スタンド・バイ・ミー



 夢に見るのはいつも、あの頃のことだった。
 それは、あの頃が幸せだったからか、それとも、もう二度と戻れないとわかっているからだろうか。

 ザンザスが互いの父を介してディーノと知り合ったのは、十に満たない頃だった。
 父親の陰に隠れて、怯えたようにザンザスを見上げてきたディーノは、およそマフィアの次期ボスには見えなかった。
 そしてその印象は、その後も変わらない。何もないところで転ぶし、すぐ泣くし、2歳年下だからだけではなく、ザンザスにはひどく頼りなく見えた。
 なのに、初めて会ったときから、ディーノはザンザスを怖がりながらも、投げ付けてくる言葉はなかなか遠慮がなくて。
「オレはマフィアなんか大嫌いだ! だからおまえもオレに近付くんじゃねー!!」
 そうザンザスに宣言しては、慌てて逃げていこうとして、いつもドジを踏むディーノ。
 あのとき何故、ザンザスは助けてしまったのか。気まぐれか暇潰しか、それとも噴水に突っ込んだディーノがあまりに哀れだったからか。
 外へと引き上げて馬鹿にしたザンザスを、見上げたディーノの瞳は、いつもとは違った。
「おまえ、意外といいやつなんだな!!」
 一転の曇りもない笑顔でザンザスを見上げてきたディーノは、それ以降、今までの避けようが嘘のようにザンザスに懐いてくるようになった。
「だって、あいつらおっかねえもん。でも、みんなに怖がられてるザンザスと一緒にいたら、平気だろ?」
 というのがディーノの言い分だった。
 いつまで経っても、マフィアが嫌いで争い事も嫌いで。甘っちょろいことばっかり言って、ザンザスに能天気そうに笑い掛ける。
 こんな男が、果たしてマフィアのボスになれるのか、ザンザスがつい案じてしまうくらいだった。
「そんなんで、キャバッローネの10代目になれるのか?」
「オレはならないっての!!」
 ザンザスの言葉に、いつも即答していたディーノが、そのキャバッローネ10代目ボスに就任したのは、ディーノが13歳のときだった。
 父親にマフィア関係者が多く通う学校に入れられたと聞いたときも、きっと軟弱なところは変わらないのだろうと思っていたディーノが。跳ね馬なんていう大層な、似合わない二つ名を冠して。
 詳しい事情は、噂レベルでしか聞かなかった。ボスになったディーノと、ザンザスが会う機会は、なくなったのだ。
 まだ幼いディーノにとって、ボスの座を継ぐのは大変なことで、寝る暇さえない日々が続いたのだろう。
 たまにボンゴレ主催のパーティーに来ても、まだ次期ボス候補の一人でしかないザンザスと話す暇はディーノにはないようで。
 それでも一度、一度だけ言葉をかわす機会があった。
「マフィアのボスになんて、絶対なりたくないって思ってたのにな。でも、こうなったからには、やんないと」
 キャバッローネボスの証である刺青を首筋に覗かせながら、そう語ったディーノは、マフィアのボスとしての顔をしていた。
 ザンザスが知っていた、能天気そうな笑顔も泣きべそかきそうな顔も、そこにはもうなかった。
「まぁ、不安もあるんだけど。でも、おまえがボンゴレボスになってくれたら、心強いな。ファミリーの為、一緒に頑張ろうな!」
 そう言って笑ったディーノは、それでもまだ少しだけ、ザンザスが見慣れた屈託のない表情をして。
 そしてそれが、ザンザスがディーノと会った、最後になった。
 ディーノがそう言ったからボスの座を欲したわけではない。だが、それが全くなかったと言うと、嘘になるかもしれない。
 どちらにせよ、ザンザスは自分がボンゴレ10代目になるのだと、疑っていなかった。
 だが現実は、残酷で。ザンザスはボンゴレの血を引いていなかったのだ。ボンゴレの掟では、ブラッド・オブ・ボンゴレなくしては後継者として認められない。
 それでもザンザスは、ボスになりたかった。それだけ考えて生きてきたのだ。それ以外の道はなかったのだ。
 そうして起こした行動の結果が、8年前の「揺りかご」、9代目によって冷凍仮死状態に追いやられ。
 今、次期ボスの座を巡るリング争奪戦に敗れた。
 そしてディーノは、ボンゴレ同盟ファミリーのボスでありながら、片方に組することで危険な橋を渡ると承知で、ザンザスの敵に味方した。


 ザンザスはゆっくりと目を覚ます。
 いっそ目覚めずいられたら、そう思うザンザスに、しかし体の痛みが否応なく現実を突き付けてきた。
 少し動かした視線の先に、病室らしい内装と、そしてディーノの姿が映る。
「・・・目、覚めたか」
 静かに言うディーノは、やはりザンザスのよく知っていたディーノではなかった。
 8年の間にすっかり大人になった外見だけが原因ではない。
 8年振りにこんなに近くで見たディーノは、感情の読めない表情でザンザスを見下ろしていた。すぐ転んでよく泣いていた、屈託なくザンザスに笑い掛けていた、ディーノが。
 逃げたり暴れたりしないようにだろう、ザンザスの体はしっかりとベッドに固定されていて、腕を上げることも出来ない。
 そんなザンザスを、そうやって冷たく見下ろすことが、沢田綱吉に味方したディーノの望みだったのだろう。そう思うと、無性に苛立たしかった。
 ザンザスは唯一自由になる口を開く。
「消えろ」
「・・・はは、昔のオレだったら、おまえにそう言われたら泣きながら立ち去ってたかもな」
 だがディーノは動じず、低い声で言った。
「でも、オレはもう昔のオレじゃない」
「・・・・・・」
 そんなことは、ザンザスが一番よく知っている。
 ディーノも自分も、もう昔の自分ではない。もう昔の二人には戻れない。戻りたいわけではない、ザンザスは自分にそう言い聞かせた。
「・・・なあ、ザンザス」
 ディーノは立ち去る気配を見せず、椅子に座りながら語り掛けてくる。
「オレがどうしてツナたちに味方したか、わかるか?」
「・・・・・・」
 ザンザスは、身が自由にならないことを呪った。ディーノの口からそんなことなど聞きたくない。
 昔、ザンザスがボスになればいい、そう言ったその口で。ザンザスと沢田綱吉を天秤にかけて、そして沢田綱吉を選んだ理由など。
 だが、もしかしたらよかったのだろうかとも思う。自由に動けていたら、ディーノが言葉を吐く前に、殺してしまっていたかもしれない。
 ザンザスはシーツの中で、拳を強く握り締めた。
「おまえが勝ったら、あいつらみんな殺しちまうだろ? オレのかわいい弟分たちだからな。そんなこと、させるわけにはいかなかった」
 ディーノの口から、甘っちょろい言葉が出てくる。昔と変わっていない部分を見付けて、それでもザンザスの苛立ちは増した。
 沢田綱吉たちに向けるディーノの愛情など、聞きたくもない。言い訳も、されたくない。結局ディーノがザンザスよりも沢田綱吉を選んだ、その事実は変わらないのだ。
「それに・・・」
 だがディーノは、ザンザスが耳を塞ぐことも出来ないのをいいことに、言葉を継ぐ。ザンザスの思いもしなかった言葉を。
「ツナは、勝っても絶対に、おまえたちを・・・おまえを、殺さない・・・」
「・・・・・・・・・」
 ザンザスは、思わずディーノへ視線を向けてしまった。
 真っ直ぐ見つめてくるディーノと、視線が合う。昔、転んで泣き出す寸前、ディーノはこんな顔をしていなかっただろうか。
 だが、そんなディーノの姿が、ザンザスの視界から消える。ディーノが、ザンザスの目を手の平で塞いできたのだ。
「・・・なあ、ザンザス。おまえがオレのこと忘れても、側にいられなくても、構わねえよ」
「・・・・・・」
 ディーノの言葉は、ザンザスに手を退けろと抗議することを忘れさせた。呼吸することすら、忘れそうだった。
 ゆっくりと、近付いてくるディーノの気配。ディーノのもう片方の手が、傷に障らぬよう優しく、ザンザスの頬を撫で髪を撫で。すぐ近くに感じる吐息、震える声。
「おまえが何考えてるのかわかんないし。オレには何も教えてくれなかったし、何も知らなかったし・・・でも、それでもいい。もう、なんでもいい」
 ザンザスの頭を抱えるように、ディーノの腕がザンザスを包んだ。ザンザスの目を覆うディーノの手は外れ、しかし蜂蜜色の髪が視界を塞ぐ。
「でもな、死ぬなよ。生きててくれよ、頼むから・・・オレは、それでいいから」
 ザンザスの頬から首筋の辺りを、何かが濡らす。声だけでなく、呼吸も肩も震わせながら、ディーノはザンザスに強くしがみ付いてきた。
 そのときザンザスに湧き上がった感情は、一体なんだったのか。
 驚きだろうか、後悔だろうか、それとも喜びだっただろうか。
 ただ、腕が自由に動くのならば、ディーノを抱きしめてやりたかった。そう思ってしまう自分を、ザンザスはとめることが出来ない。
 ザンザスに屈託なく笑い掛けてきた、あの頃の笑顔が、そうすることでディーノに戻るのなら。
 ならばせめて、自由になる口で、何か言葉を掛けてやればいいのだろうか。言葉を探したザンザスは、慣れない行為に結局、優しさの欠片もない言葉しか見付けられず。
「・・・何が、もう昔のオレじゃない、だ。泣き虫なところは変わってねえじゃねーか」
「・・・・・・」
 ぴくりと反応したディーノが、ゆっくり顔を上げた。
「・・・誰のせいだと思ってんだよ」
 涙が滲む目で睨み付けてくるディーノだが、責めるような口調ではない。
「そうだよ、変わってなんかない、オレは。でも、おまえは、変わっちまったんだろ? オレなんてもう、見向きもしてくれねーんだろ?」
「・・・忘れても側にいなくても構わない、そう言ったのはどの口だ」
「そんぐらい、察しろよ。強がりに決まってんだろ」
 突然喋り始めたザンザスの、その声を引き止めたいが為のように、ディーノは矢継ぎ早に返答してくる。
 その素の口調は、初めのような抑揚のないものではもうなく、ザンザスは安堵に似た感情を覚えた。
 感情をもらすまいと、あんなに硬い表情をしていたのなら、ディーノも随分大人になったのだろう。だが、それもそう持たず、結局はこうして涙ぐんでしまっていて。
 懐かしい表情だが、何故だかあまり見ていたい顔だとは思えなかった。
「・・・やっと泣き止んだようだな」
「・・・・・・」
 指摘されたディーノは、赤らんだ目を少し丸くし、それから決まり悪そうにザンザスから視線を逸らす。そのまま、体も起こして、まるで立ち去ってしまうように思えたので、今度はザンザスのほうがディーノを引き止めるように言葉を発した。
「・・・腕を・・・一本でいい、自由にしろ」
「・・・・・・・・・」
 ディーノは迷ったようだが、ザンザスの左腕を解放する。
 包帯だらけで痛み、なかなか思う通りに動かない腕を、ザンザスはそれでもディーノに向かって伸ばした。ディーノはその腕を、戸惑ったように見つめる。
「・・・面を貸せ」
 気が利かないディーノに、ザンザスは端的に言った。ディーノは益々怪訝そうな顔をしながらも、素直に体を屈める。
 ザンザスは、昔と変わらずやわらかいディーノの髪を、がしっと掴んだ。
「いてっ・・・ザンザス・・・?」
 顔をしかめながらも、ディーノは振り解こうとはせずに、ザンザスの次の言葉、行動を待つ。
 僅かに躊躇いながらも、ザンザスは今度は、ディーノの頬に指を触れさせた。その瞬間、ディーノが息を呑む。
 一度触れれば迷いは消え、ザンザスは何度もその頬を辿るように撫でた。こんなふうにザンザスからディーノに接触するのは、いつぶりだろう。
「下らねー心配、してんじゃねぇ」
 ディーノを見上げ、悪態をつく口調でザンザスは言った。
「誰が、死ぬだ」
 確かに、ボンゴレ10代目になる道を完全に絶たれたザンザスは、それならば全てを道連れに死んでやろうとも思った。ついさっき、目を覚ましたときも、いっそ8年前のように眠ったままでいたかったと思ったくらいだった。
 だが、未だ生きる目的は見つからないが、それでも。死ねない理由なら、出来た気がした。
「俺はそんなに、軟弱じゃねぇ」
 だから、心配するな。なんて口に出来るザンザスではない。
 だが、伝わってしまったのか。ザンザスの手に、自分の手を重ねてきたディーノの、その顔はまた泣き出しそうに見えた。
「馬鹿か。お前の取柄は、能天気に笑うことくらいだろうが」
「・・・っ、ザンザス」
 無理に笑おうとしてくれたのか、余計にディーノの顔が歪む。
「・・・不恰好な面だな」
「なんだよそれ、ひでぇ」
 あんまりだ、と言ってディーノは、今度は自然に小さく笑った。
 昔のような、屈託ない笑顔ではない。それでもそれは、久しぶりにザンザスに向けられた、ディーノの笑顔だった。




 END
何よりも、キャラの捏造が激しいと…(特にザンザス様…)

ちなみに、最初はザンザス様が抱きしめたいと思うところで終わるはずだったのですが。
それはちょっとあんまりか…?と思って、もうちょっと続けてみました。
でも、まだ微妙な関係どまりというかんじで。

そのうちザンザス様は、ディーノが部下がいないと昔のへなちょこのままだと気付いて、ドキッとすればいいと思います(笑)


(08.03.10up)