2・変わらない君 (スク×ディノ)
連絡があってから30分少々、ディーノに窓を叩く音が聞こえてきた。駆け寄りカーテンを開けると、やはりバルコニーにスクアーロが立っている。
「よく来たな」
「おぉ」
扉を開けると、夜の空気と共に部屋に入ってきたスクアーロから、僅かに血の匂いがした。おそらく任務帰りなのだろう。
「腹、減ってるか?」
どこにも寄り道していないのならそうだろうと、問い掛ければやはり肯定が返ってきた。
「あぁ、腹ペコだぁ」
「じゃ、用意させるから、その間にシャワー浴びてこいよ」
「あぁ」
スクアーロはディーノの言葉に従ってバスルームへ向かい、ディーノは食事の用意を頼んでから、お先に一人でワインを飲んで待っている。大体これが、夜中スクアーロが訪ねてきたときの流れだった。
スクアーロはたまにこうやって、ディーノを訪ねてくる。「今から行っていいか」と携帯から連絡が入り、ディーノが大丈夫だと言えば、それから1時間もしないうちにこうやって窓からやってくるのだ。
近くまで来てから連絡をしてくるスクアーロに、もしダメだと言ったらどうするのだろうと思うが、幸いにも今までにそんなことはなかった。多忙で屋敷を離れることも少なくはないディーノだが、スクアーロが訪ねてくるのはあまりないことだからかもしれない。
シャワーから出たスクアーロは、ディーノのバスローブを拝借し、自然にディーノの隣に座ってきた。そして早速料理を摘まんでいくスクアーロにワインを注いでやってから、ディーノは思わず呟く。
「風呂に食事にお酌に・・・オレ、すげー尽くしてるやつみたいだな」
「・・・ま、否定する材料もねぇかもなぁ」
「んだよ」
ニヤリと笑って言われるから口を尖らせて返すと、スクアーロは再度ニヤリと笑いながら、唇を重ねてきた。昔は照れ屋でぶっきらぼうなやつだったのに、とつい思いながらも、久しぶりだからディーノも応える。
しばらくキスを楽しんでから、スクアーロはまた食事に手を伸ばしていった。男らしくガツガツ食っていく横顔を見ながら、ワインを傾ける合間にディーノはなんとなく口にする。
「・・・でもさ、スクアーロ」
「・・・あぁ?」
「今日、任務の帰りなんだろ?」
「あぁ」
視線を向けては来ずに答えるスクアーロに、前々からちょっと不思議に思っていたことを問い掛けていった。
「こういう、夜中までかかる任務って、ちょくちょくあるんだろ?」
「まぁなぁ」
「なのに、こうやってここに来る日と、そうじゃねー日って、何か違うのか?」
スクアーロにも事情があるだろうから、毎回来いなどとは思っていない。ただ、任務が終わって、会いたいと思ってくれるのはどういうときなのだろうと、気にはなっていた。
しかし、もしかしたら任務内容に関係するのかもしれないし、だったら自分には言えないだろうと、ディーノは話題をずらしていく。
「しかも、連絡ある日に限ってちゃんとオレがいるわけだから、不思議だよな」
「・・・・・・・・・」
タイミング合うってことはオレたち相性いいのかな、なんて他愛ない結論に、ディーノは持っていこうとしたのだが。
何故かスクアーロが、料理に伸ばしていた手をピタリととめて、押し黙ってしまった。
「・・・スクアーロ?」
「・・・・・・別に、ただの・・・偶然だぁ」
搾り出すように言ったスクアーロは、さらにディーノからプイッと顔を逸らす。まだ濡れている銀髪から僅かに覗いた耳は、微かに赤くなっていた。
「・・・え、偶然じゃねーのか?」
「偶然だって言ってんだろうがぁ!!」
慌てて振り向き怒鳴ってくるスクアーロに、つまり・・・と理解したディーノは、思わず噴き出してしまう。そういうことだったのかと、今度はディーノのほうが揶揄うように、ニヤリと笑ってスクアーロを覗き込んでいった。
「なあ、もしかして・・・オレがいるのを確認してから、連絡してきてるとか・・・?」
「・・・・・・・・・」
「で、連絡してしばらく時間潰してから、今着いたって装って姿見せてんのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
また押し黙りそっぽを向いて、スクアーロはその態度で全てを肯定する。
つまり、スクアーロから連絡があったとき、偶然ディーノがいつも家にいたわけではなくて。ディーノが家にいるのを確認してから、連絡し偶然都合が合ったことにして会いにきてくれていたのだ。そしてディーノが不在だったときは、黙って引き返していたのだろう。
「ハハッ、可愛いことしてくれるなあ!」
そんなスクアーロを想像したら堪らなくて、ディーノはグイッとスクアーロを引き寄せキスしていった。
「スクアーロは変わんねーな」
苦々しい表情のスクアーロに、ディーノはニコリと笑い掛けていく。
大人になって少しは洗練されたところもあるけれど、照れ屋でちょっと不器用なところは、全然変わっていない。
「・・・生意気言ってんじゃねぇぞぉ・・・!」
スクアーロは照れ隠しだろう、怒った顔をしてディーノに襲い掛かってくるから形だけの抵抗をした。
「ハハッ、やめろって!」
「おとなしくしろぉ!!」
ソファの上でじゃれるように絡み合いながらも、間を縫って口付ける。次第に、唇を合わせる頻度が増え、時間が長くなっていった。
「・・・ん、ぁ」
最後の濃厚なキスに、離れるときディーノが思わず熱い息を吐けば、スクアーロは得意げに笑う。
「これでも、変わってねぇって言うのかぁ?」
「・・・・・・・・・」
その男らしくも艶っぽい表情にドキリとしながら、しかしディーノは少し考えてから笑って答えた。
「いや、やっぱ変わってねーな」
「・・・・・・・・・」
スクアーロは面白くなさそうにムッと顔をしかめる。それから、再度挑むように口付けてきた。その、負けず嫌いでギラギラしているところも、やっぱり昔と変わっていない。
変わらないところも、そして変わったところも。全てが愛しくて、ディーノはスクアーロをギュッと抱きしめていった。
キャバッローネ屋敷のセキュリティーは、スクアーロはフリーパス、なんだと思います(笑)
3・手をつないで歩こう (山+ディノ)
頭上には晴れ渡る青空。並中の屋上のフェンスに背を預け、雲一つないなと思いながらディーノは口を開いた。
「山本さ・・・」
「なんすか?」
明るく笑って応える山本に、ディーノも口調だけは明るく、真面目に問い掛ける。
「おまえ、いつから気付いてたわけ? マフィア“ごっこ”じゃないんだってことに」
「・・・・・・さあ、いつからっすかね」
屋上の真ん中に立って、山本は肩を竦めながらやっぱり明るく笑った。まだ中学生でありながら、飄々としていて簡単に心中を読ませない山本に、ディーノは苦笑する。
「ディーノさんは、マフィアのボス、なんですよね?」
「・・・・・・・・・」
きっと山本は、長いことディーノのことを、ただのツナの親類のお兄さんだと思っていた。
それが変わったのは、山本たちが未来から帰ってきたときだっただろうか。もしかしたら、そのもうちょっと前からだったのかもしれない。
どちらにしても山本は、ツナたちを取り巻く世界を理解した。綺麗ごとだけではない、血生臭い裏の世界。そしてディーノもまたそこに属する、マフィアの、ボスなのだと。
まだ、彼らの前ではもうちょっと、たびたび日本に来るちょっと暇なイタリア人、として振舞っていたい気持ちもある。
それでも、もうこれ以上は繕えないだろうと、真っ直ぐ見据えてくる山本から視線を落としながらディーノは答えた。
「・・・ああ、そうだ」
ここまで巻き込まれたとはいえ、山本は、まだ片足を突っ込んだだけだ。ツナは自らのことも含め、こっちの世界に入ることに抗い続けるだろう。
だが、ディーノはもうどっぷり浸かっていて、もう抜け出せないしそのつもりもない。
果たして山本がどちらの世界を選ぶのか、そろそろ答えを出すときなのかもしれない。そして自分は一体どちらを望んでいるのだろう、そう思うディーノは、近付いてくる山本の足先に気付いた。
視線を上げれば、今日の空のように曇りのない笑顔で、山本が言う。
「俺・・・ディーノさんのこと、好きです」
「・・・・・・・・・」
ディーノは思わず、目を丸くしてから笑いをもらした。
「・・・脈絡ねーな」
「そうでもないっすよ」
「そうなのか?」
もう一度ちょっと目を丸くして首を傾げるディーノに、山本が両手を伸ばしてくる。ドキリとして僅かに硬くした体の、両脇に手をついて山本はちょっと癖のある笑みを浮かべた。
「だって・・・前に俺がふられたのって・・・俺が、なんにも知らなかったからですよね?」
「・・・・・・・・・」
見事に言い当てられて、ディーノは小さく息を呑む。
出会って数ヶ月経った頃、ディーノは山本にストレートに「好きです」と告白された。でも、住む世界が違う。そのときディーノは、山本本人の人間性や自分の感情などは脇に置いて、それだけで答えを出したのだ。
だからディーノは性別や年齢を持ち出してやんわりと断って、山本もそれを受け入れた。少なくとも今まで、ディーノはそう思っていた。
しかし山本は、あと20センチほどまで近付けた距離で、ディーノを見つめながらもう一度口にする。
「俺、やっぱりディーノさんのこと好きです」
「・・・・・・・・・」
「今度こそ、ディーノさんの返事、聞かせてもらえます?」
「・・・・・・・・・」
何も知らない山本には応えられない、ディーノはそう思っていた。でも、その枷が取れたら。
「・・・オレと深くかかわると・・・もう、陽の当たる道を歩けなくなるかもしれないぜ?」
「問題ないです」
山本は即答すると、両腕を広げ笑顔で言い放った。
「俺にとっては・・・ディーノさんが、太陽みたいなもんですから!」
「・・・・・・・・・」
突拍子もない想定外の言葉に、ディーノは思わず噴き出す。
「気障ったらしいセリフだな!」
「ははっ・・・俺もそう思いました」
頭を掻いてちょっと照れくさそうに笑う山本が、やけに眩しく見えて、ディーノは目を眇めた。太陽だなんて、山本のほうがずっと。
ディーノは山本へ腕を伸ばし、フェンスから背を離す。
「わっ、ディーノさん!?」
腕に抱き込んだ山本が、一瞬ビックリしたように体を震わせたが、すぐにおずおずと腕をまわし返してきた。
まだ少年の腕は、それでも力強い。
山本がどの世界で生きるのかは、本人が決めることだ。自分の為にこっちの世界に来る、なんて自惚れるつもりもない。でも山本は、ディーノと付き合うことで自らも少なからず闇を背負うことを、覚悟している。構わないと笑ってくれている。
そこまでの気持ちを、真っ直ぐぶつけられて、ディーノは嬉しかった。
本当にいいのだろうかという思いもまだあって、それでもディーノは山本から腕を離せない。
「ディーノさん・・・いい匂い」
「っ!」
しかし耳元でそう聞こえて、思わずパッと離れると、笑いながら山本は追ってきた。フェンスに背が触れると同時に、唇が軽く触れる。
そしてすぐに離れ、もう一度近付いてくる唇を、ディーノは今度は目を閉じて受け止めた。
「・・・・・・ディーノさん、その・・・」
「・・・・・・・・・」
やはり触れるだけだったキスと、期待で頬を紅潮させている山本の、腕からスルリと抜け出してディーノはわざと淡々とした口調で言葉を並べる。
「そうと決まったら・・・山本の親父さんに挨拶しにいかねーとな」
「・・・えっ?」
「一発殴られる覚悟はしとかねーと・・・あ、こういうとき手ぶらってわけにはいかねーか。それから、ビシッとスーツ着て・・・こっちに合わせて着物のほうがいいかな」
「・・・・・・・・・」
一息に言って振り返れば、山本はディーノをちょっと呆然と見返している。それから、どう受け取っていいかわからず困惑したように眉をしかめた。
「・・・マジっすか?」
「マジだぜ?」
これから山本は、うしろ暗い事情を少なからず抱えることになる。そんな中で親にさえ、隠してうしろめたい思いを山本がしなければならないのなら、やっぱり付き合うわけにはいかなかった。
「恥ずかしくて言えないか?」
「・・・いえ!」
ディーノが用意した最後の壁を、しかし山本は容易く乗り越えてくる。
「むしろ自慢したいくらいっす! 親父と言わず、誰にでも!」
「・・・・・・・・・」
どの世界にいても山本は、こうやって笑っている。自分の隣にいてもきっとそれは変わらない、確信に近くディーノにはそう思えた。
晴れやかに笑いながら、山本はディーノの手を掴んでくる。
「じゃ、行きましょう!」
「・・・・・・山本、オレも」
そしてそのまま弾む足取りで歩き出す、山本の手をギュッと握り返しながらその背に向かって、ディーノはようやく告白の返事を口にした。
4・「また明日」 (ロマ×ディノ)
「なあ、ロマーリオ」
声に出してから、ディーノはハッとして視線を向けた。やはり、イワンがニヤニヤ笑ってこっちを見ている。
「ボス、ロマーリオはいねーぞ」
「・・・わかってるよ」
揶揄うような口調のイワンに言われるまでもなく、ディーノだって部下の動向は把握している。ロマーリオはちょっと前から、仕事でイタリアを離れていた。
今までに全くなかったことではないが、しかしロマーリオはディーノの側についていることが多い。だからついつい、それを忘れて呼び掛けてしまうのだ。
「ハァ・・・」
ディーノが思わず溜め息をつけば、イワンは笑いに揶揄うような口調も加えて言ってくる。
「ボスが寂しがってるからさっさと帰ってこい、ってロマーリオに言っとくか?」
「勘弁してくれ・・・」
実際そういう思いもあるが、個人的な感情を仕事に持ち込むわけにいなかいし、イワンたちにそう思っていると思われるのも嫌だ。
もう一度溜め息をついてから、ディーノは切り替えることにした。ロマーリオがいなかったから仕事がはかどらなかった、なんて思われるのは御免だ。
「イワン、ここの資料が欲しぃーんだけど」
「どれ・・・了解、すぐ持ってくる」
イワンもすぐに仕事モードに戻って、ディーノはロマーリオがいない寂しさを埋めるように仕事に没頭していった。
煙草を嗜んでいるロマーリオは、いつも煙草の香りを纏わせている。あまりいい匂いではないはずだが、幼い頃からそれがロマーリオの匂いだったディーノにとっては、何よりも馴染むものだった。
そんなロマーリオの香りを、嗅いだ気がする。ゆっくり目を開いたディーノは、目の前にロマーリオの顔が見えて、まだ夢の中なのだろうかと思った。
しかし髪を撫でてくる、その感触が現だと教えてくれる。
「悪い、起こしたな。顔だけ見るつもりだったんだが・・・」
「ロマーリオ・・・」
「ただいま、ボス」
「・・・おかえり」
ベッドの縁に腰掛け見下ろしてくるロマーリオに、ディーノは体を起こして抱き付いていった。
おそらく仕事が速めに片付いて当初の予定より早く帰ってこれたのだろう。余計に寂しくなりそうで連絡を取っていなかったから、そんなことも知らずまだ数日先になると思っていて、その分ディーノは嬉しかった。
「・・・会いたかった」
「たった数週間、離れてただけだろ?」
ロマーリオはしっかり抱き返してくれながらも、苦笑する。
毎日のように一緒にいてたった数週間離れただけ、確かに贅沢な悩みだろう。
「そーだけどさ・・・」
でも、寂しいものは寂しかったのだ。ロマーリオはそんなふうに思わなかったのだろうかと、ちょっと不満に思うディーノに、苦笑まじりの声が聞こえてくる。
「まあ・・・こうやって、帰って早々顔だけでも見にきたオレも、人のこと言えねーか」
「ロマーリオ・・・」
ディーノはもう一度ロマーリオにギュッと抱き付いてから、今度はキスしていった。深く口付ければやはり煙草の味がして、ホッと安堵すると同時に、欲が湧き上がっていく。
このまま抱き合いたい、とディーノは自然に思ったが、ロマーリオは僅かに体を離していった。
「ボース、ダメだ」
「・・・なんでだよ」
ディーノが不満を隠せず言えば、ロマーリオは苦笑する。
「もう明け方が近い。今日はおとなしく寝ろ」
そう言って、あやすようにやわらかいキスを額にしてきた。
「また明日、な」
「・・・うん」
確かに寝る時間がなくなってしまうのは困るし、明日からはまたたくさん一緒にいられるのだ。ディーノが頷くと、優しく頭を撫でられる。
「いい子だ」
「子供扱いするなよ・・・」
ずっと幼い頃のようなやり取りに、ディーノが決まり悪くてつい軽く睨めば、ロマーリオは揶揄いまじりに笑った。
「一人で寝られないって言うんなら、子供って言われても仕方ないぜ?」
「・・・・・・」
わざとらしい言葉に、しかし反発するよりも欲求のほうが上まわってしまう。
「・・・だったら、子供でいい」
素直にそう言って、ディーノはまたギュッと抱き付いていった。その答えがわかりきっていたのだろう、ロマーリオは躊躇わずディーノを腕に抱いたままベッドに横になっていく。
「おやすみ、ボス。いい夢、見ろよ」
「ああ・・・おやすみ」
おやすみのキスを頬に受け目を閉じながら、でもロマーリオがすぐ側にいる現実に勝る幸せは、夢の中にだってないだろうとディーノは思った。
5・そっと触れる唇 (ザン×ディノ)
ヴァリアーのアジトに来たディーノは、道順を思い出しながら通路を歩いていた。すると、スクアーロと出くわす。
その、満身創痍に近い姿に、予想は付きながらもディーノは問い掛けていった。
「よお、スクアーロ。どーしたんだ、それ」
「別に・・・なんでもねぇ」
傷だらけなのにそう言ったスクアーロは、無愛想にそのまま立ち去ろうとして、しかし気を変えたのか一度立ち止まる。
「・・・テメェも、タイミング悪ぃときに来たなぁ」
「ああ・・・やっぱ、ザンザスがまた暴れてんのか」
思った通りで、ディーノはつい苦笑した。スクアーロが傷を負っているとき、その5割以上はザンザスの仕業なのだ。大抵は取るに足らない理由らしいが、軽傷で済んでいないスクアーロを見たかんじでは、今回はそれなりの原因があるのだろう。
「一体何があったんだ?」
「・・・ボンゴレのジジイ共が、ちょっとなぁ」
「ああ・・・」
スクアーロは言葉を濁したが、ディーノはそれだけでなんとなく理解した。
融通が利かなくてちょっと嫌味な、ボンゴレの古株たち。でも、ザンザスたちがかつてボンゴレに刃向かい9代目を命の危険に晒したのは事実。それを思えば、9代目が許しているとはいえ、多少風当たりが強くても仕方ないだろう。
それがわからないわけではなく、そして9代目に迷惑を掛けるわけにもいかないので、ザンザスは部下に当たっているといったところか。
「ま、でも、これでわかったぜ」
「あ゛ぁ?」
訝しげに眉をしかめるスクアーロに、ディーノはそもそも今日ここへ来た理由を教えた。
「ベルに、ザンザスの機嫌取ってくれって、頼まれてな」
「・・・・・・・・・」
あの馬鹿、と言いたげな表情になったスクアーロは、しかしベルと同じ気持ちもあるのだろう。
「・・・期待してるぜぇ」
小さくそう言って、若干体を引き摺りながらも去っていった。ベルはともかく、スクアーロまでそう言うとは、今回ばかりは自分の身も危ないかもしれない。
そう思いながらザンザスの部屋に着くと、扉の向こうから激しい物音が聞こえてきた。本当に相当荒れているなと、身構えながら扉を開ける。
「ザンザ・・・うわっ!」
その途端に何かが飛んできて、慌ててよけようとしたディーノは、足を取られてこけた。
分厚い絨毯のおかげであんまり痛くなかった顔を押さえながら、上体だけ起こしつつ一体なんだったんだろうと振り返る。すると、おそらくさっき飛んできたもの、レヴィが床に倒れ込んでいた。
可哀想に、とディーノは思わず同情したが、ザンザスはさらにレヴィを部屋の外へ蹴り飛ばす。それから扉を閉めると、ディーノの腕を引いて起こしそのまま引っ張っていった。
「ザンザス?」
不機嫌そうな顔をしたザンザスは、声を掛けても応えず、ソファにどかっと腰掛けてからディーノの腕を離す。
「・・・荒れてるみたいだな」
ディーノは立ったまま、そんなザンザスの頭に手を伸ばした。触れるもの全てを拒むような空気を持っているザンザスは、しかしディーノの手をいつも受け入れる。
今もザンザスは、髪を撫でられるのを撥ね退けるわけでもなく、反対にディーノの腰に腕をまわし引き寄せてきた。
「・・・・・・・・・」
ディーノもザンザスの頭を胸元に抱き寄せながら、思わず呟くように口にする。
「たまには・・・オレに当たってくれても、いーんだぜ・・・?」
ザンザスはディーノに、多少手荒いことはあっても、暴力を振るったことはなかった。別に、痛めつけられたいわけではないが。ザンザスが怒りの感情を自分には向けてくれないことを、寂しく思うような感覚がディーノにはあったのだ。
「・・・てめーには関係ねー」
しかしザンザスは、そう返してくる。腕を受け入れてくれても、どこかで疎外されているような気がして、ディーノは益々寂しく思った。
確かにディーノは、ヴァリアーでもボンゴレでもない。それでも、ザンザスの感情に、少しでもたくさん触れたかった。他の誰よりも。
「そりゃ・・・そーかもしれねーけど・・・」
「・・・・・・・・・」
つい拗ねるような口調になったディーノを、不意にザンザスがソファへと組み敷いてきた。無造作であっても乱暴ではなく、しかし驚きで目を丸くしたディーノを、ザンザスは見下ろしてくる。
「しけた面、してんな」
「・・・・・・・・・」
その自覚はあって、でもディーノは正直に全部を言えない。気まずい心地で視線をずらすディーノに、ザンザスは軽いキスを額や頬に落としてきた。
機嫌を取りに来たはずなのに、逆に取ってもらっている気がして、ディーノは益々居た堪れなくなる。
ともかく普通に戻ろうとザンザスを見上げれば、ザンザスはめずらしい・・・困ったような表情をしていた。
「・・・別に、わざとじゃねー」
「・・・え、何が?」
「・・・・・・・・・」
まだ話題が続いているとは思わず尋ねたディーノに、ザンザスはちょっと口篭ってから。
「てめーの面見ると、そういう気分じゃなくなるだけの話だ」
「・・・・・・・・・」
きっと、どうして自分には当たってくれないのだろう、とディーノが言外に滲ませたことに対する答えなのだろう。
つまりザンザスは、ディーノには怒りを見せないようにしているわけではなく、ディーノを見ると怒りが消えるということだろうか。
「・・・なんでだ?」
「知るか」
自分のことなのにアッサリと切り捨てて、ザンザスは再度口付けを落としてきた。ちょっと視線を横にずらせば酷い有様な室内が見えるのに、自分に触れるザンザスの手も唇も、やっぱり優しい。
未だ、僅かな疎外感は残っているが。他の誰にも見せない優しさを、自分だけに向けられて、嬉しくないわけがなかった。
「・・・今度は、何笑ってやがる」
「なんだよ、笑い掛けてやってんじゃねーか」
ディーノがまた頭を撫でてからその手を背に添わしていけば、ザンザスはニヤリと笑う。機嫌がいいときの表情だ。
特に何をしたというわけでもない気もするが、どうやらベルの頼みは果たせたらしい。
ザンザスと、スクアーロたちヴァリアーのような結び付き方は出来なくても、特別な繋がり方が出来るのならそれでいいとディーノは思えた。
何より。こうしてザンザスに優しく触れられることが、ディーノは結局やっぱり好きだった。
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