ。そして久しぶりに全員そろって食卓を囲っているのである。いつも変わらない高いままのテンションで話している三人に、武流は慣れているので会話に加わることなく静かに御飯を食べていた。そんな武流にやはり慣れている三人は気にせず話していたが、武流が食べ終え立ち上がろうとしたとき母親がふと声を掛けた。

「そういえば武流、以前よりずいぶん表情が和らいでる気がするわ」

 一見ただの無表情にしか見えない武流の顔を、しかしさすが母親なのか僅かな変化に気付く。

「言われてみればそうだな。恋人でも出来たか?」

 母親の言葉にすぐに乗って、兄も声を掛けてくる。武流は食器を片付けながらそれを軽く頷き肯定して、しまったと思った。しかし時既に遅し。

「ホントにいるのか!? ビックリだなっ」

「そういえばそんな話聞いたの初めてだな。お前もついに・・・」

「それより相手はどんな子なの?」

 驚きと感慨深げと好奇心満々な三者三様の視線を送られて、武流はそれを避けるようにリビングに向かった。三人はそれでも武流に話し掛けていたが、しばらくして全く反応が返ってこないので仕方なしにそれを諦めた。

 しかしまだその話題で盛り上がっている三人に、武流はうっかり言ってしまったことを悔やんだ。別に相手が楽太だからではなく、例えば普通の女の子でも、武流は家族にはなるべく知られたくなかった。いると言っただけであんなに騒いでいるのだから相手がわかったらどんなことになるのか、武流は考えるのも怖いのだ。ついでに言うなら、楽太がこの家族にすぐに馴染んでしまうだろうことも容易に想像出来て、あのテンションの人が四人になると思うと武流はそれこそおそろしかった。

 そんないつか現実のものになるかもしれない光景から取り敢えず今は目を逸らしたくて、武流はテレビをつけてソファに凭れた。

 しかし、つけておきながら武流の頭にはその内容は入ってこず、先程の母親の言葉が思い出される。ずいぶんと表情が和らいでる、と言われて、武流はそうだろうかと思った。しかし、すぐに確かにそうだろうと思い直す。楽太と付き合い始めてから自分が以前よりもずっとよく笑うようになったと武流は自覚している。嬉しいときや楽しいとき、ちょっと意地悪な気分になるときなど、自然に笑顔を浮かべるようになった自分を。それがほぼ楽太相手に限定されているとしても。

 武流は時計に目を遣って、あと四時間程かと思う。二十六になる時間であり、楽太が電話をすると言っていた時間。

 武流が誕生日は家族と過ごすと言うと、楽太はしばらくはむくれていた。しかし、ちょっと経って、楽太はそういえば自分も用事があったと言った。楽太は毎年この時期には母親と一緒に旅行に出掛けるのだと。

 そして楽太は、一緒に過ごせないのならせめて自分が一番に誕生日おめでとうと言いたい、そう言ったのだ。

 武流は早寝早起きの楽太がはたして十二時まで起きていられるのかと思わないでもなかったが、しかしそれでもきっと掛かってくるのだろうとそれを心待ちにしている自分にも気付いていた。

 誰かからの電話を待つようになったり、誰かにいろんな表情を向けるようになったり。武流は自分がそんなふうになるなんて、これまで思ったこともなかった。しかしその予想外の自分の変化を、武流は嬉しく思っていた。





「武流、電話よ」

「・・・ん? ああ」

 母親に起こされて、武流はソファーに沈ませていたゆっくりと身体を起こした。

 楽太が「一番」にこだわるので、寝た振りでもしていれば声を掛けられることもないだろうと武流は思ったのだが、そのうちにどうやら本当に眠ってしまったらしい。ちなみに、その間三人がすぐ側でずっと話し続けていたのだが、慣れているので武流の睡眠を妨げには全くならなかった。

「誰?」

「生徒さんみたいよ」

 そう言われて武流はやっと頭がハッキリしてきた。時計を見るともう十二時をまわっていて、この隙に家族に先に言われてしまわないようにと、武流は素早く電話に出た。

「もしもし」

『あっ、センセイ、誕生日おめでとー』

 出るなり楽太がどんな表情をしているか容易に想像出来る声で言った。

「うん、ありがとう」

『ね、オレが一番だった? まだ言われてない?』

「ああ、一番だ」

 武流がどうしても顔が弛むのを抑えながら言うと、楽太はやったーと言って、万歳でもして落としたのかたのかゴトッという音が受話器越しにした。楽太らしいその出来事に、武流は小さく笑いをこぼす。

『あ、なんか笑ったー。オレちゃんと起きてて電話したじゃん』

「でも、十分ほど過ぎてるぞ」

『それはー、ちょっと番号書いてもらった紙どこいったかわかんなくなってさっ』

 決して寝てしまっていたせいではないと弁解しようとする楽太に、理由としてはどっちもどっちだろうと武流は思って、やはり軽く笑う。

『あーまた笑ったっ。ちぇー、センセイなんか』

「俺なんか?」

『大好き』

 少し拗ねたように、しかし嬉しそうに言う楽太に、武流はいつも通り返そうと思って、そこでふと気付いた。さっきまで背後から聞こえていた三人の声が、いつの間にか聞こえなくなっている。経験から武流は三人がこっちをじっと窺っているのだろうとわかって、開きかけた口を閉じた。

『センセー、センセイはー?』

「うん、俺もだよ」

 武流は抽象的に言ってごまかそうとしたが、楽太はいつも言ってくれるセリフが返ってこないのでそれでは納得しない。

『ねえ、ちゃんと言ってよー。好きってさぁ』

「・・・また、会ったときにな。やっぱりそういうことは、直接言いたいし」

 武流は悟られない程度に声を小さくしながら、楽太が納得するであろう言葉を探して言ってやる。すると楽太はコロッと「そうだなー」と言って嬉しそうに笑った。

「じゃあ、そろそろ眠いだろう。またな」

『うんっ、またねっ』

 言われたせいで眠いのに気付いたのか楽太はあくびをしながらそう言って電話を切った。

 武流は無事に電話が終わったことに安堵しつつも、しかしもう少し長く話していたかったとも思った。もちろん名残惜しいというのもあるのだが、それ以上に武流はこの受話器を置いたあとの三人の反応が恐かった。うかつにも何度か笑ってしまったので、聡い家族は気付いてしまったかもしれない。

 溜め息をつきながら受話器を置いて、武流は思った。あとは、楽太の側に彼の母親がいなかったことを祈るのみだ、と。もっとも、そちらに関しては今更かもしれないが・・・――。





END


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さて、家族にはバレてしまったんでしょうか?

いつも楽太相手に強い武流が、

この話ではなんだかちょい情けなかったすね。

家族にとっては、子供はいつまでも子供ってことで。(そうか?)