愛しい人との日常で10のお題




6・話題は尽きることなく
 (リボ&ディノ)


「遅ぇーぞ」
 沢田家のリビングに入るなり、リボーンから飛び蹴りが飛んできた。そう来るかなとちょっと構えていたのに直撃してしまったディーノは、かろうじて転ばずその場に踏みとどまる。リボーンへのお土産も、なんとか落とさずにすんだ。
「ったく、荒っぽい歓迎だな」
「よけれねーおめーが悪い」
 リボーンはバッサリ切り捨てながらソファに戻って、その小さな手でコーヒーカップの取っ手を掴み口元へ持っていった。そんな優雅な姿に苦笑しながら、ディーノも向かいに腰を下ろす。
 そして奈々がディーノの分のコーヒーと、お土産に持ってきた焼き菓子を出してくれるのを待ってから、大事に抱えていた紙袋をテーブルに置いた。
「ほら、ご所望のキャバッローネスペシャルだぜ」
「サンキュー」
 リボーンは満足そうに笑って、めずらしく感謝の言葉を口にする。ディーノが持ってきたそれは、キャバッローネお抱えシェフの特製ブレンドコーヒー豆で、リボーンのお気に入りだった。
 だからリボーンは、ちょくちょくディーノにこの豆を持ってこいと催促してくるのだ。
「おまえくらいだぜ、マフィアのボスをこんな用件で呼び出すなんて」
「誰のおかげでなれたと思ってんだ」
「それがよーくわかってるから、遥々来てんだろ」
 リボーンがディーノをボスとして鍛えてくれ、そしておかげでキャバッローネがここまでになれたのだと、ディーノをはじめファミリーの誰もが知っている。だから、どんな用件だろうとリボーンに呼び付けられればディーノは出向くし、ファミリーは送り出してくれるのだ。
 まあ、リボーンの無茶振りに、困ることがないと言えば嘘になるが。思わず溜め息をもらすディーノに、リボーンが言ってきた。
「それに、たまには教え子の顔が見てーしな」
「・・・・・・」
 リボーンがそういうことを言うのは本当にめずらしくて、ディーノはちょっと嬉しくなってしまう。とはいえ、そう思うなら会いにこいよ、とも思った。
「そこで、自分が来るんじゃなくて、呼び付けるところがさすがリボーンだよな」
「褒めるな、照れるぜ」
「褒めてねーっつの!」
 即座につっこんでからハァと溜め息をもらしたディーノは、焼き菓子を一つ手に取ってソファに凭れていった。
「まぁオレも、たまには会いてーしな。おまえにも、ツナたちにも」
「昔のおまえ並にへなちょこなツナにか」
「いちいち一言多いっての」
 人をおちょくるのが趣味の一つなリボーンを軽く睨んでから、齧ったクッキーが弾け飛ぶから慌ててかけらを集めながら苦笑する。
「でもなあ・・・昔の自分と比べると、ツナは全然しっかりしてる気がするけどな」
「そうかもな。少なくともツナは、おめーみてーにことあるごとに泣きべそかいてないな」
「そ、そこまでじゃなかったぞ!」
 断じてことあるごとにではなかったが、しかしちょくちょくそういうこともあったのは確かで、ディーノは気恥ずかしくなりながら話を進めた。
「それはともかく。でも、ちょっとツナが羨ましいんだよな・・・」
「なんだ、またオレに鍛えられてーのか?」
「それは丁重に辞退する」
 ありがたかったと思ってはいるが、かといってもう一度なんて絶対に御免だ。キッパリ答えてから、ディーノはリボーンにだから、正直な思いを口にする。
「オレにはロマーリオたちファミリーがついてたけど・・・ツナには山本とか獄寺とか、同世代の・・・ファミリーってよりは友達、がいてさ」
「そーだな、おめーはマトモに友達いなかったもんな」
「そう言われると傷付くな・・・」
 ズバッと言ってくるリボーンに、否定しては返せず、ディーノは代わりに昔の自分をフォローするように言葉を並べた。
「でも、あんなマフィアだらけの学校でマトモな友達なんて、そりゃ出来なくて当然だし・・・結局、途中で辞めたしさ・・・」
「そうそう、いじめに耐えかねて逃げるように学校辞めたんだよな」
「違ぇーだろ!」
 いちいち茶化してくるリボーンに話の腰を折られまくりながらも、ディーノは心優しく人を和ませる雰囲気を持っている弟分を思い浮かべながら、つい想像する。
「オレがもうちょっと遅く生まれてたら、ツナたちともいい友達になれたのかな・・・」
 本気でそうだったらよかったと思ってはいないが、ツナたちを見ているとちょっと羨ましいような気分になることがあるのも事実だった。
「そしたらオレにカテキョーしてもらえねーから、おめーはへなちょこのままだったろうな」
「うっ・・・そーだけど・・・」
 そういうことじゃねーだろ、とつっこむのもそろそろ面倒になってきて、ディーノは要は何が言いたいのかさっさとそれを伝えることにする。
「ま、ツナたちに力貸し見守れる、このポジションもいーもんだ。それもこれも、まあおまえのおかげっていうか・・・なんだかんだ言ってさ、おまえにはすげー感謝してる。真面目にな」
 リボーンが自分にとってどれほど大きい存在か、年が経つにつれ実感することが多くなった。その気持ちを真剣に伝えるのは、長年の付き合いだからこそ照れくさくて難しい。
 でもたまには、と言葉にしたディーノに、リボーンは問い掛けてきた。
「なりたくねーって泣き喚いてたマフィアになっちまったのに?」
 つい、喚いてはねーよ、と言い返したくなったが、ディーノは気付く。口調こそいつもの飄々としたものと変わらないし、言い方にも一癖あるが、めずらしくリボーンの本心からの問いだった。
 確かにディーノにはマフィアになりたくないと思っていた時期がある。リボーンにはいつも一蹴されてしまっていたが、当時ディーノにとっては本気の気持ちだったから、リボーンも多少の引っ掛かりを感じてくれていたのかもしれない。
「そうだな・・・マフィアになんかなったらお先真っ暗だ、って思ってたけど。でも、おまえに鍛えられまくって、多少のことには動じないようになったしな・・・」
 今だから確信を持って言えることを、ディーノはニッと笑ってリボーンに伝えた。
「ま、おかげさまで、毎日楽しいぜ」
「・・・この幸せもの!」
「・・・・・・だから、いちいち冗談で落とすなよ!」
 ここにきてキャラを作って言うリボーンに、ディーノはやっぱりつっこまずにはいられず、怒鳴ってからハァと肩を落とす。
 この師はどうしていちいち水を差すのだろう、そう思ったディーノは、ふと思い付いて問い掛けてみた。
「・・・それとも、もしかして、照れ隠し?」
「調子に乗んな」
「ぎゃっ!!」
 飛んできた蹴りをよけられずマトモに食らったディーノに、すぐに元の場所に戻ってからリボーンはニヒルに笑って言う。
「ふっ、まだまだだな」
「ち、ちくしょー・・・すぐ暴力に訴えるんだもんな」
 ちっちゃな足から繰り出されたとは思えない威力に、ディーノは直撃した頭を押さえてぼやきながらついぼやいた。
「生意気言いやがって」
 そんなディーノに、リボーンは冷たく言ってきたかと思うと。
「それでこそ、オレの教え子だ」
「リボーン・・・」
 ニッと笑って続けられた言葉に、ディーノは思わず目を丸くした。めったにほとんど褒めてくれない家庭教師に、認めるようなセリフを言われると、喜ぶより前に驚いてしまう。
 そしてジワジワ嬉しさが湧き上がってこようとしていたとき、沢田家の玄関が開き誰か入ってくるのが伝わってきた。時間的に多分ツナだろう、とリボーンもディーノと同じ予想を立てたようだ。
「おっ、せっかくだからツナにおめーのダメダメエピソードを教えてやるか。下には下がいたって、励みになるだろ」
「か、勘弁してくれ・・・」
 冗談か本気か判別付きかねる口調で言うリボーンに、がっくり肩を落としながらも笑いをこぼして。リボーンには敵わない、でもずっとそうであって欲しいとディーノは思った。









7・小さな幸福感 (ツナ+ディノ)


 リボーンに呼び付けられて沢田家にやってきたディーノは、奈々に促されてツナの部屋の前までやってきた。すると、中からツナとリボーンの会話が聞こえてくる。
「だから、イタリア語なんて無理だって!」
「情けねー声出すんじゃねー」
 続けてドカッと鈍い音とツナの呻き声が聞こえてきて、それだけでどんな状況なのか想像が付いた。まるでそのまま昔の自分とリボーンのやり取りのようで、ディーノはつい苦笑する。
「そんなおめーの為に、心強い家庭教師を呼んどいてやったぞ」
「え、どうせ獄寺君とかビアンキだろ? やだよ! 第一、オレにイタリア語なんて必要ないし・・・」
「そうか・・・じゃ、帰ってもらうしかねーな」
 とっくに自分の気配を察しているだろうリボーンのセリフに、このタイミングだろうとディーノはドアを開けた。
「なんだよ、せっかく来たのに、もう帰らされんのか?」
「・・・ディーノさん!?」
 目を丸くして驚いているツナに気付きながら、ディーノは悪巧みに乗ってリボーンと会話していく。
「仕方ねーだろ、ツナがいらねーって言ってんだから」
「そっか、残念だな・・・」
「・・・え、あっ、家庭教師ってもしかしてディーノさん!?」
 ツナはディーノとリボーンを交互に見比べ、それからようやく呑み込んだ途端、慌てブンブン首を振った。
「いや、そんな、いらないなんてこと!!」
「ハハッ、冗談だって」
 そんなツナに笑いながらディーノが部屋に入っていけば、入れ違いにリボーンが出ていく。
「じゃ、頑張りやがれ。くれぐれも、変な気起こすんじゃねーぞ」
「当たり前だろ!!」
 リボーンの余計な一言に、顔を真っ赤にしながらも怒鳴ったツナは、しかしハッとディーノに視線を向けてきた。
「あ、いや、あの・・・」
 ごまかしたいのにどう繕っていいかわからない、そんな様子のツナに、ディーノは揶揄いたくもなる。
 ツナが自分にほのかな好意を抱いていると、鋭いリボーンは勿論、ディーノも気付いていた。しかしツナは行動に出るわけではなく、もしかしたら認められてもいない段階かもしれないから、まだそっとしておくべきだろう。
「久しぶりだな、ツナ」
「あ、はい!」
 ディーノが改めて挨拶すれば、ツナはホッとしたように、嬉しそうに笑った。それから座布団に促してくるから、腰を下ろしエンツィオを肩からテーブルへ移動させるディーノに、ツナは首を傾げて問い掛けてくる。
「でも、本当にこの為に呼ばれたんですか?」
「まあ、そんなとこかな」
 まさかという思いと、リボーンだからもしかしてという思いを半々浮かべているツナに、ディーノは曖昧に返した。
 リボーンにその為に来いと言われたのは確かだが、ついでにこっちでいくつか仕事をするつもりだ。そう言ったほうが恐縮しないのならいいが、未だマフィアを嫌っているツナに仕事のことを言っても引かれるだけな気がする。
 だからディーノは、話題を変えようと明るく声を上げた。
「じゃ、早速やっか!」
「うっ・・・」
 途端に嫌そうな顔をする、ツナの気持ちはディーノにはよくわかる。
「その気持ち、すげーよくわかるけどな。オレも何度逃げ出そうとしてリボーンにしばかれたかわかんねー・・・」
 リボーンに英語やら日本語やらを叩き込まれた頃を思い返して、軽く地獄だったなと思わずハァと溜め息ついてから。でも、とディーノはツナを見つめた。
「おかげでツナともこうやって話せるんだから・・・勉強してよかったって思ってるぜ」
「ディーノさん・・・」
 ツナはちょっと頬を赤くし嬉しそうに顔を綻ばせてから、ハッと表情を引き締めて力強く言う。
「オレも、頑張ります!」
「よし!」
 上手くツナのやる気に火をつけられたようで、ディーノもツナにイタリア語を教えるのは楽しみだから、張り切って早速レッスンを開始した。


 硬い文法からというのも苦手意識が強くなるだろうかと、簡単な日常会話から教えていって、しばらく。
「ちょっと、休憩するか」
「はい・・・」
 一息入れようとディーノが提案すると、ツナはホッとしながら頷いた。せっせとメモしていたシャーペンを置いて、手を解しながら疲れたように呟く。
「イタリア語って、難しいですね・・・」
「日本語だって、相当難しいぜ」
 未だにディーノは、漢字はあんまり読めなかった。日本語のほうが難しいと思うが、それはイタリア語がネイティブだから言えることなのかもしれない。
「まあ・・・習うより慣れよ、って言葉あるんだろ? あっちに行くようになったら、そのうち嫌でも身につくさ」
「は、はは・・・。でも、ほんとディーノさんって日本語上手ですよね・・・」
 ツナはちょっと引き攣ったように笑ってから、後半は感心し尊敬するような眼差しをディーノに向けてきた。この頃は意識しているからか多少ぎこちないことも多いツナに、純粋な思いで真っ直ぐ見つめられると、ディーノはなんだか嬉しいようなこそばゆいような気分になる。
「・・・ま、ほら、リボーンに散々叩き込まれたからなー」
「ああ・・・オレ、ディーノさんでよかった・・・」
 やはり誰よりも共感できるリボーンのスパルタさに、また乾いた笑いをもらしながら、ツナは呟いた。
 リボーンにしごかれるよりはディーノに教えてもらったほうがいい、それは自然な流れの思考だが、しかしツナはすぐに言葉を付け加えてくる。
「あ、ディーノさんはリボーンみたいに暴力的じゃないし厳しくないし、だから・・・」
 自分に言い聞かせたいのか、それともディーノに悟られないようにしようとしているのか。ぎこちない態度を向けられるのも、それはそれで面映い気分だった。
 何も気付かなかった振りをしようと視線をずらして、ディーノはふとカーペットの上に転がっているものに目をとめる。何枚か散らばるCDのうち、タイトルがディーノに馴染みのあるイタリア語で書かれているものがあった。
「へえ・・・熱烈じゃねーか」
「え?」
 手に取ったCDをツナに向け、書かれてあるイタリア語を、日本語にして口にする。
「あなたを愛しています、って」
「あっ、それは!」
 ツナはまるでまずいものでも見付かったかのように、顔を真っ赤にしながら居心地悪そうにそわそわし始めた。まだそこまでの思いではないだろうが、似た気持ちを向けるディーノに指摘されて、気持ちを見透かされたようで落ち着かないのだろう。
 実際ディーノは知っているのだが、ツナはやはりごまかすように言葉を並べていった。
「・・・あの、でも・・・イタリア人って、そういうの言ったり・・・得意そうですよね」
「誰でも口説いて気障なセリフをペラペラ言うイメージ?」
「え、ええ・・・いや、まあ・・・シャマルみたいな・・・」
 イタリア人と多く知り合ってそうでない例も多く知っているからだろうが、ツナは自分から言い出しておいて曖昧に濁す。
「・・・まあ、確かに日本人に比べたら、感情表現がおおげさなくらいかもしれないな」
 ディーノは軽く肯定してツナの気を楽にしてから、CDをテーブルに置きながら、ちょっと迷ったが口にしていった。
「でもな、この言葉は、本当に大事な・・・本当に愛してる恋人にしか言わないんだぜ」
「そうなんですか・・・」
 へえ、と興味深そうに相槌を打ったツナの、CDに向けた視線が自分に移動してくるのを待って。
「Ti amo, Tsuna.」
「・・・・・・・・・」
 目を丸くしたツナに微笑み掛ければ、すぐに顔が真っ赤になり、それから慌てて口が開いた。
「って、じゃ、オレに言っちゃダメじゃないですか・・・!」
「・・・ハハッ、これくらい言えるようになったら、ツナも一人前だな!」
 ツナに合わせて、ディーノも冗談の振りをする。明るく笑い飛ばすと、ツナはホッとしたように息を吐いて、しかしそこには僅かに残念そうな色も含まれていた。
「オレは、まだまだそういうのはいいです・・・」
 苦笑いをしたツナは、一瞬、ひたむきな瞳でディーノを見つめる。でも、いつか。ツナが口にしなかった言葉が、聞こえてきた気がした。
 やっぱりすぐに視線をずらすツナに、せっつきたくなる気持ちをディーノは抑える。まだまだ成長途中の少年を、今はただ見守る時期だろう。
「そうだな、まずは日常会話がペラペラになんねーと。もうちょっと頑張るか!」
「うっ・・・」
 ツナはちょっと引き攣った顔をしたが、決意するように頷いてから再びシャーペンを握っていった。その様子を微笑ましく見ながら、次は何を教えようかと考える。
 ディーノにとってツナは、特別な存在だ。リボーンという家庭教師を共に持つ兄弟弟子、だという以上の意味で。
 そしていつか、ツナが正面から自分を見つめ思いを伝えてくれる、その日を待つのが今のディーノの楽しみだった。










8・振り向けば君がいる (フゥ×ディノ)


 シャワーから出たディーノに、フゥ太がミネラルウォーターのボトルを差し出してくれる。それを受け取って喉を潤しながら、ソファに腰を下ろしてホッと一息ついていると、フゥ太が髪をタオルで丁寧に拭いてくれる。
 あらかた乾かし終わると、フゥ太はそれを手にしてニコリと笑い掛けてきた。
「耳かき、してあげるよ」
「お、サンキュー」
 ディーノはありがたく、フゥ太の膝を枕にしてゴロリと寝転ぶ。フゥ太は早速耳かきを動かし始め、その繊細さにディーノは心地よさを感じた。
「フゥ太って、甲斐甲斐しいよな・・・」
 しかもやることすべてにそつがない、とディーノは感心してつい呟く。
「そりゃあ、ディーノにだからね」
「・・・・・・」
 ディーノもフゥ太が自分の世話を仕方なくではなくむしろ嬉々としてやっていることは知っているが。年上なのにこうも一方的に世話されていると、それを受け入れておいてなんだが、ちょっと微妙な気分になることもある。
「なんか、どれかっていうと・・・介護されてるかんじ?」
「そうかな。でもゆくゆくは、ちゃんとしてあげるよ」
「・・・・・・・・・」
 即答してくるフゥ太を、ディーノは見上げた。13歳年下の恋人が浮かべている笑顔からは、いまいち本気かどうか読み取れない。
 でも日々の甲斐甲斐しさから、あながち全く口からでまかせとも思えなかった。
「・・・フゥ太って、ホント、物好きだよな」
 13歳年上の男の世話をせっせと焼いて何が楽しいのだろう、とディーノが呟けば、フゥ太からはやっぱりすぐに返事が返ってくる。
「ディーノはよくそう言うけどさ・・・本当にそう思ってる? だとしたら、ディーノって、ホント、自分をわかってないよ」
「んなわけねーだろ。そう言うフゥ太のほうこそ、自分わかってねーよ」
「そうかな」
「そうだって・・・っハハ」
 言葉の途中で、ディーノは思わず噴き出してしまった。こんなやり取りを、今までに何度しただろう。
「いつもながら、不毛な会話だな」
「だね」
 フゥ太も微笑んで、耳かきを退けてから。
「要は、僕は昔からずっとディーノに夢中、ってことだよ」
 体を屈めて、チュッとキスをしてきた。やっぱ物好きだ、と思いながらディーノは言われるままに、向きを変えて今度はフゥ太の腹側に顔を持ってくる。
 またくすぐったさまじりの心地よさを耳に感じながら、ディーノはなんとなく会話を継いでいった。
「そういえば、ずーっと前からフゥ太はオレの怪我の手当てとかもしてくれてたよな・・・昔って、その頃から?」
 フゥ太は小さい頃から面倒見がよく器用な子で、ディーノもちょくちょくお世話になったが、さすがにその頃から特別な意味はなかっただろう。
 ディーノが冗談まじりに問い掛けると、しかしフゥ太からは意外な答えが返ってきた。
「そうだよ」
「・・・・・・えっ?」
 ディーノが思わず見上げれば、今までに何度も聞いたことある言葉を、ちょっと苦笑しながらフゥ太が繰り返す。
「ずっと前から好きだった、って言ってるじゃない」
「そーだけど・・・」
 そのずっと前というのが正確にはいつからか、なんてディーノは確認したことがなかった。まさか、と思わず体を起こして問い掛ける。
「え、いつから?」
「初めて会ったときから」
 ニッコリ笑って答えるフゥ太に、そりゃさすがに冗談だろうとディーノはまたゴロリと横になった。
「よく言うよなー」
「あ、本気にしてないでしょ」
「だって、会ったときなんて、フゥ太はこんくれーだったじゃねーか」
 手で当時のフゥ太の身長をあらわして、同時にあの頃のフゥ太を鮮明に思い出しやっぱりあり得ないとディーノは思う。
「人を好きになるのに、そういうのって関係ないと思うけど・・・」
 フゥ太はそんなディーノに、ちょっと不服そうに呟いてから、トーンを明るくして言ってきた。
「そんなときからずっとディーノのことを思ってた僕って・・・要は、ストーカーだよね」
「・・・いや、一途、とか言っとけよ」
 自分でそんな言い様をするフゥ太に、ディーノは笑ってしまう。いつからかはハッキリとわからないが、フゥ太が長く自分を思ってくれていたのは事実だ。
「つまり、ずっとオレのこと見守ってくれてたってことだよな」
「そう、悪い虫がつかないようにね」
「ハハッ」
 相変わらずどこまで本気かわからないフゥ太に、合わせてディーノも言葉を返す。
「で、まんまとおまえに捕まったわけだな」
「そう、思うつぼってやつかな」
 フゥ太がニコリと笑いキスしてきて、耳かきは終了した。
「サンキュ、じゃ今度はオレがやってやるよ」
 お礼にキスして、一応言ってみれば、やっぱりいつものようにやんわり断られる。
「ああ、僕はさっき自分でやったから」
「・・・オレには世話させてくれねーよなあ」
「僕は尽くすほうが好きなんだよ」
 溜め息をつくディーノに、片付けを終えたフゥ太が隣に座り笑い掛けてきた。
「勿論、ディーノにだけね」
「・・・・・・」
 その甘い言葉と笑顔で、フゥ太はいつもディーノの世話を甲斐甲斐しく焼き甘やかしてくる。
 それに心地よさを感じ、このままでは抜け出せなくなってしまいそうだ。でもニッコリ笑っているフゥ太に、それもこのうんと年下の恋人の思うつぼというやつなのかもしれない、という気にさせられる。
 でもまあそれも悪くないかと、フゥ太に引き寄せられるまま身を預けながらディーノは思った。









9・温かな微笑み
 (バジ×ディノ)


 そのパーティーに出た目的は、とある取引先社長のちょっとしたご機嫌取りで。覚悟していたとはいえ仕事と割り切っているとはいえ、あまり親しくしたくない類の男の話に延々付き合わされて、ディーノはすっかり疲れてしまった。
 もう目的は果たしたし、気分転換をしようと、バルコニーへ出る。
「あー・・・」
 ぼやきの一つでも言いたいところだが、どこに人の耳があるかわからないから、持って出たグラスのシャンパンと共に飲み込んだ。
 馴染んだ味にもあんまり気分は浮上せず、もう帰ろうかなと視線を近くに控える部下に送る。苦笑気味に頷いたロマーリオが、車の手配をしてくれているのを眺めながら、ディーノはホッと息を吐いた。
 ローマ市内でのパーティだからとても屋敷に帰ることは出来ないが、今晩はホテルでのんびり過ごそうと決める。
 シャワーを浴びて美味しいワインを飲んで・・・そう考えていったディーノは、ついバジルを思い浮かべた。今バジルと会えたら、きっと和んで癒されて疲れも吹っ飛ぶんだろうなあと思う。
 とはいえ会うなんてどう考えても無理で、でもせめて声でも聞けないかと、ディーノは携帯を取り出した。
 最後にもう一度会場に戻って挨拶をしなければならないが、その前にとコールする。バジルは隠密行動も多いから連絡がつかないことも多く、今日はどうだろうと思ったが幸いすぐに繋がった。
『はい、バジルです!』
 聞こえてくるいつもと変わらず快活な声に、ディーノは自然と笑みを浮かべながら一応確認する。
「今、大丈夫か?」
『はい、全く問題ありません!』
「よかった、ちょっと声が聞きたくなってさ」
 正直に言いながら、でも声を聞いたら今度は会いたくなってしまった。バジルの持つあたたかい空気に触れたい。
「・・・バジル、今、どこ?」
 唐突だなと思いながらも、ディーノは問い掛けた。会える距離にはいないだろう、それがハッキリしたらきっと諦めもつく。
 しかしバジルから、思いもしなかった答えが返ってきた。
『拙者はローマに来ております。任務は終わって、明日には本部に戻りますが』
「・・・・・・ホントか!?」
『は、はい・・・』
 思わず声を大きくしたディーノに、バジルはちょっと驚いた様子ながらも肯定する。
 自分の本拠地から離れたところにいるディーノと、こちらも任務に出ているバジルが、同じ都市にいるなんて。
 運命的なほどの偶然に驚きながら、ディーノも自らの所在を口にした。
「オレも今、ローマ・・・」
『それは奇遇ですね!』
 すぐにバジルの嬉しそうな声が返ってきて、ディーノに期待感が湧き上がっていく。無理だと思っていたことが、叶えられるかもしれないのだ。
「・・・任務、終わったって言った?」
『はい。これからホテルに戻るところです。ディーノ殿は?』
「オレは・・・」
 ディーノがチラリと視線を向ければ、もうとっくに車の準備は出来ていると合図が返ってきた。あとは挨拶をして会場を出れば、バジルに会えるかもしれない。ディーノはついそう考えたが、しかしバジルにだって都合があるだろう。
 切り出すのを躊躇して、それでもディーノが口を開こうとしたとき、携帯の向こうからバジルの声が聞こえてきた。
『・・・あの!』
「ん?」
『これから・・・お会い出来ないでしょうか!?』
「・・・・・・・・・」
 まさに自分が言おうとしていたセリフに、ディーノは驚きで一瞬頭が真っ白になってしまう。だからすぐに反応出来ないディーノの、気持ちをバジルは逆に取ってしまったようだ。
『あっ、む、無理ですよね! 申し訳ありま』
「いや、無理じゃねーよ!」
 謝って引き下がろうとするバジルを、ディーノは慌ててさえぎった。無理どころか、ディーノだってすごく会いたい。
「ちょうど、これからパーティーから帰ろうと思ってたところ。会おーぜ」
『は、はい!』
 嬉しそうなバジルの返事に顔を綻ばせながら、ディーノが自分の宿泊場所を告げれば、30分も掛からない場所にいるという。
「着くのオレのほうが遅いと思うけど・・・」
『はい、お待ちしております!』
「ああ!」
 ディーノは張り切って携帯を切ると、今日はこれで失礼すると主催者たちへ挨拶をしてから、パーティー会場を出た。


 ホテルに着くとバジルはもう到着していると言われ、ロマーリオたちに手早くおやすみと告げて部屋に飛び込む。
「バジル!」
「・・・ディーノ殿!」
 ソファに腰を下ろすことなく立って待っていたバジルは、ディーノに視線を向けると花が綻ぶように笑顔になった。
 待たせてごめん、と謝るのはそっちのけで、ディーノはそんなバジルに駆け寄り抱きしめていく。ギュッと腕に力を篭めれば、バジルもそろりそろりと腕をまわし返してきた。
「・・・あの」
 しばらくそのまま抱き合っていたが、ふとバジルが声を掛けてくる。もしかして苦しいのだろうかとちょっと腕をゆるめながら、ディーノはバジルの顔を覗き込んでいった。
「・・・申し訳ありません、その、我儘を言ってしまって・・・」
「んなことねーよ、嬉しかったぜ?」
 確かにちょっと驚いたというのはある。全く同じ気持ちだったこともだが、バジルが自分からそう言い出してきたことにだった。
 バジルは実直な少年だが、同時に控え目であまり自己主張をしない。だから、こんなふうに会いたいと言ってくれたのはほとんど初めてで、ディーノはすごく嬉しかった。
 しかしバジルはやはり申し訳なさそうに、そして正直に頬を赤らめながら言う。
「ディーノ殿が近くにいるなんて思ってもいなくて・・・もしかしたらと思ったらどうしても会いたくなって、気付けば口にしていました・・・」
「バジル・・・」
 本当に全く同じように思っていたのだとまた嬉しくなったディーノは、そういえば自分はその気持ちを伝えていないと今頃気付いた。
「オレも、近くにいるってわかって、すげー会いたくなった。おまえが言ってなかったらオレのほうが言ってたけど・・・おまえから会いたいって言ってくれて、嬉しい」
 ディーノが頬を包み込み軽くキスを落とすと、バジルは益々顔を赤くする。
「こ、光栄です・・・」
 そして彼らしい言葉と共に、はにかむような笑顔を浮かべた。
 それだけでディーノにあたたかい感情が満ちていく。思っていた通りパーティーでの疲れなんていつのまにかすっかり吹き飛んでいて、ディーノは自然と笑みながらもう一度バジルにキスしていった。



門外顧問とかキャバ屋敷とか、一体どの辺にあるんでしょう…








お題配布元:原生地さま。