愛しい人との日常で10のお題




10・きっと毎日が幸せ


「で? 邪魔なんだけど」
 日本に来て、いっちょ教え子の様子でも見にいこうと応接室を覗いたディーノに対して、雲雀は無愛想なその一言だけ。アッサリと、応接室から追い出されてしまった。
 しつこく粘っても嫌がられるだけだろうから、ディーノは仕方なくとぼとぼと来た道を帰るしかない。
 大体いつもこんなかんじだったが、それでもディーノがこうして雲雀に会いにきてしまうのは、家庭教師としてという思いがあるからと。雲雀に対していつのまにか、教師と教え子という関係以上の、好意を抱き始めていたからだった。
 どうしてよりにもよって雲雀、と自分でも思うが、感情はコントロール出来るものでもない。雲雀は今何しているだろうとか会いたいとか、ふとそう考えている自分に一度気付いてしまえば、余計にその気持ちは加速していった。
 とはいえ、相手は雲雀。いつも素っ気なくあしらわれてしまうし、自分を家庭教師とすら思ってくれていないだろう。さらには、性別以前の問題で、雲雀が恋愛なんてするようなタイプにはとても見えない。
 いろんな意味で自分の思いが叶うことはなさそうで、だからディーノは雲雀への気持ちが根付いてしまう前に、今のうちに諦めて忘れてしまったほうがいいだろうと思っていた。
「・・・・・・うわっ!?」
 そんなふうに物思いに沈みながら歩いていたディーノは、不意に何かとぶつかった、というよりは蹴り上げてしまった。
 向こうも前なんて見ずに走っていたのだろう、思いっきり飛んでいき廊下に落下し、が・ま・んと言い終える前に泣き始めたのはランボだった。
「悪ぃ、大丈夫か!?」
 ディーノは慌てて謝りながら駆け寄ろうとしたが、ランボは泣き喚きながらも、自分を蹴飛ばした相手へとバズーカを向けてくる。
 そして、今度は慌てて逃げようとするディーノに、その10年バズーカは見事に命中したのだった。


 自分を包んでいた煙が薄らいでいく中、ディーノは不測の事態に備えて身構える。当たったのはおそらく10年バズーカ、10年後もきっとマフィアをやっているだろうから、最悪抗争の真っ只中に飛ばされた可能性もある。
 しかし、クリアになっていく視界に映ったのは、物騒さなどまるでないだがあまりにも意外な場所だった。
「・・・・・・え?」
 そこは、ついさっきディーノが訪れた場所、並中の応接室にしか見えなかった。
 さすがに棚の位置やテーブルなど、10年の間に加わった変化がいくつかあるが。そして何よりの変化が、いつも雲雀が座っていた執務デスクに、掛けている目の前の人物。
 その青年はとても中学生には見えず、そういえば自分がこの場に現れたということは、10年後の自分もこの場にいたわけで。並中の応接室に10年後の自分と一緒にいるこの青年を見つめながら、ディーノはもしかしてと思った。
「・・・・・・恭弥・・・か・・・?」
 黒いスーツに包んだ体はすっかりと成長しているが、その黒髪にも益々鋭くなった切れ長の瞳にも、雲雀の面影があるような気がする。
 でも確信はなく呟くように問い掛けたディーノに、目の前の青年はディーノの知る雲雀が決してしない表情、悠然とした笑みで答えをくれた。
「そう、僕は10年後の雲雀恭弥だよ」
「そ、そうなのか・・・」
 肯定されやっぱりと思いながらも、ディーノは不思議な気分がする。外見上の変化は当然のことだが、パッと見の鋭く冷たい雰囲気は変わらない気がするのに、やはり纏う空気が何か違う気がした。
 ついしげしげと見つめてしまうディーノに、雲雀はやはり微笑を浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「ねぇ・・・その頃の僕が、あなたのことをどう思っていたか、教えてあげようか」
「・・・えっ?」
 唐突に切り出されて、ディーノは目を丸くした。どうして雲雀がそんなことを言い出したのかわからない。それに、目の前の雲雀は当時の感情としてそれを知っているのだと気付いて、でもそんな答えのわかりきっていることなんて聞きたくなかった。
 なのにディーノが断る暇を与えず、雲雀は勝手に答えを教えてくれる。
「あなたを家庭教師だなんて、思っていなかったよ」
「・・・・・・・・・」
 そうではないかと、予想はしていた。それでも、実際に10年後とはいえ本人からそれを聞かされると、余計にショックだった。
 だから聞きたくなかったのに、と思うディーノに、雲雀は何故か追い討ちを掛けるように言ってくる。
「僕にとってあなたは、そんな存在じゃなかった」
「・・・・・・・・・」
 重ねて言わなくても、と駄目押しされた気分になるディーノに、しかし10年後の雲雀は予想外の言葉を続けていった。
「一緒にいると妙に胸が昂ぶったり、触れたいと思ったり、あなたが別の人といると面白くなかったり・・・」
「・・・え?」
「ね、家庭教師に対して思うことじゃないでしょ。当時、まだ自覚はなかったけどね・・・僕はあなたが好きだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 あまりにも予想外過ぎる内容に、今雲雀はなんと言っただろうと、ディーノは目を丸くする。しかし雲雀は、10年バズーカの5分という時間制限のせいか、ディーノがちゃんと認識するのを待たずより端的に伝えてきた。
「信じられないのなら何度でも言うよ。僕はあの頃からずっと思ってた。あなたを愛してる、あなたにキスしたい、あなたを抱き」
「っ、や、もういい!!」
 平然と並べていく雲雀をディーノは慌ててさえぎった。直接的な言葉はあまりに衝撃的で、ディーノの胸は自然とドキドキしてしまう。
 いつも素っ気ない態度で自分をあしらう雲雀が、自覚はないにしてもそんなふうに思っていたなんて、とても信じがたいが本人が言うのだからそうなのだろう。
 雲雀が自分のことを、唐突に知ってしまったことをどう受け止めていいかわからず、ディーノは一先ず思考をずらしていった。
 どうしてこの10年後の雲雀は、自分にそんなことを教えてくれたのだろうか。疑問に思って、ディーノはふと眉ひそめた。
「・・・ていうか、こういうの教えるのって、ダメなんじゃねーのか?」
 現在の雲雀の気持ちだから正確には未来のことではないが、しかしこんなふうに知るのはなんだかズルをしてしまったようで、ディーノはうしろめたさのようなものに襲われる。
 しかし雲雀は首を傾げてから、肩を竦めて笑った。
「いいじゃない。無数にある世界なんだから、そのうちの一つでくらいズルしたって」
「・・・・・・・・・」
 確かに、この世界はいくつもに分岐してパラレルワールドを形成していく。今この雲雀とのやり取りの一つ一つも、世界が分かれていく要因になるだろう。
 そんな無数に存在している世界の中で、一つくらい、雲雀はその狙いを隠さず語っていった。
「今日あなたがこっちに来るってわかってたから、こういう場を作ったわけだし」
「え?」
「この世界では、あなたは僕の気持ちがわからなくて、なかなか近付いてこようとはしなかった。僕は僕で、よくわかっていなかったからね。上手くいくはずもなかった」
「・・・・・・・・・」
 つまり、この世界ではどうにもならなかったということだろうか。だからこの雲雀は当時の雲雀の気持ちを教えてくれて上手くいかせようとしてくれているのかもしれない、自分には可能性があるとわかっていながらディーノはその結末に悲しくなってしまう。
 そっと目を伏せたディーノは、しかし雲雀がゆっくりと歩み寄ってくるからまた視線を戻した。近付いてみれば、もうほとんど変わらない身長に、ディーノはまた10年の月日の長さを感じる。
 そして雲雀はその10年の間のことを、惜しげもなくディーノに伝えてくれた。
「だから、結局・・・5年かな、かかったしね」
「・・・え、じゃあ・・・おまえら、今」
「紆余曲折あったけどね、今は上手くやってるよ」
「そっか・・・」
 ホッとするような嬉しい心地になるディーノに、雲雀は口の端を上げ含みを持たせて言う。
「相性いいみたいだし・・・あっちのほうもね」
「えっ」
 雲雀のその表情を見ればどういう方面のことなのか想像は付いてドキッとするディーノは、雲雀の手にそっと頬を撫でられてさらに鼓動を早めた。
 雲雀はあざやかな笑みを浮かべながらディーノに囁き掛けてくる。
「だから、安心してさっさと僕を口説き落としなよ」
「恭弥・・・」
 そしてもう一度雲雀の手がディーノの頬を優しく撫でた瞬間、ディーノは煙に包まれた。


「・・・えっ、あれっ?」
 そして元の世界に戻ってきたディーノは、動揺する。廊下にいたはずなのに、何故かさっきまでとあまり代わり映えのしない、応接室に自分が立っているのだ。
 つまり入れ替わっていた10年後の自分がここまで移動してきたのだろうと察しても、ディーノの動悸は治まらなかった。
 ディーノの見慣れた雲雀が、執務デスクに座ったままこっちを見ている。
 あんなことを聞かされた直後だし、さらに雲雀も10年後の自分に何かを言われているのだろうかと思うと、ディーノはどうしてもドキドキしてしまった。
「・・・何か用?」
 しかし聞こえてきたのは、ついさっきと何も変わらない雲雀の冷たい声。本当にこの雲雀があんなふうに思っていたのだろうかとつい疑いながら、つまり10年後の自分は雲雀に何も言わなかったようだと、ディーノはちょっと残念に思ってしまう。
 しかしすぐに、ここから先は自分でなんとかするべきだろうと思い直した。10年後の雲雀が、充分過ぎるほど力を貸してくれたのだ。
 しかし一体どうしたものかと考えたディーノは、遠まわしにすれば10年後の雲雀たちの二の舞になってしまうかもしれないと、直球で行くことにした。
 今何もしなくても5年もあれば上手くいくかもしれないが、この段階でもうほとんど同じ思いなのだと知ってしまえば、やはり早く気持ちを通じ合わせたくなってしまう。
「・・・なあ、恭弥。オレ・・・おまえのこと、・・・好きなんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 とはいえ自覚がないらしい今の雲雀とすぐにというわけにもいかないだろうと思いながらも、ディーノが伝えれば雲雀は少し目を丸くした。
 そして、首を傾げると視線を俯け、何か考えているような素振りを見せる。
 この段階では告白したところで黙殺されるか咬み殺されるか、きっとその辺りだろうと思っていたから、よくわからない反応にディーノも首を傾げた。
「・・・・・・・・・」
 雲雀はしばらく黙りこくってから、不意に立ち上がると、ディーノに近付いてくる。そして、やっぱり咬み殺されるパターンだろうかとつい身構えるディーノを、すぐ間近から見上げてくると。
 何故か、いつも無愛想なことしか言わない雲雀の唇が、ディーノの唇にぶつかってきた。
「・・・っ!?」
 キスと言うには乱暴な接触だったが、しかしキスとしか表現出来ない気がする。そんな予想もしていなかった雲雀の行動に、ビックリしたディーノは足を滑らせてしまった。
 そのまま背後のソファに運よく座る形になったディーノなど、見えていないかのように雲雀はペロリと自らの唇を舐めて呟く。
「ふぅん・・・」
「・・・え?」
 何かに納得したのだろうか、益々どういうことかわからないディーノに、雲雀は圧し掛かるようにして近付いてきた。
「・・・えっ、あの、恭弥・・・?」
 ついさっきまで自分を散々無下に扱ってきたくせに、突然今度は雲雀のほうから近付いてこられて、ディーノは動揺してしまう。
 そういえば、あの雲雀が言っていたことによれば、この雲雀にはディーノに対する欲求自体はすでにあったらしい。もしかしてそれを自覚させてしまったのだろうか。だったら、勿論嬉しいのだが、しかし心の準備も何もしていなくてちょっとどうしていいかわからない。
 なのに雲雀は躊躇なく、またキスしてこようとしていると察して、ディーノは慌てた。
「ちょ、ちょっと待て恭弥!」
「なんで?」
「な、なんでって・・・」
 雲雀を押しとどめようと腕で突っぱねるディーノに、雲雀は不満そうに眉をしかめ言ってくる。
「僕のこと好きだって、言ったじゃない」
「や、言ったけど・・・」
 好きとキスがすぐに繋がる、恋愛になんて全く興味なさそうに見えていた雲雀の意外な思考回路に驚きながら。なのに肝心なところをすっ飛ばした雲雀に、ディーノはやはり直球で聞いてみた。
「おまえは・・・オレのこと、どう思ってんだ?」
「・・・・・・さあ?」
「おい!!」
 不思議そうに首を傾げる雲雀に、はぐらかしているわけではなく本当によくわかっていないのだと察して、ディーノはガックリする。
 確かに、諦めたほうがいいだろうかと思っていた自分とこんな雲雀では、5年掛かるのも当然どころか最終的によく上手くいったなと不思議だった。
 しかし、あの雲雀たちとは違う世界を、もう歩み始めているのだ。上手くいくのに5年も掛からないかもしれないし、反対にずっと上手くいかないかもしれない、それは自分たち次第だろう。
 取り敢えずまずは雲雀にちゃんと自覚してもらわなければ何も始まらない、ディーノは未来からの助言を思い出しながら心を決めた。
「仕方ねーな・・・口説き落としてやるよ」
「・・・・・・誰を?」
 ディーノの呟きに反応してムッと眉をしかめる、なのにまだ無自覚な雲雀に苦笑しながら。
「おまえ以外、誰がいるんだよ」
 ディーノは自ら雲雀を引き寄せ、唇を重ねていった。


 懐かしい10年前世界から戻ってくると、すぐ間近に雲雀の顔が見える。キスでもしていたかのような至近距離に、雲雀ならやりかねないな、とディーノは思った。
「おかえり」
「ただいま・・・機嫌、よさそうだな」
 笑みを浮かべている随分と満足そうな雲雀にそう言えば、やはり肯定が返ってくる。
「まぁね。伝えたかったことは伝えられたから」
「・・・マジで過去、変えちまったのかよ・・・」
 事前に話を聞いていたディーノは、久しぶりにこの部屋のソファに掛けながら、つい溜め息をもらした。
「彼らにとっては、未来を、だね」
「そーだけど。オレのときは、キャバッローネでロマーリオ老けたな!とか、平和に過ごしただけだったのになあ・・・」
 10年前のこの日、ディーノが10年バズーカに当たってこの時代に飛ばされる。その話をディーノから聞いた雲雀は、せっかくだからその機会を利用しようと言い出した。
 結局ディーノもそれに同意し、こうして雲雀が昔の自分と会えるように手伝ったわけだし、おかげで自分も昔の雲雀に会えたのだが。
「・・・ついでに、昔のオレになんか変なことしたんじゃねーの?」
「あなたはしなかったの?」
 隣に腰を下ろしながら問い返してくる雲雀に、ディーノは肩を竦めながらまた溜め息をついた。
「しねーよ。せっかくだから面拝んどいたけど。昔の恭弥とは、会話すらマトモに成立しなかったぜ」
 雲雀が昔の自分に教えたように、ディーノが昔の雲雀に気付かせるという選択肢もあるとは思っていたけれど。実際あの頃の雲雀を目の前にして、これは5分じゃ無理だとすぐに匙を投げてしまった。勿論、だから迂闊に手を出すわけにもいかなかったのだ。
 ちょっと勿体なかった、と自分でも思ってしまうのだから、雲雀なら躊躇することなく手を出したのではないか。ディーノはそう思ったが、雲雀からは意外な答えが返ってきた。
「僕もしてないよ。そう思われてたんだったら、すればよかったかな」
「・・・・・・」
 どうやら、雲雀は昔のディーノに、純粋に伝えたかっただけだったらしい。あの頃は自覚すらしていなかった、自分のディーノへの思いを。
 確かに当時それを知っていたら随分と違っただろうと思ったディーノは、でもそこを意図的に変えてしまって本当によかったのだろうかと、今さらちょっと不安になってしまう。
「なあ・・・オレたちは5年掛けたから上手くいっただけで・・・急いで逆に上手くいかなくなる可能性も、あるんじゃねーのか?」
 そもそも、あの頃の雲雀にもうその気持ちがあったということ自体、実はディーノにとってはいまいち信じられないことだった。思い返してみても、あの頃雲雀は自分を倒すべき相手、もしくはどうでもいい存在としか見ていなかった気がする。
 もしでも本当に雲雀にもすでに好意が芽生えているのだとしても、だからといって上手くいくとは限らないだろう。
「心配?」
「そりゃあな・・・」
 おまえは心配じゃないのか、と視線を向ければ、雲雀はただ笑んで。伸ばしてきた指でディーノの頬をなぞりながら、唇を重ねてきた。
 慣れた感触に、バカみたいに心臓が鳴ることはなくなったが、代わりにあたたかいものが胸を満たしていく。そして目の前の雲雀もまた、その瞳に愛情をたたえてディーノを見つめていた。
 こんなふうに雲雀と当然のようにキスをする仲になれるなんて、10年前は思ってもいなかったのに。
「向こうも、こんなふうにもうしてるかもしれないよ?」
「さすがに、そこまで手は早くねーだろ」
「どうかな」
 キスの合間に言葉を交わし、笑い合う、こんなやり取りも10年前には思っていなかったこと。10年前は絶対に叶わないだろうと諦めてかけていた思いを、それでも自分は雲雀と通じ合わせていったのだ。
「まぁ・・・なんだかんだあっても、最終的には上手くいく気がするな」
 だからディーノは、なんだかそう思えてきた。10年前のディーノと雲雀には、自分たちとは違う障害が待ち受けているだろうが、彼らもきっと乗り越えることが出来るだろう。
「オレたちみてーに」
「僕たちみたいに?」
 すると全く同じ意味の言葉が雲雀とかぶって、ディーノは笑いながら確信に近く思った。
 もう違う世界を生きている彼らに、待つのもきっと、幸せな未来だ。








お題配布元:原生地さま。